「徒然 雑記」 (こころ のままに…)

日々 感じたり・考えたり・創作したものを気ままに綴る…雑記です!

雑記!

2009-03-17 15:04:58 | Weblog・ブログ(日記)・つぶやき
ちょっと前まで、団塊世代の大量退職の時代に於いて、「賃金の後払い」である退職金で、日本の国内経済は、個人消費の増大によって、明るい兆(きざ)しを予測がされていました。
一方、日本の雇用慣行が一部崩壊し、元々の「勝ち組・負け組」の言葉も…
(余談ですが、実際この言葉は社民党・共産党が強い沖縄県の公共事業に於いて、支持する代議士・地方公共団体の議員の当落に依って、公共事業の仕事の受注等が決定され、議員在任中は、落選支持者は落札「ゼロ」になる沖縄県独特の違法な制度が小泉元総理大臣時代に全国的に蔓延(まんえん)してしまった言葉のようですが…。
民主党党首小沢代表の政治献金事件で、大久保秘書が逮捕されましたが、「ゼロ」になるのは、沖縄県だけらしいです。)
また、派遣労働者も全国で100万人を越え(ある報道では、6000万人程度の雇用者のいち160万人程度)ているのが、現状とか…。
ここで問題なのは、企業は、会計上「退職金積立金」をしているらしいですが、団塊世代の大量退職という特殊要因によって、企業の財務内容を圧迫しているという点です。
その事によって、効率的なアウトソーシングとしての「派遣労働」という労働雇用の正当化に繋がったのかもしれません。
制度がある程度整備されれば、派遣労働者の保障・権利も充実しますし、何よりも事業としての「派遣労働」の分野の利権もありますから…。
言ってみれば、労使間には、相互のメリットがあった訳です。
ただ実際面で、雇用者の方のデメリットが顕著になり制度の根本的見直しが必要視されています。
国民の「人生設計」の労働分野のモデルケースを考えた場合、決していいモデルにはなり得ないでしょう。
あくまでも、一時的臨時のものや当人の特殊事情の場合以外は、いい制度ではないですから…。
ただ、「国民総白痴」・「国民の9割以上は、中流意識」の時代にも、日雇い労働者が現在の派遣労働者以上にいた訳です。また高校進学率は上昇してますから、相対的に高卒は、当時の中卒と同程度の立場になってしまいます。
私の住んでいる地区に興味深い例があります。
それは、「JA」です。
昭和30年代に高校進学率は、5割程度だったらしいですから、高校進学した方は、中学時代学業成績が「中より上」の方が多かったと推定されます。当時の「農協」には、結構いい人材が就職されたようです。
ところが、現在「JA」はその結果「…農林高校」の学閥ができてしまっているらしいです。

ところが、現在「…農林高校」は、0点でも入学できる高校になってしまっているらしいですが、「学閥」はそのままですから、どんどん地区の最低の人材が入社しているようです。
これは、笑えない事実です。
余談ですが、現在の我が市の市長さんは、30年前の方の「…農林高校」を卒業された方です。
どんな時代でも、「ピンからキリまで」の社会ですから、時代の変化や時代々々の相対的な変化で事象を捉える事も重要な事のようです。
(自分可愛さの悪平等の主張や逆差別にならない社会の成長とそして時代での底上げは、大切です。
また日本は、社会主義ではありませすから、個人的なチャンス(幸運)による「機会」までは否定できません!)

序でですから、日本の社会的歪(ゆが)みを考えてみると、それは全て「国内」問題に於いては、「少子高齢化」に起因していると考えます。
「長寿社会」は、喜ばしい社会ですから、少子化の原因、そしてその悪制度に付いて個人的考えを…。
それは、「保育所」の存在です。
決して、「保育所」の全てを否定している訳ではありません!
「母子家庭」とか、無料にしても福祉的に必ず必要な施設です。
ただ保育所の「待機児童」等の視点から、税金の補助までして社会的に必要とされるものでしょうか?
全ての社会的悪弊とする理由は…
まず子供のパーソナリティの成長過程における母子の関係を希薄とする事です。
言ってみれば、子供は「捨て子」の施設で育てられたのと同様の状況になってしまう点です。
子供は、「自我形成」の前に自己と他人を区別する前段階に於いて、母親との関係が、以降の干渉となります。
早期にその関係を強制的に断絶されれば、自我形成もできない「個」のない(個性と言う意味ではなく、自他の区別がない)性格になってしまうでしょう。
また保育所に子供を預ける理由は、パート労働をする為という点も問題があると考えます。
国民の権利・義務に於いて、勤労は国民の三大義務の一つですが、憲法解釈上は、「プログラム条項」とされ、時代々々の状況で強制まではされない義務です。
ましてや、子育てまで放棄してパート労働をする事によって、社会的悪弊もでてきます。
失業率の上昇や一番問題視されるのは、世帯主の失業です。
派遣労働もそうですが、企業は時間的に融通の効くパート・アルバイトによって安価な労賃で雇用できますからそれなりのメリットもあります。
また派遣労働やパート・アルバイト労働が増加すれば、労働賃金「相場」も低下し、将来的には、夫婦共働きで、やっと以前の主人の給与程度の収入になってしまうケースも出てくるのではないでしょうか。
これは、あくまでも仮定ですが…。
また社会的に少数なら、「生活費の足し」の程度のままで推移する可能性もあります。
個人・家庭的に家計のプラスにもなりますし、状況によっては、どうしても…のケースがありすから、強制的に規制すべきものでもありません。
ただ税金で従来以上に補助してまで、奨励する必要性があるのかという事です。
「少子化」の問題も、経済的な理由より、実際は子育ての煩わしさから解放されるパートに出たいという本末転倒の原因があるケースもあるのではないでしょうか。
心理学でいわれる合理化(「酸っぱい葡萄」の話とか)の苦し紛れの理由付けも…。
「ゆとり教育」「詰め込み教育」などの悪弊などの教育問題もそうですが、社会的歪みの政治的問題は、様々な観点からのアプローチが大切で、失敗は許されないものだと考えます。
何故なら、他ならぬ社会全体が被害者になってしまうのですから…。
(これまでの意見は、社会的歪みの問題の私の個人的考えであり、あくまでも「社会的」なアプローチの問題であり、「個々の」国民がどういった行動をするかの正邪の問題ではありません。)

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