県内でも最大で太陽の直径の3分の2が隠されたそうです。
今日のK's Garden
グラジオラス 私にとっては、「夏は来ぬ」の実感が…

日の出に続きこれから一年、毎月の日の入りを記録したい。


今日の聖句
神は何故、あざけるものを許容しておられるのかについて。
あざけるものの多くは、かつて同じクリスチャン仲間です。
映画『十戒』では、エジプトを脱出したイスラエル人が、
指導者であるモーセやアロンに対して「つぶやき」始めた場面が
ありました。
神のみ手がモーセの上にあり、出エジプトの奇跡を目の当たりに
見た、人々でした。
その場の詳細はわかりませんが、もしその場にいたら、
何かもっともな不平や、不満だったのかもしれません。
自分たちは神や聖書にではなく、人や組織を批判しているだけだと
思うかもしれません。確かに、他人事ではありません。
自分は何があっても、絶対に躓かないと言い切れる人は
いないでしょう。何故なら人は皆、不完全だからです。
でも神は、モーセやダビデ等、罪のある不完全な人間を
用いてこられたのではないでしょうか?
キリストの弟子たちからなる1世紀のクリスチャン会衆もまた、
不完全で誤りを犯しましたが、神は確かに用いておられました。
間違いがあったらそれ相応に懲らしめを受けました。
私たちはそれらの記述を通して神の物事の取り扱い方と、
愛や、知恵を悟ることが出来ます。
神が、不完全な人や組織に「つまずく人」と「つまずかない人」の
試みの為あざけるものを許容しておられるのではないと思います。
でも神はで心を見られるかたです。神に信頼を置くなら、
早まって、人をつまずかせる行いから守られるでしょう。
格言11:12
「分別のない(心が欠けた人)は隣人を侮辱し,
本当に識別力のある人は沈黙を守る」。