
韓国ドラマ「がんばれ!クムスン」(102)
「戦慄を覚えるわ」
朗々としたオペラの歌声に酔いしれながらオ・ミジャは映画(フィラデルフィア )の場面をうっとり思い起こしている。
「私が知る限り、神が人間に与えた――1番美しく凄絶なボイスだわ」
息子の前でロマンチックな感慨に浸っている母親を見ながら、ジェヒは苦笑を浮かべている。
「私はこの曲を聴くと――涙をあふれるほど流したトム・ハンクスの姿が忘れられないの」
「・・・」
「彼はエイズでもほんとカッコよかったわ」
ミジャの言葉にジェヒはクムスンにぶつけた自分の言葉を思い起こした。
――ダメだと言え。ダメだと断れ。怖いんだろ? お前も嫌なんだろ。しないと言うんだ。嫌だと言うんだ。
考え込んでいるジェヒをミジャは疑わしそうに見ている。
ジェヒはそれに気付いた。
「何?」
「におうわよ――何かあるでしょ」
「何のことだよ。仕事のことだよ」
「珍しく一緒にワインを飲むと思ったら――正直に白状してみなさい」
ジェヒは軽く吹きだした。
「違うと言っても信じないだろさ」
ジェヒは機嫌よくグラスを突き出した。
「この子ったら・・・」
ミジャは憎たらしそうにグラスを重ねた。
シワンの声がした。シワンに続いてクムスンが入ってくる。
ジョンシムは返事もしない。
「帰ったか」
ピルトが子供たちをねぎらった。
「クムスンはここに座りなさい」
覚悟していたことだ。クムスンは黙って円卓の前に座った。
シワンたちも黙ってクムスンの横に腰をおろした。
「昼間、叔母さんが来てお前が手術を受けると言った。それは本当か?」
「はい、お義父さま」
ジョンシムはクムスンを睨みつけた。
「申し訳ありません、お義母さま。今日話そうと思って」
「今日はお前を叱らないといかんな。なぜ、こんな重大なことを勝手に決めるんだ。1人で勝手にするつもりか?」
声を荒げた。
「俺たちは無視なのか!」
「違います。そんな・・・」
クムスンは弁明した。詫びた。
「私が間違ってました。申し訳ありません」
「黙れ!」
ピルトの怒りようにシワンたちは顔を見合わせた。
「お前はいつも口だけで謝る。謝るなら2度としなければいいんだ。なぜ繰り返す。もう、うんざりだ」
「・・・」
「これからも直す気がないなら、ここにいなくていい。誰も止めないからいつでも出て行け」
クムスンはビクッと肩を震わせた。
ジョンシムもピルトの勘当めいた言葉に驚いた。
ピルトは立ち上がった。そのまま部屋に引きこもってしまった。
「今まで、あんなに怒るのを見たことがある?」とジョンシム。
クムスンは首を横に振った。
「私も最近は見てないわ。あなたはどうしていつもそうなのよ」
「・・・」
「私たちが大金を準備した意味が分からない? なのになぜなの? あなたはフィソンの母親なのよ」
「・・・」
「私も話したくもない。ひどく怒ってるから――朝、起きたら謝りなさい。手術のことは断りなさい。いいわね?」
ジョンシムも部屋に引き下がった。
ソンランがシワンに訊ねた。
「こういう時はどうするの?」
「クムスンさん」シワンは言った。「まずは着替えて休んでください。今日は怒りが収まらないようだし、明日、話すしかなさそうだ」
「その方がいいわ」
「さあ、入って」
そこにテワンが帰ってきた。
「お帰り」とシワン。
クムスンは席を立った。ソンランも立った。
「父さんたちは寝たのか?」
テワンはクムスンを呼び止めた。
「冷たいお茶を頼むよ」
ソンランがクムスンに言った。
「私がするから入って」
「はい、お義姉さん」
クムスンは部屋に戻った。
テワンはソンランを見た。
「今日はどうでした?」
「それなりに・・・」
「この前のカタログ撮影もまだでしょ? 今日は撮影なし?」
「ええ。何で?」
「お茶は私が入れる?」
「茶を淹れるくらい簡単だよ」
「じゃあ、ついでに私たちのもお願い。簡単なんだから。撮影で疲れたら、今度は私が淹れるわ。ありがとう。着替えてくるわ」
ソンランはシワンと目配せして部屋に戻った。
「頼むな」
シワンはゆっくり部屋に向かった。
結局、テワンは1人取り残された。
「子供だましの手を――ああ、バカらしい」
すべてが逆風だった。
部屋に戻ったクムスンは疲れ果てていた。見えない出口に憔悴し、苦しみ続けた。
ふいに気分転換がやりたくなった。
クムスンは静まり返った夜の街に出た。夜の風を切って走り出した。
いつもの高台に向かった。
そこから夜のソウルを眺望した。大きな声で叫んだ。
「ヤアー――ッ!」
汗をかいて少しはモヤモヤも吹き飛んだようだ。
いや、自分の本当の気持ちを引っ張り出したかった結果かもしれなかった。
クムスンは格闘のポーズを取った。片っ端から自分の落ち込んだ気持ちにパンチを浴びせ続けた。
それから大きな伸びをし、深呼吸をした。
そしてまた少しだけ前進のいつもどおりの朝がやってきた。
ジェヒにとってもすがすがしい朝だった。気分も晴れやかに職場にやってきた。スタッフにさわやかな挨拶と笑顔を振りまいてドクタールームに向かった。
「ねえ、今、私に声かけていったわよ」
「違う。気分屋なだけよ」
ジェヒが姿を見せると、研修医はあわてて仲間を起こした。
ジェヒの登場に惰眠をむさぼっていた一人はびっくりして立ち上がった。
「いいから、もう少し休め。あと15分あるじゃないか」
研修医はオドオドした声で言った。
「チャートの整理がまだ・・・」
「わかった。15分で終わらせろ」
ジェヒの寛容さに二人は目を見合わせた。
スンジャが目を覚ますと隣にジョムスンがいない。
「お義母さん」
スンジャは慌てて起き上がった。ジョムスンを捜した。
「お義母さん・・・トイレですか?」
「ママ、私よ」
「あなたなの」
スンジャはジョムスンの履物を見た。
「ないわ。行ったのね」
クマが出てくる。
「おばあちゃん、見なかった?」
「いいえ。いないの?」
「会いに行ったのよ。行ったんだわ。ああ、どうしたらいいの」
スンジャはちゃぶ台の前にペタンと座り込んだ。
「いいえ、こうしちゃいられない。お義母さんが倒れたら、誰が面倒を・・・」
スンジャは出かける準備に取りかかった。
「お義母さん、お目覚めですか」
クムスンからジョンシムたちに声がかかった。
「入りなさい」
クムスンが入ってくる。
「座れ」
ピルトが促す。
「お義父さま、お義母さま、すみませんでした。お義父さま、私が間違ってました」
「・・・」
「そうなんですが――事前に相談すべきでしたが、でも、どうしてもできませんでした。お義父さまたち以外にも誰にも言えませんでした。とてもショックで、恥ずかしくて、腹もたち、信じたくなくて夢だと思いたかったんです。私が間違ってました。許してください」
「・・・そうでしょうね。私にも分かるわ」
「もう最後だぞ。今後は何事も勝手に決めるな」
「はい」
「ならいい。もういいよ。それと手術のことは・・」
「言うまでもなく当然のことよ。いいわね」
「私も嫌です。嫌だし怖いです」
「それなら何も言わなくていい」
「だけど――それで、その方に何かあれば、私は耐えられないと思います」
二人は、何考えてる、といった顔になる。
「耐えられないって、なぜなの? もちろん――何日か・・・何でそんなに否定的に考えるの? 人の命は天の仕業で誰にも分からないのよ。それに耐えられるかもしれないわ。肯定的に考えないと」
「お義母さん――お義父さま――どうか許してください。何度も考えて決めたんです」
「ダメよ。黙りなさい。何を言ってるの? 朝から何を言ってるの?」
「お義母さん」
「うるさいわ、黙って。ダメよ。手術したら追い出すわ。この家が嫌ならしなさい。手術したら、あなたが私たちを嫌ったと考えるわ。いいわね」
「お義母さん」
「話は終わったわ。行って」
「行きなさい」
「・・・はい」
クムスンは立ち上がる。無念そうに部屋を出ていく。
「何考えてるの、あの子は・・・!」
ジョンシムの言葉にピルトもため息をついた。
「よく眠れた?」
部屋に戻ってきたクムスンはフィソンに話しかけた。
自分の気持ちを吐露できたことでクムスンのもやもやはいくぶんなりと吹き飛んでいた。
クムスンはフィソンに顔を近づけた。
「ほら、キスして」
キスしてもらうと顔に手をやった。
「ちょっと待ってね。おばあちゃんに電話かけるね」
電話にはクマが出た。
「クマ? 早いわね。おばあちゃんは起きた?」
「出かけていないわよ」
「いない? どこ行ったの? 叔母さんは?」
「ママも出かけたわ。ところで何があったの? ママも何も言わないし」
何が起きたか、クムスンは直感した。
「ごめん、あとで話しましょう」
こうしてはいられない。
クムスンは急いで出かける支度にかかった。
クムスンが直感したとおり、ジョムスンは病院に姿を見せている。
ヨンオクの病室ではチャン家の家族がヨンオクの幸運を喜んでいた。
「ママ、これは奇跡的なことよ」とウンジン。
「私もそう思うわ」
「パパのママへの思いが天に通じたんだわ」とウンジュ。
「お前たちも頑張った。特にウンジュ」
「私が何をしたの。何もしてないわ」
「パパも私もあなたに頼ってばかりだったわね」
「そうよ」とウンジン。「毎朝、私を学校に送ってくれたし」
頭を撫でるウンジンに顔をしかめるウンジュ。
「ちょっと調子に乗りすぎでしょ」
家族に笑いと和やかな雰囲気があふれる。
「ママ、私うれしい」
ヨンオクと抱きつくウンジンにウンジュとキジョンは優しい表情を送った。
ジョムスンは案内所で説明を受けたとおりに歩いて病室に向かった。
キジョンと別れたウンジュたちとすれ違ったりしながらヨンオクの病室にたどり着いた。
ほんの少しためらったものの、怒りの推進力で部屋に踏み込んだ。
入ってきたジョムスンを見てヨンオクは驚いた。
「お義母さん・・・」
「”お義母さん”? どの口で・・・」
「・・・」
「座って」
ヨンオクは後ずさりする。
「座るんだ。お前は倒れるのが得意なんだろ?」
ヨンオクがベッドの縁に腰をおろすとジョムスンも丸椅子に腰をかけた。
「金もいいもんだ。その肌つやは死にそうな人間のものじゃない」
「お義母さん」
「誰がお前の母親なんだ」
「・・・」
「それでも人間なの? ひどい女だよ。しっかり聞くんだ。お前が知ってるかは関係ないが、クムスンのことだ。今から残酷な話をするしかない。私の口から言うからよく聞きなさい」
「・・・」
「お前の旦那というヤツがクムスンに――”お前を助けてくれ”と腎臓移植を頼んだ」
ヨンオクの表情は変わる。
「息子の示談金1億をやるから腎臓移植をしてくれと言った。お前は銅思う? これは・・・人間のすること? 人の皮をかぶった獣だろ」
「・・・」
「私は今までの人生でこんな恐ろしい話は初めてだ。お前はどうなの?」
「・・・」
「私にはない。お前・・・捨てた子供がどうしてるか知ってるの? どれほど哀れな姿なのか分かるかい?」
「・・・」
「あの子は――あの子も、お前と同じ運命の寡婦だよ」
「・・・!」
「嫁に行ってすぐに旦那が交通事故で死に」
驚きでヨンオクは胸元に手を置いた。パジャマを握りしめた。
「婚家で息子と暮らしてる」
ジョムスンから目を背けた。悲痛な顔になった。
「嘘泣きは結構。歯を食いしばって最後まで聞いて。お前がいま倒れたら――優しいクムスンが苦しむんだ。あとで舌を噛んで死んでも――いまはしっかりするんだよ。分かるかい? 分かるね」
ヨンオクは身を震わせながら頷く。
「そう。それならいい。お前も人間で――良心があるなら、お前にできることはそれだけだ。しっかりするんだ」
「・・・」
「2千万ウォンを借りた。クムスンが――お前の旦那から2千万ウォンを借りたそうだ。金の解決をして。捨てた子にそれくらいしろ。できるだろ?」
ヨンオクは大きく息を吐いた。頭をたれた。
「なら、いい。今日以降――今後、私とお前は何の関係もない人間だ。命のある限り、2度と顔を合わせることはないんだ。クムスンも同じだ。いいね。夢ででも会いたいとは思うな」
ヨンオクはジョムスンを見た。悲しそうな顔になった。
「あの子の気持ちを少しでも分かってあげられるなら、遠くに行きなさい。生きるのも死ぬのも遠くでするんだ。分かるね?」
「・・・」
「もう一度確認する。舌をかんで死んでも、お前も旦那も、2度とクムスンの前に現れるな」
悲しさを抑えるようにヨンオクは頭をたれる。
「よかったかい? 子供を捨てて再婚してどうだ?」
ヨンオクの目からこらえていた涙が一筋糸を引いた。
「さぞかし幸せだろう。幸せでこのザマかい?」
責め続けるジョムスンの目もいつしか濡れている。ジョムスンは立ち上がった。背を返し、黙って部屋を出ていった。
ドアの音を聞いたとたんヨンオクの目から滝のように涙が迸った。彼女は身悶えし激しい声で泣きじゃくった。
スンジャは心配してジョムスンを捜しにやってきた。ジョムスンはヨンオクの病室の前にしゃがみ込んで動けなくなっている。
スンジャは駆け寄った。
「お義母さん、大丈夫ですか? 立ってみてください」
「・・・」
「無理ですか? 倒れそうですか? おぶってあげましょうか」
スンジャはジョムスンに背を向け、しゃがんだ。
「お義母さん、おぶさってください」
ジョムスンはスンジャを押しのけて立ち上がった。スンジャを置いて歩き出した。
みんなからひと足遅れて事情を知ったテワンの怒りは倍増した。
口から食べ物が食卓に飛び散らかった。
「あいつは何を考えてるんだ!」
「ああ、汚い」
シワンが叫んだ。
「テワンやめなさい」
「こいつが――おかしいのはお前だ」とピルト。
「ごめん。ソーリー。だけど、飯粒が問題じゃないだろ」
「また飛ばして。いい加減にしろ」
「汚いから早く取るんだ」
「あちこちに飛び散ったわ」とソンラン。
「体液のついた飯粒くらい食えるでしょう。韓国の食習慣は、1つの鍋にみなの箸が入り、お互いの体液を共有するんだ。どうってことないだろ」
「体液の共有? こいつの話は・・・」
「いま重要なのはそうじゃなくて――弟嫁が何だって? 薬でも飲んだのか?」
「そうね」
「何でする? 何のために? 誰のために?」
「分からないのか?」とシワン。「する理由は予想がつくし、いま重要なのは――どう説得してやめさせるかだ」
「やめさせるのは、父さんが強く言えばいいだろ。したんだろ?」
「当然でしょ」とジョンシム。「手術するなら家から出す、と」
「お義母さま、でしたら、むしろ喜ぶのでは?」
ソンランの言葉に、ピルトたちやシワンは驚く。
シワンを見てソンランは小さく笑う。
「冗談なのに――冗談ですよ」
ピルト夫婦は白けた。
ジョンシムは呆れて言う。
「あなたは時々、暴言を吐くのよね。冗談でも、いま言うことなの?」
「・・・」
「あなたの暴言は――私たちを軽んじてるようで、あなたが嫁なのか姑なのか分からない」
「すみません、お義母さま」
「ソンランは注意しなさい。お前も大げさだよ」
ピルトの言葉にジョンシムは腹を立てた。
「あなたは姑を甘く見てるの?」
ソンランは気まずそうにした。
ピルトは湯飲みを差し出す。
「甘い水ならここにあるぞ」
ジョンシムはそれを押し返した。
ソンランはクスンと笑う。
「お義母さんを甘くなんて思ってませんよ」
「・・・」
「ただ私は――」
「”私”は何?」
「彼女の立場でも考える必要があると。もちろん私ならしませんが。でも違う選択をしたのは考え抜いての決断だと思います。家族だからと一方的に考えを強要するのは――私は疑問に思います」
ジョンシムはピルトを見た。
クムスンも病院に駆けつけてきた。
ロビーにたどり着いた時、キジョンが通りかかるのが見えた。
クムスンは声をかけた。
「チャン先生」
キジョンは声の方を見て立ち止まる。クムスンは駆け寄った。
「こんなに早く来たんですか?」
「そういえば、約束してましたね。そうじゃなくて・・・もしかして祖母が来たのでは? 祖母が知ってたんです」
「・・・そうなの?」
「病室に行ってみてください」
「そうするよ」
歩き出した方角からジョムスンたちがやってくる。彼女らを見てキジョンは立ち止まった。
ジョムスンたちもキジョンに気付いた。
「おばあちゃん・・・!」
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