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雨の記号(rain symbol)

ミッドナイトライン26Ⅸ(ヨナ姉ちゃんの帽子)その⑨

 
 僕はヨナの大きな看板を見上げた。しばらくボーッとした状態で彼女の姿を眺めた。それからまた歩いた。別のヨナに出会った。
 どこを歩いてもヨナに出会う。映画館のパネル絵や銭湯の富士の絵みたいな特大サイズから名刺サイズまで、この国はヨナの姿、ヨナの心があふれかえっている。この国で彼女はこんなにも広く行き渡った存在だったのか。あらためて感激を覚えた。
 誰かの会話が耳元でふくらんでくる。
「薔薇じゃないだろう。あんな薔薇、俺、見たことないぞ」
「いいえ、間違いないよ。たぶん、造花かなんかだろうけど・・・あれっ?」
 誰かが帽子に触れた気配がして、僕はあわてて振り返り、頭の帽子に手をやった。帽子を押さえてそばにいる者から後ずさった。この動作に相手は驚いたらしくて、ごめんなさい、と女の人がわびを入れてきた。
「ボク、ちょっといいかい。その帽子の飾りだけど、薔薇の花なのかい? だとしたら、造花だよね」
「造花なんかじゃない、本物よ。私、いまさわってわかった」
 僕は帽子を両手で取って胸のところにおろした。リボンの結び目の上についた薔薇を眺めた。ここまで来るまでに何人かが薔薇だと口にしていた。
「本物なら着色したやつだな。青い薔薇の需要が多くて、オランダ辺りは着色して青い薔薇を輸出してるって話を聞いたことがある。ソウルのどっかで扱ってるの見たことある気がする。デパートだったかな。その辺の花屋じゃなかったような気がする」
「昔から神秘に包まれてきた、これが噂の青い薔薇ってわけね。だけど、着色したっていう風にはとても見えないわ」
 女の人が手を出して薔薇に触ってきたのを僕は容認した。
「ありがとう。触ってみるとわかる。やっぱり、造花じゃないわ」
 僕はその人に訊ねた。
「ホームはどっち?」
「ホーム?」
「うん」
「ホームって、誰の?」
 訊ねかえしてきながら、男も薔薇に触ってきた。
 瞬間、驚いたように手を引っこめ、男は女の顔を見た。 
「おい、見たか?」
「うん、見た。薔薇の花が一瞬白くなったわ。光を発した海の生き物がその光をすっと引いていくみたいな・・・光の加減だったかしら」
「いや、光の加減というより、こいつの加減みたいだったぞ」
 二人は薔薇に目を近づけるようにした。
 自分の質問が反故にされて、僕は帽子を後ろにかくした。二人を下からにらみつけた。
「ああ、ごめん、道を訊ねられたのだったな。しかし、ホームってのは・・・」
 女が男の袖を引いた。
「永登浦のホームプラス店のことじゃない」
「ああ、あそこのことか。そんならボクの歩いていく方角になるが、だけどその薔薇、って・・・こら、行くな。質問したいことはまだあるんだよ」
「時間がないんだ」
 そう叫び返して僕は二人から逃げ出した。
 薔薇の質問ならこっちが聞きたいくらいだ。さっきも高校生くらいの女の子がこの花を見て寄ってきた。年頃の女子らに話しかけられたので、無視もできないと日本語で応じたら他の人たちも興味を示してわいわい集まってきた。女の子じゃないのに、この花のせいで妙な関心を持たれかたをしてカッコ悪いったらありゃしない。帽子についている花がどうのこうのでいちいち相手してたら、今の人には悪いがまた人が寄ってきて、最初の人だかりみたいになって最後は逃げる羽目になるに決まっているんだ。
 今の人たちは追いかけてくる様子もないので走るのをやめて歩き出す。立ち止まって思案に暮れたりしていると必ず何かが始まってしまう。こうなったら、そこのホームプラス店まで、足を止めないで歩いていった方がよさそうだ。
 それよりも空腹が始まったようだ。のども渇いたので前方のコンビニで食べ物とドリンクでも買って歩きながら飲食することにしよう。子供なんだし、別にカッコ悪いことでもないだろう。
 そうして少し急ぎ足になったら、すぐ傍らにブレーキをきしませて高級車が横付けされた。変身前の僕と同じ年頃の男が運転席から飛び出してきた。
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