中高年の山旅三昧(その2)

■登山遍歴と鎌倉散策の記録■
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モロッコ訪問記(36):メグネスからラバドへ

2010年01月14日 02時32分47秒 | モロッコ;ツブカル山

                     <ムハンマド5世霊廟>

        モロッコ訪問記(36):メグネスからラバドへ
             (アルパインツアー)
        2009年6月7日(土)~18日(木)

第10日目:2009年6月16日(火)
 つづき

<メグネスの王宮>

■ララアウダ広場

 フェズを出発した私たちは,15時04分に古都メグネス市内の広場(名前失念:多分,エディム広場)に到着する.この広場から,市場の中の狭い道を歩く.相変わらず強烈な臭い,ゴミが目立つ.ケーキ屋に陳列されている甘いケーキには,沢山のハエがブンブンと飛び回っている.沢山のハエが集ったケーキを購入して食べていることになる.
 すぐに商店街を抜けて,城壁に囲まれたララアウダ広場(Pl.Lalla Aouda)に到着する.
 15時16分,門を潜って王宮(Ville Imperiale)の敷地に入る.マンスール門(Bab el Mansour)である.現地ガイドのアブダラさんの説明によると,この門は北アフリカでもっとも美しい門だという.門を支える柱は大理石.太い柱はローマ,小さい柱はイタリアから輸入したものとのことだ.

                 <メグネス市街の概要>


              <メグネスの城壁とマンスール門> 


            <北アフリカで一番美しいマンスール門>

■王宮を見学する
 王宮の入口近くの壁に,王宮全体の見取り図が貼り付けられている.ただ説明文がアラビヤ語だけなので,私には何のことか全く分からない.
 中に入ると,建物に囲まれた庭が広がっている.芝生の庭の中央には,真っ直ぐに通路が伸びている.その通路から魚の背骨のように連絡路が作られている.私たちは,この中央の道をたどって広場の中へと進む.

         <王宮の案内図:アラビヤ語の説明だけなので良く分からない>


                     <中庭を散策する>

■王家の墓
 15時25分,ラッキョウの形をした入口で靴を脱いで,王家の墓が納められている部屋の入口まで入る.部屋の床には.赤い絨毯が敷き詰められている.広い部屋である.部屋の奥には立派な棺が2基,安置されている.アブダラさんから,色々と説明を受けるが,ボケた私の頭には,なかなか入らない.

                       <王家の墓>

■ハーレム
 広場を横切って,反対側の建物に入る.ここは何とかという王様のハーレムだったところで,この王には500人の王子が居たという.
 再び広場に出る.
 広場のメッカ側の壁には装飾が施されている.そして広場には祈りの前に手を洗う水が蓄えられている.アブダラさんの説明によると,祈りを捧げる前に,この水で頭,手,口,足を清めるとのことである.もし,水がないときは,これらの部位を石でこすって清めるという.
 祈りを捧げる場所は男女で分かれている.メッカ側と水場の場所が男性,水場とメッカの反対側の場所は,女性が祈る場所である.
       
                   <メッカ側の空間:祈りの場所>

■勝手が良く分からないトイレ
 15時32分,トイレに入る.石造りのトイレである.特に汚いということはないが,馴れないので,一瞬,どっち向きに座ってよいのか分からず,何となく使いづらい.
 面白いトイレなので,思わず写真を取る.
       
               <黒カビのトイレ:一瞬使い方に戸惑う>
                ※「まあ,いいか・・適当に使っちゃえ」


             <12世紀に造られた城壁:今はコウノトリが使っている>

<ラバド観光>

■ラバドへ

 15時38分,私たちは専用バスに戻る.すぐに発車する.
 暫くの間,進行方向右手にメグネスの城壁が続く.15時42分,ようやく城壁が途絶える.その後,暫くの間,市街地が続く.
 やがて,赤土と緑が混ざり合った相変わらずの風景が続く.変哲もない風景を眺めているうちに,だんだんと眠くなり,ついついウトウトとする.
 15時52分,立派な有料道路に入る.辺りの風景に緑が増してきて,だんだんと豊かに感じられるようになる.16時を過ぎる頃,ヒマワリとオリーブの畑が延々と続くようになる.そして,片道2車線の素晴らしい高速道路が延々と続く.

                   <緑が美しい公園が続く> 


                     <ラバト市街の概要>

■ムハンマド5世霊廟に到着
 17時20分,進行方向右手の車窓から,手入れの行き届いた公園のような場所が見え始める.ここには沢山の樹木が植えられている.所々に衛兵が立っている.樹木の間には手入れの行き届いた芝生が見え隠れしている.
 私たちを乗せたバスは,どうやら大西洋沿いのラバド(Rabat)の市内に入ったようである.
 17時35分,バスはムハンマド5世の霊廟(Mausolee Mohammed V)に到着する.
 現地ガイドのアブダラさんの説明によると,ムハンマド5世は,モロッコがフランスから独立した時の国王だった.

■円柱が立ち並ぶ広場
 ムハンマド5世霊廟に入る.2~3ヘクタールもあろうかと思われる広場に沢山の円柱が立ち並んでいる.アブダラさんの説明によると,12世紀にムハンマド5世がこの広場に巨大な建物を作り始めたが,建築途中で王が死去したために,工事は中止になってしまった.
 私たちは,円柱を見学しながら,広場を横切る.

                  <円柱が立ち並ぶ広場>

■ムハンマド5世の石棺
 霊廟の建物の中に入る.この建物の入口には,アラビヤ風の白くてダブダブな着物と,赤いマント着た英へに4人がガードをしている.
 厳粛な気持ちで,建物の中を見学する.建物の中央にはムハンマド5世の石棺,その奥,左手に前国王ハッサン2世,右手にムハンマド5世の弟,ムーレイアブドラ王子の石棺が並んでいる.

                 <王家の墓を守る衛兵>


            <ムハンマド5世ほかの石棺が安置されている部屋


■ハッサンの塔
 ムハンマド5世の石棺を見学した後,再び広場を散策する.
 広場の端に,古い塔が建っているのが見える.ハッサンの塔である.中には入れないが,ごく近くで見学することができる.
 1195年,ムワッピド王朝ヤクープマンスールがモスク建設を開始したが,数年後,彼が死亡すると,工事が中断.この塔は,尖塔を作るつもりだったものが,実際には未完成のまま今日に至っている.
       
                      <ハッサンの塔>
                ※手前の子どもが煩く付きまとってきた. 

■バスに戻る
 18時丁度に有料トイレに入る.有料なのにあまりに汚いので印象が悪い.
 18時05分,バスに戻る.
 私たちが乗り終わると,すぐにバスは発車する.沿道には市街地が続いている.交差点の信号が沢山あるので,バスはストップ,ゴー,ストップ,ゴーを何回も,何回も繰り返す.
                                (つづく)
「モロッコ訪問記」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/d0424e80bedab310a31494ba2666a87d
「モロッコ訪問記」の次回の記事
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「モロッコ訪問記」の最初の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/31b79faa79d02b8fe28dc5177880d2e4
「モロッコ訪問記」の索引
(編集中)

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