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クローバー 匍匐(ほふく) 福福

末梢神経鞘腫瘍で右前足と肩甲骨を切断したココのことや身の回りの出来事など日々感じたことを発信します。

少しでも食べて!

2023-07-15 22:05:55 | 
7月12日、先日の胃カメラの結果と母の最近の様子について、担当医師から説明がありました。

胃カメラの結果は問題なし。
嚥下、飲み込み機能、筋肉などもそんなに悪くない。

誤嚥性肺炎は良くなって来て、抗生剤も止めている。
あとは食べることだけ。

手術前から言っていたように、手術して胃を切って、体力を使うので食事が進まないとか寝たきりになることは予想される範囲。
食欲、気力の問題





食べる量が少ないので鼻からチューブを入れ、栄養剤を流している。
栄養がついて来たら、体に元気が出て、食べたくなるかもしれない。

点滴もせず、鼻からのチューブの栄養もせずに、食欲がない、食べないのだったら、それを老衰と捉えて様子を見るのも一つ。





せっかく手術したし、元気になるかもしれないと鼻から栄養を送っている。
チューブはいつでも抜くことが出来る。

胃ろうも抜くことはできるがお腹に穴をあけることになるので体に負担がかかる。

手術の影響もあって体がだるくて食欲がないというのもあるだろうから1ヶ月か2ヶ月とか長い時間をかけて様子を見る。

胃がんの治療としてはこれで…。
抗がん剤治療をしないとなるとゆっくりリハビリをするか療養することになる。





正直言うと、これくらいの年齢の方でがんは治っている、すごい病気があるわけではないのにご飯が食べれない、体が動かないとなると、年齢の限界が来ているのではないか。そういう方に延命治療はしない。

療養型の病院に入っても、目標は施設に戻ってお寿司を食べること。すぐに良くなることは難しいでしょうが、2.3ヶ月経ったら元気が出てくるかもしれないかと思っている。

何でもいいのでお母さんの食べやすそうなものを持って来て下さい。





11日、看護師さんは「少し鬱っぽいかも。」と言われました。

笑顔がトレードマークのような母ですが、ほんの少ししか笑みを浮かべませんし、食べることを拒否しているかのようです。

食べるように口に持って行ったものを手で強く押し返す母を見て泣いてしまったことがあります。

全く反応しませんでした。

デラウエアを持って行った時は4粒だけ食べました。これでも食べた方です。





母はがんと告知された時「ショック」と言っていましたが、その後、病気について何にも言いません。

手術をした後のしんどさ、辛さに自分はもう長くはないのではないかと重苦しい気持ちになっているのでしょうか?





ココの静止画や動画を見せた時、とても笑顔になりました。次々に見せるとその度に嬉しそうに見ます。もっとココの静止画や動画を撮って見せてあげたいと思います。





7月14日、退院後に入る予定の療養型の病院に行ってきました。

母は高齢な上に食べないこと、CRPなどの数値が悪いことなどから、入院してもすぐに亡くなってしまうかもしれないと言われました。もちろん、最悪のことを想定して言っているのだと思います。



誤嚥性肺炎

2023-07-09 21:31:45 | 

7月5日に主治医から手術後初めての説明がありました。

『食道胃接合部がんの手術で胃の3分の1を切除した。
切れ端どうしを吻合(ふんごう)している。合併症はない。

食事を摂るのが進まない。

誤嚥性肺炎を何度も起こしてる。

手術直後から熱を出していたが、それは誤嚥性肺炎からのもの。
わずかしか食べれないが、その食べたものをもどし、肺に入ってしまう。

抗生物質を使って良くなってきたが、今月の3日、4日も熱が出て
ぐったりしてしていた。

進んでは戻ってという状況。





顕微鏡の検査の結果はステージⅢa 。
根治手術は出来ている。
再発の可能性は3~4割。

元気な75歳以下の人は抗がん剤治療をするが91歳の母には難しい。

定期的にチェック。
5年間再発しなければ完治となる。


7月6日に胃カメラで胃と食道の繋ぎ目がどうなっているかを見る。(7/9現在結果はまだ聞いていない。)




リハビリは続けているが、肺炎になって熱も出るし、体もしんどい。

リハビリを続けながら、食べれる状態を見て、どこかで点滴をやめてしまわないといけない。

それで、施設に帰ってもらわなければいけない。

食欲がない、食べられないとなるとどうしょうもないかもしれない。





選択肢としては鼻から管を入れて、胃に直接栄養剤を流し込むか胃ろう作るという話になってくる。

そうなると延命治療。自然な人間の経過としてはちょっと外れてくる。

出来たら、食欲が出て口からご飯を食べてもらいたい。それが目標だったんだけど・・・

家族で鼻から管を入れるか、胃ろうをするか、それともしないかを検討しておいて下さい。』





*    *    *


どこかで点滴を外す?それで施設に戻る?

そして、鼻から管を入れて栄養剤を胃に入れることや胃ろうの話が出た時はなんだか見放されたような気がしました。

でも、ネットで誤嚥性肺炎について調べてみると、

『高齢者は誤嚥の危険性が高く、肺炎を繰り返すことが多い。

再発を繰り返すと抗生物質が効きづらい耐性菌が発生して治療が困難になる。』
とありました。

かなり、深刻な状態なんだと思いました。





退院したら、施設に戻ることになるということは言いましたが、それは元気になることが前提でした。

少し前、看護師さんにすぐに施設に戻ったら、施設の方に迷惑をおかけすることになるので、一旦、別の病院へ転院させたいとお願いしていました。

先生は聞いておられなかったようで、改めてそのことをお伝えすると、そういうことを調整する所があるので、退院したら一旦療養型病院等(リハビリ・点滴できるところ)へ行けるようにするとのことでした。





これは7月3日。

先生の話を聞いた後、5日にも面会しましたが外見は元気そうに見えました。酸素ボンベをつけているのははじめてみました。

7日は談話室に出て来れず、ベットで寝たままでした。それでも、私が顔を近づけるとかすかに微笑んでいました。

「しんどい?」と聞くとやはり、「しんどい。」というので、どこかを手で示してもらうと胸のあたりを押さえていました。



今回の写真は我が家の近くの小さな睡蓮の池。手入れの行き届いていない池で撮るのが難しかったです。



目標は「お寿司を食べること」

2023-06-18 15:28:51 | 
6月16日に母が入院しました。

6月9日に外科に行って話を聞いて来ました。

母の癌は食道胃接合部癌。
胃の入り口に癌が出来ている。入り口が非常に狭くなって、食べ物が通る邪魔をしている。このまま手術をしないと閉塞あるいは転移をする。
詳しくは手術をして腫瘍を取って調べてみないと分からないが母の癌はおそらくステージⅢであろうとのことでした。





癌の治療の3本柱は手術、抗がん剤、放射線。

抗がん剤は手術ができない場合にがんをくい止めるものでがんが治ることはない。
放射線は胃に届きにくいのでがんが0になるのは難しい。
手術しかない。問題は年齢、体力。

ステントは腫瘍をそのままにして、胃の入り口を広げるだけなので2、3ヶ月しか持たない。





胃を半分と食道も一部切って、その後両方を引っ張ってきて、ぬい合わせるが食道は手前に肺や心臓があるので大変難しい。胃だけより苦しい手術になる。

傷跡は小さいといえども痛い。しんどいのは1週間くらい。胃が半分になるので食べる量は減る。すぐにお腹いっぱいになる。

食事後、ひっかかった感じがしたり、逆流があって食べられなくなって弱っていく人もいる。

手術後、食欲もあって通りも良ければミキサー食でなくても食べられる。

手術は全身麻酔をして、ロボットで行う。





母への確認
医師から「胃の入り口に腫瘍が見つかった。このままやったら、食事が食べられなくなる。頑張って手術しようを思っているんだけど手術する気持ちはありますか?」

母は指でOKサイン(母は耳がほとんど聞こえないので会話ができない。)

「2〜3週間になると思うけど頑張りましょか?」

母は指でOKサイン

家族に癌になった人はいないか聞かれました。我が家は祖母、私、次男がなっています。母は90歳を超えたのでもう癌にはならないだろうと思っていました。さすがに長男はかなり心配になったようです。

食事が食べられていないので体力が落ちないうちに早い目に手術をしようということで16日に入院して、21日に手術をすることになりました。





母がお寿司が好きなことが分かった医師は「目標はお寿司を食べることだね。」と言ってくれました。

とても配慮のある優しい先生だと思いました。図を書きながら丁寧に説明をしてくださったり、こちらの話もよく受け止めてくださいました。信頼できる先生で良かったと思いました。

手術が決まるとたくさんの検査や手術、麻酔や入院の説明、そして、同意書をたくさん書きました。

6月20日にも手術の準備から手術後の流れの説明があります。





6月16日にもう一度外科の医師からの説明を受けました。

母の癌は4cm大。浸潤やリンパ節転移は胃がんの領域内に認められるが他の臓器への転移は認められない。しかし、ステージⅢはギリギリ切除可能なもので予後はあまり良くない。

病変が胃の入り口近くに存在するので通常は胃全摘が必要だが、体力面、腫瘍の状態などから縮小手術(胃の下1/2程度を温存)が妥当と考えられる。

リンパ節郭清の範囲は大きくしない。

あとはどこの病院でも手術前は最悪のことを想定して、いろいろなリスクの説明があるものですが、母は大丈夫だろうかと不安が大きくなりました。

母の生命力にかけたいと思います。



このページの紫陽花はココがいつもお世話になっているSさん宅の紫陽花です。




母の胃がん

2023-06-08 19:46:43 | 
見出し画像は母が2006年7月に行ったギリシャのサントリーニ島の写真です。
母が撮ったものです。母の部屋に飾られています。




この絵は病院の壁に飾られていたもので、私が母に「お母さんが行ったところやね。」というと「ギリシャ、覚えている。」と言いました。


母は91歳ですが耳がほとんど聞こえないこともあって無口な人です。
でも、よく食べる人です。

昨年の9月28日に施設に持って行った寿司パックの一人前半を全部食べました。残ったら私が食べようと思っていました。

10月19日にはくら寿司で10皿食べました。私は7皿でした。そのあとかなりボリュームのあるケーキセットをペロリと平らげました。 

12月14日にスシローとサイゼリアで普通に食べました。

1月28日、かごの屋へ行った時、麺類をほとんど食べずに残し、何と珍しいことかと思いました。

2月23日にはさん天で天ぷらをまあまあ食べ、その後桜珈琲でケーキと飲み物を飲みました。

3月19日は母の誕生日。プレゼントとお寿司と苺を持って行きました。この時もしっかり食べました。


<4月に新しい施設に転居>


4月22日に新しく入所した施設近くの公園でシュークリームとカフェオレを渡しましたがほとんど口にせず不思議に思いました。

5月中旬、施設から「5月の初旬に2回戻してからほとんど食べなくなった。」「何か好きな食べものを待ってきてください。様子を見たいので。」と連絡があり、5月25日にお寿司、餃子、豚饅、御座候などを持って行きました。お寿司を一切れ食べただけでした。

私は初め、母は新しい施設に移り、環境に馴染めず食べられないのかなと思いました。

でも、顔色も悪く、時々ゲップのようなものが出て、何も手を付けない母を見ていて、ただならぬものを感じました。「病院で検査を受けさせてください。」とお願いしました。

翌る日すぐに病院で検査を受けられるように施設の担当医師が手配してくれました。



6月2日B病院で胃カメラを撮りました。

胃カメラを受ける時、私の方から「麻酔をしてください。」と言うと、「高齢なので麻酔はかけない方が良い」とのことでしたが終わってから胃カメラがなかなか入らなかったので途中から麻酔をかけたと報告を受けました。


消化器内科担当医師より
画像を元に食道と胃の境目あたりに腫瘍がいくつか出来ている。悪性進行癌の可能性が高い。胃の入り口が狭くなっているので食べたものが入らない。
(画像を見ましたが、食道から胃に入るところに5つくらい腫瘍があり胃の入り口をほとんど塞いでいました。)

高齢であるのでステントを入れることになると思う。

エンショワーという栄養剤を処方。(母は飲めなかった。)
イチゴなど砕いた物や甘酒なども良いとのこと。

昨年から今年の初めまであれほど食べていたのに半年ほどでほとんど食べられなくなるとは・・・何と進行が早いのでしょう!



6月3日<母の施設>
葡萄、甘酒、月餅、森永ミルクキャラメルを見せるととても嬉しそうにし、それぞれを少しずつ食べました。



6月6日 血液検査、造影剤、CT

消化器内科担当医師より
 検査の結果は進行がん。転移はしていない。91歳の割に元気そう。腫瘍をとる手術をした方がいいのではないか。ステントを入れて癌をそのままにするのはもったいない。
ステントを入れてもあまり食べられないこともあるし、長くは持たない。

ただ、切除手術をしてもうまくいかないこともある。

外科に紹介するが外科の判断によっては手術できないこともある。


この日、消化器内科の医師から母は直接胃癌であることを告知されました。

母は「ショック」とただ一言。
私の母は文句や泣き言は一切言わず、いつもニコニコしています。
どこの施設やデイサービスに行っても「笑顔が素敵」と言われています。




これは今年の1月27日久しぶりに家に戻って、ココと初めて対面しメロメロになった母。

6月7日
施設にいる母の様子を見に行きました。昨日告知されてその後の様子が気になって仕方がありませんでした。
前日にお願いしたミキサー食をまあまあ食べたと施設の方が伝えてくれました。
私の持っていった牛乳プリンも全部食べ、落ち着いた感じだったのでホッとしました。
(母は病気のことを一言も話しませんでした。どんな気持ちなのでしょう。どんなことを考えているのでしょう。) 



6月9日 
13時45分 外科での診察で手術が出来るかどうかを聞きます。


母の施設の転居④ 施設を変わらざるをえなかった理由

2023-04-27 14:47:16 | 
母は2021年5月に最初の施設に入居しました。

コロナ禍の中でしたので、建物の中に入れず、施設の中で母がどのように生活しているか、どのようなケアをしていただいているか、全く分りませんでした。
そんな中、どんどん気になることが出て来ました。

⑤当初のメインの提携病院は大きな病院でした。ところが、「その病院から他の病院に代わることになった。」と連絡がありました。

代わる病院ははじめの大きな病院から紹介されたところだということでしたが調べてみるとこの病院もホームページはありません。

情報がほとんどない中、ストリートビューで見ると同じ場所に別の病院の名前が掲げられていました。ネットでその病院を調べてみると・・・





その病院は2022年1月21日に「管理医師不在」について、市から告発され、新聞にも載るような不祥事があったことが分かりました。

紹介された病院はこの病院と医療法人も同じですが理事長も同じ、電話番号も同じ、もちろん建物も同じで医師と病院名を代えただけのところでした。

このことを施設長に伝えると、「そういうことがあったことは知らない。こちらも告発以降の状況を知りたいところだ。」とのことでした。




「こんなところでは安心して任せられない。」というと「もう一つ病院がある。」と別の病院を紹介され、そちらの病院にしました。

こちらもネットで調べてみると、やはり、ホームページはなく、ストリートビューで見ると事務所のようなところで全く病院には見えません。入り口に在宅支援診療所とあります。(在宅支援診療所とは在宅療養をされる方のための診療所のようです。)




他の老人施設を調べると私が見る限りですが、提携病院は一般の方も通院する普通の病院でした。

確証があるわけではありませんが、今までの経緯からすると施設側に経済的なメリットがある方法なのかなと思いました。

母が退所する日に二つ目に紹介された病院の医師が部屋に来て母を診ましたが、家族に一言も声をかけることもなく、ただ、血圧を測っただけでした。

母が退所することは分かっているだろうと思いますし、分かっていなくても初めて会う家族に母の身体の様子を知らせてほしいと思いました。





退所する日、施設長が私を母の部屋まで案内した時、母の部屋は施錠されていました。どう考えても母を閉じ込めておかなければならない理由は思い当たりません。

他の利用者の方で、人の部屋に勝手に入る方がおられるのでしょうか?
もし、そうだとしても施錠以外の方法を取っていただきたかったです。

緊急事態が起こった時、周りの利用者の方が気付いても鍵のかかった母の部屋から母を連れ出すことはできるでしょうか?





館内放送が聞こえない母はサイレンや周りの気配で何か感じて、出ようとした時、ドアが閉まっていたらパニックを起こすのではないでしょうか?

もしかしたら、中からは開けられるのかもしれませんが、シルバーカーを押して移動している母にドアの鍵が開けられるでしょうか?

また、母はベットからは立ち上がることはできますが、床に落ちてしまうと起き上がることができません。

以前、我が家でそうなった時に私が起き上がらせようとしても出来ずにご近所さんに助けていただいたことがあります。





引っ越しの用意をしている時、施設長から「何かあったら、ブザーを鳴らしてください。」とブザーの場所を示されました。

聞きたいことがあり、ブザーを押しましたが何の反応もありませんでした。

これでは母が困ってブザーを押しても来てもらえないと思いました。

施設長にそのことを伝えると「おかしいな、職員みんなの携帯に繋がっているはずだが・・・」と言っていました。回線のどこかが切れていたのでしょうか?

職員といえば、最後の日、お忙しい中、5,6人のスタッフが母を見送ってくださいました。母はとても嬉しそうでした。

私もとても嬉しかったので、引っ越し当日、私の大好きなダンスパーティという名のアジサイを贈らせていただきました。(今までも職員の方たちはよく頑張ってくださっていると思っていました。時々、少しだけですが、お菓子やお花を持って行きました。)





読者の皆さんで身内の方が施設等に入っておられる方、気になった事があれば、施設に直接確認したり、ネットで調べたり、地域包括センターに聞いたりしてみてはいかがでしょうか?

自分では出来ないことをしてくださっているという思いがあり、遠慮しがちですが、任せっきりの家族が増えると緩む施設もあるかも知れません。

知り合いのケアマネジャーさんに聞くと「施設や施設のケアマネジャーさんからの文書に目を通しておられる家族は少ない。」とのことでした。

私も母が入所している間は文書にはほとんど目を通していませんでした。

気になったことを「どうなっていますか?」とは聞けても、母に不利益が生じたら困るという思いがあり、あまり強くは言えませんでした。

そんな中、早く転居させたいという思いがどんどん増してきました。





新しい施設に変わってすぐ、施設の方から「母の尿量が多く、臭いがすごいので、病院に尿を提出した。」と連絡がありました。「こういう状態は感染症にかかっている可能性がある。」とのことでした。

4月23日に施設に行った時に結果を聞くと「やはり、感染症にかかっていたので、今、抗生物質を飲んでいる。」とのことでした。

とても有難いと思いました。前の施設のままだったらどうだっただろうと思いました。

これから、施設探しや新しい施設への引っ越しのことを書こうと思っていますが、しばらくは心がほっこりする記事を書きたいと思っています。