「先生!夏休みが終わったはじめての日でいい?」。その日の朝は、夏休みを数日後に控えた陽射しの強い日だった。赤色や水色の朝顔の花が咲きはじめていた。S君に「きれいだね」と話しかけた。毎朝、中庭に水やりにやって来る彼は小学校1年生だ。
夏休みが始まる少し前に保護者と担任の先生との学期末懇談がある。それが終わると自分の育てている朝顔の鉢を家に持って帰る。夏休みは家で水やりをするのだ。「花が咲き終わったら種ができるよ」と説明すると、彼は種をあげると約束してくれた。
長かった夏休みも終わりまたいつもの生活が始まった。始業式の日、中庭の渡り廊下を数人の友達と話をしながらこちらに歩いてくるS君の姿を見つけた。声をかけようとしたが、私を見るとすぐに視線をそらせてしまった。きっと朝顔の種を学校に持ってくるのを忘れて気まずいのだろうと思った。しかし、それからも廊下で何度もすれ違ったが彼から話しかけてくることはなかった。
結局、種をもらうことはなかった。後日、彼は祖母の家に引き取られていったと聞いた。あの夏休みは朝顔の種どころでなはかったのだ。今年も、色とりどりの朝顔の花が咲いた。朝顔の花を見ていたら転校していったS君のことを思い出した。