ALTER EGO

La vie est belle sauf la mienne?

人生は罰ではないのか

2018年02月07日 | Ma vie
もし人生が、罰ではなくて嫌がらせだったら。

人生は罰なんだから、逃げてはならない、逃げる権利はない。許される日が来るまで、罰は甘んじて受けなければならないと思ってた。だからいくら楽しくなくても辛くても苦しくても、けっして自分で死んだりしてはならないと。

でも、もし人生がそんな崇高なものではなくて、ただの嫌がらせだったら?誰か何か知らないが、人に嫌がらせをして喜んでいるだけだったら?だったら、その嫌がらせをしているやつに、バカバカしい、こんなことにつきあってられるか、くそくらえだ、と言えるのではないか。

あるいはこれが復讐だったら?その誰か何か知らないものが、恨みを晴らそうとしているのだったら。そのためにわたしを直接攻撃するのではなく、わたしの人生の周辺をねちねちといじり、わたしが苦しむのを見て喜んでいるのだったら?だったら、やはり同じことが言えるのではないか。

自分で死んで終わりにしてもいいのではないか。

罰と嫌がらせと復讐の違いはどこにあるんだろう。どうやって見分けたらいいのだろう。

絶望している人は

2018年02月07日 | Ma vie
絶望している人はある意味幸せだと思う。だって希望がなければ、こうなればいいということがなければ、絶望もできないでしょ。それと同じで、泣いている人も幸せなんだと思うよ。泣くことがあるのだから。

絶望することも泣くこともない闇がある。

この世に対して、生きていることに対して、泣かない、怒らない、悲しまない、憎まない。何もない。絶望というような希望に満ちた崇高なものですらない闇。