JAL再建:肥大化から再上場へ
2012.09.19(水)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36118
(英エコノミスト誌 2012年9月15日号)
大部分の日本企業と同じく、JALもその視野を広げる必要がある。
日本航空(JAL)の従業員は、社長からパイロット、地上勤務の職員に至るまで、ほぼ3カ月に1度、
JALの再建マニュアルである白い表紙の小冊子の熟読に1日を費やしている。
この小冊子について部署ミーティングで毎日議論する社員もいる。
毛沢東主義を思わせるが、その内容は明るいトーンの禅のようなもので、JALが救世主と称える高齢のカリスマ経営者、
稲盛和夫氏の思想を反映したものだ。
ここに掲載されているモットーの1つが、「感謝の念を持て」というものだ。
実際、JALには感謝すべき対象が山ほどある。
9月10日、国による惜しみない支援を受け、JALはついに経営破綻へ至った壮大な急降下から立ち上がり、
総額6630億円という、投資家に提示された仮条件の上限にあたる価格での新規株式公開(IPO)が決まった。
この価格に決まったことで、9月19日の再上場時には、
JALの時価総額は同じ日本の航空会社である全日本空輸(ANA)を上回ることになる。
ただしアナリストの間では、ANAの方がかなり以前から経営的に優れていると評価されてきた。
ANAからは、より知名度の高いJALに与えられる不公平なアドバンテージに対して不満の声が漏れている。
政府の介入の良い点と悪い点
多くの意味で、JALの再建は、政府による介入の良い点と悪い点を浮き彫りにしている。
良い点は、JALが見事に黒字回復を達成したことだ。
JALは、利益よりも威信をはるかに重視する名門日本企業の1つだった。
2010年の経営破綻前、一時は世界最多のジャンボジェットを保有し、その多くが半分空席の状態で運航されていた。
破綻以降、JALはジャンボジェットをすべて手放し、路線数を減らし、従業員の3分の1を削減し、
労働組合を組織するパイロットや職員を説得して賃金の大幅削減を受け入れさせ、
企業年金の支払い額も最大で半分をカットした。
その結果、直近の決算では、2008年にはマイナスだった営業利益率が17%に急上昇した。
この数字は、アイルランドのライアンエアーなど、
最も利益確保に貪欲な格安航空会社(ローコストキャリア、LCC)の一部を上回る(次ページの図参照)。
これにより、JALは少なくともしばらくの間は、世界でも最高レベルの収益性を誇る航空会社になった。
JALはまた、最も甘やかされた航空会社の1つでもある。前述のような業績改善は、
企業再生支援機構(ETIC)からの巨額の資金援助を経て達成されたものだ。
ETICは、主にJALの救済を念頭に、国と日本の大銀行が出資した組織だ。
多数の航空機の退役(JALの保有機数は2007年の275機から2011年には215機に減少した)により、
減価償却費が大幅にカットされた。
JAL幹部らによれば、この効果を除くと、営業利益率は13%近くにまで目減りするという。
さらに繰越欠損金により2019年3月まではこれまでの赤字の繰り越しによる法人税の免除が可能で、
これが最終利益を押し上げている。
一方、バランスシートはすっかりきれいにされている。大手銀行マッコーリーのニコラス・カニンガム氏によれば、
JALは再建の一環として、5000億円を超える債務免除を受けた。
この借金の帳消し分だけでも、JALがボーイング787ドリームライナー44機の購入のために計上した額を上回るという。
一方のANAは、同型機55機を購入するための資金確保を余儀なくされている。
こうした支援に対し、日本政府はかなりの見返りを得る。
JALの再上場は、5月に160億ドルを調達したソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のフェイスブック上場以来となる
全世界でも最大規模のIPOで、2010年にETICがJALの株式の96.5%を購入する対価として注入した
3500億円の2倍近い資金を調達できる見込みだ。
再上場後のJAL株
さらに、株価が直ちに下落するという、IPO後のフェイスブックが経験したような屈辱をJALが味わうこともなさそうだと、
アナリストたちは見ている。1つには、売り出し株価が安く設定されているためだ。
シティグループ証券の舩江輝氏によれば、利息と税の免除、減価償却の削減から生じる利益を差し引いても、
JALの株価収益率(PER)はANAの半分足らずで、世界平均を大幅に下回るという。
フェイスブックとは違い、JALの場合は顧客の忠誠心による株価の下支えも期待できる。
JALは投資家に対し、株を保有し続ける見返りとして安く飛行機に乗れる株主優待券を発行している。
IPOで売り出される株式の70%が個人投資家によって購入された理由の一端がうかがえる話だ。
顧客の観点から言えば、JAL再生の最も希望に満ちた側面は、
同社のサービスに対する評価を傷つけずにコストが削減されたことだ。
最近の東京~ソウル便では、エコノミークラスの苦痛を昼食が和らげてくれた。
海藻ビーズ、塩昆布、黒米酢飯、山椒グリルチキン、鯵塩焼き、蒲鉾、ちょい辛牛蒡、菜の花胡麻和え、
締めくくりにいちごのプティシューというメニューだ。
だが、投資家の観点からすると、このご馳走もそれほどおいしいとは言えないかもしれない。
JALの採算性がピークに達したところで政府が株式を売り払ったことについて、憂慮すべき理由は数多くある。
舩江氏によれば、ボーナス支給額は通常のレベルに戻りつつあり、給与についても、
ひとえに競争に後れを取らないようにするためだとしても、間もなく上げざるを得なくなりそうだという。
世界の航空業界の展望は弱含みで、こうした状況下では、ANAの方がJALよりもコスト削減の余地を多く残している。
2012年に入り、格安航空会社が相次いで日本でサービスを開始している。
これらのLCCにはJALとANAも出資しているが、LCCとの競争により、
一般的に高めに設定されている大手航空会社(フルサービスキャリア、FSC)の
国内線や短距離国際線の料金が引き下げられる可能性はある。羽田空港と成田空港の発着枠増加も、
世界各地の競合他社を引き寄せるかもしれない。
日本がJALに感謝する日も?
JALにとって最大の課題は、いかに国内市場の停滞を克服し、
アジアの他地域を結ぶ航空交通の急増をチャンスとするか、という点にある。
長距離用のドリームライナーは、その戦略の一環だ。
JALは東京~ボストン便など、収益が見込める新路線の開拓に取り組んでいる。
ANAと同様、JALも製造拠点を海外に移す日本企業の急増に乗じ、さらにはその促進に一役買うこともできるだろう。
アジアの新たな経済ハブに向かう便を増やせば、日本との間の出張旅行を促進することもできる。
それが日本株式会社が視野を広げるのに役立つのなら、日本もJALに感謝すべきことがあることになるだろう。
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