野球小僧

関西学生野球連盟

関西学生野球連盟とは、関西地区に所在する6大学の硬式野球部で構成された大学野球リーグです。全日本大学野球連盟に所属しています。1982年の現連盟の結成以前に、同名の学生野球連盟が2度存在した事がありますが、それぞれ時期も内容的にも別の団体になります。

2017年度の秋季リーグは関西大が2季ぶり36度目の栄冠に輝きました。5試合連続(延長15回引き分け含む)の完封勝利で、連続無失点記録を62回に更新する偉業を成し遂げ、最優秀選手賞、最優秀投手賞、ベストナインの3冠うぃ受賞した坂本大選手(四年・履正社高)と史上2人目の完全試合を達成した山本選手(三年・桜宮高)の二枚看板が貢献しました。打撃陣は四番・倉川選手(二年・桜宮高)を軸に、中島選手(四年・箕面東高)、太田選手(三年・乙訓高)らがしぶとく出塁し、得点に結びつけました。

■所属リーグ 勝敗は2017年秋季リーグ戦および入れ替え戦終了後のもの
 関西大   13試合10勝  2敗 1分 勝点5
 立命館大  12試合  8勝  4敗 0分 勝点4
 近畿大   12試合  6勝  5敗 1分 勝点3
 関西学院大 12試合  5勝  7敗 0分 勝点2
 同志社大  12試合  4勝  8敗 0分 勝点2
 京都大   13試合  3勝10敗 0分 勝点0

優勝回数 2017年秋季リーグ終了時点
 45回 近畿大
 36回 立命館大
 37回 関西大
 26回 同志社大
 14回 関西学院大
   2回 京都大

歴史
現在の関西学生野球連盟を中心にした関西地域の大学野球連盟の誕生のいきさつには、一言では語ることのできない複雑ないきさつが絡んでいます。メモのご用意を。

戦後の学制改革による新制大学誕生後、1951年に全日本大学野球連盟が発足し、1962年に関西六大学野球連盟 (旧連盟)(以後、旧関六)が、関西地域における旧関六以外の大学野球連盟が所属する近畿地区大学野球連盟からの再三の合併要求を受け入れ、その結果、旧関六を最上部とした入れ替え戦とする関西大学野球連合として統合されました。しかし約20年後の1982年には「入れ替え制度による将来における関西大学野球界の危機」説があがり、関六の入れ替え戦中止が決定するとともに関西大学野球連合は解体となりました。

関西学院大、関西大は入れ替え戦中止による固定方式を主張します。同志社大は反対しますが、当時下部の京滋リーグに落ちていた立命館大を救済するとして、立命館大も承諾し、3校がまとまり、同志社大もこの動きに同調します。

京都産業大と大阪商業大は、そのまま居残る形になり、関西六大学の名称を引き継いでいます。近畿大は優勝回数が多いという理由だけで関西学生野球への合流となります。したがって、関西六大学野球連盟から脱退し、旧下部から2校を招聘して、関西学生野球連盟となる新リーグを結成します。
また、連合結成時代を含めた旧リーグの過去の記録に関しては、新制の関西六大学野球連盟側と共有していく事で再編時に合意がなされました。

1917年 関西大、関西学院高商部、同志社大、立命館大、大阪薬学専門学校(後の大阪大薬学部)、大阪高等工業学校、大阪高等商業学校(1928年から大阪商科大)、大阪歯科医学専門学校の8校により関西学生野球連盟(旧連盟)が結成。その後消滅
1927年 1923年に発足した官立三校野球連盟を母体にした官立四校野球連盟に関西学院高商部(1932年からに関西学院大)、大阪高等商業学校(1928年から大阪商科大)が加盟し、関西六校野球連盟と改称
1928年 神戸高等工業学校(1949年に新制の神戸大工学部)が加盟し関西学生野球連盟(旧連盟)と改称。京都地区では京都大学専門学校野球連盟から旧制大学が独立し、大谷大、京都府立医科大、京都帝国大、立命館大、龍谷大の5大学で京都五大学野球連盟を設立
1929年 関西大、同志社大、京都帝国大による三大学対抗戦開始
1930年 立命館大を加えて関西四大学野球連盟が発足
1931年 関西学生野球連盟(旧連盟)の神戸商業大が関西四大学連盟に移籍し更に関西学院も重複加盟し、同年秋から関西六校野球連盟のリーグ戦が開始
1932年 関西学院の旧制大学昇格と共に前年秋に結成の関西六校野球連盟は関西六大学野球連盟(旧連盟)に改称
1941年 大阪専門学校が関西学生連盟(旧連盟)に加盟
1942年 戦時命令により全国の全ての野球競技活動が禁止
1946年 関西六大学野球(旧連盟)が再開
1947年 学制改革施行。関西学生野球連盟(旧連盟)の構成校でもあった大阪大、大阪商科大に大阪理工科大(大阪専門学校の系列校)を加えた後の近畿大学野球連盟の母体となる大阪三大学野球連盟としてリーグ戦を再開。同年には旧制3大学野球連盟(東京六大学、東都、関西六大学)による全国大学野球連盟が発足
1949年 学制改革施行終了。全国新制大学野球連盟による第1回新制大学野球選手権大会が開催
1952年 全国大学野球連盟と全国新制大学野球連盟が合併しそれぞれが発展的解消。第1回全日本大学野球選手権大会を開催
1956年 関西大が全日本大学野球選手権において東京六大学代表以外の初の優勝校
1962年 近畿地区大学野球連盟配下の3連盟(京滋大学野球連盟・近畿大学野球連盟・阪神大学野球連盟)と合併し入れ替え戦を導入
1970年 第1回明治神宮野球大会を実施。関西大学が関西大学野球連合代表として出場
1972年 関西大が大学球界初の春秋全国制覇(大学タイトル4冠)を達成
1982年 関西大学野球連合が解体し、その後の再編の経緯の中で関西六大学野球連盟(旧連盟)から関西大、関西学院大、近畿大が先ず脱退し、後に同志社大も追随するに至り、実質的に旧連盟は解散し、結果として新たに関西学生野球連盟が発足。全日本大学野球選手権大会の出場枠は連合時代を踏襲して関西地区の5連盟で1枠となる。明治神宮野球大会については春の関西地区代表決定戦での優勝連盟が出場する事となる
1983年 全日本大学野球選手権大会の関西地区の出場権が2つに増枠。明治神宮野球大会は春の第1代表の代表連盟が出場となる
1985年 明治神宮野球大会においても関西地区代表決定戦を実施
1989年 全日本大学野球選手権大会の関西地区の出場権が3つに拡大。また同大会において近畿大が連盟代表初の2連覇を達成。同時に近畿大が全国としても連盟としても2度目の春秋全国制覇(大学タイトル4冠)を達成
1991年 全日本大学野球選手権大会の出場校増加に伴い単独出場権を獲得
1994年 関西地区大学野球5リーグ対抗戦を開始
1997年 近畿大が全国としても連盟としても3度目の春秋全国制覇を達成。また同時に同年秋には最後の大会となった全日本アマチュア野球王座決定戦でも優勝し全国の大学では唯一の大学タイトル5冠
1998年 全日本大学野球選手権大会において近畿大が2度目の2連覇。全国でも明治大に並ぶ2校目の快挙
2000年 関ヶ原合戦後400年を記念して東京六大学野球連盟と東西対抗戦実施
2005年 明治神宮野球大会の関西地区代表枠が2校に増枠
2009年 関西大が不祥事により秋季リーグ戦出場を辞退。5校で開催
2013年 近畿大が部員の逮捕事件により秋季大会出場辞退。5校にて開催

特徴
関西の学生野球史では必ず登場する関関戦(関西大学と関西学院大学)と同立戦(同志社大学と立命館大学)は関西地区の学生野球対抗戦としては最も有名なカードです。同リーグに看板固定カードが2つ存在するのが特徴となっています。毎リーグ戦とも関関戦はリーグ戦中盤、同立戦は最終週に行なわれるのが通例で、春季は関関戦が、秋季は同立戦が単独カードで日程編成が行なわれます。

また、大学野球では数少ない、指名打者制を採っていないリーグです。

過去には2000年に実施した記念行事の東西対抗戦の他、東西対抗戦としては、毎年東京六大学野球連盟の数校を関西に招待したものや、一端中断後の再開時には東京六大学野球連盟に加えて東都大学野球連盟からも数校ずつ招待するなど、リーグ間交流に積極的でしたが、現在は行なわれていません。

リーグ名称は「関西学生野球連盟」ですが、内部的には「関西学生野球六大学リーグ」を使用しています。ファンや関係者筋の会話などにも「六大学」と使われますが、全国の他のリーグの例でもたまに見られるようなスラングではなく、連盟発行物や優勝旗などにも「六大学」が意図的に使用されています。これは、新リーグの連盟名称決定時の経緯から関西六大学の継承を断念した一方で、英名では言及されなかった事から、旧関六で英語表記での正式名称に用いていた「KANSAI BIG6」を英語名表記での愛称として継続使用(英語表記の場合でも正式な連盟名称はあくまで当記事の冒頭に記述してある名称)する事で旧関六の流れを継承したリーグという表現になっています。「××BIG6」を英語名表記に用いる場合は、日本語で「××六大学野球連盟」という日本語名称においての正式な英語表記に用いるのが通常ですが、連盟成立過程における過去の複雑な経緯によって、この連盟では英語名表記の愛称としてBIG6を用いています。これは日本の大学野球においては、ここだけになります。

運営方法
固定した6校

対戦方法
春秋でそれぞれリーグ戦を行ないます。試合は1チームあたり1日1試合とし、2戦先勝方式の総当たり戦を行ない、同一対戦カードは基本的に連日で実施します。引き分けは再試合とし、勝率計算には計上しませんが、記録は有効となります。
基本的に組み合わせ表の左側のチームを三塁側とし先攻めとしていますが、例外として、関関戦は関西学院大学、同立戦は立命館大学が三塁側の扱いで固定されますが、先攻めは通常と同じく組み合わせ表左側のチームとなっています。
2戦先勝方式同一の対戦校に対して先に2勝したチームがその相手校に勝利したとして対戦を終了します。1勝1敗の場合は翌日以降に第3戦を行い決着を付けますが、引き分けなどにより第3戦で決着がつかない場合、あるいは雨天など天災によって予備日を使い切っても決着がつかない場合は、後日日程を追加したうえで決着をつけるまで再試合となります。

順位決定方法
勝点制により決定します。
勝点制同一対戦校に勝ち越した場合に勝ち点1を獲得し、勝ち点が多い方が上位となります。勝点が同じ場合は全体の勝率比較によって順位を決定します。勝点も勝率も同じ場合は、優勝校を決定する場合に限り決定戦を行ないます。決定戦の成績・記録はリーグ戦としての成績・記録には加算しません。同勝点同勝率の場合でその他の順位については、連盟規定により当該校同士の対戦で勝ち点を獲得した方を上位とします。勝率は全勝ち数を全試合数(引き分けは再試合扱いのため除く)で割った数値で計算します。

試合会場
わかさスタジアム京都、大阪市南港中央野球場、皇子山球場を中心にほっともっとフィールド神戸、阪神甲子園球場も利用しています。新人戦では豊中ローズ球場や草津グリーンスタジアムも使用します。なお、関関戦は阪神甲子園球場、同立戦はわかさスタジアム京都を使用しています(雨天中止や引き分けなどのため、別の球場が使用されることもあります)。

全国大会出場
 近畿大   全日本大学野球選手権大会 出場11回:優勝 4回
       明治神宮大会       出場12回:優勝 2回
 立命館大  全日本大学野球選手権大会 出場16回:準優勝 3回
       明治神宮大会       出場  4回:ベスト4 1回
 同志社大  全日本大学野球選手権大会 出場  6回:準優勝 1回
       明治神宮大会       出場  7回:優勝 2回
 関西大   全日本大学野球選手権大会 出場11回:優勝 2回
       明治神宮大会       出場  6回:優勝 1回
 関西学院大 全日本大学野球選手権大会 出場  5回:準優勝 2回
       明治神宮大会       出場  1回


コメント一覧

full-count
・・・さん、こんばんは。
データコメントありがとうございます。
その後を追いかけて行きたいのですが、なかなか時間がなくて、タイミングも合わなくて。
参考にさせていただきます。
・・・
創立から2019年春季まで
近畿大学  603勝243敗16分
立命館大学 585勝311敗13分
同志社大学 481勝419敗10分
関西大学  457勝435敗12分
関西学院大学424勝476敗13分
京都大学   65勝731敗 6分
まっくろくろすけ
eco坊主さん、こんばんは。
これがですねえ、関西地区のことは私にはさっぱり分からないのです。

ただ、以前からDMが送られてくるというおなじみになった大学名は見られるのですが・・・とは言っても、この6校の中にはありませんが。

メモの準備はいいですか、はい、ここ、テストに出るかもですよ。
eco坊主
おはようございます(*Ü*)ノ"☀

関西学生野球連盟といえばやはり西の雄でしょうか!?
誕生のいきさつはメモをしてもよくわかりません。
1980年代の解体・脱退・合体などは朧げに覚えています。
どっかの政党とムニャムニャ自粛
紆余曲折・七転八倒・五臓六腑あれっ?を繰り返しているんですね。

気になるのは関学です。
だってK.G.FIGHTERSがありますもん♫
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