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女の短いスカートから白い膝がのぞいている。長い髪は、最近はやりのワンレンとかいうやつだ。
「今日はデパート、早びけしてきたのです」
なんの告白がはじまるのだろうか。やはり池袋あたりの百貨店に勤めているらしい。着ている物もそれなりに洗練されている。もうすこし小奇麗なアパートが似合いそうだ。色白の瓜実顔。目鼻立ちはうすくて、眼をふせていると雛人形のにみえる。だまって喋らせることにした。
「神尾さんの夕刊を盗ろうとしたら。もうおかえりでした」
「新聞とってないんですか」
「あまり読みません」
どういうことだ。単なる盗癖なんだろうか。
「もうひとりのわたしが手癖が悪くて・・・・」
態度にはみせなかったが、その言葉にすこし動揺していた。またおかしな人が出てきた。もうひとりの自分て、多重人格なのだろうか。それとも、気味の悪いことを言って、この場をのがれようとしているのか。弁解のようにも聞こえなかった。さきほど、自分だって、「やめとけ!」と、もうひとつの声を聞いていた。たぶん、そういう言い方をしているだけなのかもしれない。女は、すこし体をゆらして、座りなおした。
「ときどき無性に物を盗みたくなるんです。子どものとき何度か補導されました」
「なにかが欲しいわけじゃないんだ」
わざとタメグチぽく応答してやる。こっちはカウンセラーなんかじゃないんだから。
「はい、なんだか小さな罪を犯したくなるんです」
新聞をヌカれた側にすれば、小さな罪とも言いたくなかったが、黙っていることにした。
「就職した職場で、ときどき、商品を盗みたくなるんです」
「やったことあるの?」
「いえ、さすがにできませんでしたけど」
「それで?」
「神尾さんところの新聞をこっそりヌイていくと、気持ちがスッとして、職場ではそんな気持ちがおこらなくなったんです」
「それ、病気とちがいますか?」
思い切っていってやった。カウンセラーじゃないんだから。
「そうかもしれません。もうひとりの自分が勝手に動きだすんです。物を盗んでやると、おとなしくなります」
もうひとりの自分ではなくて、むしろ自分の中にいる他者だろうという気がした。
それに、手癖が悪いのは、その他者じゃなくて、自分だろう。さっきは、そうはいっていなかった気がした。
「いつから、もうひとりが現れたの?」
「十四歳くらいの頃からです」
「そいつが、盗めっていうの?」
「いえ、盗みたいのはわたし。盗んで、いそいでその場をはなれようとしているときには、わたし、ひとりきりになってる。あの人、どっかに隠れて出てこないから」
「でも、これから、うちの新聞を盗めなくなったら、困るね」
なんだか相談ごとにつきあっているかんじになってしまった。
「来月から新聞やめるんだ」
「そうなんですか・・・」
女は途方にくれたような顔をした。そのまえに、もっというべきことがあるだろうに。
「物を盗んだりすると、しばらくあの人出てこないんです」
「出てくると困るのかな」
「はい、あの人がわたしのからだを支配しようとするから」
多重人格というより、二重人格だな、と密かに思う。比喩ではなく、本物の病気での。