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ガラスの御伽噺

ガラスの仮面、シティ-ハンタ-(RK)、AHの小説、BF
時代考証はゼロ
原作等とは一切関係ございません

シュガーボーイと月曜日

2017-11-08 16:00:00 | シティーハンター

『か・お・りッ♪』

『うっ、わっ、絵梨子(汗)』

月曜日のお昼休み。

香は学校で廊下の窓から、ボンヤリ外を見ていた。

風は冬の終わりと、春の気配を知らせるように、すこし冷んやりしているけれど、感触は柔らか気だった。

『ねえ、香、どうしたの?最近、いつも一人ね。何か悩み事?』

香は高校に上がってからも、学校の人気者だ。女子にも男子にも人気がある。なかでも、香の大親友の絵梨子は並々ならぬカオリストで。

ここ一週間ほど、休み時間の仲間との馬鹿笑いに入ることもなく、一人でぼんやり外ばかり眺めている香が気になってしかたなかった。

『別に、何もないよ!?』

そう、悩み事という部類ではない。香の案件は。

『そう?でもさ、香、やっぱり、何かあったんでしょ?』

絵梨子の眼がキラリと光る。伊達に数いるライバルを押しのけて、香の親友の座に君臨していない。どうにも、香の様子がいつもと違うのは見抜いているのだ。

『アタシは、何もないよ・・・。』

香はウソが付けないタイプである。つい言い回しが微妙になった。

『ふ〜ん。香に何もないなら、香以外の人に何かあったんだ?』

絵梨子は鋭い。香に直球を投げる。

『・・・。』

香は押し黙ってしまった。仲間とおしゃべりする時の香は、素直で会話のテンポも良く、笑ったり、笑わせたりと元気だ。でも、絵梨子はずっと気になっていた事がある。

--香は自分の事や、悩みを話したがらない。--

思春期を過ぎたばかりの、この年頃の女子達は往々にして。不安定な子猫のように、生意気だけれど、臆病な生き物である。

絵梨子も強気なようで、いつも香を聞き役に愚痴や悩みをぶちまけている。

でも、絵梨子は香の悩み事を聞いたことがない。

香は兄と二人だけの家庭で母親もいなければ、親類も少ない。自分に打ち明けないのなら、女子同士でしか分かり合えない大小さまざまな悩みを誰に相談するというのだ。

我慢しているなら、自分に打ち明けて欲しい。秘密は当然、厳守する。

常々、絵梨子は思っている。

授業開始5分前のチャイムが鳴った。

『はあ〜、次は数学かあ。関数とか、もお無理〜。』

絵梨子はぶつぶついいながら教室に戻ろうと香を促した。

『・・・あ、数学のプリントの課題、やるの忘れた・・・。』

香は、昨日、数学の課題をやるつもりだったけど、思わぬ出来事ですっかり失念していた。

『え〜!早く教室、戻ろ!頭いい子の、見せてもらおうよ!』

やっぱり、香の様子がいつもと違う。課題を忘れたときの、香のリアクションは結構オーバーだ。

なのに。今の香は、どうでもいいことを忘れていました、とでもいうような感じで。

今は時間がない。

絵梨子の決戦は放課後だ。

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『獠、具合はどうだ?』

槇村秀幸は、買ってきた食糧の入った白いビニール袋を、獠が横たわっているベッドの枕もとに一番近いサイドボードに、ガサリとおいた。

『ああ、熱は引いたな。回復、早めってから寝てっけど、問題ない。起き上がれるさ。』

『問題わけない訳ないだろう。こっちは気にしないで、ゆっくり休め。』

あまりに自然に話すので、まるで本当に大した事がなかったのでは、と思わせるけど。獠の左肩の傷は相変わらずひどく傷む。

『依頼、あったんだろう?』

『ああ、受けるにしても、この仕事はオレ単独でやる。・・・それより、獠・・・。』

秀幸は、昨日、獠が薬で眠らせた白人女が目覚めのを確認した後、このアパートに戻ってきたのだが。あまりの違和感に不信を持っている。昨日は、獠の熱が酷く、聞き出す事はしなかったが・・・。

『なんだ?槇ちゃん。』

獠はのんびり答える。右手には如何わしい雑誌を持ち、視線の先はあられれもない姿のAV女優のグラビアだ。

『冴子きたのか?』

秀幸は、冴子ではないと確信しているが、冴子以外の可能性は絶対に排除したくてあえてこんな尋ね方をする。

『いや?冴子どうかしたのか?』

冴子は、秀幸が現職警察官だった時の同僚で、今は秀幸の恋人だ。秀幸と獠がシティーハンターとしてコンビを組んでからというものの、彼女経由で時々裏の仕事が持ち込まれていた。

獠は依然、雑誌を眺めている。袋閉じを器用に歯で開封すると、ピリピリと切り取り線が裂かれる音がして、陰部丸出しの露骨なグラビアがハラリと開かれた。重傷人であるはずの獠は、それを見て厭らしいい目でニヤニヤとガン見中だ。

いつもの事なので秀幸は構わなかったが、でも・・・。

『なあ、獠、部屋、掃除されていないか?それに、なんでピーナッツバターなんかあるんだ?』

恐る恐る、秀幸は本題を切り出す。重傷の獠が掃除なんてできるわけないし、そもそも元気でも獠は掃除なんてしない。それに、ピーナッツバターなんて甘ったるい物を、この男が買うわけもない。

すると、獠は雑誌から目を外し、秀幸に視線をチラと向けた。

『・・・獠ちゃん、モテるから❤ 歌舞伎町のもっこり天使ちゃん達が、いつの間にかきたんでない?』

とりあえず、とぼけてみる。

獠は、相棒の懸念は感づいたけど。当の相棒本人は事実を知りたくないようだった。時間稼ぎでしかないけれど、今はこれでいいと思った。

『・・・そうか。じゃあ、行くよ。依頼人と待ち合わせなんだ。』

秀幸も深追いはしない。聞くのが、コワくて。

『もっこり美人ちゃんだったら、紹介しろよ!槇ちゃん。』

獠がいつもの調子で、秀幸にくだらないお願いをする。

『・・・残念だったな、獠。依頼人は男だったぜ?』

槇村秀行は、仕方のないヤツだとでもいうように、獠に笑いかけて部屋を辞した。

己の心配ごとは、予感的中だと確信して・・・。

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『香、ねえ、帰りにウチによっていかない?パパのデザインしたドレス出来たの。すごく綺麗なのよ、見ていかない?』

絵梨子の父親は、デザイナーズブランドKITAHARAのオーナーであり、デザイナーだ。絵梨子自身、実は結構なお嬢様だったりする。

だが、絵梨子は二世に甘んじるタイプではない。彼女の夢は、自分自身のブランドを持つデザイナーだ。

『ありがと、絵梨子、ごめん、今日は帰るね。』

香は申し訳なさそうに微笑んで、絵梨子の誘いを断った。でも、絵梨子は、その裏に事情を抱えていそうな香の様子を見逃したりしない。

普段と様子が違う、この、明るくて元気で優しい親友が本当に心配で。一人で抱え込まずに、自分にだけには頼って欲しかった。

『ねえ、香、ほんとに何があったの?お兄さんに、何かあったとか・・・?』

絵梨子はもう一度香に問いただした。絵梨子の推測は当たらずとも遠からずで、香は思わず口もごり、顔をうつむかせた。

『昨日の日曜日だって、前から公開日になったらスターウオーズ観に行こうって約束してたのに。急に行けなくなったって。香、凄く楽しみにしてたじゃない?』

そうなのだ。昨日、絵梨子との約束を反故にしてまで、獠の傍にいた。でも、兄と組んで、二人で微妙な仕事をしている男の存在を明るみにしていいのか香には判断が付きかねた。

『え・・と、絵梨子、アニキが怪我したワケじゃないよ。昨日は、ほんと、ゴメン。』

自分を真剣に心配している親友の権幕に、香はちょっとタジタジで。そして、ウソがつけない香の言葉尻から、またしても絵梨子は直球を投げかける。

『怪我?香でもお兄さんでもなくて、誰が怪我したの?』

・・・しまった。・・・

“怪我した”なんて。

香は、余計な事を言ってしまった事に気が付いた。思わず視線が宙を泳ぐ。

『香、あなたの大事な人が怪我をしたのね?』

絵梨子の質問は続く。

『ちがうよ、絵梨子。別に、大事な人っとか、・・・じゃないよ。』

そう。香にとって、サエバリョウという男は、ただただ謎の人物で、アニキのパートナーだ。

『ふ〜ん、大事でもない人のせいで、アタシ、香にドタキャンされたんだあ?』

絵梨子の言葉に、香もよく自分自身の気持ちすら良く分からない事を自覚する。

そりゃ、あんな重傷人、一人で掘っておけないのは事実だけど。それにしたって、家じゅう掃除して、食事までだすなんて。

昨日、獠が香に帰宅を促す夕方まで、結局香は獠の傍にいた。

ふいに考えゴトをしだした香の表情を、絵梨子は見つめる。香は、明るくて元気な人気者だけど、ちょっと疎い所があって、大丈夫かな・・・?とハラハラしてしまうのだ。

『ねえ、香、悪い人に関わったりしてないよね?』

絵梨子の不安げな声に、香は我に返った。

サエバリョウが、悪い人か善い人か、判断できない。

でも、

『・・・悪いヤツじゃ、ないと思う。』

やっと、それだけ香は口にする。

“ヤツ”って事は、香は昨日、男と一緒だったのかと絵梨子はピンと来た。

『その人は、アタシに紹介できる人?香。』

絵梨子は真剣だ。香は、とりわけ恋愛とか男女間に関する事に疎い。知らず知らずに、変な男に引っかかって香が傷つくのは我慢ならないのだ。

『ごめん、絵梨子。アタシもそいつのコト、ホントに良くしらないんだ。でも、ワルいヤツじゃないと思う。』

そう、兄が一緒に仕事をしているパートナーが、悪人であるはずはない。香は自分に言い聞かせる。

『・・・わかったわ、香。でも、アタシ、香の絶対に絶対の味方だから。何かあったら、香の相談に乗るのは、アタシだからね!』

絵梨子は思いっきりの笑顔で香を見る。ちょっとは、無理してるけど。信じるというのも、信頼の証だと思っているから。

『うん、絵梨子!何かあった絶対、絵梨子に相談する!』

香も笑顔で返す。

『もしかして、香、今日もその人のトコにいくつもりなの?』

もう、絵梨子はいつもの調子を取り戻している。

『今日は、・・・行かない。多分、アニキがそいつのトコに行っているから。』

香も、ようやくいつもの調子を取り戻す。

これから、いろいろありそうだけど。

女子高生はタフでもある。

                          «完»

 


シュガーボーイと日曜日

2017-11-06 05:00:00 | シティーハンター

※獠と香が、笹井重工の一件で、初めて出会ってから一週間ほどたった頃のお話。※

※秀幸は、香と獠の出会いに気づく前。※

 

 

 プロローグ

 

---『おい、獠、やっぱり病院にいけ。』

---『平気さ。サンキュー、お礼に今度、女紹介するぜ♪』

・・・失礼な男だ・・・。

 

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Ver 槇村秀幸

オレは怪我の手当てはてなれている方だが、まさかこんな外科手術まがいの事をさせられるとは思わなかった。

---“槇ちゃん、急でワリイけど、ちょっとオレの部屋まで来てくんない?”---

夜明け近く、オレの携帯にかかってきた電話の主は、珍しく獠だった。オレからヤツに連絡する事はあっても、めったに獠から連絡が来る事はない。

おまけに、獠の声にいつもの覇気も無ければ、おちゃらけた様子もなく。それに、何故、こんな時間に・・・?

嫌な予感がして駆けつけてみれば。

獠は左肩から大量出血した状態で、ヤツの自室のベッドに横たわっている。シーツどころか、マットレスまで血液は浸み込んでいて、あきらかに重傷だ。

なのに、

『早かったな、槇ちゃん。・・早速だけど、その棚の下に、医療器具の入った箱あっから。』

そういって、首をわずかに傾けて視線で場所を示す。

そして、

『ワリイけど、ピンセット消毒して、肩にはまった弾取ってくんない?自分じゃうまくできなくてさ。』

オレに突然こんな要求をしてきた男は、ベッドの上で身じろぎ一つせず、そのまま目を閉じた。

獠の服を、箱の中に入っていた大きな裁ちばさみで切り開く。左肩に銃創が見えた。

獠の肩に埋まった弾は、血液で覆われて滑るうえに、筋肉に圧迫されてピンセットで取るのは至難だった。上手くいかず、麻酔もかけていない獠の傷口に、何度も焦ったピンセットが突っ込まれる。

なのに、獠は。

医療は素人のオレに、傷口をつっつかれているにも関わらず、少しも痛そうな所をみせない。それどころか、

『落ち着けよ、槇ちゃん。太い血管は外れているから。・・出血も弾ぬきゃ、じき、収まるさ。』

穏やかな声で、オレをフォローしてきやがる。

やっと弾が抜けた。ピンセットでそいつを膿盆に落とすと、カチリと嫌な金属音がする。

続けて消毒と傷の縫合の処置をしながら、獠の自己コントロールの完璧さに身震いするとともに、いたたまれない気持ちになった。

こんな我慢強さが、身に着くなんて。今まで、どんなキツイ生き方をしていたんだよ・・・、と・・・。

以前、弾丸の威力を抑える為に、獠は自分の掌を貫通させショックを吸収させた事があった。あのときは、ひどく傷口の手当てを痛がっていたのに。あれは芝居だったのか・・・?

本音の見えない男だ。

弾を抜き終わったあと、やはり病院に行くべきだと思った。

『獠、この辺りにはモグリでも、腕のいい医者はいるぞ?病院に行って来い。』

弾に付着していた血液を、テッシュで拭い、小さなビニール袋に入れながら獠を説得する。が、

『モグリ?ははッ、槇ちゃんの事か?』

相当な出血で、体にうまく力も入らないのだろう。口調は冗談めかしているものの、その声はどこか弱弱しい。

病院に行く気が少しでもあるなら、わざわざオレを呼ばない事は分かっていたから、説得はあきらめる。

朝焼けの日の光が部屋にこぼれ入ってきて、獠は眩しそうに右腕を上げると目の前にかざしていた。何か、考え事をしているように見える。

こんな怪我をしているというのに、獠の意識の先にあるのは、どうも自分の肩の傷ではなさそうで。事情がきになった。

『まったく、おまえは、こんな時まで冗談か? ・・・その怪我どうしたんだ、らしくないな。』

多くは語らない獠の話から推測すれば、どうも最近獠が殺した男の恋人が、獠に復讐しに来たとの事。・・・女には、手を上げない男とは思っていたが。

女の黒く燃え上がる復讐心を受け止め、よけられるはずの弾丸をワザと自分の体にあてにいくなんて。・・・優しいのか、バカなのか。

オレは質問を続ける。

『その女はどうした?』

再びこんな事があればまずい。獠は女に甘すぎる。

『薬で眠らせてきたよ。目が覚めたら、ゲイバーの中さ♪』

結局、その女が再び獠の前に現れる事はなかった。だが、獠の今までの血にまみれた生き方を考えれば、今後も似たような事態は起こり得るだろう。

オレは、思わずため息を吐いた。

『それより、槇ちゃん、そろそろ戻んなよ?五時半だ・・・。妹に黙って、ココ来たんだろ?もう起きちまうぜ?』

獠の存在は、妹の香に伏せている。日曜日の早朝に、オレが家にいない事に香をが気づくのは都合が悪かった。

『・・・ああ、帰るよ。無理するなよ、獠。』

『もっこりちゃんがお見舞いに来たら、モッコリを大サービスするけどな(笑)』

くだらない獠の冗談は、オレを帰宅させる為の手段だろう。これ以上、獠に話をさせて、体力を消耗させるわけにもいかず、オレはヤツのアパートを出た。

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Ver 槇村香

電話の着信音で、なんとなく目が覚めた。

それは兄の部屋から聞こえてきたけど、時刻はまだ明け方前だ。

はっきりアタシに言わないけど、アニキは警察を辞めて、冴羽という謎の男と妙な仕事をしている。きっと何かあったのに違いない。

アタシは着ていたパジャマを脱ぎ捨てると、ジーパンとトレーナーに着替える。

すぐに、アパートのスチール製の扉が閉まる音がした。アニキは外に出て行ったようだ。

アタシはサッとジャンパーを羽織ると、兄の後をこっそり追った。

行先は、アイツのアパートだった。でも、何故?

アニキは慌てている。乱暴にヤツのアパートの通用口のドアをあけると中に入っていった。

そして、暗いうちは気づかなかったけど・・・。

夜明けとともに、周囲が明るくなると、通用口のドアの取っ手や、扉に血液のようなものが付着したのが見える。

やがて、アパートから出てきたアニキは、丁寧に血痕を拭き取ると何食わぬ顔で自宅に戻ろうと歩き出した。

“いっけない、アタシも戻んなきゃ!”

勝手にアニキを尾行していたのがばれるのは、やっぱり、まずい。

考え事でもしているのか、のんびり歩く兄を背後に、アタシは急いで家に戻った。

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Ver 冴羽獠

槇村が帰っていったあと、オレはしばらくベッドでじっとしているしかなかった。いくら体力自慢のオレでも、これだけ出血すれば意識も少しは朦朧としてくる。

けれど、アイツを束縛するわけにはいかない。

アイツには、高校生の妹がいる。

今日は日曜日だし、多分、一緒に朝メシ食ったり、買い物なんかして、たった二人きりの兄妹は過ごすのだろう。

こんな怪我を負った事を、周辺に知られたくなくて槇村に処置をたんのだが、それだけで十分だ。

家族のいるアイツを、極力巻き込みたくない。

普通に、日曜日ってやつを楽しんでいればいいんだ・・・。

傷口がドクドクを鼓動を打つよう痛む。

とても眠れたものではないが、どうしようもない。

そのままベッド眼を閉じると、眠気ではない圧倒的な闇に引きずりこまれる。

大量の出血は、オレから意識を奪っていく。

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Ver 槇村香

『おはよう、香。』

何も知らないふりをして台所に入ってきたアタシに、朝食の味噌汁を作っていたアニキがいつもの笑顔で振りむいた。

 『おはよう、アニキ。日曜日ってさ、朝はいいけど、午後から憂鬱だよね。』

アニキの分と、自分の分のご飯を、炊飯器からよそいながら、当たり障りない言葉をかける。こうしていると、明け方の出来事がウソのような、平和ないつもの槇村家の朝だ。

テレビでは、日曜日の朝ならではの報道番組が流れている。プロ野球や、政治・・・。アタシは退屈で仕方ないけど、アニキはこの番組をしょっちゅう見ていた。

アニキがお椀に、出来立ての味噌汁をついだ。

穏やかな表情は、早朝の出来事を微塵も感じさせない。でも、きっと、アニキのスラックスのポケットには、アイツの血液が付着したハンカチが入っているはずだ。

『どうした?香、なんかあったか?』

アニキのおしりのポケットを凝視していたアタシは我に返る。

危ない、危ない・・・、アタシは何も知りません、何も見ていません・・・。

『な、なんでもないよッ、てか、テレビ退屈!』

ワザとふてくされたフリした。

『香、お前ももう高校生なんだから、こういうテレビみたり、新聞読んだり、大事だぞ?少年ジャンプばかりじゃあなあ。』

のんびりと、たわいもない事を言いながら味噌汁に口をつけるアニキは、本当にいつも通りだ。

---ねえ、アニキ、獠どうしたの?あれ、獠の血だよね、怪我したのアイツ?---

聞けば、答えてくれるのだろうか。

気になって、箸が進まない。香ばしく焼かれた塩鮭を、箸でいじって細かくしていくだけで。なんか、口に運べない。

獠、あんた、どうなってんの?誰かそばにいるの?

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 Ver 槇村秀幸

多分、香は何か気づいている。

今朝、オレが家を出払った事も。

必死でごまかしているけれど、香は思っている事がすぐに表情に現れるタチだ。オレもそんな香に気づいていないフリをするけれど、せっかくの日曜日の朝だというのに気まずい。

てか、なんで香、オレの尻を凝視する?まさか、ハンカチについた獠の血液、ポケットから染みて見えるわけじゃないよな。

でも、香に獠の存在をしっかり伝えるわけにもいかない。アイツは、その存在だけで危険すぎて・・・。

獠が眠らせてゲイバーに保護させた女の状況も気になる。様子を見に出かけたいが、ますます香の不信感をかうだろう。

まずいな。

香はさっきから、焼きシャケをつっついては、ちっとも食べていない。

・・・。

ヤバイ。

『ねえ、アニキ、』

な、なんだ、香。お前、何を言い出すんだ? 

ポーカーフェイスの裏側は、冷や汗でべったりだ。

『アタシ、・・・』

頼むから、オレの杞憂であってくれ、香、お前に知られたくない世界なんだ・・・、今は、まだ、・・・。

『今日、絵梨子と映画見てきていい?スター・ウオーズの新作みたいんだあ。』

映画?映画の事を考えていたのか?・・香・・。

『いいなあ、スター・ウオーズか。何作目だ?』

オレは香に調子を合わせた。

やはり、なんか不自然ではあるが、今は香に合わせるしかない。それに、絵梨子クンと一緒に映画に行くなら、帰宅は早くても夕方だろうから、オレもその間は行動できる。

少し、多めに香に小遣いを渡した。香は単純に喜んでいる。

今のまま、頼むから、もう少し、今のまま。

可愛いオレだけの妹でいてくれ、香・・・。

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Ver 槇村香

アタシがついた嘘、アニキどう思ったかな。

今日は抜群に天気がいい。空は抜けるように青くて、雲一つなくて。すごく、爽やかな朝なのに。

映画を見に行ったはずのアタシは、何故か埃っぽい建物の中に忍び込んでいる。

幸い、ドアに鍵はかかってなくて、簡単に中に入る事ができた。

つい先週もお邪魔した(連れ込まれた?)、この部屋は、アイツのアジトだ。土足で出入りしているのか、床は砂がジャリジャリしている。椅子に、テーブル。日本的なものはおいてなくて、なんか海外みたいな生活空間だ。

ここ、凄く静かだ。もしかして、獠も不在なのかと思う。

でも、消毒薬の匂いが立ち込めていて。

アタシは、他の部屋をのぞいてアイツを探す。アイツはすぐに見つかった。

大きなベッドに横たわっている。だけど、あまりに静かすぎるので、恐る恐るアタシは近づいた。

“息、してる?(汗)”

してる。生きてる。

でも、顔色悪いし。なにより、包帯だらけの裸の上半身の下のシーツには、固まった血液で黒々と大きな染みがあった。

こんなひどい怪我をしているのに、こんな埃っぽい部屋で、一人ぼっちで寝てるなんて。

“アニキ、こいつ、放っといていいの!?”

こんなの見たら放っておけない。

怪我で熱があるのか、獠の額はうっすら汗でぬれていて。

勝手に悪いとは思ったけど、冷凍庫から氷をだして、風呂場から拝借した洗面器に水と一緒にいれた。そばにあったタオルで冷やそうと。でも、このタオルもあまり綺麗じゃない。・・・仕方ないか。

あまり衛生観念なさそうなヤツだし。

風呂場も水垢やカビで汚れている。

獠のベットの脇に、洗面器を置いて、タオルを浸して獠の額に置いた。

後は、掃除しながら様子を見よう。

それから、食べ物。

冷蔵庫、ビールしか入ってなかったし。

さっき、アニキに貰った小遣いで買い出ししよう。

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Ver 冴羽獠

ごとごと、ガタガタ、物音がする。でも、気配は穏やかで、危険は何も感じない。でも、この気配は槇ちゃんでもない。なんだ?

朦朧とする意識の淵から、ようやく俺は意識を取り戻した。相変わらず傷はドクドクと鈍痛が続き、炎症を起こした体は熱があるのを感じる。

そんな最悪なコンディションのなか、額になんか乗っかっていた。

“なんだ、これ?”

オレがいつも顔を洗うときに使っていたタオルが、水に浸されて乗っかっている。

こうしてみると、このタオル、汚ねえ。黄ばんでヤガル。オレにピッタリじゃね?と自嘲がこみ上げた。

でも、こんなオレのアジトに。誰なんだ?

体に力が入りずらくて、ベッドから起き上がるのがひどく難儀だ。

すると、部屋に向かってくる軽快な足音が聞こえてくる。

オレは、眼を閉じ、眠っているフリをした。

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Ver 槇村香

掃除道具を探したら、モップとデッキブラシ、あと大きな掃除機だけ出てきた。

まずは掃除機だけかけて、それから買い出しにいってこよう。

タオルは何枚か犠牲にして、雑巾にするとして、掃除道具はこんなもんか。

キッチンの調味料、塩とコショウとサラダ油しかないなんて、どういう生活なんだ?

調理器具も、ヤカン、フライパン、フライ返し、一本の包丁のみ。そして一組だけの、ナイフ、フォーク、スプーン。

皿は大きいのが一枚。マグカップだけは数個ある。

体格も行動も日本人離れしているヤツだけど、なんか、生活も変わっている。外国人みたいなヤツだ。

でも、なんか、放っておけない。なんでかな・・・?

買い出しから帰っても、獠は寝たままだった。

洗面器に氷を足して、額のタオルを浸し直した。ついでに汗もふいていやる。なんか、アタシ、看護婦みたいだ。

何故か、こんなのが嬉しくて思わず微笑んでしまう。こんな大男の世話が楽しいなんて。この閉ざされた部屋の中、静かに横たわるこの男は。

まるで、アタシだけの宝物ようだ。

粗野な言葉や行動とは裏腹に、眼を閉じて眠る獠は、くやしいけど魅力的なルックス。こんな、男、見たことない。

長身に逞しい筋肉に覆われた肢体。

鼻筋の通った鼻から、形の良い唇に続く顔は、きっちり左右対照で顔の輪郭の曲線は完璧だ。

そして、濃い眉毛の下の目元は、切れ長の瞳をほうふつとさせ・・・。

“でも、いつまでも見つめていてもね・・・。”

アタシは掃除の続きに取り掛かる。買ってきた洗剤で、散らかされた衣服やタオルを拾って洗濯機に投げ込んで同時に洗濯もする。

殺伐したテーブルには、インスタントコーヒーの瓶と、灰皿代わりの空の薄汚れた缶詰の缶。

そこに、あたしが買ってきたリンゴとオレンジ、卵と食パン、ピーナッツバターと、アスパラガスを置くと、急に色彩を取り戻したように明るくなった。

アイツの眼が覚めたら、フルーツを切ってやって、あとは目玉焼きとゆでたアスパラを出してやろう。ピーナッツバター、好きかな?トースターも無いから、バターよりいいかと思ったんだけど。

モップで床を拭きながら考える。

あとは、デッキブラシで風呂場の掃除だ。汚れがひどいので、普通の洗剤ではなく液体クレンザーを買ってきた。やりずらいけど、壁面のタイルもデッキブラシで磨いていく。

大分、綺麗とはいがたいけど、マシになったかな?

もう一度、獠の様子を見に行く事にした。

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Ver 槇村秀幸

『ハアイ♪ 槇ちゃん、久しぶりねえ❤』

獠がヤツを撃った女を保護した店に裏口から入ると、店主から熱烈な歓迎を受ける。肩に腕を回して、真っ赤な口紅が乗った厚い唇をオレの顔に近づけて来た。

『やめろ、ここに女がいるだろう?』

店主のオカマの、無駄に逞しい腕をよけながらオレは問う。

『いるけど、まだ寝てるわよ〜?獠ちゃんったら、どんだけ強い薬つかったのよ〜。』

クスクス笑う店主は、もともと傭兵をしていた男で(今はオカマだが。)、獠とは古い知り合いらしい。見た目の派手さと、男に迫る節操のなさは問題だが、裏の仕事に関しては抜群に信頼がおける人物だ。

店内に入ると、薄らあかるく明かりがついており、皮張りの派手な色をしたソファの上に、金髪の美しい白人の女が力なく横たわっている。

テーブルには、ワルサーP38。

大方、この女の死んだ恋人の愛銃だったんだろう。こんな銃で至近距離から撃たれたのに、獠は女をこの店まで運んだのかと思うと、思わず歯ぎしりがでた。

“獠、なんで、お前、もっと自分自身を見ないのか?下手したら、出血多量であの世行きだ。それに、いくらお前でも、この銃の衝撃に耐えきれるかカケだったはずだ・・・。”

獠は、オレの考えをはるかに凌駕するほど、腕がたち、そして優しすぎるヤツで。

誰かが、コイツをコントロールしないと、この男は、あっというまにこの世から消えてしまうかもしれない。

オレはそれが許せなかった。

せめて、獠が、自分の価値に気づくまでは。せめて、獠が自分を大切にできるようになるまで。

オレは・・・。

獠のパートナーを務める事を固く誓った。

--女は未だ目覚めないが、放ってもおけない。どうやら、オレはしばらくここにいる事になりそうだ。

--抜けるような青空の広がる日曜日。オレは、タバコと酒と香水の残り香がする薄暗いゲイバーの中で、この女の目覚めを待っている。

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Ver 槇村香

掃除に一区切りつけて、獠の部屋に行くと、アイツは目を閉じたままだった。

額の乗せていたタオルが大きくずれている。洗面器の冷水に浸しで絞ると、再び獠の額に乗せた。

相変わらず薄らと汗が獠の体を覆っている。首筋に手をあてて、様子をみたけど熱が高かった。

このままじゃ、まずいと思うけど、アタシでは獠を病院に運ぶこともできない。

“声をかけたら、起きるかな・・・?”

アタシは膝間ついて、静かに横たわる獠に近づくと、声をかけた。

『獠?ねえ、大丈夫?』

すると。

ゆっくりと、獠の眼が開いた。

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Ver 冴羽獠

寝たフリに気づいたワケじゃねえよな?

オレにかけられる女の声。この声、気配。・・・なんで、ここにいんだよ。槇ちゃんの妹じゃねえか!

オレは目覚めたフリして、ゆっくりを瞼を開けた。

『獠!』

すると、香がオレの顔を覗き込んできた。こんな体じゃ、どうしようもない。一体、香はなんだといいうんだ?またオレに、人生相談でもしにきたのか?

『・・・あんだ?お前、何故ここにいる?』

オレはワザと低い声を出した。 ここは、お前みたいなのが来ていい場所じゃないし、オレはお前が思うほど安全な人間じゃない。それを、伝えなければいけないと、ドスを利かせた。

でも、香は鈍感なのか、ちっとも意に介さねえ。

『どうでもいいじゃん!それに、玄関、鍵もかかってなかったよ?それより、具合どう?熱、高いじゃん!』

さっき、首筋にひやりと柔らかい手が触れたのは、オレの発熱具合を見ていたのか、と少しがっかりする自分に少し驚く。何を期待してんだ、オレは・・・。

香は、色気も何もないトレーナーにジーンズという出で立ちだが、高校生のクセにわりとふくよかな胸や、細いウエストがそそる女だ。ジーンズに隠れた小さ目の尻も、キュッと上がっていて いい。

先週、ここに来たときは、思いっきりオレを警戒していて男のフリしていたくせに、この無防備さはなんなんだ。

近すぎるだろーが。

そんなオレの下心に完全に無頓着な香は・・・。。

オレの額から、タオルを外すと、冷水に浸し直して、またオレの額に優しくおいてくれる。その時、近づいた香の指先はマニキュアなんて塗られていないのに、瑞々しい桜色。細い指先の華奢な爪は、面長で整った形をしている。

相棒の槇ちゃんの妹は、短い髪にボーイッシュな言葉使いで、なんだか男みたいだれど、実態は中々見つからないほどの極上もっこりちゃんだ。

どうせ出会うなら、せめて5年後くらいが良かった。流石に、今手をだしたら新宿の種馬が、ロリコンだったって事になっちまう。

おまけに、なんかいい匂いがする。石鹸か、シャンプーか?

香水以外の女の匂いなんて、ガキ以外は知らねえ。

にしても、こんなボロボロの体の状態なのに、香の観察しているオレって・・・。自分でも、あきれる女好きだ。

『獠?!』

返事もしないで香を観察していたら、香はこんなオレを真剣に心配しだした。柔らかい掌で、オレの頬をペタペタとたたくように触り、オレの意識がしっかりしているのか確認してきた。

本当に、兄妹そろって、なんてお人よしなのか。

香から与えられる優しい刺激に、ただでさえ少ないオレの血液が、股間に集まってくる。

でも、今は下心は封印するしかない。

『腹減った。』

便所にも行きたいが、真面目に尿瓶もってこられれそうで口に出すのはやめた。

『さっき、食べ物買ってきたんだ。持ってくるから待ってて。』

そういうと、香は部屋を出て行った。気のせいかもしれないが、体がさっきよりも軽い。肩の傷口の鈍痛は相変わらずだが、トイレに行くためにベッドからゆっくり降りる。大丈夫そうだ。

階下に降り、用を足して便所から出ると、キッチンの方から調理器具やガスを使っているような音がした。

それは、不思議と、どんな音楽よりも心が安らぐBGMのようで。

まだ多少ふらつくが、問題ない。

ベッドに食事を運ばせるなんて、病人みたいなマネは柄じゃねえし。

香と一緒のテーブルに座って、メシを食いたい。

でも、

こんな甘えは今日限りだ。

--可愛い香。

--お前は、オレの傍にいていい人間じゃない。

--------------------

Ver 槇村香

目玉焼きを焼きながら、ピーナッツサンドを作ってきたら獠がキッチンに入ってきた。

包帯から滲んだ血が痛々しくて、思わず獠を怒鳴ってしまう。

『なんで起きてくんだよ!!ベッド戻ってろよ!!』

傷が原因の炎症で熱も高い。無茶苦茶なヤツとは知っているけど、ひどい怪我を負っている時くらい、おとなしく病人らしくしてもらいたい。

『もう、大した事ねえよ。それより、コーヒーいれてくんね?そのインスタントで。』

獠はそういうと、テーブルに右手をついて体を支えながら椅子に座る。

確かに、ここにアタシが来たときより顔色はマシかもしれないけど、無理してるのは明らかだ。獠の髪の生え際は、汗でじっとり湿っているのが見て取れる。

だけど、アタシは従うしかなかった。

獠は、多分、アタシが何を言っても聞かない。

きっと、この男は、自分の思う通りにしか、行動しない。

でも、やっぱり心配で、小言が出る。なのに、獠は

 

---『おい、獠、やっぱり病院にいけ。』

---『平気さ。 今日はサンキュー、お礼に今度、女紹介するぜ♪』

 

女を紹介するって、男扱いかよ!!

マジ、失礼なヤツだ。

-------------------

Ver 冴羽獠

男扱いされた香がふてくされた。

でも、これでいい。

香だけは、女として見ちゃいけない。絶対に。

そろそろ、こいつ自宅に戻さないとな。

でも、もしかして槇ちゃん、あの女のトコか?

あの白人女は当分目え、冷まさないぜ?強い睡眠薬使ったからな。

もう少し、香はここに居させるか・・・。

--香・・・。--

--オレの無二の相棒、槇ちゃんの大事なお姫様。--

--そして、オレのシュガーボーイ。--

                                  «完»

 

 


YOU CAN‘T HURRY LOVE ~17~ 報酬と追憶

2017-11-03 17:37:32 | シティーハンター

※今回、AHのキャラクターに一名ご登場いただいていますが、あくまでCH路線です(^_^;)※

 

十条と岬が冴羽アパートに来た翌日、彼らをアパートに残し、香はフィアットのハンドルを握っていた。

今頃、獠は、ダラダラと惰眠をむさぼっているのだろう。

最も、獠が男の依頼人をガードするのは、くだらない理由が必須で。真っ向から、男のガードをするのは獠の美学に反するし、それに。・・・一人前の男のガードなんて、されるほうもイイ気はしないだろうと思うから。

周囲の理解が大変得ずらいが、獠なりの配慮だ。

そんな今日の獠の演出は、“寝坊してパートナーに置いて行かれた男”である。

・・・勿論、そんな獠のしょうもない演出は、香りも分かっている。

シティーハンターは本日もベストなコンビネーションを発揮して職務遂行中だ。

------------------------

『香さん、お一人でおでかけですか?』

香が何やら外出の支度をしている。でも、彼女のパートナーは、いまだ鼾をかきながら就寝中で起床してくる気配もない。

一般人の十条としては、昨日あんな騒ぎがあったのに、早速一人で外出しようとしている香が心配だった。

きっちりとしたパンツスーツに身を包んだ香に、十条は引きとめもの気持ちも添えて、問いかけてみる。

香はたしかに、獠をハンマー一つで伸してみたりと、勇ましい女性だけれど。こうした恰好をみれば、飛びぬけて美しいという事はあっても、普通のキャリアウーマンのようだ。少しも、裏の人間の匂いもしないし、あまりに爽やかで。

『ええ、獠はあのとおり、寝てますし。起こすのも面倒だから、アタシ一人で行ってきます。・・・けど、申し訳ありません、昼食は温めなおして、取っていただく事になってしまって。』

流石に、香も十条の懸念の理由は分かる。昨日の物騒なやり取りの後で、女一人外出というのは、普通に考えたらありえない。

ただ、今回の敵さんは、今のところ、十条の情報が欲しいだけで、香に危害が及ぶ可能性はまずないだろう。あくまで、シティーハンターは十条の情報を狙っていると中東の企業に流してあるので、ライバルより先に情報を入手する事が彼らの目的になるはずだ。

そこで、獠は自分は冴羽アパートに残り、香を一人で派遣することにしたのだ。行先も、良く知っている先で心配はない。

だから、むしろ香としては・・・。

炊飯器のご飯に、鍋の味噌汁、おかずは煮物とハンバーグを用意してある。それでも、心身疲弊お状態であろう依頼人に、香が自分で料理をサーブできない事が申し訳ない。

『とんでもありません!朝食も用意いただいて、あんな豪華な昼食まで。なあ、岬!』

『うん、たっちゃん。』

十条は、香の手料理を思い出すと、少し顔を赤らめる。家庭的で、味わい深い味付けに、十条の胃袋は早々にノックアウト寸前だ。

因みに、所在なさげに、香と十条の会話を聞いていた岬には、この返答が彼女の背一杯だ。

昨夜は、“獠からのガード”という岬にはよく分からない理由で、香の部屋で一緒に寝た。

香は、着替えも何も持っていない岬に自分のパジャマや身支度の品を貸してくれたり、疲れていないか気遣ってくれたり、本当に優しい。

だからお礼に、昼食くらい岬が準備をすると言いたかったが。

昨夜の香が作った食卓を思うと、どうにも恥ずかしくて言い出せなかった。

--香さんの作る食事、すごく美味しくて、盛り付けも綺麗で・・・--

岬は料理は嫌いではないが、自分でも出来栄えはイマイチである事を自覚している。なのに、十条があからさまに香の料理をほめるので、彼女のコンプレックスは上昇の一途である。とても、自分の料理をこの場で出す気になれない。

おまけに、中高生のような華奢な体に不釣合いに大きい胸の自分と、均整のとれた、まるでモデルのような香を対比してしまう。

岬は、香に白旗状態で。嫉妬より先に、情けなさが募っている。

--どうして、ワタシ、たっちゃんに釣り合うような大人じゃないんだろう--

岬の初恋は十条だ。

だけど、十条の学生時代、彼の家にふらりと遊びに行ったら、当時付き合っていた彼女を紹介されたり、彼女の恋は道のりは、いつも散々で。

おまけに今はフリーの十条は、相変わらず岬を妹扱いにするばかりで。

岬の恋路はなかなか険しい。

---それぞれの思惑を抱えながら、ガード二日目の朝は始まった。

---香は颯爽とでかけ、十条は再び作業に没頭する。岬は、昨夜も電話したものの、もう一度実家に電話を入れると、リビングの掃除にとりかかった。

-------------

獠は、自室のベッドの上で、香が外出して行く気配や、依頼人たちの行動を探っていた。

今日の香の行き先は、獠が既に大方の話はつけてあるので、問題もなく事は進むだろう。

今回、香の仕事のメインは、多少の裏工作は必要なものの、基本、“表の世界”の仕事で。

獠は香にはまだ秘密にしているけど、今後の自分たちの“行動指針のモデルケース第一号♪”なんて、思っている。

実は、香は証券取引の相談で出かけているのだ。そして、香自身も、証券口座の開設することになる。

流石に今回の案件は、戸籍も何もない獠の名前は出せないので、香に動いてもらう事にした。

そんな、今日。

繰り広げられるであろう、香と相手先とのやり取りを思い浮かべているうちに、ふと、獠の脳裏に昔の友人の顔が浮かぶ。

今はもう、思い出の中でしか存在しない相手。

台湾の人間で、兄の影武者のような人生お送り、時折日本にに来ては獠と酒を酌み交わした男。

“李謙徳(リ・チエンダア)”だ。

義理堅いその男は、狙撃が原因の怪我で意識不明となり、この世を去った。

獠はベッドの上でタバコに火をつける。落とされたままのブラインドから、高く上った太陽の光が漏れて、タバコの煙を縞々に照らす。

・・・今でも・・・。

すっと、眼を閉じれば、あの密林がまざまざと浮かんでくる。今にして思えば、ずいぶん危険極まりない場所で任務を遂行したものである。

ラオスやタイの国境にまたがる、麻薬の製造地帯。ゴールデン・トライアングル。

ならず者ばかり、うようよしていた場所である。

獠がまだ若くて、新宿に拠点すら構えず、日本や海外を密航を繰り返しウロウロしては、怪しげな仕事や、危険な仕事をしていた頃。

獠は、李謙徳の兄に彼の救出という依頼をされ、高額な報酬と引き換えに危険極まりない任務を請け負った。

あの時の東南アジア特有のべとつく湿気、

体に張り付くヒルの感触、

ぬかるみ、

汗と硝煙、血とホコリにまみれて異臭を放つ己の体、

そして森に潜む数々の敵の気配・・・。

今でも、昨日の事のように蘇る。

敵に捕まり著しくリンチを受けて身動きの取れない李謙徳を、監禁場所から単独で救出したとき。報酬を受ける為に開設された、獠の口座があった。

獠の口座は海外の至るところにあるけれど、すべて偽名で。

この、報酬の現金と株式を管理している口座も当然偽名だった。

『口座は台湾籍になるが、口座名義どうする?』

リ・チエンダアが獠に問う。

『・・・なんでも、いいさ。どうせ、自分の本当の名前すら怪しいんだ。』

当時の獠は、どこか投げやりで。特に、自身の事については無頓着だった。

『じゃあ、李東明(リ・トンミン)ってのはどうだ?お前は、極東の国、日本の人間だ。東の灯・・・。オレにとってのオマエはそんなイメージさ。』

これには、どうでもいいと思っていた獠も照れ臭い。思わず、揶揄を入れてしまう。

『東(トン)・・・、って麻雀じゃあるまいし・・・。』

ふてくされたフリをして獠は、白酒(←中国の蒸留された穀物酒。度数は50度のものあり。)を一揆飲みした。

『まったく、・・・。それなら、俺の名前を一文字やろう!アメリカにいたお前にピッタリなのを考え付いたぞ!!』

『・・・へ?』

白酒をショットグラスに注ぎながら、獠が間抜けな声を出した。

『李徳美(リ・ダアメイ)!これに決まりだ!兄弟!!』

ガハハハ・・・・、と笑いながら獠の肩を抱くリ・チエンダアを拒めず。獠の台湾籍の口座名義が決まった。

因みに、この口座は報酬の現金だけではなく、兄・李堅強の会社の数々の株式も管理されている。傘下の医薬品の会社も、半導体の会社も、当時は小さなものであったが、今は米国の株式市場にも上場し、その価値は数十億に達している。

獠は、この口座の資金は武器弾薬の調達など裏仕事にのみ使った。

あまりにも依頼がなく、香が管理する生活費が枯渇しそうなとき。獠は彼のへそくりが香に見つかったフリをして、不自然にならないように香に生活費を渡してきた。

それも、一度や二度ではない。

恐らく、香も金の出所の怪しさは感づいているのだろうが、何も言わないでいてくれる事に獠は甘えている。

いつかは、これらの口座の事も香に言わねばならないのだろうか。

でも・・・。

--李徳美。・・リ・ダアメイ。

まるで、“ダメ”って言われているような名前じゃん。こんなの、絶対、香のヤツなら、大爆笑だよな。--

獠は、タバコを灰皿にこすりつけると、寝たふりを決め込む。

起きるのは昼メシの時でいいと。

今は、十条と岬が二人きりで過ごす時間を守ってやりたい。

柄にもなく、獠はそんなことを思った。

                                       «続»

 

 


YOU CAN‘T HURRY LOVE ~16~ 不思議なカップル

2017-10-31 13:15:21 | シティーハンター

獠から、一通りの説明を受けた十条と岬は驚きを超えた状態で、放心してソファに座っている。

獠が二人に話した、その内容は、

①十条が発明した特殊な炭素繊維は軍事的な価値が高い事。

②何故か中東の、とある軍需企業が十条の画期的な発明を知っている事。

③敵さんは、十条の開発した炭素繊維の組成データを狙っており、日中のチンピラもその一味である事。ただし、日中のチンピラは最下層の連中で、その上には最近、六本木で勢力を急増させている中国マフィアがいて、周り回って今回の事件の頂点は中東の軍需企業である事。

ざっと、以上である。

『まあ、こっちで掴んでいるのは、ざっとこんなトコだな。』

獠は、既にタバコを吸い終わり、両手を頭の後ろで組んで、右足は左足の膝にのっけた状態で背中をのけぞらせるようにソファに座っている。緊張して話を聞いている十条と岬とは対照的だ。

一方の、二人は。

背筋をピンと伸ばし、前傾姿勢でこぶしに握った手は、それぞれの膝の上だ。二人とも無言で顔を青ざめさせ、獠をじっと見ている。

その様子は、とても似たもの同士に見えるけれど、恋人ではねえな、と獠は観察している。多分、年の差は、自分と香と同じくらい。

なんとなく、獠の胸がチクリと痛んだ。でも、そんな事は微塵も感じさせず、話を続ける。

『問題は、なんで敵さん、情報を知っているのかって事。ここ解決しねーと、エンドレスになるからなあ。』

そういいつつ、なんとなく獠にはピンときている。何しろ、十条の研究室には共同研究者の類は誰も出入りしていない。可能性があるとすれば・・・。

獠は、ジトッと岬を見据えた。

『『えッ?!』』

十条と岬は、獠のぶしつけな視線に気づき、思わず声を上げる。まさか、岬を疑っているのかと。

だが、その瞬間、十条が声を上げた。

『ま、まさか!・・冴羽さん・・・。』

その表情は、“やってしまった〰”とでも言いたげで。視線はちょっと宙を泳いでいる。

『な、なに?・・たっちゃん??』

岬は全く訳が分からないようで。十条に食いついた。

『冴羽さん、私は開発でクラウドサービスを使っていますが、そこのセキュリティは問題ないと考えています。ただ、問題があるとすれば・・・、その・・・可能性としてありえるのか・・・。』

言い淀む十条の話によると、岬は十条のパソコンのPWを知っており、時々彼のパソコンで対戦型のゲームをしているらしい。何でも、岬のパソコンよりも処理速度が早く、高性能なビデオカードもついている十条のパソコンはゲームにうってつけらしく・・・。

岬は真っ青になった。

『ま、まさか、わたしがゲームしたときに、たっちゃんのパソコン、悪い人にハッキングされちゃった??』

岬は涙目である。

機械好きの彼女は、ちょっぴりオタクのゲーマーで。

ありきたりのゲームでは飽き足りず、最近、やたら凄腕のゲーマーがそろっている対戦型ゲームにはまっていた。

確かに、そのゲームに参加するゲーマーのハンドルネームは、“アード”や“ヤーバル”などアラビア語のようなものもあれば、“アルムダプタ”“イギダ”など、ハングルのようなものあった。

今にして思えば、某北ナントカという国のハッカー集団が、相手のパソコンからデータを盗むツールとして存在したゲームだったのかもしれない。

たまたま、ハッキングした十条のパソコンに炭素繊維の概要を見つけ、裏ネット界で取引された先が、中東の軍事企業というような感じだったのだろう。

思った通りの展開に、獠は一息吐くと、岬のフォローにまわる事にした。獠としては、モッコリちゃんのハートが傷ついたままというのは、新宿の種馬の沽券に係わる話なのである。

『まあ、岬ちゃんが気に病むような事じゃねえよ。最近、六本木で、ヤクを売った見返りに拳銃がばらまかれててね。そっち調査していたら、たまたまオレが十条ちゃんの一件を知っちまっただけだし。』

獠は、頭の後ろで組んでいた両手をはずすと、ソファの背もたれの上部で両腕をかける。その表情は嫌味なほど余裕しゃくしゃくで、笑みを湛えていた。

『さすがに中東の企業まで出向けはしねえが、これ以上、日本で拳銃がばらまかれてもなあ。まあ、あんたら二人はタマッタマ巻き込まれちまった、ってことで。』

警察でもないのに。獠の言い分は、まるで自分がそれらを阻止する責任を負っているかのようである。

この、拳銃をばらまく中国マフィアの勢力拡大阻止の件は、もともと冴子から依頼されていたものなので、獠はそこの部分は、十条達に言うつもりはない。

ただ、中東の企業が十条のデータと狙う限り、十条に危害が及ぶ可能性は高く、放ってはおけない。早々に、この件から手を引かせる必要があるのだ。

そのため、獠は明日、一つアポイメントを入れていた。大方は話も通してある。だが、国籍の無い獠には、それ以上は動けない。明日は、香の出番である。

だが、その前に、獠にはしなければならない事が・・・。

『ねえ、安心した? 岬ちゃん❤』

いつの間にか、獠は岬と太ももがくっつくところまで移動して座っている。勿論、片手は岬の肩、もう片手は岬の手を握って。

十条はあっけにとられて不動のままだ。

さっきまで、真剣に状況を説明していた超二枚目の男が、今は背中をまるめて涎を口元にたらし、岬の顔を下から覗き込んでいる。

『ぐふふ・・・、夜も獠ちゃんが一緒にいて、かあいい岬ちゃんオッパイ、しーかり、ガードするから、な〜んにも心配いらな・・・グヘッ!!!』

獠の顔のど真ん中、ストライクで香が放ったミニサイズのコンペイトウがヒットした。日中、110トンハンマーを投げつけたので、さすがに今のは手加減した軽量モデルである。

『(怒)さあ、みなさん、食事できましたよ〜(怒)岬さんはアタシがガードしますから、あんたはせいぜいガード下で安酒でも呑んでなさい!(怒)』

食事の準備が整い、リビングに入ってきた香が見たものは、岬に迫る変態顔をした獠だった。

実は、奥多摩での獠の告白以来、とくに何かあったわけじゃないけど、香を女性として扱ってくれる事が多くなった獠の変化が、香は少し嬉しく感じていた。

でも、可愛い子をみてモッコリをせまるのは相変わらずで。

もっとも、獠の方は、香がリビングに近づく気配を察しての演技的行動だが、もっとも、これは・・・。もはや習性なのかもしれない。

しかし、これを間近に見ていた十条は、迫られた岬の貞操の危機は全く感じず、むしろ、冴羽獠の不器用な恋心と、槇村香の嫉妬心だけはストレートに感じられた。

一緒に暮らしているのに、恋人でもなさそうだし、この二人って・・・?

“不思議なカップルだなあ・・・”

と十条は思う。それは、岬も同じようで。彼女もキョトンとした表情で、ミニコンペイトウが顔にめり込んだ獠を見ていた。

さっきまで、青ざめていた十条と岬は、獠と香の意味不明でハチャメチャなやり取りに事に深刻さを思わず忘れてしまっている。

--コロン・・・--

獠の顔から外れたミニコンペイトウが床に落ちた。

『お---、イテ、香のヤツ、メシの前に歯が折れたらどうしてくれるんだよ・・・』

ぼやきながらキッチンにヒョコヒョコと蟹股で歩いていく獠の後ろ姿が、なんともユーモラスで。

十条と岬は、顔を見合わせ、『『プッ。』』と同時に吹き出して小さく笑う。

そして、獠と香の待つキッチンに向かっていった。

今夜は冴羽アパート名物、香の手料理だ。

                                         «続»

 

 


YOU CAN‘T HURRY LOVE ~15~ ミックのお仕事

2017-10-30 13:44:43 | シティーハンター

 『ボクもつれてけよ!リョウ!』

チンピラを捕まえ損ねた帰り道(・・・まあ、わざとでもあるけど)。

冴羽アパートとミックのオフィスを挟んだ路上で、クーパーを停めてミックに帰宅を促す獠にミックはごねる。

『るせえ!こっちは今から晩飯なんだ、おまえはとっととカズエちゃんとこ帰れ!』

ミックがしつこいのはいつもの事だけど、獠は絶対に今日はミックを冴羽アパートに入れまいと思っている。

どうせ、ミックの目的は香の手料理を堪能する事で。

更には、わざと言わなくてもいいような事をしゃべっては状況を混乱させ、獠がどうするのか見物して楽しもう!、という魂胆である事なんか見え透いている。

勿論、ミックも獠のそんな気持ちを分かってからかっているんだけど。

今夜、ミックの恋人のカズエは学会で不在で。彼は暇を持て余しているらしい。

『OH!リョウ、おまえがスムーズに入れるように格安であげたのに〜(泣)』

うそ泣きするミックが言っているのは、獠に渡したIDやPWの事である。勿論、一般的なものではない。

『アレ、手に入れるの大変だったんダゾ!』

まあ、楽ではないわな・・・と獠は思いつつ、バカバカしい時間稼ぎをするミックに苦笑した。

今回、中東の軍事企業にアクセスする為に使ったのは、ダークウエブである。当の中東の軍事企業の従業員ですら知らないネットの裏世界で、中枢のものしかアクセスできない裏社会の闇のネット界だ。

裏のネットワークは違法な銃の取引や、ハッキングした情報の授受等に利用されている。

因みに、ミックが獠の行動を読んで、十条の工場近辺を歩いていたのも、同じPWを使って、獠が中東の軍事会社のシステムにハッキングしたのを見ていたからである。

ミックは表の顔は特派員記者だが、カズエも知らない彼の裏の顔は、ダークウエブに不正アクセスするためのID/PWのバイヤーである。

例え、銃を撃つことができなくても、彼だってアメリカナンバー1スイーパーという称号にふさわしいスナイパーだったのだ。むしろ、獠よりミックはこの手の情報系に強いのかもしれない。

最も、今も刺客が送られてくるのは獠だけではない。ミックにも、時々海を渡って面倒な連中が“お命頂戴”とばかりにやってくる。

だから、裏でそういった輩をまとめて処理するのは獠の役目で。

だから、まあ、お互い様の二人だけど・・・。

くだらない攻防を繰り広げつつ、元祖シティーハンターは共同戦線継続中だったりする。

                                                 «続»


YOU CAN‘T HURRY LOVE ~14~ おウチに帰ろう

2017-10-30 11:12:54 | シティーハンター

 新宿、冴羽アパート・・・。時刻は既に19:00をまわっている。

煌々と蛍光灯の明るいリビングで、やっと帰宅した家主を迎える十条はあっけにとられていた。

香だけでなく、先ほど送り届ける為にココをでた岬まで一緒にいるではないか。おまけに岬は、バレッタで止めた髪が少し乱れているようで。

『あの、香さん、これはどういう・・・? 岬、おまえ帰ったんじゃなかったのか?』

何事かと香に問う十条に、どう説明しようか香も困った所で、リビングのドアが開かれる。

二人目の家主のご帰還だ。

『たっだいま〜、香、腹へった〜。』

獠は2カートンのタバコをガラステーブルに乗せながら早速、香に晩御飯の催促だ。110トンハンマーの下敷きだったとは思えない帰宅の速さで、おまくに、傷も一つもない。

『よお、十条ちゃん、まだメシまで時間かかるぜ、タバコでもすってな?』

全くタバコの香りがしない十条はノンスモーカーである事は承知で獠は話を振っている。

おかげで、十条は、

『・・・いえ・・・、私はタバコはすいませんので・・・。』

とさっきの会話から強引にずらされて返答させられている。喫茶キャッツアイで初めて話をした時もそうだが、どうも、この冴羽という男にはペースをもっていかれっぱなしだ。

『なーんだ、せっかく買ってきたのに〜、ま、いいや、香、メシ〜。』

早速、タバコを口にくわえながら香を向く。獠は、元々香が、晩御飯は19:30と予定していたので、彼女が料理に取り掛かりやすいようにワザとせっついているのだ。

香も、獠がいきなり晩御飯の催促をしてくる事に合点いく。自分が食事の支度している間に、獠はこの二人に事情を説明するのだろう。

『もう、帰宅早々なによ、もう少し待てないの?岬さん、十条さん、夕食急いで作りますから、少しくつろいでいてください。』

香は獠に合わせるように悪態をつきつつ、冷蔵庫から冷えた麦茶の入ったガラス製のポットとタンブラーグラスを三つ用意すると、お茶を注いで客人に勧め、キッチンへとひっこんだ。

十条と岬は、獠の存在感のあまりの大きさに圧倒され、唖然としている。以前、二人はたったままである。

特に、岬は。さっきスケベ顔で自分にベタベタと触ってきた男と、目の前の獠とにギャップがありすぎて目が離せない。

今の獠は、飄々としたたたずまいの中、眼は全く笑っておらず、口元だけで微笑みを作る様がやたら男っぽい。おまけに、細く口から紫煙を吐く姿は、やたら渋くて・・・。

十条も、ますます正体不明の冴羽に茫然だ。

『・・・まあ、すわんなよ、お二人さん?』

獠は、目を軽く細めてふっと微笑みかけると、どかりと腰かけたソファから、二人も座るよう促す。

そんな空気の中、この件の説明は相棒に任せる事にした香は、

---確かに、獠の方がうまく説明するわよね♪---

と、ちょっと、肩の荷が取れたところでメニューを試案し始めていた。

本当は、豚ロースの厚切りが4枚あったので、獠が2枚、十条と香がそれぞれ1枚づつで、香特製ソースをたっぷりかけたトンカツをメインにするつもりでいた。

でも、岬の分も考えると、獠の分を1枚まわす事になり、ボリューム不足である。

---ロース肉は2センチ幅に切ってスパイシーなから揚げにしようかしら・・・。---

---激安だった小ぶりジャガイモと、モロッコインゲンを、素揚げにして一緒に盛り付ければボリュームも見た目もアップするかな。---

---でも、おかずとしては弱いわよね、う〜ん、主食は五目寿司にしよっと。冷凍庫のかんぴょうとイクラを動員して〜---

---あとはデザート用に買っていたオレンジ、グリーンサラダにあしらったら、女の子も喜ぶ食卓になるかしら---

いつも、依頼人のサポートだけでなく、食事にも香は心を砕く。

亡くなった兄は料理が上手で。

両親のいなかった香が、学生時代に寂しい思いを極力少なめで済んだのは、兄の美味しい手料理のおかげもあったと信じている。

だから、香にとっての料理は単なる食事ではなく、依頼人への心のビタミン剤でもあるのだ。

いま、リビングでは依頼人達にとって青天の霹靂ともいえる状況の説明が獠からされているはずである。

せめて、食事は美味しく楽しく、とキッチンの香は奮闘するのであった。

                                               «続»


赤い髪の伝説〜9〜前世編【完結】

2017-08-27 16:54:52 | シティーハンター

※赤い髪の伝説〜9〜前世編は、二つのストーリーを用意する予定です。現世編を立ち上げたいと思っていますが、現世編に繋がるお話の前に、一旦、完結回をアップいたします(^^)

 

 

 

リヨウの助は迷わず雑木林に分け入り、草木で手や足が切れるのも構わず突っ走った。もはや草履も役に立たず、足の指は血まみれで。でも、そん事はどうでもよかった。

ーーー追いつかねば!---

今、香に追いつかねば永遠に会えなくなる。そして・・・。たとえ、それが天下人だろうが何だろうが、香が他の男の物になってしまう。

無茶苦茶に雑木林を駆け抜けながら、リヨウの助の脳裏に浮かぶのは・・・。

--竹刀を振りかざし、ひるまず自分に向かって来る引き締まった表情の香

--道場に行こうと誘いに行ったら、意外にも女性らしく兄夫婦に生まれる予定の赤子のために縫い物をしている姿。そんな姿は照れ臭かったらしく、リョウの助に見つかった、とばかりに顔を真っ赤にしていた香

--そして、昨夜

--苦しそうに息を吐きながら上気して潤んだ瞳にすがるように自分を見つめる、全裸の香・・・。

ようやく雑木林を抜けかけた視界の先、小さな川を挟んだ道を進んでゆく妙に仰々しい一行が見えた。

徳川の家紋の旗に、黒塗りの籠。一目で用心棒と分かる眼光鋭い侍たち。

『香!!』

リョウの助は叫びながら土手を駆けおりて、ひざ下を流れる川の流れも意の物とせず、ザブザブと派手に音を立てながら、一行に近づいた。

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『かずえ・・・、そろそろ泣き止んで?辛いけど、・・・槇村家は徳川家の側近になるのだよ。けして、悪い事でけではないだろう?』

徳川の一行が槇村家を辞し、冴羽家の一同も屋敷に戻った。しかし、かずえ姫は憔悴しきった様子で。

ミックの助は、いつも愛するかずえ姫の笑顔が見たい。

手入れの行き届いた屋敷の庭石に、二人で腰かけ、かずえ姫を慰めていた。

この、冴羽家当主のミックの助は、かなり現実的な思考の持ち主だ。ミックの助も幼少より香の成長を見てきたので、香には兄のような愛情を感じている。でも、以外と冷静でもあり、冗談を言って周囲を笑わせる事もあるが、その思考は時々非情さも感じさせる。

最も、そんな処世術が冴羽家の領地拡大につながっているのだが・・・。

『・・・殿様・・・。わたくし・・・、恐ろしい薬を香さんに・・・。』

かずえ姫は泣き止む所か、ますます涙もボロボロとこぼす。ミックの助はかずえの肩を両手で押さえ、慎重に尋ねた。

『ねえ、かずえ? 江戸城には高名な医者もたくさんいるのに、君はなんの薬を香に渡したんだい?』

ミックの助は、わざと軽口をいうような口調で尋問する。 まるで、なんてことないよ、とかずえ姫に諭すように。でも、ミックの助は嫌な予感がする。妻のかずえ姫は高名な漢方薬師の娘で、その腕は父をも凌ぐと言われている。

そのかずえ姫が、“恐ろしい薬”と言うからには・・・。

『・・・眠り薬を、・・・薬包紙に一つ分・・・。半分も含んで寝れば、もう瞳はあきません・・・。』

流石にもミックの助のこめかみに脂汗が滲んで流れる。ミックの助は、女の幸せについて少々古風過ぎるところがあり、香の心と行動が読めていなかった。

『かずえ・・・、まさか、香は・・・?』

それでも、そんな感情は表に出さず、さっきと同じ口調でミックの助はかずえ姫に詰め寄る。

『・・・大奥で、もし、耐えられぬなら・・・、槇村家に迷惑をかけぬよう、・・・その時は・・・、自分で逝きたいからと・・・。』

かずえ姫は抱え込んでいた悲しみを少しづつ打ち明けた。

“・・・なんてことだ!!”

秀幸の助の話では、香は大奥でお世継ぎを産むのだと話していたというので、いかにリョウの助の存在があったとしても名誉なことだと思っていた。

でも、実際は。

恐らく大奥入りを断れば槇村家がお取潰になるのを回避するために、香はここを離れるのだろう・・・。

実は、リョウの助が大阪で商人を目指すという話は、ミックの助の耳にちらりと入ってきている。

実際、冴羽家では分家をいっぱしに出すほどの勢いはない。だが、かといって。この江戸で武士が商人になるなど冴羽家の面子に傷がつくことになる。そこで、リョウの助は江戸から離れ、ミックの助の迷惑とならぬように大阪で事業を立ち上げる事にしたのだ。

リョウの助も、香も・・・。

二人とも両家の繁栄を願い身を引こうとしているのだ・・・。

ミックの助は、優しくかずえ姫を自分の胸にもたれさせ抱きしめた。

何も、できる事は無いのだ。

ミックの助に、一筋だけ涙が流れた。

--もし、もしも、リョウの助が香を守ることができたら、その時は自由に商人の道をあゆませよう。--

ミックの助は、時代の波のうねりを感じている。これからは何もかも変わるだろう、と。

なのに、目先は徳川の力が絶大で手も足も出ない。

きっと、リョウの助も時代の変化を感じているのだろう。

だからこそ、強く誓う。

“リョウ・・・、香を助け出せ・・・。そして、二人で新しい時代をつくるんだ・・・。”

-----------------------------------

 

『香!!』

揺れる籠の中で、香の耳に飛び込んできたのは愛おしい声だった。まるで、幻聴のようだが、川を渡る水音を共に、確かに聞こえる。

香は結んであった紐をを内側から無理に解くと、御簾を繰り上げ身を乗り出した。

その先に。

川を渡り、土手上って来たリョウの助が、袴や袖をびしょ濡れにし、まっすぐに立っていた。

すでに不信な男に気づいてい5人の侍が、リョウの助を取り囲み刃を抜いている。その切っ先は、太陽の光を反射してキラキラと怖いほどに輝く。でも、リョウの助は全く動じる事は無い。

脇差も携帯しているが、抜く気はなかった。

『りょうの助!』

香が籠から飛び出すした。

周りの従者は止めようと手を伸ばすが、捕まえたのは豪華な打掛だけで。

香は伴の手のかかった打掛から抜け出ると、刀を抜いてリョウの助を囲む侍の間を走り抜け、まっすぐにリョウの助の腕に飛び込んだ。

そんな香を、リョウの助は、しっかりとその力強い腕の中へ受け止めた。右手は、香の髪をもぐり、まるで二度と香を離す気はないと示しているようである。

誰も動けず、誰も声を発せられない。

緊張感しか感じられないその場で、最初に口を開いたのはリョウの助だった。

『香、さっき起きたら、オレ素っ裸だったぜ?』

リョウの助は、香を抱き留めながら開口一番何気ないように話す。口調は自分をおいて行った香に、少し拗ねているようにも聞こえた。

『・・・着物、かけてあげたでしょう?』

香も・・・。頬に流れる涙も気にもせず、まるでいつものように返答する。

取り囲む侍たちの輪の中心で、凛々しく逞しい若武者と、美しい乙女が抱きしめあいながら、まるでそこだけ別世界のような会話を繰り広げられた。

一行は、唖然と二人を見ているしかない。

だが、周囲の気の背後などに人の気配がある。

香を案じてついてきたのはリョウの助だけでは無かった。香の友人や、リョウの助の門下などこっそり周囲に身を潜め、事の成り行きを固唾をのんで見守っていたのだ。

…実は、大奥の瀧川の側室探しは強引だと評判で。最近も側室候補の娘が嫁ぐのを拒み、入水して若い命を絶っている。噂では、大奥に入ったあとに毒を盛られて子が産めなくなった姫君もいるという。

一行の指揮を執っていた、家老家の嫡男で北尾裕貴の助は、リョウの助と香を囲んで刃を向け続ける五人衆に刀を下させた。

こんな所で、万一リョウの助を切るなどすれば、恐らく香姫は後を追い、徳川家への民衆の恨みは増すだけで。

それに、今の徳川家はけっして安泰とは言い切れぬ数々の事態に直面していた。

一見、豪華絢爛でこの世の春とばかりに贅沢三昧を繰り広げているが、土佐や陸奥といった地方の藩では不穏な空気が流れている。名門の加賀ですら加担の動きすらあった。

更には、最近では、あれほどいがみ合っていた長州藩と薩摩藩が密な様子で。まさかと思うが、団結して弱体化しつつある幕府に向かってくるのではと、勝海舟とこっそり談義すらしているのである。

海外からは開国を促す黒船の活発な来航もあり、正直、公方様の嫁さがしどころではない。

これ以上徳川家の評判を落とせば、その隙を暗略している藩に与えるようなものだった。

北尾裕貴の助は、一計を図る。

香姫は、屋敷に連れて帰らず、一行は手ぶらで戻るのだ。

そして、・・・。

“勝海舟どのに、お願いしよう。瀧川どののワガママは目にあまるし。そうしよう・・・。”

北尾裕貴の助は、香は男のお手付きだった事にし(・・・つい昨夜の出来事から、実際そうなのだが・・・。)、今回の家老家への養女の件も流すことにする。

“勝海舟どのなら、うまく取なしてくれるだろう・・・”

家老である父の怒鳴り声が聞こえてきそうだが、明晰な北尾裕貴の助は、割り切る。そして、浪々と声を上げた。

『皆のもの!聞こえるか?』

その声で、一行の者も、こっそり物陰に隠れていたものも、そしてリョウの助と香も。北尾裕貴の助を方を向いた。

『この、香姫、その若者のお手付きである!!よって、家老家に連れてゆくのは、あい成らん!!この場ににて、この度の縁組なかったものと処す。二人とも、・・・好きなとこへ行けよ・・・。』

リョウの助は、強い視線で北尾裕貴の助が浪々と話すさまを見つめてた。

こんな時になんだが、北尾裕貴の助は頭をぼさぼさにして粗末な着物を着せれば、香の兄、秀幸の助に似ていると場違いに思いながら。

北尾裕貴の助が、ちょっと笑いながら宣言する姿に、リョウの助には本音が垣間見える。

北尾裕貴の助は、リョウの助と香を開放したのだ。

その優しい目はまるで、

“守ってやるから、幸せになれ”

そう語っているようにリョウの助には見えた。

そして。

一行は、元来た道を香をおいてかえって行った。

---------------------

『リョウの助さん・・・。』

一行が過ぎ去った道の真ん中。たたずむリョウの助と香に、ようやく周囲の者が近付いて来た。

 その一人、リョウの助の道場の門下、シンフォンの助がニヤニヤしてリョウの助の隣にくっつく。

そして、リョウの助と香、二人にぎりぎりに聞こえるような小さな声で囁いた。

“リョウの助さん、香さんと、そういう仲だったんですね❤”

香はそれを聞いて真っ赤になる。

そして、さっきまで泣いていた鳥がなんとやら・・・。

『・・・(怒)・・・リョウの助〜!!あんた、何いいふらしてんじゃあ・・・!!』

香がどこから出したのか、墨汁で“100貫”(・・・約370㌔・・・)と書かれた木槌を振り上げると、リョウの助落としていく。

『天誅!!!』

香は周りの人々が見ているなか、大きな声でリョウの助をビビらせると、羞恥と怒りのバカ力で、木槌でリョウの助を潰し、頭から湯気を出しながら槇村家へ帰って行った。

因みに。

香は自分の一言で、リョウの助との仲が決定的に周囲にばれた事に気が付いていない。・・・

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 後日。

『香、ちょっときなさい。』

麗らかな午後の陽だまりのなか、裁縫の針を動かしていた香を、兄の秀幸の助は呼びつけた。実は先日、冴子は無事、男の子を出産し、最近の香は竹刀の変わりに針を持ち、赤子の涎掛けや産着を縫うのに没頭中である。

最も、あの“リョウの助と香がやっちゃった宣言”依頼、恥ずかしくて道場には行けないので、今の香にはすごく丁度良い。とにかく気を紛らわせたくて、赤子の産着は無駄に手の込んだ刺繍だらけだ。

・・・因みに今、作成中なのは柔らかい綿で縫った産着だ。

“100貫”と黒い糸で記された木槌の模様を、黄色い糸を用いて全体に刺繍であしらっているところである。遠目で見れば、ミカンの模様のようだけど、間近で見ればリョウの助の天敵だ。

『兄上様、なんでしょう?』

香はニコニコと兄の前に正座した。能天気なところがある香は、例の話が秀幸の助の耳に入っている事など気づきもしない。

 秀幸の助は、そんな呑気な妹に苦笑ものだが、それも香が幸せな証拠なのだと思っていた。

そして、少し顔を赤らめ、コホンと小さく咳払いし白湯を一口すすると、湯のみをおいて香に向き合った。

『香、おまえに縁談の話が来ている。実は、正式に返答もしていて、お受けすることになった。』

すました顔で、さらりと話す兄を香は信じられない。

香は茫然とした。

そして・・・。

襖がさらりと開く音が聞こえる。

『香。』

それは、香がこの世で愛するもう兄以外の唯一の男の声。

『リョウの助!』

そこにいたのは着物に袴のリョウの助ではなく。

見慣れぬ洋装姿のリョウの助だった。

上には白い木綿で作られたシャツをまとい、たくさんのボタンで前を留め、下は黒い厚手の生地のやけに足の形状に近い袴のような物を履いた。腰はいつもの帯ではなく、堅い皮の帯巻いている。おまけに、当時ではまだ珍しい拳銃を腰に差していた。

『香。兄ミックの助の許可をもらった。オレはここ新宿村を拠点に貿易を始める。屋号は海原商事だ!』

リョウの助は、一段と背が伸び、時々江戸の町で見かける外国人のように堂々した体躯である。洋装はとても似合い、むしろ着物の方が似合っていない。

髪は短く切られ、颯爽としていた。

『リョウの助、大阪にいくんじゃ・・・。』

そう、香はいつリョウの助が大阪へ向かうのか実は冷や冷やしながら過ごしていたのだ。

『大阪にはいかない。ずっと、この新宿村にいる。貿易商、冴羽リョウ、として。外国人相手の商売だ。名は短くする。これからは、“リョウ”だ。』

リョウは香の傍に来て、片膝を畳につけて立膝で屈む。目線を香に合わせた。

『だから、香、夫婦になって、ここで一生オレと生きていこう。仕事で大阪や、いや外国に行くこともあるかもしれない。でも、いつも、どこへでもオレたちは一緒だ。』

急に大人びたリョウの助の姿に、香はみるみる涙があふれる。

信じられないほどの幸福で言葉を忘れそうだ。

『香、リョウの助くんは、徳川がお前を開放した時から、この新宿で交易を始めたんだ。まだ二か月ばかりだし、これからが勝負の仕事だが。・・・リョウの助くん、改めて、リョウ。香と君なら二人で乗り越えられるだろう。』

そのニケ月。その間、リョウは奔走した。早く一人前の男として香を迎えたくて。そして、今、香の前に現れたのは、精悍で滲み出る自信すら備えた“リョウ”だ。

そういって微笑む秀幸の助は慈愛に満ちている。香は静かに瞼を閉じて、涙を切った。

香は幸せな覚悟をする。

何があっても、これからはリョウと一緒に生きていく。

『喜んで、お受けいたします。』

この新宿村に新しい風が吹いた。どんなに時代が変わっても、二人は共に生きていく。

                      «完»

 

 


赤い髪の伝説〜8〜前世編

2017-08-08 17:20:01 | シティーハンター

それはまるで、香の気が変わらぬようにと言わんばかりだった。

その日、徳川筆頭家老から槇村家に仕向けられた使いは、荷物持ちを入れて総勢23名。その使いの中には5人もの剣の達人も入れられている。彼らは見るからに獰猛そうで。

何が何でも香を大奥に連れて行こうという大奥総取締、滝川の想いがそのまま表れたような一行であった。

香は慣れ親しんだ家、兄、義姉、長く槇村家に仕えて来た者、地域の者たちと、碌々別れの時間もとらされぬまま、金糸の見事な打掛を羽織らせられると、徳川の家紋が付いた黒光りする籠に、押し込まれるように乗せられた。

槇村家の周囲には、多くの人々が押し寄せ成り行きを息を止めるように見守っている。皆、香が連れて行かれるのが辛くて仕方ないのだ。

香はじゃじゃ馬だが、とても優しく美しい。香を知る者は皆、老若男女問わず、香が大好きだった。

冴羽家からは、ミックの助と、妻のかずえ姫の姿も見える。かずえ姫は相当泣き腫らしたようで、目は充血していた。右手を固く握りしめ胸元にあてなから、香を連れ去る一行を睨むように見ている。

しかし。なぜかここに肝心のリョウの助の姿はない。

勿論、ミックの助も、秀幸の助も、リョウの助の姿が無い事には気づいていた。

そして、リョウの助が、何か香の為に行動を起こそうとしているかもしれない事も、容易に想像できたけれど・・・。

互いに何も言わなかった。

・・・互いに・・・。

できる事なら、リョウの助と香には、二人手を取り合って逃げて欲しいと願っている。

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その頃、リョウの助は、社務所の中、全裸に着物をかけられた状態で寝ていた。それでも、社務所の窓から強い日光や、野鳥の声がけたたましい。

リョウの助は、ようやく目を覚まし、そしてすぐさま愕然とした。

『香ッ!!!』

しかし、そこには香も、香が身に着けていたものも何もなくて。

まるで、リョウの助が最初から一人でいたような錯覚になる。

途端に、リョウの助は青ざめた。

この日の高さなら、時は正午に近いはず。いつもなら道場生や師範たちの稽古をつける声や、竹刀と竹刀があたる音でにぎやかなはずである。

何故、誰もいないのか。

何故、これほど静かなのか。

リョウの助は、急いで着物を着るや否や、社務所を飛び出した。

そして、江戸城下へ続く一本道めがけて駆け出して行った。

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その頃、徳川の籠に揺られながら、香は髪の毛に隠していた小さな包み紙を取り出した。リョウの助を眠らせる為に使った薬である。

この包み紙、中身はリョウの助を眠らせた眠り薬である。ただし、この薬。一舐めなら、効きの良い眠り薬だが、半分以上飲んで寝れば再び目覚める事の無い劇薬で。

香は、槇村家に初めて書簡が届けられた日、こっそり冴羽家のかずえ姫の元を訪ねていたのだった。

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その日も、いつものようにかずえ姫は自身専用の調合部屋で薬の材料をすりつぶしていた。

『あの、かずえ様?』

そろそろ夕方にさしかかるであろう頃。香はこの部屋に現れた。

時々、香はここへも遊びに来ていたので別段かずえは驚かずに香を迎える。しかし、今日の香は様子がおかしい。今にも泣きそうな顔をしていた。

『香さん、どうしたのかしら?お顔色が優れないわ。月の物かしら。お腹が痛いの?』

かずえは医者の家の出で。香の様子に、まずは体調の状態を気に掛ける。

『いいえ、いいえ、かずえ様。・・・ワタクシに・・・、あの眠り薬を下さいませ。』

香は懇願してくる。

しかし、かずえはその様子に違和感を覚えた。

確かに、眠り薬は時々処方するが、今まで一度も香に処方した事がない。

そもそも、あの薬。

一舐めなら良い睡眠をもたらすが、耳かき一杯程度では手術の麻酔薬になり、薬包紙半分程度では二度と目覚めぬ眠りに導く劇薬でもあるのだ。

こんな不安げな表情の香に簡単に処方するのは気が引ける。

『ねえ、香さん、あの眠り薬はあなたも知ってのとおり、とても強い作用なのよ?誤って多く含んでしまえば、取り返しがつかないの。なぜ、あの薬が必要なの?』

問い詰めるかずえに、香は観念した。正直に言うしかないであろう。香は両手で顔を覆うと声を殺して泣き出す。初めて見る香の泣き姿に、かずえは驚くが、気丈にその華奢な背中をさすってやりながら香が口を開くのを辛抱強く待った。

しかし・・・。

香の口から出てきた言葉は。

--“今日、大奥から書簡が届きました。ワタクシを大奥に入れたいと”

--“ワタクシは公方様の側室になるそうです。” 

--“大奥には、正妻も大勢の側室もいて” 

--“ワタクシは公方様の慰みものになり、二度と大奥から出られない・・・。”

かずえは香の話のあまりの重大さに血の気が引いていく。

そして、最後に香は言ったのだ。

『ワタクシが大奥に行かなければ槇村家はおとり潰です。でも、ワタクシは・・・、皆から引き離され、大奥でやって行ける自身もない。』

かずえには何も言えなかった。

香は、義弟のリョウの助に思いを寄せているのは感づいていた。

それに、家族や温かい仲間に囲まれて生きてきた無邪気な香が大奥でやっていけるとは到底思えない。

しかし。

それでも。

徳川家は絶対の存在で、徳川家の申し出を断ることはできる事ではない。

『かずえ様、お願いです。どうしても耐えられなくなれば、誰にも迷惑をかけずに消えたいのです。かずえ様、・・・お願いです。』

泣きながらかずえにすがる香に、かずえは結局何も言えなかった。ただ、ただ、悔しい思いしかない。

かずえは泣く泣く、香に一包みの眠り薬を託した。

香はそれをたもとに忍ばせると、涙を袖で拭いて槇村家に帰って行った。

それから、ほんの数日後。

香は徳川家筆頭家老の使いのものに連れて行かれてしまった。

                                        «続»


赤い髪の伝説〜7〜前世編

2017-08-08 14:58:24 | シティーハンター

※赤い髪の伝説〜7〜前世編は、少し大人の表現が入ります。苦手な方は飛ばして下さいね(^^;)

 

槇村家が眠れぬ夜を過ごしている頃、リョウの助はそっと屋敷を抜け出し、槇村邸にひっそり忍び込んでいた。

幼い頃より、お互いに行き来しているので簡単にはいる事ができる。リョウの助は、香の部屋の障子に手をかけ、わずかの音もたてず、ゆっくりと障子を開けていった。

しかし・・・。

部屋には、香どころか、寝ていたはずの寝具も無い。

でも、リョウの助には香の居場所が分かった。

こんな悲しい夜に、香が一人で泣くなら・・・。

森の中の神社しかない。

リョウの助は、そっと槇村邸から抜け出すと、全力で森の中心に向かって走って行った。

森の中はフクロウの声や、鹿やタヌキの獣の気配しかしない。それでも、今夜は満月で、煌々と輝く月は木漏れ日のように森を照らす。

リョウの助は駆けながら、今後の算段についてその明晰な頭脳を激しく働かせていた。

兄ミックの助の話では、明日にも香は大奥へ入る準備の為に、使者につれて行かれるという。それは、リョウの助にとって、とうてい耐え難く、絶対に阻止せねばならない。

そして。

ほどなくリョウの助は神社につくが、香の姿は無い。しかし、閉じられた社務所の中から押し殺すような鳴き声が聞こえてきた。

---------------------------------

『うッ、うう・・・。』

娘らしい鶯色の小袖を着た香は、その社務所で一人声を殺して泣いていた。槇村邸で涙すれば、兄の秀幸の助が、この縁談を無いものにしようと、無理をするのが目に見えている。

これから生まれてくる赤子や、兄と冴子の夫婦の幸せを思うと、香は自分が大奥に行くしかないのだと決意せざるを得ない。だから、こっそりと今だけ、最後の涙のつもりと、ここにきて泣いているのである。

『香?』

『・・・!リョウの助?!』

リョウの助は、社務所の扉を開けると、中に入ってきた。そして、何も言わず香に近づくと、座り込んで動けないままの香りを包むように抱きしめる。

抱きしめられた香は、リョウの助の着物越しに感じる、体温も匂いもひどく愛おしい。

震える手をリョウの助の背に回す。香は、このように男子と体を合わせるのは初めてで。その圧倒的な逞しい肉体と熱に、背中に回した手に力が籠る。

そんな香を、リョウの助は一層力を込めて抱きなおすと、言葉を紡ぎだした。

『なあ、香。俺は冴羽家の次男坊で、いつか、ここをでていかなきゃならない。そして、おまえも槇村家から嫁がねばならない。』

香の体が、おびえるようにびくっと震える。

そんな香を、リョウの助は、あやすように頭を撫でながら続ける。

『・・・冴羽家はちったあ領土も広がったが、俺が分家するほどの土地は無い。俺は、武士の道を捨てて、商人になるつもりだ。』

そこまで聞いてようやく香は、リョウの助の肩に押し当てていた顔を上げた。その眼は泣き腫らし、夜目にも痛々しい。

『リョウの助・・・、ここを・・・、新宿村を・・・、離れるの?』

やっと香は口を開く。

『ああ。大阪で剣術仲間の実家が大きな庄屋をしている。まずはそこに世話になりながら、商売をするつもりで最近は根回ししていたが・・・。』

リョウの助は、実は前々より冴羽家から独立する事を考えていた。リョウの助は、逞しい長身に、二枚目の容貌、さらには優れた剣術家であり、娘しか生まれない武家より婿入りの話が山のように来ていた。中には冴羽家を超す名家からも来ているが、そんな話に乗る気は更々ない。

『香、お前の話は兄のミックの助から聞いた。』

リョウの助は、ゆくゆく店を持とうと計画していたのである。

女物の鮮やかな反物と、かんざしなどの小物、そして甘味処が一つの屋根に入る小売りの店。これなら、母娘、娘同士と来店しては長く店にとどまって買い物してくれるだろうし、将来的には問屋もしたいと思っているのである。

だが、この度の、江戸城からの香への申し出で、リョウの助は計画を少し変更した。

『・・・リョウ・・・』

香の声は掠れている。

『香、俺はお前を愛している。お前も同じ気持ちなら、俺について来て欲しい。』

リョウの助は真剣だ。リョウの助と、香は、まっすぐに見つめあう。

リョウの助は話を続ける。

『大阪は、徳川の影響が強い。勿論、大阪で一旗揚げる計画に変わりはないが、ほとぼりが冷めるまで、二人で京都に行こう。』

香は目を見開く。先ほどまで、絶望しかなかったが、今は愛しいリョウの助が自分を抱き抱え、夢を語ってくれる。

そんな香から目をそらさず、リョウ助のは続けた。

『京都へいっても、徳川の影響は強いだろう。でも、帝の膝元なら、なんとかなるかもしれん。京都にかつて父が命を助けた、西九条家という帝側近の公家がある。そこの一人娘、沙羅は俺もなんどか会った事があるんだ。まだ、沙羅殿は幼いが、西九条家を実際に仕切っているのは彼女だ。きっと、力になってくれる。』

香は、リョウの助のそんな申し出が、信じられないほど嬉しい。思わず、リョウの助の背に回していた手を強め自分の体をリョウの助に押し当てた。

すると、リョウの助は、右手を香の頬に添え、少し熱い吐息を吐く。香は、そんなリョウの助を見つめ、その吐息を受け止める。

リョウの助の右手が、香の髪の毛に深く入ってくると同時に、香の唇に己のも合わせる。

17才のリョウの助、15才の香。

二人の初めての口づけだった。

まだ幼さすら残る二人だが、抱きしめあった体は互いの体温を交換し、体の軸が締め付けられるような喜びに侵されていく。

二人はお互いの唾液を吸い取るように、深く深く口づけし、やがてお互いに着ていた物を脱ぎ去った。実は、夜這いの名人と思われていたリョウの助だが、実際に肌と肌を交わす事はこれが初めてで・・・

夢中で香の体に触り、本能から男と女の営みの仕方を探っていく。

そして、やがて。

リョウの助の荒い息と、香の痛みと歓びから溢れる嬌声が社務所を満たしていく。脱いだ着物の上で、若い二人は必死で交わった。

そして・・・。

香はリョウの助に気づかれぬよう、こっそり白い粉の包みを脱いだ着物のたもとから手繰り寄せ、舌で一舐めする。

『リョウ・・・』

香は両腕で、リョウの助の頭を抱きしめながら、リョウの助を床に寝かせるように横たわると、彼女はリョウの助の口に、自らの舌を深く差し入れて口づけした。

---苦い---

リョウの助は、香の深い口づけを受けながら、薬のような苦味を感じた。が、それ以上に香が深く差し入れた舌と唾液は甘く、この行為を止められない。

そして、リョウの助は意識を手放した。

                              «続»

 

 

 


赤い髪の伝説〜6〜前世編

2017-08-08 10:18:48 | シティーハンター

その日の夕方、書生たちと竹刀を振り回していたリョウの助が屋敷に戻ってきた。

リョウの助は、冴羽家の人間として偉ぶることもなく、書生にも分け隔てない対応をしていたので人望があった。いつも帰宅は、ワイワイガヤガヤと若者たちに囲まれ、にぎやかなものである。

『リョウの助さま、今日もお見事でございました。・・・でも、今日は・・・、香さま、お見えににりませんでしたね。』書生の一人がリョウの助に話しかける。リョウの助も、珍しく稽古に来なかった香を気にかけていた。

『槇村家にはそろそろ赤子も生まれる。忙しいのかもしれんな。』

なんでもないようにリョウの助は答える。

誰よりも香の不在を気にいているリョウの助だが、相変わらず素直になれなくて。周りの書生たちもリョウの助の不器用さには苦笑いだ。

この年にして、“種馬”とあだ名までついている、モテモテの若君は。唯ひとり、香姫には手も足もでないらしい。

しかし、そんな楽しげな空気を切るように、冴羽家次期当主にして嫡男、ミックの助が出てきた。表情はこわばり、氷のようだ。

『リョウの助、足を洗ったらすぐに私の部屋に来なさい。』

それだけ言うと、ふいッと踵を返していってしまう。

タライに汲まれた水で、リョウの助の足を洗っていた年配の女中は、その件を知っているようで。手ぬぐいでリョウの助の足をぬぐいながら、早くミックの助の部屋に行くよう促した。

------------------------------------

その頃、槇村家は葬式のような重い空気に包まれていた。それでも、そんななか、いつも皆を励ますのは香だ。

『兄上様、そのようなお顔をなさらないでください。』

秀幸の助と、妻の冴子を前に朗らかに話始める。

『香は武士の子です。公方様に嫁ぎ、きっと、立派に、お世継ぎを産んで見せます。』

そんな香を辛そうな顔で見つめながら、秀幸の助は重い口を開く。何しろ、香が生まれてくる赤子や槇村家存続の為に大奥に行く決心をしている事は明らかで。そこには、香の夢も希望もない。それに・・・。

『明日早々、御家老様より使者が来て、お前は城下の屋敷に入らなければならない。・・・もう、リョウの助とは絶対にあえないのだそ?』

香もリョウの助に負けず劣らず恋愛に不器用であったが、秀幸の助も冴子も、香がリョウの助を慕っていることに気づいている。

それでも、香は態度を変えない。

『槇村家の娘に生まれて本当に幸せでした。香は他の娘よりも、自由をたくさんいただきました。この、愛する槇村家が、未来永劫繁栄する事が香の一番の願いです。』

まるで、香は心を殺したようだと、二人は思う。

槇村家ではその晩、誰も食事をとることもなく、ただ寄り添い、後ろ髪をひかれがら各々床についたのであった。

                                           «続»