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雨の記号(rain symbol)

管理人と理事長

English Version

娘を都会の大学に行かせてやった実家に、二年後、女子寮の管理人から電話が入った。自分は女子寮生の自主性をできるだけ尊重しながらここの管理人をやらせてもらっているが、何年に一度はとっぴな行動を起こす寮生が出る。
 お宅の娘さんがそうだという。
「どういうことでしょう?」
母親は不安いっぱいに尋ねた。
「ひとつは」
 管理人は切り出した。
「彼女はこの寮でレズに耽り、男役をやっていたという事実です」
「まあ!」
母親は驚きのあまり失神しそうになった。
「それで驚いてはいけません。こんなのは男子禁制の女子寮ではそう珍しくもないのです。問題はこれからなんです」
相手は淡々として応じる。
いっそうの不安に襲われながら、母親は震える声でかろうじて尋ねた。
「あの子が何をしたんでしょう?」
「子供が出来てしまったのです」
「何ですって!」
 母親の目は飛びだしそうになった。
「い、い、今あなたは娘が、レ、レズの男役をなさっていたと……お、おっしゃったではありませんか。こ、子供が出来るはずは……?」
「そうです。でも、彼女も男役を続けて行くことに疲れてもいたのでしょう。宝塚の男役も舞台を降りれば可憐な娘に過ぎないですから。彼女は都会に来て、作り、飾り立てていた自分に疲れてきていたのかもしれません。それとも……いや、今更こんな話はよしましょう。ひとつののっぴきならない現実に私たちは立ち会わされています」
「どういうことですの?」
「つまり……いつの頃からか、彼女は自分の気持ちの息抜きで、離れにある管理人詰め所にやって来てお茶を飲んで帰るようになったのです。そして」
「そして?」
 母親は疑いの声になった。
「まさか、あなたが……?」
「そうです。出来てしまったのは私の子供なのです」
管理人はしわがれた声で答えた。
母親はぽかーんとなったが、我に返り怒り口調になった。
「私の子供って……あなた、年は幾つなんですか?」
「六十歳になりました。しかし、子供を生むのは私ではありません。若い彼女の方ですから」
「そ、そんなことは分かっています。どうして、あなたのような分別を弁えた方が、ってこちらは聞いているんです」
「お言葉ですが」
 彼は言った。
「私は冒頭に申し上げたはずです。私は学生たちの自主性を尊重していると……彼女の主体性に引き摺られるように私は彼女と男女の仲となったわけでして……結果は今ご報告した通りですが、問題はこの後なんです」
「寮の管理人がはらませた子供に問題も何もないでしょう。これは何かの間違いです。すぐあの子に子供を堕ろさせます。あなたも何と破廉恥なことを……あなたもそれなりのことを覚悟しておいてください」
母親は興奮と怒りで唇をわなわな震わせた。
「あなたのおっしゃることはごもっともです。ですが、その罪は私が負うとして、彼女は、私がいくら説得しても金を積んでもそれに応じようとしないのです。そこがどうにも困った問題でして……はい。そこで何とか、ご家族の方たちから彼女を説得していただけないかとこうして……」
「よくもしゃあしゃあそんなことを……もういいです。こうしてもああしてもないでしょう。あなたではらちがあかない。すぐにも娘を呼び寄せ、真相を質し、出来た子供は早急に処理させます。いいですね。これは寮管理の問題でもあります。そのへんの意味も含めて覚悟しておいてください」
「はい。くれぐれもよろしくお願いします。私もこの年になって今更結婚でもありません。後日、あらためてご連絡させていただきます」
相手は最後まで丁寧な口をきいて電話を置いた。
「まったく……なんて男なんだろう。この後に及んでも堂々としてる。いい年寄りが、いかにも娘の方から迫ったようなこといって何が結婚よ。こうなったら、学園にねじこんで理事会で問題にしてやらないと気がすまないわ」
受話器を置いた後も、母親の怒りはしばらく収まらなかった。
「そうよ。お父さんと相談してそうしましょう。……それにしてもあの子はどうして連絡を寄越さないのかしら……あの子から話を聞くのが先決だわ」

三日後、当人から再び電話が入った。
電話口に出た娘の母親は、この間とうってかわり、上品な口のききかたでこのように言った。
「この間は気が動天してて大変失礼を致しました。あの後、娘から話をうかがいましてですね。夫を含めて話し合い、親がとやかく言える問題ではないと結論を出した次第です。お願いですので、娘の言い分をどうかよく聞いて上げてください。娘の涙には親も弱いということを、学園の理事長さんであるあなた様には重々理解してほしいわけでして……後日、娘ともどもそちらにご挨拶にうかがう所存でございます」
母親は電話口で、部屋の壁に向かって何度も何度も頭を下げ続けた。
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