高校野球100年を迎えた夏の甲子園。
毎日、数々の熱戦が行われ、100年にふさわしい感動や興奮を呼びました。
高校球児が残した言葉は、笑顔あり、涙あり様々です。でも、その根底にあるものは辛かった練習を乗り越え、努力してきた日々、周りで応援してくれた人への感謝、そして仲間との絆を実感させるものです。
「生まれ変わってもう一回、野球ができるなら、この先輩たちと野球がしたい」 / 早稲田実業高校 清宮幸太郎
今年の夏。社会現象となった新怪物くんの清宮選手。夏の甲子園では一年生初の二試合連続ホームランを打ち一躍夏の主役になりました。清宮効果もあり、チームは勝ち進んだものの、準決勝で宮城・仙台育英高校に完敗し、敗退。試合後、涙を流しながら語った言葉。
「悔いはないです。一生忘れられない甲子園でした。今後は、プロに行きます。今までの日本にいなかった、すべてトップレベルの選手になります」 / 東東京・関東一高校 オコエ瑠偉
甲子園のグラウンドを縦横無尽に駆け巡りました。高校野球ファンはそのスピードにスタンドはどよめき、テレビにくぎ付けとなりました。自分の可能性を信じてさらなる高いレベルを目指していく姿は現役高校球児のお手本です。
「日本一になるために練習をしてきました。苦しい思い出しかありません」 / 神奈川・東海大相模高校 小笠原慎之介
東海大相模高の練習の厳しさを象徴しています。甲子園へは今回を含め夏10回、春9回出場し、うち春夏2回ずつの全国制覇を果たしました。名門だから、外から見られる。先輩と比べられる。大きなプレッシャーの中で最後まで甲子園のマウンドに立ち続けられるのは一人だけ。優勝後の言葉とともにそのプレッシャーは解き放たれたことでしょう。
その他にも、いろんな言葉がありました。
「守備長いな、自分が内野だったら投手に声かけて助けられたと思うと、悔しいです」 / 南北海・北海高校 鎌仲純平(10点を奪われた五回にレフトを守っていて)
「球場の雰囲気が地方大会と全然違った。来てる人の数が今までと違い、押されるようだった」 / 岐阜・岐阜城北高校 鷲見直輝(開幕第二戦目を戦って)
「宿舎に帰ったら(主将に)ごめんなっていいます。お前を甲子園に立たせてやれなくてごめんなっていいます」 / 茨城・霞ヶ浦高校 保立凌(主将が発熱のためベンチ入り出来ず、代理主将を務めた)
「勝ちたかったんですが、甲子園で試合ができて想い出ができました。去年は点が取れなくて悔しかったんですが、今年は取れた」 / 徳島・鳴門高校 堀皓貴(終始笑顔で)
「力不足ではないと思うんですが、力を出せなかった」 / 静岡・静岡高校 安本竜二
「(三回からリリーフ登板)ベンチから開き直って投げろと言われたので、開き直って投げました。(清宮君に他の選手にはない特別なオーラは感じたか)それはあんまり」 / 愛媛・今治西高校 杉内洸貴
「無我夢中で打ちました。狙い球とかありません。自分的には悔しい敗戦ですが、チームはここまで来れて悔いはない」 / 滋賀・比叡山高校 河合拓己(大会前に打球が当たり右頬を骨折。試合は九回に代打で登場して同点タイムリーを放つ)
「監督からまず一回戦しっかり勝って、二回戦で投げられるようにしとけと言われていました。(レフトからの返球で走者を本塁で刺す)自分がチームに迷惑かけていたんで、あそこでアウトできて嬉しかったです」 / 奈良・天理高校 斎藤祐羽(エースだが奈良大会前に中指を骨折。奈良大会で投げず、この試合でもレフトを守っていた)
「(いまの心境は)*%$#¥!!くっそ!」 / 新潟・中越高校 雪野敏和(八回にリリーフ登板したものの九回にサヨナラ負け。試合後、顔を覆って椅子に座り込んで泣き、涙と汗が泥に混じって滴り落ちて小さな黒い水たまりを作っていた)
「無意識のうちにやってました。今までやったことないです。甲子園のマウンドは自分を成長させてくれたから、感謝したかった」/ 大分・明豊高校 前田剛(六回途中降板する際に帽子を脱いでマウンドに一礼した)
「足の対策は立てていたんですが、ふとした隙で塁を盗まれたり、相手が一枚上でした。三回は相手の走塁に自分たちがついていけなかった」 / 香川・寒川高校 金川颯吾(健大高崎の走力で三回に8点を奪われた)
「甲子園に出られた嬉しいですけれど、チャンスをいかせず悔しいです。勝つことでお世話になった方たちに恩返ししたかったので、勝てなくて悔しいです。(相手の投手は)真っ直ぐに力があったけれど、打てないまっすぐではなかったので悔しいです」 / 岡山・岡山学芸館高校 岡本祥吾
「(成田投手の投球をどう感じたか)一年の経験の差がこの差につながったと思います。来年は背番号1を付けて成田投手を越えるような存在になりたいです」 / 佐賀・龍谷高校 池田智浩(背番号10の小柄な二年生左腕。同じく小柄な左腕の秋田商・成田翔選手に16三振を奪われた)
「悔しいですけれど、最高の仲間と甲子園で試合が出来て良かったです。故郷に胸張って帰ります」 / 鳥取・鳥取城北高校 布袋翔太(おでこと左目の下に飛び散った泥を付けたままニコニコ顔で)
「まだ終わったという実感がないんです。8点差付けられたときも、勝つイメージしかなかったから、負けた気分には全然なりませんでした。今もまだ3年生のみなさんと野球をするイメージがあります」 / 富山・高岡商高校 北村太聖(三回途中からエースをリリーフした二年生。8点差を同点に追いつくなど健闘)
「僕のせいで最後まで粘れず、チームに申し訳ないです。僕はピンチの方が投げやすいので、県大会でも1試合で3回リリーフしたことがあります。(最後はレフトに戻らずそのまま投げたが)イニングをまたいで投げたのは初めてです。監督から『(もう投手がいないので)お前が最後まで投げろ』と言われました。それなのに粘れなくて申し訳ないです」 / 島根・石見智翠館高校 田中将貴主将(ピンチのたびにレフトからリリーフ登板すること5回。一時は逆転するも九回に逆転サヨナラ負け)
「(熊本大会から甲子園まで一人で投げ抜いてきた)1勝するためにやってきたので、負けてしまっては……(ピンチで控え投手がブルペンで投球練習を始めていたのを知っていますか)ずっと1人で投げ続けようと思っていたので、ブルペンは見ませんでした。絶対1人で投げ抜くつもりでした」 / 熊本・九州学院高校 伊勢大夢
新世紀を迎える高校野球。
2016年は、どんなプレーがあり、どんな言葉を聞かせてくれるのでしょうか。
「僕はこれで野球をやめます。母子家庭で私学に行かせてもらって母には苦労をかけました。卒業したら消防士になります」 / 宮城・仙台育英高校 佐々木柊野
夏の甲子園で東北勢初の日本一を目指しましたが、惜しくも準優勝に終わりました。六回表ノーアウトではライトフェンス際への大飛球をジャンプし、背中を強打しながらキャッチ。昨秋の練習試合で同じような打球を追った際にフェンス際の溝に足がはまり、左足甲を複雑骨折しているため、恐怖心はあったものの、それを乗り越えた好守で球場を沸かせ、同点に追いつく攻撃につなげました。。女手一つで育て、私立に進ませてくれたお母さんに恩返しするため、卒業後は消防士を目指します。「野球をやってきて良かったと思いました。勝ち負けに関係なく、いい経験させてもらいました」。キャプテンは、すべてを決勝の舞台で出し切りました。