はな to つき

花鳥風月

桜の下にて、面影を(46)

2019-11-15 21:40:38 | 【桜の下にて、面影を】
☆☆☆

二葉が生まれてから、これほどまでに咲き誇ったことのない白桜は、まるで晴れ着を纏っているかのように、庵の前で主の目覚めを待ち続けていた。
「よくぞ、ここまで成長してくれた」
静かに寝息を立てる二葉の横で、主治医でもある父が呟いた。
「二葉は――」
眠り続ける娘の手を握り、今にも決壊を破りそうな涙を湛えた母がひざまずいている。
「――」
「そんな――」
俯いて小さく首を振った彼の表情に、その一言が精一杯だった。
「短すぎる制限時間を遥かに超えて、我々に幸せを与えてくれた自慢の娘だ」
これまで、丁寧に、大切に刻まれてきた鼓動だからこそ、どうしたって家族に夢を見せてしまう。
科学の限界を唱えたくなってしまう。
医師だからこそ、己の限界を知る身だからこそ、それを信じて一日を重ねてきたのである。
その人の言葉だ。
「兵衛(ひょうえ)さんが、そばで見守っていてくれなければ、ここでこうして、
二葉の寝顔を見ることはできなかった。本当にありがとう」
斜め後ろで落涙するメイドに、父も母も深々と頭を垂れた。
「滅相もございません。私の対応がもっと早ければ――」
「いや、最善の処置でした。今度もまた、京都まで帯同してもらって、本当に良かったと思っています」
「――」
兵衛の素顔から流れ落ちる涙が勢いを増し、そこから言葉は消えた。
静かすぎる会話に包まれて、まるで意識が戻っているかのような柔和な顔を向けながら、二葉は眠り続けていた。

(つづく)

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