九月の朝顔

2010年09月13日 | その他

 「先生!夏休みが終わったはじめての日でいい?」。その日の朝は、夏休みを数日後に控えた陽射しの強い日だった。赤色や水色の朝顔の花が咲きはじめていた。S君に「きれいだね」と話しかけた。毎朝、中庭に水やりにやって来る彼は小学校1年生だ。

 夏休みが始まる少し前に保護者と担任の先生との学期末懇談がある。それが終わると自分の育てている朝顔の鉢を家に持って帰る。夏休みは家で水やりをするのだ。「花が咲き終わったら種ができるよ」と説明すると、彼は種をあげると約束してくれた。

 長かった夏休みも終わりまたいつもの生活が始まった。始業式の日、中庭の渡り廊下を数人の友達と話をしながらこちらに歩いてくるS君の姿を見つけた。声をかけようとしたが、私を見るとすぐに視線をそらせてしまった。きっと朝顔の種を学校に持ってくるのを忘れて気まずいのだろうと思った。しかし、それからも廊下で何度もすれ違ったが彼から話しかけてくることはなかった。

 結局、種をもらうことはなかった。後日、彼は祖母の家に引き取られていったと聞いた。あの夏休みは朝顔の種どころでなはかったのだ。今年も、色とりどりの朝顔の花が咲いた。朝顔の花を見ていたら転校していったS君のことを思い出した。



                 


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いきものがかり

2010年09月02日 | その他

 昨日、朝からむんむんする廊下でY君とすれ違った。「先生、休み時間になったら、バッタを見にきてな」そう言い残して、教室へ帰っていきました。彼は押しもおされぬ “いきものがかり” です。春から夏にかけて、毎日中庭に植わっているキンカンの葉っぱをいもむしのためにせっせと新鮮なものに取替え、何匹も蝶々に羽化させました。
     
 「先生、冬になったらどないしょう」。「なんで?」。「だって、冬になったら、虫、おらんようになるやろ。そしたら、 “いきものがかり” はひまになるやろ」。夏休みが近づいてきたある日、飼育箱のいもむしを眺めながらY君は言いました。まだ、初夏だというのに何ヶ月も先に虫がいなくなって、ひまをもてあましている自分の姿を想像しているのだ。

 二学期になった。学級の係りを決めなおす際 “いきものがかり” は定員3名のところ4人が希望したらしい。 “いきものがかり” 以外の係りのことはまったく頭になかったY君は、予想外の展開にさぞ戸惑ったことだろう。虫の気配のないシーンとした冬の世界で、つまらなそうにしている自分のことを、もう心配することはない。Y君はじゃんけんに負けたのだ。

      私は 今どこにあるのと
           ふみしめた足跡を何度も 見つめかえす
         枯葉をだき 秋めく窓辺に かじかんだ指先で夢を描いた 

 いまだに飼育箱の虫のことを気にかけながら、彼は保健係になった。 

 


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