中高年の山旅三昧(その2)

■登山遍歴と鎌倉散策の記録■
最初に左下の“カテゴリー”を選んで,クリックして下さい.

ウメの鎌倉・藤沢;等覚寺・御霊神社・二伝寺.貞宗寺周遊

2016年03月04日 12時01分51秒 | 鎌倉あれこれ

                                <ウメが見事な貞宗寺>

   ウメの鎌倉・藤沢;等覚寺・御霊神社・二伝寺.貞宗寺周遊
            (単独デタラメ散策)
        2016年3月3日(木) 晴・暖か

<ルート地図>


←クリック拡大

<深沢から手広へ>

■深沢のウメ
 ここ一両日は,何とも心地よい春日和である.
 こうなると,もう家でジッとして居なさいなんて,とても無理な相談である.毎度のことだが,今日やらなくても,明日やれば良いことは,躊躇なく明日に回してしまうというグウタラ生活がすっかり身についてしまった.
 こうなると,毎日がデタラメになる.でも,良い年をしてこれから何をしようというような遠大なことは鼻から縁遠くなった私は,午後から何時ものように足任せの散策に出掛けることにする.
 出発点は,毎度のプチ散策とどうように,鎌倉中央公園清水塚口である.
 私は,少しばかりの厳禁とカメラだけを持って,13時45分に歩き出す.
 ”どこへいくの…?”
 ”スミマセン…分かりません.私の足に聞いて下さい”
 たまたま,私の足が深沢方面に向いた.私は足に敢えて逆らうことはしない.住宅街地の中の路を深沢に向けてダラダラと下り始める.まるで”水が低きに流れる”ように,ただ,ただ,惰性で緩やかな坂道を下り続ける.
 13時53分,深沢のウメ並木の脇を通過する.下の写真のように今が正に見頃のようである.後ろの小高い所は,富士塚のある山の稜線である.

<深沢のウメ>

■等覚寺
 足任せに歩いて,14時01分に等覚寺に到着する.ここは毎度のお散歩で何時も立ち寄るところである.山号は休場山.何とも素敵な山号だなと立ち寄る度に思っている.
 ここのウメの老木は,姿形が良いなと素人ながら思っている.

<等覚寺のウメ>

■広々としたJR工場跡地
 等覚寺前の道を南へ下ると三叉路に突き当たる.どちらかに曲がらなければならないが,ここも自分の足の判断に任せる.結局,私の足は勝手に右折する.
 モノレールの下をくぐり抜け,JR工場跡地沿いの道を西へ向かう.ここでは大規模な造成が行われている.造成地の向こうに宮前御霊神社が鎮座する山が見えている.この山が見えた途端に,私は行き先を足任せにしないで,宮前御霊神社を御参りすることに決定.それからは少しばかり歩行速度を速める.
 遠くには丹沢の山々が霞んで見えている.
 ”今日は実に良い天気だな…”
 14時17分,柏尾川に掛かる古館橋を渡る.

<JR工場跡地の大規模な造成工事>

<藤沢市に入る>

■宮前の稲荷神社と石像物
 古館橋を渡ると藤沢市である.藤沢市に入った途端に,私も土地勘が失われ,何処を歩いているのかがアヤフヤになる.
 取りあえずは,惰性で今来た道を直進するが,御霊神社が鎮座する山のほぼ正面に来たなと思われる適当なところで右折して山の方向へ向かう.
 14時29分,路傍に朱色の稲荷神社があるのを見つける.ちょっと気になるので,この神社を参拝する.神社は墓地の一角にある.この墓地は一体何処のお寺さんのものだろう? 余所者の私には全く分からない.
 神社の反対側には石像物を納めた小屋が建っている.小屋の中を覗くと,沢山の石塔が安置されている.
  
<稲荷社>                                 <小屋の中の石塔群>

■石塔群の小屋と歌碑
 あらためて小屋から少し離れて,小屋全体を眺めてみる.
 小屋の前には説明板が取り付けられている.説明文は村岡郷土史研究会が作成したもの.説明文でによると,ここには五輪塔30基,宝篋印塔7基,板碑4基が納められているという.何れも14~15世紀のもののようである.
 説明文には,詳しいことが書かれているが,ここでは省略する.
 小屋の向かって右に,大きな石で造られた歌碑が立っている.この歌碑には,
 ”民もまた
    にぎわひにけり
       秋の田を
         刈りておさむる
             鎌倉の里

という歌が刻まれている.
 どんなやんごとなき方が詠んだ歌なのかは浅学の私には分からないが,この辺りも鎌倉の一部だったのかななどと想像をたくましくする. 

<石像物を納めた小屋>

■後河内公園
 墓地の隣に一寸した公園がある.何となく親しみを感じたので,公園を横断する.園内にはパンダをかたどった滑り台が設置されている.
 公園の入口で,ここが後河内公園ということを始めて知る.

<後河内公園>

<宮前御霊神社とその周辺>

■大門とビャクシン
 14時38分,大門の案内板が掲示されている四つ角に到着する.
 この掲示板の説明によると,この四つ角に道祖神があったという.掲示板の下には力石と呼ばれる大きな石が幾つか置かれている.明治,大正期には若い衆がこの力石で力を競ったという,
 四つ角を右折して,御霊神社参道を進む,進行方向右手に藤沢市天然記念物に指定されている大きなビャクシンの木が聳えている.
 なお,先ほどの案内板によると,この参道の両側には,かつて榎が3本ずつ生えていたという,これらの榎は鎌倉権五郎お手植えとの伝説があるとのこと.
 
<大門の説明>                                          <ビャクシン>

■宮前御霊神社
 14時39分,宮前御霊神社に到着する.
 目の前の長くて急な石段を見え,”うぇ~…!”と思うが,我慢して石段を登る.もっとも向かってみぎがわにある「女坂」を登れば少しは楽だが,それでは男が廃る.
 階段を登り切って御霊神社を詣でる.
 境内に鎮座する冑山七面宮などを拝観した後,裏山に登る.

<宮前御霊神社>

■鎌倉古道と兜松
 御霊神社の裏山を越えて,鎌倉古道に突き当たる.ここで右折するか左折するかで迷うが,折角,御霊神社を御参りしたのだから,鎌倉権五郎景政縁の兜松を見ることにして右折する.ここはほんの少し,昔の道の雰囲気が残っている所である.
 下り坂を進むと大手鉄鋼メーカーの敷地に突き当たる.工場のフェンス沿いにほんの少し歩いたところに兜松の案内板が立っている.工場の敷地内に入ることはできないし,鎌倉権五郎が兜を掛けたという伝説の松も,当然,今はない.広々とした工場の敷地を金網越しに眺めながら,
 ”あの辺りに,件の松があったのかな…”
と想像するしかない.
 
<鎌倉古道と御霊神社裏参道>                     <兜松の案内板>

<長福寺と村岡城趾公園>

■市民農園から隧道へ
 兜松から藤沢市の市民農園方面に向かう.14時57分,東海道本線の下を通る隧道を潜る.
 隧道を潜ると辺りの風景が一変する.潜る前の長閑な田園風景は消えて,目の前には某製薬会社の近代的で巨大な建物が経っている.直線,直角,コンクリートの世界である.
 この強大な建物を右手に見ながら,藤沢方面に向けて少し歩く.そして,バス停長福寺入口で右折する.今度はこの製薬会社の敷地沿いの緩やかな登り坂を歩く.
 
<藤沢の市民農園>                           <隧道を潜る> 

■長善寺
 15時10分,電柱に取り付けてある長善寺の案内板の所で左折して長善寺に到着する.
 丁度何かの寄り合いがあったのか,境内には珍しく人が居る.塚か築山か私には分からないが,その先の紅梅と白梅がとても綺麗なのでデジカメに収める.

<長善寺の紅梅と白梅>

■素晴らしい墓地
 墓地に廻って見る.
 夥しい数の石を積み重ねた階段とひな壇の高台になっている.その素晴らしさに圧倒される.墓地内の墓石は統一されていてとても美しい.見晴も良いし,最高の環境である.
 ”どうせ眠りにつくんなら,ここの墓地が良いな…”
と思わず来世のことを夢見る(もう墓地を手配してしまったのに…).
 墓地の最上段に行ってみる.その先にさらに墓地より上に登る道がある.ちょっとしんどいなと思ったが登って見ることにする.

<石の造形が素敵な墓地>

■草木悉皆成仏
 15時16分,山の上に到着する.
 山頂には鳥居(と言っていいのかな?)が立っている.その先に「草木悉皆成仏」(遠目で見ているので間違っているかもしれないが)と刻字した石柱が立っている.さすがの私も,この鳥居の先まで入るのは恐れ多いので控える,良く見ると,綺麗に整備された土の上に誰かの足跡がハッキリと残っている.
 ”この不信心者め…!”
 私は誰か踏み込んだのか分からないが,聖なる場所に踏み込むなんて…少々怒りを感じる.

<山頂の石柱>

■素晴らしい眺望
 長善寺の高い所からの眺望が,また,素晴らしい.
 遠くに見える山脈は鎌倉山である.山麓を通り抜ける湘南モノレールの線路も見える.その手前のこんもりとした山は,つい先ほど登った宮前御霊神社の裏山である.そして,左隅に見えているのが,某製薬会社の建物である.
 足許には長善寺墓地の墓が整然と並んでいる.


<長善寺裏山からの眺望>

■村岡城趾公園
 長善寺から村岡城趾公園の金網沿いに歩いて,15時23分,村岡城趾公園入口に到着する.
 ここで,村岡城の由来について,ひとくさり書きたいところだが,今回はブログの容量の制限から止めておこう.
 ここにはどうやらウメの花はなさそうなので,公園内を散策するのは止めて素通りする.
 
<村岡城趾公園>

<二伝寺>

■日枝神社は素通り
 村岡城趾公園から,村岡東3~4丁目の住宅地内の道を通って二伝寺に向かう.
 住宅地内の道路は複雑でわかりにくい.私はおよその見当をつけて,住宅地内の道を適当に歩く.
 当初,日枝神社に立ち寄るつもりだったが,左折する道を1本間違えたのか,日枝神社を少し通り越して二伝寺近くに出てしまう.ほんの100メートルほど戻れば日枝神社だが,何となく戻る気がしない.
 実は,内心では,昔,この辺りに長屋門があって,田園が一面に広がる自然の中に日枝神社があったことを思い出すと,今,無惨…と言っては語弊があるかもしれないが,住宅地の中に取り残されたような神社の姿を見るのが嫌な感じがしている.ついつい,見ないでおこうという気分になる.

■二伝寺の桜
 15時33分,二伝寺に到着する.
 境内に入って,すぐに目に付くのが満開の桜である.残念ながら日陰になってしまい,本来の美しさを写真に残せないが,とにかく圧巻の素晴らしさである.
 私には植物のことは良く分からないが,早咲きの桜だろう.
 桜の写真を数枚撮ってから,本堂で御参りをする.もちろん,拝観料の積もりで応分の賽銭を奉納する.

<二伝寺の桜>

■西日が当たるウメの花
 石段を登って墓地を抜ける.すると視界が開ける.ベンチがある.その先でウメの花が咲いている.
 ウメの花に,西に傾きかけた日が当たっている.なんとも言えない良い雰囲気である.
 ”ありゃ…もう,15時30分を廻ったか!”
 私は随分と時間が経過しているのに,“ハッ!”と気が付く.あまりノンビリしている時間はない.
 私は大急ぎで,近くの裏山にある平良文,忠通,忠光の三公の墓を詣でてから,15時42分,二伝寺を後にする.

<西日に映えるウメ>

<再び鎌倉へ>

■階段道を下る
 二伝寺前の道を境内に沿って歩く.進行方向右手に駐車場がある.その駐車場の土手に植えられているウメが丁度見頃である.ここでも数枚の写真を撮る.
 15時45分,ふわん坂付近に下る階段道に到着する.この長い階段道を下るのは難儀だが仕方がない.できれば,ふわん坂を登って,さらに七曲がりを経由して,大船駅まで行きたいが,残念ながら時間的にこの径路を通る余裕がない.私は階段を下りながら,
 ”今日の所は圓光寺と貞宗寺のウメを見て帰ろう…”
と決める.
 階段道を下り始めると,階段の下の方から,仕草や歩き方に見覚えのある中年女性が買い物篭を持って登って来る.五十三次洛遊会の某さんである.
 私は某さんに,
 「…こんにちは」
と声を掛ける.
 某さんも,予期しないところで,私に声を掛けられてビックリされる.
 1~2分,立ち話をしてから,某さんとお別れする.
 
<二伝寺の駐車場にて>                        <長い階段道>

■圓光寺
 階段の下は鎌倉である.ここまで来ると,何となくホームグラウンドに帰ってきたような気楽さを覚える.
 このまま先へ進むと,バス停久成寺前付近でバス通りに出るが,その手前で右折して,植木の住宅地内の路地に入る.
 15時55分,圓光寺に到着する.ここは真言宗の寺.山号は城護山.もとは玉縄城の中にあったという(『かまくら子ども風土記』p.245).玉縄城主の祈願所だった.
 石段を登って境内に入る.姿形の良いウメが密やかに咲いている.
 数枚の写真を撮ってから,そそくさと圓光寺を後にする.

<圓光寺>

■貞宗寺のウメ
 引き続き裏道を通って,15時58分,貞宗寺に到着する.浄土宗の寺.山号は2代将軍徳川秀忠の母,側室のお愛の局の母,貞宗尼の菩提寺(『かまくら子ども風土記』P.244).
 貞宗寺のウメは,実に見事.今が見頃である.
 もう日がすっかり西に傾いてしまったので,残念ながらウメは日陰になっている(冒頭の写真).それでも境内の紅梅,白梅は実に見応えがある.
 貞宗寺では,少し時間を取って,ユックリとウメを愉しむ.

<貞宗寺のウメ>

■玉泉寺
 16時01分,貞宗寺を出発する.相模陣あひる公園の脇からフラワーセンター大船方面に向かう.途中,大規模マーケット「コーナン」の前を通過する.この辺りはさすがに自動車も人も多い.
 フラワーセンター大船の脇を通り抜けて,16時19分,玉泉寺に到着する.ここは真言宗の寺.山号は聖天山.どんな願いでも聞いてくれるという「よくばり地蔵」が安置されている(『かまくら子ども風土記』p.234).
 境内の奥に進んで,墓地を見上げると,白梅,紅梅が咲いている.
 裏山の向こう側は龍宝寺である.

<玉泉寺>  

<大船駅へ>

■仰ぎ見る大船観音
 玉泉寺から玉縄小学校脇の道を遠抜けて,16時27分,隧道を潜る.
 ”おっ!…大船駅発16時45分のバスに間に合うぞ…”
 私は少し速歩モードに切り替える.
 6時28分,玉縄首塚を通過する.そして,神奈川中央バスのバス停から,大船駅に通じる大高架橋に登る.
 16時34分,高架橋の上から大船観音を見上げる.神々しくて実に言いお姿である.私は時計を見ながら, 大船観音の写真を撮る.


<大船観音を見上げる>

■無事大船駅へ
 16時38分,無事,大船駅に到着する.
 雑踏する人並みをかき分けながらバス停へ急ぐ.16時40分に無事バス停に到着する.
 ”16時45分のバスに,間に合った!”
 こうして私のデタラメ散策は無事終わった.

<ラップタイム>

13:45  鎌倉中央公園清水塚口歩き出し
14:01  等覚寺
14:17  古館橋
14:29  宮前の稲荷神社と石像群
14:31  後河内公園
14:38  大門
14:39  宮前御霊神社
14:57  東海道本線隧道
15:10  長善寺(15:21まで)
15:23  村岡城趾公園
15:33  二伝寺(15:42まで)
15:55  圓光寺
15:58  貞宗寺(16:01まで)
16:19  玉泉寺
16:27  隧道
16:28  玉縄首塚
16:38  大船駅


[散策記録]

■水平歩行距離        7.9km

■累積登攀高度        106m

■累積下降高度        152m

■所要時間 (休憩時間込み)
 清水塚口歩き出し      13:45
  大船駅着            16:38 
 (所要時間)             2時間53分(2.88h)
  水平歩行速度       7.9km/2.88h=2.74km/h
                                                                               (おわり)

「鎌倉あれこれ」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/05f9e5cc9afcf3b4eb0b0a86f7383636
「鎌倉あれこれ」の次回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/127877be0b88af85c518f10c131a874b

お断り;
 これらの記事は,私の趣味仲間を読者対象としたものであり,一般の読者を対象としていません,したがって,まったく個人的なものです.また十分に時間を掛けて編集していませんので,記事は正確とは言えないし,誤字脱字転換ミスも多々あると思います.このことを前提にしてご覧下さい.
 また,当ブログ記事を読んで,不快になられた方は,以後,当ブログへアクセスされないようにお願い致します.



最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。