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はな to つき

花鳥風月

世界旅行の世界(5)

2019-06-15 23:11:03 | 【世界旅行の世界】
 両脇に、綺麗に路上駐車されている右側通行の道。
 その真ん中を、上が白、下が黄色の路面電車がつるつると走って行きます。
 海のある坂道から、迷うことなく一直線に上ってきます。
 右にカーブを切っていて、その先がどういう道になっているのか分からない坂の上からは、少し怖いくらいの音を連れて滑り降りてきます。
 一列に埋め尽くす車たちからも、お互いに可愛らしいカラーをして走る路面電車同士も、すれすれの間隔を保って見事に行き過ぎていきます。

「なんか、おもちゃみたいな電車でかわいいね」

 イワシサンドとあたたかいママさんたちとのお話の時間で、すっかりお腹も心もふくらんでいる女の子は先生の横顔を見上げます。

「おもちゃみたいだね、ほんとうに。何倍も大きくしたおもちゃが、そのまま走っているみたいだ」
「どのくらい大きくしたら、この電車になるかな」
「さあ、どのくらいだろう。まず、おもちゃを何倍にしたら人間が一人乗れるのかを考えるといいのかな」
「なんでそう思うの?」
「たとえば、人が一人乗れる大きさが分かったら、今度はあの電車に何人くらい乗れるのかを想像して、その人数を掛け算すれば、大体の大きさが分かるんじゃないかと思うんだよね」
「なるほど、たしかにそうだね。先生、頭いいね」
「また、バカにしているね、この子は」
「バカになんてしてないよ。本当にそう思ったんだよ。だって、こういうことを考えるときは、最初に何を基準にするのかを想像するところから始まるんだって分かったから」
「へえ、すごい変換能力だね。るみちゃんこそ、頭いいじゃない」
「えへへ。すごいでしょ」
「うん、大したもんだよ。気づくポイントが冴えてる。だって、さっきの方法を聞いたら人によっては何も考えずにすぐに計算をしようとする人もいるでしょう」
「そうか。私は計算をすることはまだ考えていなかった」
「ね。計算に取り掛かる人もいれば、あなたのように、わたしの言ったことばを別の言葉に置き換える人もいるということになるでしょう」
「ほんとだ。でも先生、それってどっちがいいことなの?」
「どっちも悪くないということじゃないかな。計算を始める人は実直な人といえるだろうし、別の容器に入れ替えようとする人は自分で考えることを大切にしている人なのだろうからね」
「そっか」
「良い悪いではなくて、この場合はどちらを大切にしているのかということを自分で分かっていることが重要なのかもね」
「そういうことか。やっぱり先生、頭いいね」
「それはありがとう。でもきっと、わたしくらいの歳になればいえるようになることだと思うから、あんまり褒められると恥ずかしいね」
「先生、めんどくさ」
「あはは、めんどくさいね、たしかに。そして、褒めたあとに、すぐに落とすね、るみちゃんはいつも」
「えへへ、本性です」

 そんな話をしているふたりの横を、どのくらいのトラムが通り過ぎていったでしょう。
 その往来を見ていたら誰でも乗ってみたい気になってくるのはどうしてでしょう。
 不思議な魅力を発している小さな乗り物であることは間違いないけれど、きっと正面から見たときの顔に愛嬌があることが最大の要因のように思えます。
 どんな表情に見えるかは人によって異なるだろうけれど、少なくとも険しい顔つきに見る人はいないことでしょう。
 とても楽しそうな顔をして走り回っているように見えることが、旅人たちを魅きつけるのだろうと思えてきます。

「結構上まで歩いてきたから、今度は海に向かって電車で下って行くというのはどうかな?」
「いいね。あ、ほんとだ、いつの間にかこんなに上って来てたんだね。見て見て、海がさっきとはちょっと違う色に見えない?」

 女の子は、ふたりで上って来た道を振り返って、ゆっくりした色をした建物たちの間に見える海を差しながら先生を見ます。

「青が少し濃くなった感じがするね」
「それに緑が混じってきた気もする」
「そうだね、緑だ。不思議だね。位置は高くなったけれど、同じ方向から見ているのに、同じ海がこんなに変わるんだね」
「あ、私、分かったかも」
「すごいな。どうしてだと思ったの?どうして、そう見えるようになったと思ったの?」
「多分、影が増えたんだ。道路の横に並んでいる建物の影が増えたんだよ」

今度は、影色になっている建物を見上げながら少し真剣な表情で女の子はいいます。

「そうか。海に近い方は建物が少ないから光が差し込むけれど、上に来ると建物の影が増えるのか」
「そう。下の方が明るくて、上に行くほど光が少なくなるんだよ」
「なるほどね。るみちゃん、頭いいね」
「あ、先生、私のことバカにしてるぅ」
「あはは、おあいこだね」
「えへへ、あおいこだ」
「そう、おあいこ」

 そう言って、ふたりは笑います。
 そして10メートルほど先に停留所があるのを見つけ、次のトラムが来るまでの短い時間をそこで待つことにします。

(つづく)