平方録

身辺をつれずれに

ホォー … ホケッ ホケッ!

2015-02-28 04:40:03 | 日記
初音が遅いなぁとぼやいたばかりだが、昨日の午前中、ようやくあの声を耳にした。
やはりまだ「ホーホケキョ」とは鳴けない。
「ホォー … ホケッ ホケッ!」と実に下手くそである。
しかし、あの透き通るような甲高い鳴き声はまさに「春告げ鳥」そのものである。
心が浮き立つ。

 鶯やたどたどしさも芸のうち  花葯

間違いない! 春が来たんである。



「早春賦」の歌詞。

春は名のみの 風の寒さや 
谷のウグイス 歌は思えど 
時にあらずと 声も立てず 
時にあらずと 声も立てず

氷溶け去り 葦はつのぐむ
さては時とぞ 思うあやにく
今日も昨日も 雪の空
今日も昨日も 雪の空

春と聞かねば 知らでありしを
聞けばせかるる 胸の思いを
いかにせよと この頃か
いかにせよと この頃


この歌は知らず知らずに口ずさんでしまう歌のひとつである。
日本人の感性と云うのはつくづく素晴らしいと実感させられる歌である。
1番が好きである。3番は胸に迫る。
日本人に生まれてきてよかった。
作詞は吉丸一昌と云う人。

余談だが、このメロディーはモーツアルトの「春への憧れ」という曲にそっくりなんだという。
吉田章と云う人の作曲である。試しにYou Tubeで聞いてみたら「なるほど!」であった。

歌詞が言うように春は心が急かされる。そわそわしてしまう。鶯の声など鳥の声やら芽吹きやら…いろいろなものが始まる。
そして、それを見つける喜び。
今日は天気がよさそうである。朝ご飯を食べ終えたら、鶯を聞きに近所の林を散策してみようと思う。




横浜イングリッシュガーデンでは新しい園路開削工事が進んでいる。


アイスチューリップが見ごろである




  


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ウグイスの代わりに赤ん坊が泣いている…

2015-02-27 04:01:02 | 日記
今年は初音がまだ届かない。

早い年は節分の頃に聞くこともあるくらいだから、随分と遅いなぁと思う。
今冬は師走の声を聞いた途端に寒くなり、こんなことはあまり経験しなかったように思うのだが、長い冬である。しかも寒い。
確か気象庁の長期予報は訂正が入ったものの、秋口は「今冬は暖冬」と言っていたはずである。
それでも季節は確実に動いているようで、日足は延びてきたし、気象庁は知らん顔だが、鎌倉など相模湾沿岸では2月23日に「春一番」も吹いている。

それら春の到来を裏付けるように、太陽の南中高度も依然として低いままだが、それでも冬至の31.2度から比べて2月27日は5度も上昇して46.2度にまで上がってきた。
日足が伸びたと書いたが、これも冬至と比べると実に9時間43分から11時間16分へと昼間の時間は93分も延びているのである。
暑さ寒さも彼岸まで。その春の彼岸まで、あとひと月足らずである。
ウグイスの声が聞こえても良いころなんである。
上手に「ホーホケキョ」と鳴けないで、舌足らずになったり、つっかえたりするのを聞くのも微笑ましく、春浅い時期の楽しみのひとつでもある。

そんなことを思いながら妻に「今年の初音は遅いねぇ」と話しかけたら「馬鹿ねぇ、あなたは。うちでは赤ちゃんが泣いているじゃぁないの」とたしなめられてしまった。
「ウグイスもはじめはケキョケキョと繰り返すばかりで上手に鳴けないけれど、うちの赤ん坊も同じよ。最初はかよわい声で『フゥー』というような、空気の抜けたような、ため息のような声を出してお乳をせがんでいたけれど、今は『おい、かーちゃん、おっぱいおっぱい! 早く!!』と男の子らしく随分と威張って泣くような、大きく威勢よく泣くようになってきたわよ」とまで言う。

「………」

恐れ入った。1本とられてしまった。

長女のところに誕生した若殿である。
22日の日曜日に病院から退院してきてわが家でしばらく過ごしているのだが、生まれ出た時に2600グラム足らずしかなかった小さな赤ん坊だが、生後10日ほど経った今、顔立ちなどだいぶしっかりしてきたようである。
確かに泣き声もしっかりしてきたように思う。

来月の中旬になると、二女のところの姫が幼稚園を卒園して、1人で5日ほどわが家に遊びにやってくる。
甘えん坊の一人っ子だから母親から離れるのは一大決心に違いない。「もう小学生になるんだから」とか言われて背中を押されたんだろう。
生まれたての従兄弟に会うのを楽しみにしているようで、どんなお姉さんぶりを発揮するんだろうか。



若殿の御足




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柱状節理と4000本の梅

2015-02-26 04:40:17 | 日記
高校同期の3人組で湯河原の幕山公園へ。

幕山の標高は620メートル。柱状節理がむき出しになった山肌を衝立のようにして、その手前のなだらかな傾斜地に約4000本の紅梅・白梅が梅林を形作っている。
街中の梅林の形よく整えられた所と違って、広々とした大きな空間に、それこそ一望できるように梅の花が咲いていて、見事というほかない。
5分咲きといったところで、見た目には十分に満足できる咲き具合である。

酒や地場の特産品を並べる店が並び、人出の方は平日のためか2、3分咲きといったところ。
とはいえ湯河原駅からのバスは座席がいっぱいになるほどだった。
しかし、こういう広々とした場所に散らばると、景色の中に吸収されてしまって、ほとんど邪魔にはならないのである。

カップ酒をちびちびやりながらおでんをつつく。
湯河原までの電車内に魚屋で買った貝ずくしの握りずしとカップ酒を持ちこんで喉を湿しながら来たので、ここでは1本でやめておいたが、他の2人は2本飲んで舌の回転を滑らかにさせて行った。

たまに、こうして会って酒を飲むが、たいした話があるわけでもない。昔から気の合う者同士、なんとなく一緒にいて同じ空気を吸って、心の平穏を得ているようなものである。
こういう間柄では何事もないのが良いと言えば良いのである。

30歳以上も年下の女性と暮らす不届きな友人は清水の舞台から、いやスカイツリーのてっぺんから飛び降りるような感じなのか、金の算段など自分ではしないままに、妹夫婦にあおられたとかで、あれよあれよと築6、70年のあばら家を壊し、新しい家を建てているのである。
その新築の家は4月末に完成と言う。まさに春がめぐってこようとしている。

相手の両親のところに“仁義”を切りに行ったのかと問えば、困ったように顔をしかめて「まだ」という。
そのあたりのデリカシーは備えているようである。まだ行っていない気持ち、行きづらい気持ちは、何となく理解できる。

○○と○○と○○たちがクラス会のような事をしたらしい。その流れで店にやってきて飲み食いして行ったとか、双子姉妹の姉だか妹の方が亡くなったようだとか、こういうのを風の便りと云うのだろうが、ふーんと聞くばかりで、名前は覚えているのだが、どうも実感がわかない。
遥か遠いところの話のようであり、実際遠いところの話になってしまっている。
高校時代と云うのは50年も前のことである。もはや忘却の彼方に霞んでしまっている。

山を下り、小田原あたりで飲み直しということになったが、座席に落ち着いてしまうと無精な心根が頭をもたげる。大船まで戻ってきてわがホームグラウンドの居酒屋に落ち着いた。
刺し身と焼き鳥と、なかなか両立は難しいものだが、どちらも美味しいとあって連日超満員の店である。しかも安い!


   たくあんの波利と音して梅ひらく   加藤楸邨

   梅の奥に誰やら住んで幽かな灯    夏目漱石

   梅で飲む茶屋もあるべし死出の山   大高源吾(赤穂義士)


次は不届きな友人の新居に押し掛けて、内裏雛のように2人を並ばせ、そのさまを肴に飲みたいものである。













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品格以前の問題

2015-02-25 05:48:41 | 日記
「人品骨柄というけれど、品位というのは大事ですな。憲法解釈を捻じ曲げてまで、数の力で我意を押し通すなどというやり方は、教養のかけらを少しでも身につけている人物には恥ずかしくてとても耐えがたい行為のはずなんだけれど」

去年の夏、国会でほとんど議論もしないまま、国民に十分な説明もしないまま、戦後の歴代内閣がやりたくても無理だった集団的自衛権行使を閣議決定と云う方法で決めてしまったアベ内閣。
憲法9条は自衛権は認めているが集団的自衛権は認めていない、というのがこれまでの憲法解釈である。
その解釈を閣議決定と云う方法であっさり変更してしまったんである。どう考えたっておかしいじゃないか。

冒頭に掲げたのは、その時、アベ首相というのはつくづく教養も品性のかけらも持ち合わせていないんだなあ。
侍であったならば絶対にやらないやり方だなあ。恥というものの考え方は持ち合わせていないんだろうかと、いささか呆れて書いた一文である。

今度は白昼の国会である。
衆議院の予算委員会の総括審議の最中。民主党議員が閣僚の政治献金問題について質問している、まさにその時、目と鼻の先で質問している議員に向かって自席に座ったまま「日教組どうするの」などと何度も野次を飛ばしたのである。
これには野次られた議員や民主党議員が怒るのも当たり前で、自民党出身の元副総理の予算委員長でさえ「総理、総理、ちょっと」とたしなめざるを得ないひどさであった。

実に醜いものを見せられてしまった。教養も品位もあったものではない。
見ているだけで、こちらが恥ずかしくなる。勘弁してよ、と言いたい。
あの呉服屋の番頭みたいな顔をしたタニガキとかいう幹事長さえもが「日本政治の最高責任者だから、野次にもそれなりの気品が必要だ」と顔をしかめる始末だ。
前代未聞と言ってよいのではないか。実に嘆かわしい。

こういう振る舞いは何故に起こるのか。
守勢に回らざるを得ない状態に直面して、普通の人なら、言葉を尽くし、論理を尽くして何とか説明しようとするだろう。切り抜けようとするだろう。それを端から放棄した姿である。
例えしどろもどろになりかけても、言葉を尽くして何とか切り抜けようとするのが普通である。
ましてや、国会と言う論戦の場ではないか。

しかるに、その説明を省いて「特定のキーワード」を持ち出して、一方的に大声で相手を驚かすように威嚇する。
多分相手が嫌がるだろうとか、自分が嫌っている物を指す単語が「特定のキーワード」ということだろう。多分、日教組というのが心底嫌いなんだろう。
それを持ち出し、相手の話を聞かずに大きな声を出す。
まさに論理や言葉で説明を尽くす、という行為を放棄して、感情をあらわにした姿がそこにあったのである。
言葉を持たない暴力の人や駄々をこねるときの聞き分けのない子供と変わらない。
そういう人が日本の現在の政治リーダーなんである。

恐れ入りました。



わが家の庭もだいぶ春めいてきた



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鎌倉は「春一番」なのだ

2015-02-24 04:00:47 | 日記
梅の花も随分と開いてきて、日足もはっきりと伸びたことが分かるようになるこの季節、待ち焦がれるのは「春一番」であろうか。
字面から受ける清新で浮き立つような語感と、何がしか抱かせる期待感のようなものがこの熟語には詰まっているように感じる。

立春から春分までの間に吹く、その年初めての南寄りの秒速8メートル以上の強い風、と気象庁は定義している。
元々紀伊半島から西の海辺で「ハルイチ」と呼んでいたようだが、安政6年(1859年)2月13日、長崎県壱岐郡郷ノ浦の漁師が出漁中に強風にあおられ漁船が相次いで転覆。死者53人を出したそうだ。
それ以降、この強い南風を「春一」「春一番」と呼ぶようになったと、ものの本は紹介している。

さらに民俗学者の宮本常一が研究のため郷ノ浦を訪れてこの語を採集、ちょうど百年後の1959年に俳句歳時記で紹介したのがきっかけで新聞に載り、広まっていったようである。
待ち焦がれる春の使者、象徴のイメージからはかけ離れた悲劇が隠されていた。
とはいえ、芭蕉や蕪村の句も見てみたかったものである。

昨日の横浜の最高気温は20.7度にまで達した。
夜半に強い風の音で目を覚ました。寝ていて気付くような強さなのだから半端ではないはずである。
孟浩然の「春暁」。春眠不覚暁 処処聞啼鳥 夜来風雨声 花落知多少
まさに夜来風雨声だったのである。
朝起きてみると風は止んでいたが、南に面した雨戸やガラス窓はひさし近くまでびしょ濡れで、雨が横殴りに叩きつけたことをうかがわせていた。
てっきり春一番が吹いたのだろうと思った。

しかし、東京では吹かなかったようである。相模湾沿いの一部にしか吹かなかったのだろう。気象庁は認定しなかった。
確かに東京で観測される春一番はまだ吹いていない。それだけのことだろう。
吹いたところでは吹いたのである。
よろしい。ここに宣言しようではないか。「鎌倉では2月23日に『春一番』が吹いた!」と。
何か文句あっか ?

この春一番に乗って、けして浮き浮きしたわけではないけれど、税務署まで出かけて確定申告を済ませてきた。
あの面倒なパソコン画面を使った入力作業には時間がかかってしまったが、一人でこなし、数万円の還付があることも確かめて、少しばかり軽やかな気持ちになったのである。
どこかの大臣と違って、善良な日本国民の一日でありました。



善良な国民もそうでない国民もみな等しくその務めを負う

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