夜の月と昼の太陽は、同じ時間軸で生活ができません。
また、二つが同じ時を過ごすと朝と夜がなくなり時間が狂ってしまうため、月の子どもと太陽の子どもはお互いに交流することを禁忌とされていました。
しかしある日、月の子のシロと太陽の子キイは、夜と朝が交わる黎明に偶然お互いを見つけました。
二人が出会ったのは、自分だけの秘密の遊び場だと思っていた、街の外れにある牧場跡地。
まだシロとキイが生まれるずっと前に、疫病が牧場の牛たちに蔓延し潰れてしまい、大人たちは気味悪がってめったに近づかない寂しい場所です。
つまり、子どもにとってはとても魅力的なところでした。
不思議なことに、シロとキイは双子のようにそっくりでした。
同じ年頃の友だちがいなかった二人は、すぐに姉妹のように仲良くなりました。
待ち合わせはいつも、牧場跡地の草原にポツンと立つ、一本の大きなイチョウの木の下。
その木は大変大きく、遠く離れた街からも空に伸びる柱のように見ることができ、黄色に染まる紅葉の秋には、天に続く金色の梯子のようだと人々は言いました。
二人が遊べるのは、太陽がのぼりはじめて、月が沈みきるまでの短い時間だけでしたが、とても大切でかけがえのない時間でした。
けれど、やはり楽しい時間はそう長くは続きません。
二人がこっそり抜け出して遊んでいるのを、噂好きの旅カラスが見つけて、大人たちに告げ口したのです。
「銀色の娘と金色の娘が、呪われた牧場でおままごと。おかしい、ふしぎだ、めずらしい!」
大人たちは怒り、また禁忌を犯したことを恐れ、シロとキイはお互いそれぞれ月の社と太陽の社に幽閉されてしまいました。
二人は来る日もくる日も泣き腫らし、泣き疲れては眠る毎日。
もう一度会いたい、またあの子と一緒に遊びたいと、小さな窓から見える空に向かって涙ながらに祈るのでした。
それを見ていた旅カラスは、自分のお喋りのせいで悪いことをしてしまったと、意外なことに自分の行いを悔やみました。
気分屋で気難しい旅カラスをそうさせる程、二人の祈りは切実だったのです。
悔い改めた旅カラスは、二人を逃してやることにしました。
さらにお詫びとして、二人に一つ、この世界の秘密を教えてくれたのです。
(様々な地を旅するカラスは、とても歳をとっていて、とても物知りなんですね。)
その日は雪が降っていました。
いつの間にか季節は冬に移り変わっていたのです。
社を抜け出したシロとキイが向かった先は、いつも待ち合わせをしていた牧場跡地のイチョウの木の下。
二人がちょうど同じタイミングでたどり着こうとしたその時、そこには予想外の先客がおりました。
見たこともない大きな牛男。
変なことに服まで着て、二本足で立っているではありませんか。
まるで誰かと待ち合わせをしているように見えます。
二人は恐ろしくて、その場からすぐ立ち去ろうとしましたが、大牛男からこちらは丸見えです。
あからさまに逃げると、相手を傷つけてしまうかもしれない。無礼だと怒って追いかけてくるかもしれない。それに、その者を見かけで判断してはいけない。とりあえず挨拶をしてみよう。
と、二人は思いました。
皆さんはシロとキイがどうしてすぐに逃げなかったのかと、不思議に思うでしょうか?
でも、それは仕方がなかったんです。
シロにもキイにも、家族というものがいませんでした。
また生まれつき、シロは銀色の髪と目を、キイは金色の髪と目をしており、黒い髪と目が普通であった人々から、敬われると同時に恐れ不気味がられてきました。
二人には帰る家も頼る人もなく、イチョウの木の下以外に、行くあてがなかったのです。
旅カラスが教えてくれた一つの秘密。
牧場跡地のイチョウの木の下の、別の世界への一つの入り口。
この世界ではない別の世界なら、月の子どもと太陽の子どもが暮らして行けるかもしれないと、旅カラスが教えてくれたのです。
二人は恐る恐る、でも出来る限りの平静を装って、大牛男に近づいていきました。
近くで見ると本当に大きく、大人ニ人分の背丈はありそうです。
シロとキイは大牛男を見上げながら、口をそろえて言いました。
「こんばんは、そしておはようございます。あなたが門番男爵ですね。私たちは旅カラスから推薦されたシロとキイと申します。扉を開けていただけますか?」