ALTER EGO

La vie est belle sauf la mienne?

気の進まない飲み会

2007年10月15日 | Ma vie
彼女が来ることはわかっていた。来たらどうなるかもわかっていた。案の定、えんえん自慢話。誰かがほかの話をしても、わたしもねとか、わたしの時はね、でけっきょく彼女の自慢にもどる。

いやな女だわー。2度とこいつとは会わない。決してこいつの幸せを祈ったりはしない。そう思いながら何も言わず、だまって話を聞いている自分もいやだった。

自慢話に反応するのは嫉妬かもしれない。あまりにも似たシチュエーション。わたしが実現できなかったことを彼女は実現しようとしている。わたしがどんなにもがいても手にすることのできなかった幸せを手にしようとしている。なぜ彼女にできてわたしにはできなかったのか。わたしはそれほど価値のない人間なのか。

忘れようとして忘れられない古傷に手をつっこまれた思いがした。

人は人の中でしか

2007年10月08日 | Ma vie
生きていけない。人の中で生きていく以上「しなければならないこと」はでてくる。わたしはもう入院患者ではない。何時までにどこそこに行く、何日までに何をする、誰に会う。J'avoue que ca me fatigue. J'ai envie de repousser tout et tout...

また始めてはいないか。人のことばっかり、しなければならないことばかり設定して自分を追いつめていないか。これをやめるには訓練がいる、のかもしれない。なにしろ慣れてないもんで。

疲れていても、時間がなくても、自分がしたいことを先にするんだよ。

新しいうちは

2007年10月08日 | Ma vie
ぴかぴかの新築ではないけど気に入っている。何より築40年以上もたったぼろぼろの社宅と比べたら天と地。開闢以来の「豪華」マンションだわ。脱衣/洗面所がある。お風呂も玄関もコンクリートの打ちっぱなしじゃない。当番はあるけど全員集合の草むしりなし。空室のふすまや畳を替えてくれる職人さんにお茶を出す必要もなし。

ただし契約は3年間の期間限定。だから3年をめどにここでの生活を設計?する。余命あと3年に似てるかな。あと3年で何ができるのだろう。あと3年で「死ぬ」のなら、これからやろうとすることに何の意味があるのだろう。

退院して

2007年10月07日 | Ma vie
1ヵ月とちょっと。とりあえずは歩いてもふらつかなくなった、階段もふつうに降りられる。車の運転もちょっと怪しいけどどうにか。ワーファリンは続けて飲んでいる。足はやっぱりすぐむくむので弾性ストッキングをはいている。また痛くなったり異常にはれたりはしないからいいのかな。

退院していきなり引っ越しの段ボール箱との戦いを余儀なくされたけど、リハビリにはちょうどよかったのかもしれない。やっとどうにかかたづいた。

というわけで身体的、物理的にはとくに問題なし。なのだが

何かどこか現実味に欠ける。Je me sens un peu detachee de tout. 矢が遠くから放たれているような、自分のことなのにひとごとのような。

もうひとつ、入院前にはどうしてもしなければならないと思っていて、じっさいにしていたことが今はどうでもいい。たとえば前に書いたような1日、1週間のスケジュール。どうしても我慢がならなかったこと、嫌いだったことが今はそうでもなかったりする。その逆もあり。

入院して「人が変わった」のか、たんに住む家が変わったからか。なんだろうね。