日々・ひび・ひひっ!

五行歌(一呼吸で読める長さを一行とした五行の歌)に関する話題を中心とした、稲田準子(いなだっち)の日々のこと。

菊の御紋男

2008年06月13日 | お仕事な日々
その男の顔は、
ハンサムの部類に位置すると思った。

黒いTシャツを着て、
肌が浅黒い。ワイルド系の。目が二重でギョロっとしてて。

そんな野性味あふれる男が、
スーパーの中をうろついていたって、
別におかしいとは思わない。
どんな人間にだって、食料調達は必要だもの。

ただ、その肌の浅黒さが、
単なる日焼けだけでなく、
何日もお風呂に入っていないことが原因だと、
ひとつめの試食のパンを渡した瞬間にわかった時、

外見がどうであろうと、
まずそこが、
人として受け付けることが出来ない
最初の原因となった。

これから始まる、
イデオロギー的な話を聞かされる以前に。

     ★

「これ、何かわかる?」

買う意思が全くないお客にとって、
ひつこいマネキンなど、めんどくさいものだろう。

その男に試食品を渡したとたん、
これといったトークもせず、
私は深く関わろうとはしなかった。

だから、
逆に声をかけられた時、
私の方がめんどくさく重たい気持ちになった。

男が見せたものは、金ピカの菊をかたどった、
キーホルダー?印籠?……か何かだった。

あぁ、これは、
もうひとつ、
試食品のパンの切れ端がほしいということだな、
と、察知した。

沽券に関わることなのか、
男の人で、
買う気もないのに、
試食のふたつ目がほしい人は、
小芝居をするか、
売り物とは関係のない、
仰々しい大義名分をぶつけてくる。

実にめんどくさい。

見せてきた菊の金ピカをチラ見して、
「わかりません」と考えようともせず答えた。

「これはすごいものやねんで。
日本にだって、数個しかない。
よく見て。菊の花びらが細かくあるやろ。
由緒正しいねんで。
純金でつくられているヤツはめったにないねんで!」

「知りません」「わかりません」「興味ありません」

お客さんと会話しているとは思えない声の低さで、
繰り返し答える。

菊の御紋男は、
とうとうウンチクを引っ込めた。

『もう終わりね』とばかりに、
私は、露骨に商品整理をし始めた。

が、男の中には、マニュアル化されたものがあるのか、
次の話に取り掛かる。

「パン、この国には沢山あるやろ。
これは全部、
今の政府が他国からの圧力に屈して、
パンを作るための小麦粉を輸入し続けているからや。

日本は米を作ろうと思えば、作れたはずやのに、
減反政策をして、
パンを食べさせよう、食べさせようと、仕組んだんや」

という感じの内容を話し始めた。

このほかにも
「中国バブルはやがて崩壊する。崩壊してもな……」
とか、
賢いことを言っているかのように聞こえて、

でも、
「食糧難」「環境破壊」「温暖化」
などの、
最近の、最新の、
ボキャブラリーが、
曲がりなりにも入っていないところに、
説得性がない。

私だって、
そんなに世の中を咀嚼できているわけじゃないけど、
グローバルな視点での話が欠けていることぐらいは、分かる。

「知りません」「わかりません」「興味ありません」

話のところどころで、
会話を切るように、嫌そうに言う。

そして時々、ちょっと近づいて、
こちらの様子を見て、立ち去っていく主婦達に、
菊の御紋男をあからさまに無視して、
「いらっしゃいませ~どうぞ~」と、声かけをした。

いい加減、うんざりしていたので。

私は菊の御紋男に、

「パンに興味は無いんでしょ?
買わないんだったら、どこか他所でそういう話をしてください」

と、切り出した。

「ほんなら、まぁ、1個買わせてもらうけどな」

男はかごの中にパンを1個、
物色もせず入れた。

ふん、どうせ、レジまでは持っていかないんだろ?
と思いつつ「ありがとうございます」と、
ムカつきながら言う。

そして、やっと「もう1個ちょうだい」と、
ふたつ目の試食品を所望した。

「これで勘弁して下さいね」と私は吐き捨てる。

「しばらくしたら、パンは安くなる」

菊の御紋男はそう言った。

とにかく、全ては政府のせいらしい。
株価だとか、環境だとか、
経済や自然の変動に目がいっていない。

「そうなればいいんですけれどね」

ヒトゴトみたいに答える。

「なんでや。高い値段の方が、儲けられるやろ」

『買え控え』という言葉を知らんのか、こいつは。

「まぁ主婦なんで、安いほうがいいです」

と、試食販売中であることを横に置いて、
フツーに答えると、

「え!?主婦なんか!?」

……それが何か。ナニユエに驚く。

男は急速に私に対する関心を失って行ったようだった。

なんやねん。
主婦やったらアカンのか。
ナンパでもしていたつもりなんか。

『尊敬の念』でも抱いてもらって、
パンのひとつでも貢がせようと思ってたんか!?アホちゃう?

あぁ~ムカムカ。

     ★

男が立ち去った後も、
お客さんが少ないので、
別のことを考えなければならない状況に、
なかなか陥らなかったので、
ムカムカの余韻は長引いた。

「ひょっとして右翼だったのかな?」と、
後の祭り的に思う。

あれ?もしかして、向こうは、
「右翼だと気づいてもらっている」という前提で、
話をしていたのか?

……わからないけど。

菊の御紋男が立ち去って、
小1時間もしないうちに、
パートさんが他所に置かれていた
私の売り物のパンを、返しに来た。

証拠はどこにもない。

ないけれど、
あの菊の御紋男のパンだろうと即座に思った。

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