「経済再生」を政権公約のいの一番に掲げた安倍晋三内閣が本格的に動き出した。
日本企業の競争力をどう回復させるかが、1つの大きな柱になる。
いったいどんな施策が具体的に出てくるのかと思っていたら、驚くべき政策が飛び出してきた。
大晦日1月31日の日本経済新聞は1面トップで、「公的資金で製造業支援、
工場・設備買い取り」と報じた。時事通信や産経新聞も報道しているので、
安倍官邸が流した方針であることは間違いない。国が民間企業の設備を買い上げるというのは資本主義国家では禁じ手。
前代未聞の政策といっていいだろう。新聞では総額1兆円という数字まで踊っていた。
具体的なスキームはこうだ。
政府が官民共同出資の会社を作り、特別目的会社(SPC)を通じて企業が持つ工場や設備を買い取る。
企業はSPCにリース料を支払って工場や設備はそのまま使い続ける、というものだ。
企業は売却で得られる資金を設備投資や研究開発に充てることができ、
電機や素材など国内製造業の競争力強化につながる、と報じられている。
「官民ファンド」の先行モデルの1つは産業革新機構
さすがに政府が直接出資するわけには行かないので、日本政策投資銀行や新設する「政府系機関」が出資するという。
政府系機関とはおそらく、最近霞が関が熱心に設立している「官民ファンド」のことだろう。
安倍政権が経済再生の司令塔として設置した「日本経済再生本部」で、「産業競争力強化法案」(仮称)の策定を検討しており、
この中にこのスキームを盛り込む方向だという。
早急に作成する今年度の補正予算でも1000億円程度の予算を付ける方向だという。
官民ファンドは、政府と民間が出資し、その資金を生かして特定の産業や企業を支援するスキームである。
先行モデルの1つは産業革新機構だ。同機構の出資金は1560億1000万円。
そのうち民間資金は140億1000万円で残りの1420億円は政府のカネである。
「官民ファンド」とは名ばかりで、官業そのものと言っていい。しかも政府はこれに1兆8000億円もの政府保証枠を付けている。
もちろん、これが日本の新たな産業育成の呼び水となり、日本経済が再成長の軌道に乗るのなら、まだ良い。
だが、その巨額の資金の流れる先が「問題企業」だらけだとしたらどうだろう。
実際、産業革新機構は、業績不振に陥っていた半導体大手ルネサスエレクトロニクスに出資した。
日本の産業にとって不可欠の半導体企業を守るという理由で、
トヨタ自動車など国内製造業の強い要請を政府が受けてスキームが決まった。
ここでも「官民出資」が建前だったが、蓋を開けると民間出資はごくわずかだ。
1500億円の増資のうち1383億円を機構が出し、トヨタの出資はわずか50億円。
自動車部品のデンソーとケーヒンが10億円ずつ、パナソニックとキャノン、ニコンが各5億円を出しただけだ。
さらに500億円の追加増資も検討されており、こちらはすべて機構が出すという。
自動車や家電製品などを作るには半導体が不可欠で、
それを低価格で提供するルネサスの存続は生命線だというのが経済産業省の主張だ。
本当にそうなら、トヨタなど民間会社が共同で救済すれば良いだけ。
自動車や電機メーカーが買い叩いて赤字から抜け出せないルネサスを存続させるために国がカネを入れるのは、
形を変えた自動車メーカーへの補助金に他ならない。
産業革新機構が本気でルネサスの業績を回復させようと思えば、
自動車メーカーなどへの販売価格を引き上げるしかない。それができなければ、赤字を垂れ流し、
国の出資が回収できなくなるだけだ。つまり、国民にツケを回すことになるわけだ。
日本の財政は回収できないカネをばら撒くほどの余裕はないはずだ。
設備を売却するような企業は「問題企業」
今回浮上している資産買い取りも似たようなものだ。
新聞では「企業は工場や設備の売却後も、リース契約で生産を継続でき、
雇用の維持といった地域経済の下支え効果も期待できる」とその効果を喧伝している。だが本当だろうか。
リース会社など民間に出資を求めるとしているが、出資で儲かる可能性がなければ誰も出資しない。
ところが工場などの設備を売却するような企業は「問題企業」にほかならない。
将来性のある日本企業の多くは現在、潤沢な手元資金を擁しており、むしろその資金の投資先がないことが問題になっている。
設備を国に売却しようという企業は逆に手元資金に窮している企業ということになる。
この話を聞いて、真っ先に思い浮かぶのがシャープの名前だろう。
設備投資戦略の失敗で過剰な工場・設備を抱え、経営危機に陥っている。
国や地方自治体はこれまでも「円高立地助成」などの名目で、シャープ・グループに補助金をつぎ込んできた。
ついには、その設備まで買い取ろうというのだろうか。
半導体や液晶などは技術進歩が早いため、設備の陳腐化が急激に進む。
そうした設備を官民ファンド(SPC)に売却するとして、ファンドが資金を回収できる可能性は低い。
仮に本気で回収しようと思えば、買い取り価格を大幅に引き下げるか、リース料を大幅に高く設定するしかない。
企業の資産は帳簿に価格が載っているので、その価格よりも安く売却すれば、決算上、損失が出る。
高いリース料は毎期の費用を膨らませ、決算数値を一段と悪化させる。
結局は、会社にとって都合の良い価格での買い取りをファンドに求めるしかなく、
そうなればファンドの資金回収は絶望的になる。
そんな価格での取引を公認会計士が認めるかどうかも課題だ。
いずれにせよ、早晩、ツケは国民に回ってくるわけだ。
メディアは申し訳程度に、「公的資金を活用した経営支援は企業のモラルハザード(倫理の欠如)を
招くとの批判も予想される」と書いている。
だが、問題はモラルハザードだけではない。
大きいのは特定の企業の資産を国が買い取った場合、業界内の競争条件を大きく歪めることになる事だ。
この弊害の方が大きいと考えるべきだろう。どういう事か。
ある電機会社の設備だけ買い取った場合、その企業の製造コストは低くなり、業界内での価格競争力が付く。
一方、これまで自助努力でコスト削減に努めてきた企業は、国の支援がないわけで、競争上、一気に不利に立たされる。
不良企業がゾンビのように生き返り、優良企業が追い詰められる結果になるのだ。
ゾンビを生きながらえさせる弊害
日本では企業の淘汰が進まず、過当競争によって産業界全体の収益性を落としている。
経産省もそういう分析をし、企業の統合を進めるべきだという主張をしている。
一方で、今回のような政策を取れば、ゾンビを生きながらえらせ、健全な企業も衰退していくことになりかねない。
甘利明・経済再生相は、日本経済再生本部が6月ごろまでにまとめる成長戦略の柱の1つとして、
「新ターゲティングポリシー」を検討していく考えを示している。ターゲティングポリシーとは、
“有望な"産業育成に 政府が強く関わっていくことを指す。
企業設備買い取り政策などの流れからみて、政府が“有望"とした産業や企業に国のカネを投入していく、
ということに他ならないだろう。
官僚は本気で、自分たちが成長産業を見つけられると信じているのだろうか。
国のカネという採算チェックが働き難いカネを入れることで、むしろ経営が緩み、企業が堕落するとは考えないのか。
役所や政治家の回りに支援を求めてくるような経営者が、本物の企業人だと思っているのだろうか。
成長産業を担う企業人は政府の関与を嫌うことはあっても、助けを求めてくることなどない。
このサイトの連載記事の中で、元財務官僚の高橋洋一氏はターゲティング・ポリシーについて、
「途上国での幼稚産業育成くらしか当てはまらず、先進国ではほとんどあり得ない政策」「経産官僚のおもちゃでしかなく、
予算獲得のための隠れ蓑である」とバッサリ切り捨てている。
安倍首相は、「経済再生」には、とにかく景気に火を付けることが先決だと考えているのだろう。
自らが日銀を批判して主張してきた「徹底した金融緩和」に踏み出す一方で、
麻生太郎副総理兼財務相が主導する形で「積極財政」に動くことも容認している。
持論であったはずの構造改革は、火が付いた後と考えているのか。
だが、公共事業のみならず民間企業にまで国のカネをつぎ込む政策には、後戻りできなくなる危険性が伴う。
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