突風が砂埃とともに身体を巻いてきた時、あわてて帽子を押さえようとしたが、タッチの差で間に合わなかった。帽子はたちまち十メートルほどの高さにまで吹き上げられ、そのまま風をはらんで勢いよく前方へ飛ばされていく。
僕は呆然と帽子を見送った。
男は叫んだ。
「ヨンアアガシー、帽子が道路へ飛び出しては大変だ。早くおいかけないと」
男の声を聞きながら僕は帽子を追いかけ出した。
風の流れで歩道に沿って上昇していた帽子は、突如、風の援護を失ったのか垂直に落下してきた。勢いよく歩道上に着地し、そのまま動かなくなった。
しめた、とばかり帽子にたどりつこうとする僕を横から彼女が追い抜いていった。僕は彼女のスピードに呆れた。何てすばやい女なんだ。
あれを拾われ、車で逃げられてしまったらどうにもならない。僕のロマン紀行は始まったばかりで頓挫してしまうのか。
僕が落胆とともに恨めしい目を帽子に向けると、その気持ちがわかったかのように帽子は彼女の手を逃れてスルスルと前方へ滑り出した。
機敏な彼女の手は二度三度と空を切り、帽子は再び上空へ舞い上がっていったのだった。
僕は彼女のところへ追いついた。肩を並べて帽子を見送った。
帽子は車の行き交う道路の上を流れはじめたから、もはや追いかけるすべはない。
後ろから運転手が追いついてきた。
「アガシー、あの帽子はもうあきらめましょう」
彼女は嘆息を漏らした。
「わかったわ。刻限も近づいてきてるし、もう、行きましょう」
しかしこの時、帽子は向きを変え、こっちに戻ってきだした。川が遠くない場所にあるせいかこの辺は複雑な風の流れがあるようだ。帽子は走っていく大型トラックのボディにぶつかり、その上に舞い上がり、波打つように飛んで三十メートルばかり先の歩道上にふわりと舞い降りたではないか。
先を行く女の人がびっくりしたように帽子を拾い上げようとしている。
「ダメーッ! その帽子は僕のだ」
僕は叫びながら帽子に向かって駆け出した。女の人は手を引っ込め、こっちを見た。
僕が帽子を拾い上げると、彼女らもまた帽子をあきらめずに走り寄ってくる。
走り寄りながら彼女は叫んだ。
「その帽子は私のなのよ。だから返して」
僕にもピコにも無限の時間があってここへやってきているわけではない。ここで帽子の争奪戦やって道草など食ってはいられない。下手したら、僕の夢もピコの夢もここで無残な終結を見てしまいかねない。これじゃあピコはむろんのことながら、年取った僕の本体も相当のダメージだろう。
僕は、ままよ、とばかり、最初の願をかけた。
「帽子よ・・・2004年のヘルシンキ、ジュニアグランプリファイナルの場所へ僕らを連れてってくれ」
