イタリアの泉

今は日本にいますが、在イタリア10年の経験を生かして、イタリア美術を中心に更新中。

聖母の4枚セット(Quattro reliquiari della Vergine)ーBeato Angelico

2021年03月14日 12時22分45秒 | イタリア・美術

お久しぶりです。
いつもは自宅で細々仕事していますが、この時期は平日出稼ぎに行っている上、先延ばしにしていた記事を書く仕事も重なってなかなかこちらを更新する気力も時間もありませんでした。

さて、そんな中和辻哲郎の「イタリア古寺巡礼」という本を読んだのですが…

和辻は文部省の海外留学生として1927年2月から翌7月までのおよそ一年版にヨーロッパに渡り、27年の年末から3か月余りイタリアを巡っていた。
旅の記録がまとめられ、この本が刊行されたのは戦争を挟んで1950年。
驚くべきは、当時も今もほとんど変わらないイタリアの様子。
そして、いくら人様に見せる気で書いた文章ではなかったとはいえ、ボッティチェッリの”ヴィーナス誕生”を見て「ボティチェリもまた写真で見て想像していたときの方がよかった。」などと言ってしまうところ!?
確かに当時はどの作品も劣化していたかもしれないけど…

あくまで個人的な日記なのでその辺はおいておいて、この本に書かれた作品の中で1つ気になる作品があった。

Beato Angelico(ベアト・アンジェリコ)のAnnunciazione e Adorazione dei Magi(受胎告知とマギの来訪)
”鏡台のような形の美しい彫りのある額縁のなかへ<受胎告知>と<マギの礼拝>との2つの場面を描いた絵をはめたのがある。ごく小さいもので、絵の部分は二尺はなかったように思う。従ってマリアなどは3,4寸の大きさである。金地にこまかい文様を描き、その上へきわめてはでな青、赤、金などの色彩を使って、緻密に人物をかき起こしている。そのはでな色がここではちっともおかしくない。金の色と釣り合って、いかにも宗教画らしい感じになっている。こういう感じは、仏壇とか仏画とかの感じと通ずるものがあるし、マリアは観音よりもはるかに人間味を持っている。その点でまるで違った感じになる。”(「イタリア古寺巡礼」より引用)

とこの文章を読んだ時、はて?これ見たかな?
記憶にございません!
ということで写真を即確認したところ、最後にイタリアを訪問した2019年12月しっかり見ていた。
最近は証拠写真が残せるので非常に助かります。

この作品、検索したところ、4枚セットのtabernacoli-reliquiario(小壁龕ー聖遺物箱)。
これが聖人などに関係する遺品などを保管する箱、reliquario?
実はこれ額の装飾の中に聖遺物を入れるように作られているらしい。
これ、知ってて見ないとダメねぇ…写真ではそのスペースを確認することは出来ないので。

この作品が製作された時期、Angelicoは大忙しだった。

chiesa di San Domenico(サン・ドメニコ教会)の為の祭壇画、現在はプラド美術館が所有しているこの「受胎告知」や

ルーブル所蔵の「聖母戴冠」の多くの大作を制作していた。
4点はGiovanni di Zanobi Masiの依頼でSanta Maria Novella(サンタ・マリア・ノヴェッラ教会)の聖具室の為に描かれた。
聖母の物語がテーマになった4枚はAnnunciazione e Adorazione dei Magi(受胎告知とマギの来訪)と

Madonna della Stella(星の聖母)

Incoronazione della Vergine(聖母戴冠)
そしてMorte e Assunzione della Vergine(聖母の死と被昇天)
4枚同時に描かれたとは考えにくいが、Giovanni di Zanobi Masiは1424年から聖具室の責任者を努め、1434年6月27日に死亡しているため、これらの作品は1424年から1434年に制作されたのは間違いない。
1800年まで4枚は一緒にあったが、1868年Museo di San Marco(サン・マルコ美術館)に動かされた時には3枚になっていた。
Morte e Assunzione della Vergine(聖母の死と被昇天)は1816年イギリスへ渡り、その後19世紀の終わりにはアメリカに渡った。1899年Bernard Berenson(バーナード・ベレンソン)の勧めで、ボストンの Isabella Stewart Gardner Museum(イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館)がこの作品を入手した。


写真:Wikipedia
ベレンソンは1898年12月20日の手紙に「アンジェリコの作品でも最も美しい作品の1枚で深い抒情性と甘美さを備え、非常にクオリティーの高い作品だ」と絶賛した。
この作品のことはサン・マルコ美術館の「受胎告知とマギの来訪」と違い、2016年Crivelli(クリヴェッリ)の特別展でイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館を「なんでこんなところにアンジェリコ?」と思ったので、しっかり記憶に残っていた。
この作品はアメリカに渡った最初のアンジェリコ作品。
残念ながら額縁は後に付け替えられたので、3枚との共通性がいまいち乏しい。
しかし、4枚当時の姿を残しているのは非常に貴重。

実はこの4枚、2018年イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館で開催された”Fra Angelico: Heaven on Earth”という特別展で、およそ200年ぶりに一堂に会した。
この作品はクオリティーの高さだけでなく、イタリアルネサンス時代に目が眩むほどの金を用いた作品としても貴重だ。

今は実物を見に行くことはできないけど、イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館のHPで画像が見られるので、それで満足しておくとしましょ。
https://www.gardnermuseum.org/experience/collection/11697

追記:いつもためになるコメントを下さるむろさんから教えて頂いたのですが、芸術新潮の2018年6月号にボストンの特別展の記事が掲載されています。

https://www.shinchosha.co.jp/sp/geishin/backnumber/20180525/

「同展について日本語で読める貴重な案内記事」とむろさんもおっしゃっていますが、同感です。
といのも私もイタリア語で記事を探したのですが、大した内容のものに出会えなかったから。

この記事から少し情報を追加しておくと、”聖母の死と被昇天”は額が替えられただけでなく、空白部分に空や雲が描き足され、1枚のパネル画として流通していたとか。
ガードナー邸に届くころには、この天蓋のようなフレームが考案され、今ある姿になったとか。

そして、聖遺物箱を具体的にイメージ出来る記述も追加。
”かうての聖遺物箱を理解するには《星の聖母》を見るのが一番だろう。優美な聖母のお姿を囲むように穿たれた16個の丸い開口部。現在は花形の飾りに覆われているが、当初この開口部にはガラスの蓋がはめられ、台座部分に描かれた聖ドミニクら三聖人の遺物が仕舞われていたという。《受胎告知/東方三博士の礼拝》の台座部分を飾るのは、ずらり女性の聖人だ。いったいどんな遺物が隠されていたのかやら。”
当時貴重だったガラスをはめ込んでいたことなどからも、どれだけ貴重なものだったのか、容易に想像できるわけだが
”思えば聖遺物箱とは、15世紀当時のフィレンツェの住民にとってさえ、簡単に拝めるものではなかった。普段はサンタ・マリア・ノヴェッラ教会の聖具室にしっかりと保管され、マリア伝ゆかりの祝日、たとえばお告げの祭日(3月25日)や聖母被昇天祭(8月15日)など、年に一度、決められた日だけに公開されたものだった。”



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7 コメント

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芸術新潮の記事 (むろさん)
2021-03-14 13:31:09
2018年2月から5月まで開催されたイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館の「フラ・アンジェリコ 地上の天国展」、芸術新潮2018年6月号に4作品のカラー図版入りで紹介されています。同展について日本語で読める貴重な案内記事なので、ご興味があればご覧ください。バーリントンマガジンにも紹介記事が出ていたように思いますが、コピーがすぐには出てこないので、見つかったら追記します。
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ありがとうございます (fontana)
2021-03-14 17:38:05
むろさん
早速コメントありがとうございます。
手元にこの芸術新潮がありましたので、早速確認しました。
また何かありましたら是非ご教授ください。よろしくお願いいたします。
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動画 (山科)
2021-03-15 05:48:45
米のテレビ動画らしいのですが、ガードナー特別展の紹介動画がありました。URL

修理担当のイタリア人?の説明でわかるのですが、米国に売られてきたとき、既に改造されていたので、付加部分をはずして額をつけたみたいですね。
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展覧会 (カンサン)
2021-03-15 19:35:34
fontanaさんへ、ボストンの Isabella Stewart Gardner Museumには行ったことがあります。ニューヨークから日帰りでボストンに行った時、ボストン美術館とこの美術館だけで1日かかりました。新幹線タイプの特急がないので、ニューヨークから日帰りだと時間がかかります。
展覧会は先週、三重県の津市まで遠征して、ダリの展覧会を見てきました。
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BURLINGTON MAGAZINE (むろさん)
2021-03-16 00:11:26
バーリントンマガジンの記事のコピーありました。2018年5月号(通巻1382号)のExhibitionsの欄に3ページにわたって掲載されています。掲載写真は聖遺物箱の4作品ではボストンの1点のみで、あとは同展出品作であるサン・マルコのArmadio degli Argenti(SSアヌンチアタ由来の銀器収納棚扉)の板絵(3組のうち11枚組の分)とローマのバルベリーニ(コルシーニ宮旧蔵)の三連祭壇画(最後の審判、キリスト昇天、聖霊降臨)の2点のみ掲載。英語なので詳しく読んではいませんが、芸術新潮の記事が聖遺物箱の4点の絵を主体にしているのに対し、バーリントンマガジンの方は聖遺物箱の絵の他に上記2点の絵について説明しています。私はフラ・アンジェリコについてはあまり深く追求していないので、手持ち資料は少ないのですが、日本語で読めるフラ・アンジェリコの本2冊(ポープ・ヘネシー著のSCALA版=邦訳東京書籍イタリア・ルネサンスの巨匠たち10、クリストファー・ロイド著ART LIBRARY=邦訳西村書店 森田義之訳)ではこの2点の写真は出ていなくて、手持ち資料で出ていたのは伊語版RizzoliのL’opera completaだけでした。バーリントンマガジンの記事ではこれらの絵について、ベノッツォ・ゴッツォーリの関与などについて論じています。フラ・アンジェリコの工房作・周辺作の解説はあまり目にすることもないので、その点では価値があると思います。

バーリントンマガジンは横浜周辺では横浜美術館の資料室にあると思いますが、現在休館中であり資料室も利用できません。私は以前は上野の芸大図書館で見ていましたが、今はコロナで学外者利用不可となっています。美術関係の他の洋雑誌も1年以上見ていないので、閲覧できる施設をさがすつもりです。
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聖遺物容器 (山科)
2021-03-16 08:29:17
フラ・アンジェリコの作品のうち、黄金をたくさん使ったものは、今は1枚の絵画作品になっているものでも、もともと聖遺物容器だったものが多いんでしょうね。

聖遺物容器は、黄金が豊富だったと思えない中世でも、惜しみなく黄金が使われていますから。

少し後になりますが、メムリンクの聖ウルスラ聖櫃箱にも黄金がたくさん使われていますしね(URL)
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ありがとうございます (fontana)
2021-03-16 18:47:38
カンサンさん
関東地方は今年冬はなかったですね。既に近所の桜も大分咲いています。
どんな状況でも動物や植物はちゃんと春を知らせてくれますね。カンサンさんの写真も春で溢れていて心が癒されます。

むろさん
情報ありがとうございます。機会が有れば記事を読んでみたいです。

山科様
ブルージュでこの聖櫃箱を見ました。これと今回のアンジェリコの作品が結びつかなかったのですが、確かにどちらもふんだんに黄金が使われていますね。
おっしゃる通り、アンジェリコの作品には元々聖遺物容器だったのかもしれませんね、ちょっと調べてみたいと思います。
いつもありがとうございます。
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