喪失とトラウマが引き起こす症状
(引用ここから)
症状1,
失ったモノを思い出して辛くなる。
大切な何かを失ったり、トラウマになるような体験をしたとき、
まずやってくるのは心の苦しみです。
まともにものが考えられなくなり、食事や入浴など当たり前の作業も困難になります。
こうした苦しみの中で、私たちは多くの初めてを経験します。
あの人を失ってから初めての食事。あの事件が起こってから初めて一人で過ごす夜。
このような日々は長ければ数ヶ月続きます。
もう戻ってこないと思うと目の前が真っ暗になり、深い悲しみに襲われます。
しかし悲しみは病気ではありません。
正常な心の働きです。焼き付くような痛みも時間と共に薄れていきます。
時間は回復に欠かせない要素です。
大抵は半年ほどで最もつらい時期を受けますが、
傷の深さや生活の影響度によっては、それより長くなります。
いつまでたっても立ち直れない場合、喪失とトラウマに人生を支配される危険があります。
以前を楽しかったはずの物事にも、興味が亡くなり悲しみと痛みが心を埋め尽くします。
過去の体験に閉じ込められ、人生が停止してしまうのです。
症状2、
自分が何者かわからなくなる。
喪失やトラウマを経験すると、
それまでの現実が一気に覆されます。
ときには自分という存在が根本から揺らいでしまうこともあります。
喪失やトラウマを体験した人の多くは、アイディンティティの再構築を迫られます。
例えばそれまで会社人間だった人が職を失う、
運動好きだった人が進退能力を失ってしまう、
そんなときはいったん立ち止まり、自分を見つめなおす必要があります。
今の自分には何が大事なのか何をすれば、自分らしさを取り戻せるのか。
それが見つからなければ心の穴埋まりません。
自分が何者なのか分からないまま失ったものの大きさに打ちひしがれ、
世の中をさまよい続けることになるのです。
症状3,
世界がわけのわからない場所になる
世界を理解したいと思うのは人の基本的な欲求です。
わたしたちは自分なりのやり方で、世の中な仕組みを理解しています。
何を信じ、世界をどう解釈するかによって、人の行動は変わってきます。
ある人は、神の意思が世界を動かしていると思っていますし、
別の人は、因果応報がこの世の理だと思っています。
あらゆることには理由があると思っている人もいれば、
全部ただの偶然だと思っている人もいます。
世界が公平だと思うか、不公平だと思うか、
努力は報われると思うか、意味だと思うかは、すべて人の世界観が決めることです。
そうした認識の枠組みを創出やトラウマ体験は根底から揺るがします。
それまで信じていた世界が崩れ去り、訳の分からない世界になぎだされるのです。
答えの出ない問いが頭から離れなくなり、思考は同じところをぐるぐると回り続けます。
なぜあんなことになってしまったのか、あの時自分がこうしていたら何かが変わっていたのか、
大抵は半年ほどで自分なりの落とし所が見つかりますが、何年経っても答えが出ないこともあります。
過去に起こったことが消化できなければ、新たな現実を生きることはできません。
それを防げるためには、なるべく早いうちに新たな世界観構築をすることが大切です。
起こったことを受け入れ、それを含めて世界を見ることができれば、無数のもしもも徐々に
消えていきます。
手当は、早いほど現実への適用も早くなり、心的外傷後ストレス障害に苦しむ危険も減少します。
喪失トラウマの対処法
対処1,心の痛みを和らげる
話すことが癒やしにつながるとよく言われますが、話さない方がいいこともあります。
脳科学の研究によると、私たちは思い出すことによって記憶を少しずつ書き替えているそうです。
心の痛みが癒えない段階で詳細に思い出すというやり方は、出来事の記憶と心の痛みをセットにして
頭に書き込んでいるようなものであり、元になった出来事を思い出すたびに強い苦しみを味わいます。
話すこと自体が悪なのではありません。
話したいときは好きな時話すがいいです。ただし、話したくない人に、喋らすの危険です。
話したくない人たちは、話さないことによって気持ちをうまく処理している可能性がある
からです。大切なのは自分の気持ちを無視しないこと、話したいと思えば話、
話したくなければ話さなくていいのです。話したいのに身近に話せる相手がいないなら、
なくなった人に手紙を書くという方法もあります。
生きているうちに伝えたかった想いを言葉にすれば、気持ちがいくらか落ち着きます。
どんなやり方を選ぶにせよ焦りは禁物です。心の傷を癒すための一番の薬は時間なのです。
対処2,
悲しみから意味をつかみ取るステップ3
耐えがたい経験から、うまく立ち直るためには辛い経験を人生の中に正しく位置付け、
そこから自分にとって大事な意味を読み取ることが不可欠なのです。
意味づけのプロセスは、理解の段階、工程の段階に分けられます。
理解とは起こった出来事を、人生の枠組みの中にうまく配置し、
筋の通った説明を見つけること。工程とは、辛い出来事の中にも、少しでもポジティブな面をつけること。
例えば、人生の有難目に気付いた、人生でやりたいことがわかったなど、
気づきを得ることができます。
工程のプロセスは、回復がある程度進んでから始まります。
ステップ1,
どのようにではなく、なぜを問う。
心の傷を残すような出来事が起こると、その場面を何度も思い出してしまいます。
このループから抜け出すためには、思い出すときの考え方を少しだけ書いてみましょう。
どのようにと考えるのはやめて、なぜと考えるのです。
するとあなたの側面が見えてきて、出来事の本当の意味に一歩近づくことができます。
なぜという介は私たちの知恵を広げます。
バラバラだった物事がつながり、より豊かな文訳で事態を整理するようになります。
単に被害者として悲しむのではなく、その意味を主体的に考えられるようになるのです。
ステップ2,
もしもこうだったらと考える。
嫌な事が起こったとき私たちはもしもこうだったらと考える傾向があります。
こうした思考は一見ただの現実逃避に見えます。
しかし科学的には有用であることがわかっています。
もしもを考えることは、現実逃避ではなく、そうなるべくしてなったと納得するための大事
な一歩なのです。なぜかというと、同じようにもしもという考えは抽象的な思考を必要とします。
物事の間に、慣例を探し様々な側面を分析しより大きな視野で現実を捉える作業です。
堂々巡りの思考を打ち破り、新たな理解に到達する第一歩になるのです。
そのためのコツは、いい可能性だけではなく、悪い可能性を考えるということです。
こうしていたらあんなことは起こらなかったと考えるだけではなく、
もしもこうしていたらもっと酷いことになっていたと考えるのです。
このつの思考を組み合わせることで起こってしまった現実を人生にうまく位置付ける
ことができます。
ステップ3,
教訓や今後に生かせる何かを見いだす。
どんな耐え難い体験も終わってみれば何かを与えてくれます。
喪失やトラウマ体験に意味を見いだすためには、そこから学べる教訓や今後に生かせる
何かを見つけることが大切です。
それは簡単なことではありません。それでも何か得られるものが見つければ自分のやる
べきことがわかり、人生の確かな手答えが生まれます。
次回は好奇心の期待方についてお届けします。
お楽しみに
最後までご視聴いただきありがとうございました。
引用はここまで
ここからは運営者の感想です。
私自身も喪失によるトラウマを抱えています。
今でも、時折、何の前触れもなしにトラウマと言うものは
出現します。本当に辛い気分を何度も味わっています。
今回の対処法が何等かの救いになれば幸いです。
グリーフアドバイスでは今回のユーチューブ動画への
リンクを掲載しています。時間があれば一度お立ちより
下さい。
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