ツタンカーメン発見に大きな役割を果たしたカーナヴォン伯爵家の歴史やハイクレア・カースルについてもう少し知ろうと本棚をひっくり返していたら、たまたまイギリスのカントリー・ハウスについて書かれた本が出てきた。それによると、16世紀の後半から、政治の主役でもあったイギリスの貴族たちは国会開催中などに政治の舞台であるロンドンに滞在するときに住んだのがタウン・ハウスと呼ばれ、それ以外の時に自分の領地で過ごしていたのがカントリー・ハウスと呼ばれた、と。
テレビドラマ「ダウントン・アビー」のロケに使用されたカーナヴォン伯爵邸ハイクレア・カースルはテムズ川にその威容を映すイギリス国会議事堂を設計したチャールズ・バリーの手になる。威風堂々とした、直線的で空に伸びあがって人を威圧するようなのが特徴のゴシック様式は、特に19世紀の地主階級の自信と誇りを象徴しており、ヴィクトリア女王治世下で「7つの海を支配」して「太陽の沈むことのない (the empire on which the sun never sets)」と言われた大英帝国の絶頂期に最も好まれた建築様式である。このことは、伝統的な地主階級の利権を代表するトーリー党(現在のジョンソン党首が率いる保守党の呼び名)が権威主義的なゴシック様式を好んだことからもうかがえる。一方、産業革命で富を蓄えた新興産業資本家たちは、合理主義の立場から新古典様式を好んだ。政治信条が建物の様式にまで及んでいたわけで、新古典様式の代表的建築物としてはロンドンからそう遠くはないところにあるクリブデンがあげられるだろう。
他の欧州諸国とは異なり、イギリスは1215年の大憲章(マグナカルタ)以降王権は制限され、各地の有力な地主によって構成される議会によって国政が運営されてきた。したがって、欧州の絶対専制君主が建てたような壮麗な王宮や離宮ではなく、各地主がそれぞれの領地でその権威を誇示するためにカントリーハウスが建てられたという経緯がある(名前にカースル・城とついていてもいわゆる軍事的な意味の城ではない)。さらにはイギリス貴族の志向としてあった、華やかなだけの都会よりも田園生活を好み、「自分の城で自分流の暮らしを楽しむ」という、自主独立の精神もカントリー・ハウスを生んだ背景にあるだろう。
ゴシック様式はその権威主義的な印象を指摘する向きも当然あるが、建築史において果たした役割、そこに実際住んでいた貴族階級の生活の足跡の残る場所として、一見の価値はある。貴族階級の生活様式は、今でも王室を頂点とした上流階級のなかで脈々と生き続けている。なお、ゴシック様式、新古典様式に加え、ロスチャイルド家のカントリー・ハウスであるワデスドン・マナーは16世紀のフランスのシャトーの建築をそのまま受け継いで独特であり、カーナヴォン伯爵邸とは全くちがう趣だ。ちなみにカーナヴォン伯爵家が、ロスチャイルド家アルフレッドの莫大な財産を引き継ぎ一時隆盛を極めたのに対し、イギリスロスチャイルド家は財産の分割によってむしろ没落の道をたどるというのは皮肉な話である。
確かに一部の限られた特権階級でなければ豪壮なカントリー・ハウスを持ち続けていくのは難しい。地主階級というものは、親の世代から爵位と邸を引き継ぎ、それを次の世代に引き継いでいく、そのため当人たちはカントリー・ハウスを所有しているのではなく、一時的に管理を任されているのだ、という思いのほうが強いのだろう。だから、もし自分の代で邸を手放すようなことがあれば、これは最も恥ずべきことのように思われたに違いない。「ダウントン・アビー」の中で、主人公のグランサム伯爵ロバートがカナダの鉄道会社に投資し、その鉄道が破産してほぼ全財産を失い、自分の邸を手放さなければならない瀬戸際にまで追い込まれる場面で、妻の前で彼が涙する場面があるがこれはその時代の地主階級の心情を現したものと言えるだろう、なお、「ダウントン・アビー」では娘婿に予想もしなかった莫大な財産が転がり込み、それによって屋敷を失うことが避けられるという展開になるのだが。
イギリスの長所にも短所にも挙げられるのが現在も厳然と存在する階級制度である。イギリスほどの規模を持つ国でしっかりとした貴族制度を持つ国は世界にはない。このような制度の存在することを是とするか否かは意見の分かれるところである。一方で、多くのカントリー・ハウスを見るとそこにはそれぞれの貴族の歴史が深く刻み込まれている。歴史を変えることはできない。歴史を知ることによってその国をよりよく理解することができるとしたら、公開されているカントリー・ハウスを見てまわることも有意義だと思う。
国会議事堂と同じ復興ゴシックん様式のハイクレア・カースル(ダウントン・アビー?)
イタリア風新古典様式のクリブデン
16世紀フランスのシャトーのスタイルを受け継ぐワデスドン・マナー
またまたダウントンアビーの話題を、ありがとうございました。☺️
いろいろな建築様式の中で、イギリスのカントリーハウスとしてはやはりゴシック様式が一番しっくりくるように思います。特にハイクレア・カースルは広々とした空間に、悠然としたたたずまいが素晴らしいですね。