大川の花火大会である。一頃、その近辺のマンションの購入者が、さも特権階級の如くもてはやされていたが、今ではヒルズとやらにおされ気味である。で、大川、隅田川の花火大会である。花火は角度によって、立体感の増す姿と平面的にしか見えぬ姿がある。花火の絵といえば、棟方志功、ヒロヤマガタぐらいしか思い浮かばぬが、いずれも平面的に描かれていて、あの壮大な球体の美を描いたものにであった経験がない。美の世界に暗愚なゆえかもしれぬが、花火を下で見たときの立体感はなんともいえない。なるほど花火師と言われる職人が色だけでなく、広がり、火の粉の落ち方まで苦心惨憺して、尺球といわれる球体に火薬を配置するのかと感じ入ったものである。
花火を見て掛け声を聞く姿も見かけない。俗に玉やの声が有名であるが、江戸の花火師には玉やと鍵やの二軒が技を競った。鍵屋による出火が原因で江戸に大火事が起こったことから、鍵屋は取り潰されてしまった。つむじ曲がりの江戸っ子は、なくなった鍵屋を惜しんで、掛け声だけでもと、残したが、いつの間にか玉屋だけになってしまった。今では、玉屋も危ういかも知れぬ。
今、どれだけ人が出るのかわからないが、この日は歩くことを覚悟して行った方が賢明であろう。なにせあれだけの人混みだもの、帰宅する際は、銀座線の駅を2駅ほど歩くつもりで、そうすれば改札での混雑を避けることは出来るはずである。
花火を見て掛け声を聞く姿も見かけない。俗に玉やの声が有名であるが、江戸の花火師には玉やと鍵やの二軒が技を競った。鍵屋による出火が原因で江戸に大火事が起こったことから、鍵屋は取り潰されてしまった。つむじ曲がりの江戸っ子は、なくなった鍵屋を惜しんで、掛け声だけでもと、残したが、いつの間にか玉屋だけになってしまった。今では、玉屋も危ういかも知れぬ。
今、どれだけ人が出るのかわからないが、この日は歩くことを覚悟して行った方が賢明であろう。なにせあれだけの人混みだもの、帰宅する際は、銀座線の駅を2駅ほど歩くつもりで、そうすれば改札での混雑を避けることは出来るはずである。