福田達夫著『日本の音楽家と聴衆』(昭和42年音楽出版社)に、ちょっと面白い話がありました。N響のヴェス時代(1951-1954)のことです。
「N響をクルト・ヴェスが指揮をしていた時代のある地方公演の際、たしかブラームスの交響曲で、どうしたことかクラリネットが出損なったところ、ちょうどその時手が空いていたオーボエが間髪を入れずに自分の楽器で、クラリネットのパートを音色も似せて吹いたのだそうです。演奏後ヴェスがそのオーボエ奏者のところへ握手に行き、事の次第が判明したら、そういうことだったという話です。
(中略)その時のオーボエ奏者は日本人ではなく、ヴィーンから来ていたシェフトラインのはずです。とするとクラリネット奏者は、やはりヴィーンから来ていたアイヒラーだったでしょうか。同じヴィーンの人間で連繋が取り易かったどうか解りませんが、しかし、この話を聞いた時には、さすがに違うものだと思ったのは事実です。」
このユルク・シェフトライン(Jürg Schaeftlein)というオーボエ奏者は目の前に楽譜もないのに、しかもクラリネットの「ものまね」をして難を乗り越えたということですね。まさに名人芸!
ちなみにWikipediaによるとヴェスはウィーンからの客員奏者4名(Vn:パウル・クリング、Cl:ロルフ・アイヒラー、ob:シェフトライン、hrp:ヨゼフ・モルナール)を招聘してN響のアンサンブルの改善を図ったということです。知りませんでした。
↑ アーノンクールとバッハを演奏するシェフトライン
↑ N響第342回定期(1952年12月11、12日日比谷公会堂)のシェフトライン。ヴェス指揮。『音楽之友』1953年3月号