goo blog サービス終了のお知らせ 

難しい地名

日誌写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

「共産党」呼称は矛盾の産物ー直ちに解消すべきか

2018-08-14 03:16:50 | 日記
日本共産党中央委員会メ―ル室御中
第三信―「共産党」名でなければとの根拠が希薄では(歴史的・社会科学的理論の分析から)

 拝復
 個人的なメールにも関わらず丁寧にご返信賜り感謝致します。
 真摯な回答大変嬉しく存じました。

 ご返信の要点は、日本共産党はマルクスの理論の正当な解釈での「人間による人間の搾取もなく、抑圧も戦争もない、真に平等で自由な人間関係からなる共同社会の実現」「自由と民主主義の全面実現」にあり党名はその歴史の確信が込められているとの意であると受け賜わりました。
これは今日の日本における共産主義運動の先頭に立たれる「日本共産党」としての大意であり、その趣旨は必ずしも否定されるべきものではありません。理解はします。(しかしこの大意の回答には第一信にも挙げた詳細の歴史的な経緯の解釈を踏まえた返事にはなっていません。あまりにも表層の回答になります。)
 これを前提に再度、今回のご回答でなお判然としない幾つかについてご質問します。

1 示された共産党の理念だけでは他の野党の理念との「政党」として峻別は不可です。「共産党」としてでなければ保守勢力と闘えませんか。
まず基本的な認識として上記民主革命による自由と平等の実現が共産党の党是なら、希望の党や国民・立憲民主・社民・自由党等他の野党との政党の党派とあえて区分けする必要があるのですか。当然厳密には安保政策や憲法観、アメリカ対応などで党の理念と具体政策の違いがあってのことで、政党活動である限りその政策協議が大切とのことであろうと思われますが、小異を捨てて大道につき、対保守野党連合として「合同会派ないし合同政党」をどうして組めないのですか。
政策合意による野党共闘を共産党は目指していると言っても、他の野党の中には鼻から共産党嫌いなのはどうしてだと思われますか。これは他の野党の共産党への偏見で理解不足からくるものとの認識ですか。そこには「共産党イデオロギー排除」の論理が働き、さらには、はっきり言って互いの党のメンツの問題ではありませんか。つまり共産党が如何に踏ん張っても他の野党が拒否する皮肉な現象。

2 暴力革命否定は説得力に欠ける。つまり日本共産党独自の路線は言い訳に映るが如何か。
 日本共産党は革命プロセスを否定してきたとされていますが(日本共産党としての厳密な暴力革命の闘いの経過は置くとしても)、世界史的に見てロシアやフランス革命は明らかに王政への暴力による転覆であり、暴力革命による政治の転覆は否定しがたい。国民は「共産党」と言えば、暴力による共産主義、ないし共和制移行が頭にある。過去の史実は拭い去れない。これを如何に日本共産党は独自の路線で誤ったマルクス・レーニン人主義を克服し、マルクスの正当な理論解釈によって暴力革命を否定したのだと言っても相当無理があるのではありませんか。

3 「共産党」名を名乗る必然性は希薄と考えられますが如何か。
 皆さんは理想社会を夢見てその達成に邁進されているということで、伝統(まもなく結党後100周年)と今日的意義としての党名に固執されますが、客観的に国民、市民目線からし、そして上記共産党の理念からして党名への拘りは理解できません。前にも記したようにそれはもはや理論的・実際的に矛盾の産物です(象徴天皇制の国民総意論による判断や、二段階改革論を前提とするなら)。(つまり共産党は綱領にあるように、社会主義・共産主義を目指すことが特徴で第一段階目の民主主義革命と民主連合政府の達成は否定されていません。国民の引っ掛かりはこの点です。一段階目の達成すら危うい中、どうして二段階目が達成できますか。理想社会のビジョンを描くに急で現実を無視することになればそれはまさに倒錯です)。もし仮に革命の二段階論でなく同時並行ないし社会主義・共産主義革命が目的なら「共産党」なのかも知れません。改革・革命の二段階論は党名と矛盾する。
さらに敷衍すれば民主連合政府による国民のための民主主義政府が達成された暁に「共産主義への移行の政府樹立」を目指されてもおかしくないのではありませんか(この段階で改めて共産党を名乗る)。一気呵成に共産主義を掲げることに国民は躊躇しているのです。今まで世界的に示された共産主義の負のイメージが大で余計にアレルギーが増幅しています。若者は頓着ないと言いますが、少し調べればわかることです。そしてもうそろそろ大衆に「教えてやろう」的、啓蒙主義的発想の党活動を是正されたら如何でしょう。

憲法規定の象徴天皇制についても、白井聡氏は個人としても「天皇制民主主義」の欺瞞を暴かれています。(体制論―菊と星条旗・集英社新書)
 日本共産党たるもの「天皇制」についてももっとしっかり「体制変革」を主張されたら如何か。(綱領では憲法規定として承認している・選択を国民に委ねている。これも忖度以上のまやかしと映る)
 やはり共産党さんは天皇を敵に回すのは怖いのかと国民は思う。

4 少数野党でなく多数派を目指しての共産党イニシャテイブを確信されていると思いますが、その戦略はただ、ただ「党員の奮闘あるのみ」なのですか。
 「党の力を付けて若者にも期待して」と党員の皆さんはいいますが、創価学会ではあるまいし信念のみの非現実的な宗教観にならないよう(「平和の党」が平和解体的)。マルクス理念の科学的闘い、多数派工作への戦略に期待したい。
 目下の情勢では、失礼ながら如何に奮闘されても「共産党」名なら国民の数パーセントの支持以上に多数派形成は望めないかも。是非、「そうはさせない」と私たち含め無党派層をも納得させる材料を下さい。
私が党中央の委員なら各地の演説会に参道する熱心な党員以外の市井の動向を絶えず気にかけます。新聞の世論調査のように。独りよがりの理屈と感情論は禁物です。もちろん息長い情勢判断の元。以上は日本再生の起死回生を目指してのこころからの注進です。共産党さん―「よーく」お考え下さい。その渦中に居ますとタコヅボ化してしまいがちになるのです。
 結論として―
共産党名にこだわることなく自民・公明・維新・国民民主等の保守党派に勝利すべく「国民合同党」とでも名乗れる党派を共産主導でまずは早急に結成し市民民主連合政党を確立されたい。今や懇請あるのみか。
緩やかな政策協定一つ可能にし得ない乱立野党政党では共倒れの恐れ。自民・保守を有利にするだけ。よって他の野党が大道につけない「共産党名固守」は古い党員はじめ党活動のしがらみにある党員の意地でしかないのではと大方の国民は受け止めるのではありませんか。もし仮にこの党名改変議論が党大会等で議論にもならないとしたら、それはもはや宗教であり阿片です。
そして一番の弱点は個人的意見の恣意性を排除するための集団討議がいつしか組織論として独裁へと傾く恐れがあることです。(ex.ソビエトの官僚体制、中国の覇権主義等。日本共産党さんはこれらの批判的改革と訴えますが、日本国民の大部分はこの制度論自体を疑問視)
 以上、再質問をします。
   (注) 第一信―「共産党アレルギーを国民は克服できるか」(2018・1・26)
     第二信―「いくつかの質問」(2018・7・30)
   大阪府南河内郡河南町上河内831 荻野源吾 77歳 福祉Analyst TEL―090 5978 3844 敬具   2018・8・6 広島原爆の日


日本共産党中央委員会への提言ー国民は共産党アレルギーを克服できるか

2018-08-14 03:07:39 | 日記
日本共産党中央委員会への提言
国民は共産党アレルギーを克服できるか?
―2018年の政治状況と日本の政党政治の動向分析から地域からの改革戦略を描くため
「共産党」は名を残して過去の歴史的遺産となるのか、実を取って未来社会に貢献する先兵となりえるのか。―その目的と戦略を問う。


「共産党」アレルギー(嫌い)の人の理由は何か。その人たちの心情に分け入って分析してみよう。
① 過去の世界の共産革命の歴史からみて粛清や反政府暴力革命による「革命」のイメージからくる強権粛清主義、覇権主義への嫌悪。
② ソビエト連邦の崩壊など世界の共産主義・社会主義をリードしてきたソビエト型共産主義革命の行き着いた現状。その失敗と負のイメージ。「社会主義」が「資本主義」への対抗軸として最有力な主義にはなりえていない事からくる失望感。
③ 中国共産党のような現況での一党独裁政権の影響。人権無視のイメージ。
④ 資本主義における独占・寡占資本主義の成熟による国民の必然的社会革命運動による社会主義の実現という科学的社会主義論と称する理論への懐疑(マルクス・レーニン主義の古典的共産主義イデオロギーの衰退ないし変化)。―基本理念に関わる。
⑤ 歴史伝統の名の元に歴史修主義に陥ることへの批判を恐れてのチャレンジの無さ。新しい日本的社会主義実現の戦略と方策の未確立―理念と価値のイデオロギーに終始しており未来社会構築への戦略不足との感想。
⑥ こうした現状で如何に一国独自路線の「社会主義・共産主義」路線を唱えても空しく響く日本の共産党の主張。
⑦ 現存する世界の社会主義国諸国の暗いイメージ。
⑧ 戦中から敗戦に至るまでの共産主義者の抵抗の勇気に対する敬意と同時に粛清に対抗する犠牲への恐れという矛盾し交差する複雑感情。つまり共産党に抱くコンプレックス、アンビバレンツ(二律背反的・矛盾した感情の併存的)な思いによる否定的感情。
⑨ 共産党への基本的な方向への理解をしつつも常に紋切型な論説、幅の無さに対する嫌悪感。(つまりどの党員も判で押したような回答・説明・解釈しかしない)―リジッド(考え方の硬さ)でステロタイプ(紋切型)であることへの嫌悪感情。―(つまり考え方に幅がなさすぎる)。
⑩ 理論が難しくわかりにくい。かつ「口を開けばアメリカ帝国主義反対、安保条約破棄、戦争反対しか言わない」等の受けとめ。そうした不満や批判。
⑪ 党員になると周りの人につまはじきされることに恐れ。社会的に孤立しそう。
⑫ 正しいことを言っているとは思うが貧困や社会的弱者の味方と言っても自分がそんな正義感だけでは動けない。福祉やボランティアなら馴染んでも共産党としての立場での政治姿勢としてはあまり気が向かない。
⑬ 「共産党」と「公明党(創価学会)」は同じように思われ、思想信条を超えてある種の信仰集団・宗教と同じで気持ちとして受け付けない。
⑭ 「共産党」と聞いただけで吐き気がするという感情・情緒。その他もろもろの意見や感情を挙げることが出来るであろう。
⑮ 人類は宇宙にロケットを飛ばすまでの技術革新を成し遂げたが、未だ戦争や民族紛争、飢餓などから解放されていない。人生サイクル100年では歴史から学び得ない。必ずしも人間の叡知の楽観論を許さない。むしろ衆寓と化す。これが人間の真実追求を曇らせ「共産党忌避」などの感情にもつながる。従って歴史的に長いスパンで見た場合でも民主革命による斬新な改革しか予測できない。

これらの受け止め方には理論的・理性的な面と感情的・情緒的な面が入り混じっているのは当然。
さてこれに対するに党として如何に処し説明して理解を増やせるか。これが党勢拡大のカギとなる。相手が共産党の実態を知らないことはいろんな誤解、差別・偏見の元となる。
もちろん積極的支持者、熱心な党員はこんな感情は理解しえないかとも思われる。いみじくもマルクスは「宗教は阿片である」と喝破した。しかしこの共産主義を如何に科学的といえども宗教のように信奉してしまっては皮肉な逆説になる。

党の綱領や今回の衆議院選挙を受けての総括(3中総)から上記に対応する理論的・実際的な流れを追ってみよう。

① 〜➅は主として「共産党の理念や価値・イデオロギー(思想・信条)」に関する問いか
けでありそれについての不安、疑念である。感情論というよりは比較的理論的・理性的な基本認識について回答することが必要な事柄である。これについてはほぼ綱領でも応えているがいくつか基本的な隘路もある。つまりまだ十分に理論化されているとは言い難い。

例えば3中総では「党をまるごと理解してもらい積極支持者を増やし日常活動を」と呼び掛けている。
しかしあまり誤解無く共産党を理解している理解者の中でも、如何に日本独自の共産党の在り方を求めるにしても、旧来のマルクス・レーニン主義との関連での今後の在り方についてのいくつかの理論的・現実的解釈が釈然としていないと考えられている。
例えば「革命」なのか「斬新的改革」「民主改革による社会主義実現なのか」の戦略が不明確。もし「民主主義的改革」による社会的変動を選ぶのならあえて現時点で「共産党」を名のる必要があるのか。それは旧来の失敗の残滓を引きずることにはならないか。
つまりまるごと共産党を理解してもなおかつ違和感を抱く人が多いことである。

➆〜⑭は理性と感情が交互する内容を含んだ嫌悪感情である。特に現実の社会主義イメージの与える影響は大きい。ロシアの、中国の、キューバの、東欧の、そしてまた東南アジアの諸国の共産・社会主義の実態・・・。恐らく多くの日本人は国の開発のスピードの前後はあるにしても、また文化的な違いを前提にしてもこれらの諸国と似通った社会主義国は目標とはならないはず。ここで如何に一国独自路線を主張してもすでにこの段階で国民一般の理解を得ることは困難である。

⑯ は総体としての歴史的経過と今後の見通しに関するもの。当然党として当事者は改革
の前進という楽観論を支持されているかもしれない。私はあえて悲観的楽観論者である。

少数精鋭、我が道を行く求道者的孤高を由とするならそれは一つの政党政治の在り方と存在は否定されることはない。そして市民連合共闘とともに一定の勢力を維持することも可能かと思われる。しかしその前に「歴史は繰り返す」ように、いつの間にか元来た道、
目標とする国家像が築かれる前に見事に野党の共倒れ、ないし分断にあい崩壊する。
名を変えても「元共産党と言われて同じ偏見にまみれる」という意見もあるが人間感情として改名によるイメージチェンジは一つの方法として実効性は高い。現に各政党は「未来」だの「希望」だの「自由党」だの「日本のこころ」だのとイメチェンに必死ではないか。もちろん政策合意をおろそかにした改名は見透かされてしまうが。政策が中心の連合は強力な武器。その名の元に市民が集結して多数を形成する方向しか道はないと断言とてもいい。
これが民主革命である。

一番自民、保守政権に対峙できる核となるべき共産党が自己の理念と名称に固執して幅広い国民戦線が築けないまま終わるならこれは戦略的に敗北が強いられ、結果自民を利する「自・共型新保守勢力」となってしまう。そうならないためにも市民連合戦線の共闘を共産党として呼び掛けてもいよう。そこまでの柔軟さをさらに押し広げ一強保守に対抗するために「党名の変更」「組織改革」を果敢に推し進めて「戦後レジームからの脱却」を唱える安倍政権への闘いを進める時期に来ているのではないか。埋没を恐れて独自色に走り市民連合が成功しなければその先共産党独自の道が開けるのかいささか疑問である。ここが市民・国民の民主改革による国民路線と革命手段での社会改革と一線を画することになる。多数原理は捨てられない。(一例ではあるが今回の衆院選では特に比例区で立憲へ投票した人が必ずしも共産に投票したとは言えず、「共産の支持者、立憲に片思い―2017/12/23朝日」にあるように共産嫌いは他党にも影響しているではないか)
「共産党外し」は戦後史から見ても今に始まったことではない。ようやく政治討論でも活躍しマスコミでも市民権を得たように見えるが「共産党嫌い」は友党の支持者、市民にも広く存在していることの現状があることを肝に銘じなければならない。

しかし国民は何が何でもの多数形成を望んではいない。
政策思想の分岐点・分水嶺は、その基本的価値をどこに置くかである。
今日の時点では「基本的人権・民主主義・反改憲・反原発・反貧困・文化醸成・環境政策」などである。
これでもって市民国民戦線で共産党が衣替えした例えば{新自由・合同連合}とか{平和パーティー}などの名の元に主導されるべきであるとも考えられる。(党名で有っても一党一派の政党名というよりは緩やかな政治団体としてあるいは超党派連合体組織として、今日の政党政治を超える仕組みづくりとしての野党連合。ここが更に大事なところ。)
折角その戦略に於いて「共闘路線と今までの資本主義で獲得した自由や平等などの諸条件をそのまま活かす」(2017/12/16総合4朝日新聞)と志位委員長は宣言しているのだから、「共産党嫌い」を払拭できる理念と戦略の関係性の再構築にとその工夫に汗を流されたい。
綱領にも本格的な社会主義・共産主義に至るまでの二段階社会発展を明記しているではないか。まずは民主連合政府での民主革命を達成しましょう。「消去法で共産党を」ではなく「積極的支持を得る方向に」と3中総では呼びかけているが、現状のまま党独自路線に固執すれば国民の「消去法的選択」の余地すら無くしてしまう恐れがある。

このことが例えはイタリアやフランスのように共産党が埋没しその理念や価値を無くしてしまうことになるのか。もしそうであるならそれは主導者のまた構成員の価値・理念が不徹底なことによる。いずれの方法を取るにせよ成員の熟成度は問われる。一般国民はそのleadership如何に左右されよう。組織力は中央と地方の連携は大切だがあまり統制や規制を条件とすると反ってその組織は硬直化しもろくなる。ここが共産党組織の柔軟性が問われるところ。綱領ではそこを無理なく民主的に合意して解決するような表記にはなってはいるが実際はもっと柔軟で有ってよい。自民党はその点成功している。当然排除でなく包摂。この点希望が改憲問題を線引きしたのは正解というか早すぎたと言えるかも。
3中総では地区活動の強化や党活動の足腰を強化することを促しているが、現在まで戦後も数十年頑張ってきた党員などの活躍により地元に根付き相当裾野を広げてきたと言える。創価学会員の折伏以上に日常活動に頑張っているともいえる。これ以上地方に何を求めるのか。そこが疑問である。中央が対応すべきことが有るのではないか。それが何か・・・

今日の世界で労働者階級とはどの実体・範囲を意味するのか。
その階級が資本家に向けて階級闘争で社会変動が起きると本当に信じているのですか。
この場合資本家とは?日本で大衆の蜂起があると。原理的にはそうなっているとの判断なのですね。民主主義改革でなく。それなら革命ですね。
共産党は正直すぎて損をしているともいわれます。最大公約数の理念や価値を表に立てながらかつ党名変更しながらでも名を捨てて実を取る戦略を描きませんか。もっとリニアー(単線的)でなくノンリニアー路線は有りませんか。

どうしても政党政治なので政党としての「共産党」は捨てがたい核として残すというならその他の大部分は姿・形を変えて大衆戦線を構築しませんか。民青や党友やSNSサポーターなどを動員して政治に無関心層とか無党派を名乗る人たちを包み込んで新党名パーティーを結成しましょう。特に無党派層や無関心層は「党名」でアレルギーを起こすのです。それは情緒的だと如何に否定しても人間やはり感情の動物。心の中にいつしか「ハイルヒットラー」を求めてしまうのです。政治的無関心層が増えポピュリズムが蔓延する前に手を打たねばなりません。全体主義はいつでも口を開いて待っているのです。あるいは共産党もある種の全体主義だからこんな状況は無視してよいというのでしょうか。

ベトナムの闘いでのゲリラ戦や第二次大戦の戦争中の潜行活動でも地下に潜っても闘いがあったのでは。今は言論活動の保証されているこの時期、この段階で戦略を多様化させることから始められてよい。そのために「共産党」の名前の検討から初めて下さい。どうぞ「歴史あるこんな大事な名前を捨てるわけには」(2017/12/16総合4朝日新聞)と言わないでさらに「大胆かつ小心」に。最大公約数の基本理念でまとまり、「よりまし政権」を着実に定着させて改革を前に進め皆さんの目標である「共産主義」社会へ向かって下さい。そこに至るまでに大衆の拒否に有ってはいかんとも前進しかねます。
以上大変稚拙な質問で、かついろいろ生半可な理解であるかもしれません。また突然、直接質すことのご無礼をお許し下さい。何とか今後の政治状況に新しい活路を求めたい一心です。それにはまず共産党さんの方針が大きく左右すると考えております。(2017 12日本共産党大阪府委員会河南町支部力武清議員との懇談・意見交換を経て構成しました私見です)
大阪府南河内郡河南町上河内831 荻野源吾 76歳 福祉アナリスト 0721-93-6757
無党派(党員ではない)    2017/12/25



台湾周遊

2018-07-02 16:51:21 | 日記
記忘庵日誌 2017年10月3日  荻野源吾
台湾周遊・2017
台湾は北回帰線を挟み亜熱帯と熱帯が同居する。従って美麗島と称せられるように美しい花とフルーツの沢山実る島。9月下旬の今日も真夏日。早朝5時散歩時も暑い。

国土の三分の二は山と台地とで残り三分の一に人口が密集している。山国であるとの実感。山と渓流がすぐ海につながっている。木の葉かさつまいものような島国。日本の九州ほどの国土に何と三つの山脈に三千メートル級の山が二百を超えるという。太平洋戦争開戦時、台湾の最高峰、「新高山(ニイタカヤマ―玉山のこと3925m)に登れ、トラトラ(真珠湾寅の時刻)」の暗号がこの台湾の山から取られたのは象徴的である。島の生活の南北格差はないが東西差大きい。西側の開発に比べて東側は未開発。ほとんど急峻な山が迫っている。
     
    北回帰線標示塔                花蓮・太魯閣峡谷

台湾はある種の自治領で中国に属しながらも独自の政権で自立している。経済的には日本等との結びつきをうまく利用して今やかなり高度の技術立国になり工業化に成功している。鴻海精密工業がシャープを傘下にした実績は最も象徴的。わずかな平地を利用して都市が形成されているため台北や台中,高雄に人口が密集。よって30-60階もある高層化した分譲・賃貸マンションが林立している。その中でも高雄の都市は比較的最近再開発されたのか建物も新しく街並みも近代化しており驚かされた。台湾のどの街もアベノハルカスビルの林立である。それでいてすぐ郊外に出れば昔の田舎町。のんびり。いたるところバナナやヤシ、ビンロウ樹が茂っていた。ヤシの木と檳榔の樹は似ているがヤシの幹は太く檳榔樹は幹が細長く高い。

   
台中市街                   台中郊外の檳榔樹

台湾はオランダの植民ら始まって鄭成功時代、日本時代そして蔣介石の中華民国統治と変遷してきた。八田與一という技師の灌漑水路開発の功績は今も台湾人に広くられている。漢字圏でもあり日本語もある程度通るので日本にいるような錯覚すら覚える。なお台湾各地に「成功」という名があるが成功と言う地名や成功大学、成功路とかは鄭成功にちなむ。
今回の旅ではドラゴンフルーツやマンゴウもよくいただいた。その中でも釈迦頭というフルーツを初めて食べた。一つ一つ実をもぐと大きい種の周りの白い乳液状の甘いエキスがとても美味。美味で誠に変わり種。釈迦頭とはよく言ったものでまさに仏の螺髪

 
「健康赤秋」好きなことを書き紙風船を飛ばす  十分老街・列車が来たら中断      天空へ

九仇・十分という面白い地名がある。何でも貧しい寒村でわずか9軒あまりから村が開発され、皆が分かち合って生活して今日の繁栄があるという。今この九仇老街は千と千尋の神隠しの街として観光地になっている沢山の人で賑わっている。十分では十分老街で線路の脇にある店で仕込んだ天燈を飛ばすといういかにもロマンに満ちた観光で賑わっている。路の両側はこぎれいな土産物屋やいろんな店。京都の三寧坂以上の店。

 台南市街の駐輪場・日本も真似たら     日月潭の文武廟の道教僧侶
物価は1台湾ドル約4円で店頭のバナナは40ドルであった。ビール150ドル。
台湾はバイク王国。世界で一番の保有数を誇る。また町のあちこちにある自転車の駐輪場は良く整備されていた。高雄では六合の夜市に行ったが街の各地で夜市が盛んな様子。昼は暑いからであろう。世界の中でも台湾の住みやすさは最近とみに高くなっているという世界統計。宗教は佛教・キリスト教・道教他。自然の厳しい東海岸沿いにキリスト教会多い。
     
花蓮県にて原住民アミ族のショー
     
          高雄市内地下鉄美麗島駅 日本に無いデザイン

私と憲法ー若者よ憲法死守に踏ん張れ

2018-06-11 16:31:38 | 日記

私と憲法 2018/5/3憲法記念日にあたって
若者よ 憲法死守に踏ん張れ
私は日米開戦の昭和16年に生まれた。当時の世相は「産めよ増やせよ」で兄弟も5人。長兄が陸軍、次男が予科練に行ったが無事帰還できた。
農家ではあったが、食料を補うため、「甘木」(甘草)という植物を甘味料代わりに食べた。サツマイモのつるも食った。長兄が戦場から持ち帰った「乾パン」の味は今も鮮明に覚えている。カスカスで味気なかったが空腹のお腹で膨らんだ。私にとっての戦中の思い出はこの程度であった。
戦後73年わが国は平和を保った。これは憲法のお蔭であると感謝している。「憲法の抑止力」は「軍事の抑止力」に勝るものと痛感している。
今日の若者は戦争体験が無いだけに「憲法と9条」への関心が薄いと聞く。しかし私自身も戦中派でありながら、戦闘体験がなくても戦争の悲惨さは理解できた。若者が想像力を逞しくして「戦争の愚かさ」を悟ってほしい。
「護憲は古い」という人もある中、時を超えて「日本国憲法と9条」の理想を掲げ、「憲法を誇り」として心の武装をして、世界の軍事大国主義との闘いをしてくれることを心から期待する。「若者よ、現憲法死守に踏ん張れ!」とエールを送りたい。22世紀への伝言。
〒585-0024
大阪府南河内郡上河内831 荻野源吾 77歳 無職 0721-93-6757携帯 090-5978-3844
(朝日新聞・オピニヨン声欄5月6日掲載)

From: gengo ogino [mailto:kogino@skyblue.ocn.ne.jp]
Sent: Monday, June 11, 2018 4:27 PM
To: 'masaonakagawa@qol.com.net'
Subject: こんにちは



旅も「ジーンズからスポーツウエアー」の時代にー琵琶湖・沖島への旅

2018-04-08 15:24:28 | 日記
記忘庵日誌・荻野源吾・2018/4/7
旅も「ジーンズからスポーツウエアー」の時代に―琵琶湖・沖島への旅

気軽なバスツァーの旅。その企画は日進月歩。今回は近江八幡の市内散策、琵琶湖の島の沖島、そして酒蔵見学のコースであった。
まず近江八幡の新町通りから八幡堀の散策。近江八幡と言えば名だたる近江商人。質実剛健。その家並も豪邸ではないがしっとり感がある。他に有名なのが安土城のほかヴォーリスの建築やメンソレータムの近江兄弟社もある。水郷めぐりもある。街並みは今なお静かで落ち着いた半田舎という地域風情。

   
 森五郎兵衛邸 布団の西川の旧邸も近くにある       麩の吉井  麩も近江の特産
琵琶湖には四つの島あり。沖島、多景島、竹生島、沖の白石(四つの岩礁からなる)。

沖島は近江八幡(堀切港)から1.5キロ沖にある。淡水湖での国内唯一の有人の島で珍しいとぼちぼちと観光で人気に。
幅2メートルもない狭い路地に家々が密集しており、現代に残るまさに昭和レトロの雰囲気を色濃く漂わせている。懐かしい漁村の佇まい。湖岸はなんだか潮の香?すらする。860年前頃から住み着いたという。350人が住み小学校(生徒18人、先生8人)や郵便局がある。10年ぶりの保育所再開がビックニュース。   
周囲6.8キロ            渡船から見る島        沖島漁港前の集落

なれずし造り 腸・せわたを取り塩にまぶし3ケ月後ご飯にまぶして保存   島の中心路地   
220隻もの漁船があり、鮒ずしやもろこの佃煮などが特産。漁業会館の建物で簡易にあしらわれた食堂で地元婦人部(湖島婦貴の会)手作りの花弁当を味わった。チラシ寿司・天ぷらなど素朴な島の香りがした。丁度訪れた翌朝から「桜まつり」のイベントがある。他所ではすでに散りかけの桜も、ここではまだ満開で、今年名残の桜が楽しめた。
   
  港反対側海岸の桜の下がり枝            2階の屋根まで突き抜ける数本の柱
最後は古い酒蔵「旭日(きょくじつ)」の蔵元、藤居本家(滋賀県・愛荘町)。試飲と酒蔵
樹齢700年の太い欅材の柱を用いた蔵造には目を見張るものがあった。先祖
が大正時代に建てた贅沢な酒蔵。全国的に見ても貴重な文化財と言える。
ファッションは型破りで気取らない自由なジーンズ姿から今やさらに着心地や肌触り柔らかな体にフィットするジャージ風のフリースタイルのスポーツウエアーに移りつつある。旅の有り様も大型レジャースタイルから個人の好みに合わせた個性的な旅行へと様変わりしつつある。地方都市に拠点を置くバス会社はそのニーズに合わせて企画を先取りしつつある。まさに良き時代である。コンパクトで経済的安くにも安くて利用しやすい。以上