お互い一人っ子という境遇で 親しくなり、
名古屋駅経由で彼女は、当時の国鉄中央線を利用、
私も、国鉄関西線を利用していました。
高校 大学、と進み、
卒業後 直ぐ、友は、医師の彼と 結婚。
大学病院勤務を経て 旦那様の実家近くに開院し、
息子さん二人共 ドクターになられました。
私の父と同じ頃(6年前)
彼女のお父様が 亡くなり、
彼女のお母様の認知症が酷くなって 彼女と旦那様の家に 呼び寄せた 時期も
私と、同じ。
お互い 認知症の母の対応に疲れ、
彼女のほうが、ひと月程早く
介護施設にお母様を入所させたと聞いた時は、
「ああ、良かったわね」と、声をかけた。
私も
母を老健へ入れたばかりだった。
昨日、友から 「お姑さんはどう?」と、電話があった。
あれこれ 現状を話したり、
今後の展望を伝えたり、
そして、そういえば、、
と、彼女のお父様のご葬儀について 聞いていなかったな と思い出し、改めて尋ねてみた。
「名古屋大学に献体したのよ」と彼女。
亡くなり連絡を入れたら まず眼科から眼球を取り出しに来られたわ。
その時は、悲しく辛かった場面は覚えているわ。
そして翌日、遺体は大学病院が用意した運送手段で 引き取って行かれて、、
お通夜とか、お葬式とか、
する方もおられるらしいけれど、
親戚も少なく、お葬式もしなくて良いな と、家族だけで偲んだのよ。
そして、3年後 お骨となって 父は帰ってきて、
実家の菩提寺に 永代供養し、
先月末 京都の西本願寺から 連絡があり、行ってきたわ」
献体、、
息子さんも医師であり、
「こうやって、人様の体で勉強させて頂いたから、父も 賛同して
申し込んであったのね」
と 話した。
献体と言う言葉は聞いてはいても、
具体的に初めて知った。
そうだったのね、
彼女のお父様のご葬儀通知が来なかったという理由を、今更ながら 聞いた昨日でした。
見出し画像は、
昨夏 庭で咲いた百合です。
姑のナースコールで目が覚め、
オムツ交換をしたあと 眠れず
早朝のブログ投稿 と なりました。