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これからの「正義」の話をしよう ― マイケル・サンデル

2010-10-11 01:28:27 | 書評

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学
これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学


ベンサム、カント、ロック、アリストテレス。本書に現れるこれら哲学者の名前は高校生のときに「学習」した。どんな思想かも「暗記」した。倫理社会という科目だ。不得意だった文系科目の中でも比較的好きな科目だった。

それは、当時の自分が苦悩する青春のど真ん中にあり、悩みを解くのに多少は役立つかもしれないと思ったからだ。しかし実際は、薄っぺらい教科書や参考書を「勉強」する程度では思想内容を理解するには至るはずもなく、従って自分の悩み解決に資することはできなかった。

歳を重ねてもはや悩むことすら少なくなってすっかり「枯れてしまった」この僕(笑)に、再びこれらの哲学者の思想内容を明確なイメージをもって提示してくれたのが本書だ。しかもその思想内容は決して机上の空論ではなく、現実社会において激しい議論を巻き起こしている論争の基盤になっているものだった。

本書では、現代社会論争の論拠となっている「三大理念」を詳しく解説する。(1)幸福の最大化(ベンサムの功利主義)、(2)自由と自律の尊重(リバタリアン思想およびカントの思想)、そして(3)美徳の涵養(アリストテレスの思想)である。

本書が他の難しい哲学書や教科書(笑)に比べてとても読みやすいのは、具体例が実際に論争を巻き起こしたテーマが多いため、争点のイメージが掴みやすいためだ。それに加えて、暴走路面電車などの仮想物語を併用することによって、我々の正義がどのような道徳的根拠に立っているかが明確になってゆく。

結論から言うと(ネタバレ注意)、功利主義では測りきれない「価値」が存在し、自由至上主義では反証しにくい「偶然性」の問題が存在することを明らかにする。そして我々はアリストテレスの哲学に引き戻される。公平な分配の正義を決めるためには物事の「テロス」(目的)を調べなくてはならない、ということが主張される。

戦争責任のような集団的道徳責任は誰にあるかという問題に対しても、自由主義的な道徳的個人主義の考え方に反証しながら、連帯の責務(コミュニタリアニズム)の思想に行き着く。

本書の最終的な結論に、サンデル氏自身の思想信条(コミュニタリアニズム)が反映されているのは確かである。しかし本書の真価は、激しい論争となっている諸問題(戦争責任、中絶問題、課税問題など)において感情的議論に隠されて見失いがちな論拠を、「三大理念」としてクリアに抽出してみせたという点にあると思う。

これら三大理念を念頭に置いて議論に参加すれば、他人の論点を容易に把握できる。議論が白熱してくるとしばしば繰り出される感情的な言葉の陰に隠れてしまいがちな議論の本質を見失わないで済む。

本書を読んで、枯れてしまったと思っていた僕の「正義感」が、再びむくむくと力強く回復してきたのを感じる。サンデル式分析法で、これまで考えてきた自分の「正義」の中身をいちから分析し直してみよう。

枯れるのはまだ、早い(笑)。