缶詰が好きです

以前のプロバイダーが閉鎖になるので、Gooブログに引っ越してきた、缶詰が好きな、ダメ料理人のブログです。

太平洋の向こう側

2022年07月24日 | 固ゆで料理人
「太平洋の向側 1」  固ゆで料理人
Chapter 1 Strangers on the Bus 

いつもの様に窓辺に立ってスコティッシュウィスキーをグラスに注ぐ。
外は暗くなってきた。向かいの安ホテルの「空室有り」の赤いネオンが俺の顔を日本製のホラー映画みたいな色に染める。
又、今夜も「呑みの時間」が来た。

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窓の外からはアメリカ製バイクの音や路面電車の音、安ホテルの玄関の前で言い合いをしている男と女の声、街角で吹いているストリートパフォーマーのサックスの音、遠くの方から銃声のような破裂音も聴こえてくる。それに毎晩この時間になると隣のオフィスから聞こえる魚の缶詰を開缶するパカンと言う音・・・何故魚の缶詰か判るのかって?それは必ず魚の匂いが流れてくるからだ。

その魚の缶詰の匂いがこの数日間の事を思い出させる。

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その日、俺はこの街から2000マイルほど離れたカンザス州ウィチタで帰りのバスを待っていた。
バスで帰るには2日くらいかかる距離だが、俺は高いところが嫌いなので仕方がない、俺が高いところが嫌いなのは赤ん坊の頃乳母車から落ちたとか、その類の体験に依るような気がするのだが・・・原因は判らない。
多分、ただ高い場所が嫌いなだけなのだろう。

それに仕事で使った銃も何丁か持っているので、どちらにせよ飛行機は使えないし、自分の車やレンタカーを使って移動するには中西部は危険だ。
何 と言っても危険なのは小さな郡や町の保安官達で、他州ナンバーを見つけては難癖をつけて罰金と言う名の賄賂を取り立てることが天職と思っている奴が多すぎる。
そして今持っている銃を見付けられたらどういう難癖をつけてくるか判らない。

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派手な撃ち合いになるかもしれないので、用心の為にこんな大きな奴を持って来たのだから・・・

だから俺はグレイハウンド長距離バスで俺のホームタウンに帰ることにしたのだ。

バスが休憩の為に止まる度に毎回必ずウィスキーを呑めば、帰路に二日かかるとしても、ノストロモ号のクルーのように殆ど寝たままで自分の街に帰れる寸法だ。
エイリアンがバスに侵入するとは思えないので、ノストロモよりも格段に安全でもある。

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そんな訳で、俺はバスディーポーでウィスキーを呑みながら今回の仕事のことをボンヤリと考えていた。

そもそも仕事の始まりはドン・コレステローレの依頼だった。

以前俺がドン・コレステローレに紹介し、今はドンと一緒にヘルシーフードの店を経営しているジョニー・ザ・ハンサムと言うこの国唯一の豆腐職人をカンザスまで無事に運ぶ仕事だった。
一見簡単な仕事の様だったが実はかなり危険を伴う仕事で、リーダー兼運転手役の俺の他に、元海兵隊員で拳銃での戦闘のスペシャルインストラクターだったハーヴェイと言う、ジェームズ・スチュアートに似た男も護衛に加わった。
そして護衛の対象であるウォルター・マッソウに似た「男前のジョニー」、それとジョニーの会計士でやたらと神経質なフェリックスと言う男。

俺たちはドン・コレステローレのシトロエンを使い、陸路カンザスへ行くことになった。
ジョニー・ザ・ハンサムとフェリックスの他に、日本から届いたばかりの秋刀魚の蒲焼缶詰を数ケース。これはアメリカ向けSANMA TERIYAKIと書かれた新製品だ。
それと俺の頭の中にある秋刀魚の蒲焼缶詰めを使ったオカラ料理のレシピ、それに新作の秋刀魚の蒲焼を使った炒り豆腐のレシピ。

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これはこの国で入手しづらいオカラを止めて、硬く絞った豆腐を炒って使うレシピだ。
ジョニー・ザ・ハンサムは、このレシピの為のオキナワ風の硬い豆腐を作りに来た。そして豆腐工場作りに来た。
海のないカンザスにこの手のレストランを開き、そこを拠点にしてヘルシーフード帝国を広げるドン・コレステローレの作戦は良いアイディアだ。
今この国のヘルシーフードはビッグビジネスになろうとしている。

そこでドンの商売に目を付けた他のファミリーがこの職人ごとこの秋刀魚缶とレシピと豆腐工場を奪おうとしているという。

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シトロエンはドンの車として名の知れたヴィンテージカーであり、一般人は羨望の眼差しでこの車を見るし、ストリートギャングのような雑魚の悪党はこの車を見ただけで震え上がり、ケチなカージャックなんて思いもよらなくなる。
つまり余計な仕事を省いて、本物の襲撃者だけに準備、対応すれば良くなるという訳だ。
余計なチンピラに対応して大事な弾を減らすのも御免だしな。

又、車は囮で、実はチャーター機で空路を往くと言う偽情報を流し、敵を混乱させることにした。日本の狂言師ではないが・・ヤヤコシヤ~ヤヤコシヤ・・・・

そんな訳で色々あったがなんとか仕事をやり終え、ウィチタで解散した俺たちはそれぞれの帰路についたわけだ。

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ここウィチタのバスディーポーも、各地のバスディーポーの例に漏れず中は安全、外は危険な場所だ。別に無駄に危険な場所にいることもないので、ディーポーの中の待合室でヒップフラスコに入れたバーボンウィスキーを呑む。
パブリックな場所でも飲酒は禁じられていると思うが、カンザスの法律を知らないので取り敢えず呑む。どうも俺の人生は取り敢えず呑むが多すぎるような気がするが今更直す気もない。

待合室で呑んでいると、そばにいた女が声をかけてきた。なんでも西海岸に行くのだが、自分は外国人で、このバスで良いのかどうか、そして、正しいバスに乗ったとしてもどこで降りるか自信がないそうだ。
その気持ち、良く判る。
俺は外国人ではないが、この国の交通機関は非常に判りづらい。
俺も乗ったバスが無事に西海岸につくか、それともジョージ・ベンソンのようにブロードウェイについてしまうか心配なのだと女に言った。
彼女は意味が解らなかったようだ。俺は「忘れてくれ」とつまらない冗談を打ち消して、兎に角行く方向は一緒だから付いて来れば良いと言った。

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バスに乗ると何故だか心が弾んだ。仕事を終えて懐が温かくなったからではなく、バスに乗ったことが何故か嬉しかったのだ。
長距離バスは駅馬車の時代から続くこの国の象徴の一つだ。俺は自分でも気が付かないうちに、このバスに乗って、この国の国民だと確認することを望んでいたのかもしれない。

俺は寝るのを止めて、子供のように一番前のシートに座り、フロントガラスからこの国を見ることに決めた。何処までも変わりのない中西部の風景を、何時までも見続けてしっかり目に焼き付けておこうと決めたのだ。
その瞬間、俺と子供との違いはウィスキーだけかもしれない。

ここからの乗客は俺と外国人の女の二人だけ。
席を隣にしなかったが、なんとなく話をするようにはなるシチュエーションになった。
おれは彼女に交換殺人の依頼をしようかと思ったが、冗談が通じにくい相手であったことを思い出して止めた。

彼女の名前はドロテ・・・ラストネームは俺には発音できない。
ドロテはフランス人だそうだ。
彼女の故郷は魚と羊で有名なノルマンディー地方の出身だそうだ。
ある日、ドロテはアメリカ人にラベルの剥がれてしまった魚の缶詰を貰った。
ノルマンディーには非常に美味しい魚の缶詰のメーカーがあり、彼女はそれ以上に美味しい缶詰がある訳がないと思いつつ、試しに食べてみたところ、あまりにも美味しかったことに感銘を受けて、その缶詰を探しにアメリカに来たのだが、東海岸を探し廻ったのだが結局見つからず、南ダコタまで来て、大統領達の顔を見ているときに突然竜巻に巻き込まれ、ここカンザスまで飛ばされてきたそうだ。

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俺は昔、カンザスで竜巻に巻き込まれてどこか知らない国へ飛ばされて、案山子を作ったり、ライオンの飼育をしたり、油さしを売り歩いたりと、非常に苦労をして生きて抜いた女性のドキュメンタリーを読んだような気がするが・・・中西部は竜巻で飛ばされる事故が多いらしい。
だから彼女が南ダコタから竜巻に乗ってここまでやって来たと言うことを俺は信じた。別に疑う理由も無いわけだしな・・。

俺が窓の外に見入っていると、彼女が話しかけてきた。
「貴方はこの国で一番美味しい魚の缶詰を知っていますか?また、それはなんという缶詰ですか?」
なにやら辞書のようなものを引きながらの質問で、非常に文法的に正しい質問だ。
俺は答えた。
「No」
この言葉はどんな外国人にも通じる。
彼女はがっかりした顔をした。
この国では良い魚は獲れるが、良い調理法が無いのだと教え、良くは判らないがシアトルの方に行ってみたらと薦めた。

彼女は落胆した様子でシートにドサッと腰掛けるとバッグから空き缶を取り出した。
俺は何気なくその缶を見た。

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おや、これはオレンジの缶詰じゃないか?
俺は彼女に訊いた。
彼女が言うには魚の缶詰と一緒に貰ったオレンジのシラップ漬け缶詰の空き缶だという。
魚の空き缶は竜巻の中でなくしてしまったそうだ。

俺は教えた。
「これはアメリカの缶詰ではない。これはジャパンの缶詰だ」・・と。

                   続く
 


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