「赤い花束なんて欲しくないわ」
そう呟く少女は実に不機嫌そうだ。
少女、というには少し年齢が上だが、大きな瞳をくっつけた童顔で頬をぷっくり膨らませる姿は、とても「少女」らしい。
両手に握るは、赤い赤い薔薇の花束。大量の花はどれもみずみずしく枯れているものは1本もない。どの花も大きく花びらを開かせて虫たちを誘っていた。
しかしその花の茎を握る手は遠慮などなく、手のひらからは濃い緑色の汁が少々滴っている。茎についた棘は処理されておらず、薔薇の汁と共に少女の赤い血も滴り落ちていた。
緑と赤が混ざって、落ちる。その光景はなんとも痛々しい。しかし少女はまるで痛みなど感じていない顔だ。いや、決して少女に痛感がないわけではない。だが少女にとって痛みなど空気を吸うことと同じようなものなのだろう。
気にすることでもない、というように、少女はまた言葉を紡ぎ始めた。
「花なんて、弱弱しいもの。木の棒でも力をこめて振り落とせば武器になれるわ。
でも花は武器になる前に自分の体を壊しちゃうもんね。」
武器になれないものは、少女にとってゴミ未満の存在であった。
少女は色んなものを欲する。時によってそれは様々だが、今まで「花」を求めたことはそういえば一度もなかったな、と、少女の目の前にいる男は考えた。
少女にも、美徳はある。だが少女は花から美徳を感じることができないようだ。
「食べても、そんなに美味しくないし。じゃあ血で染めようとしても、
もう真っ赤なんだよ、この花。全然面白くない!」
面白くない!いーっ!と少女は唇を噛み締めてかんしゃくを起こした。
手に握られていた花の茎はみるみるうちに細くなり、今にも千切れそうだ。それでも花は未だに凛と咲く。咲くことしか出来ない、とも言えるのだが。
少女は何か小さく叫ぶことを繰り返していたが、少しすると冷静さを取り戻した。
大きく深呼吸を3回繰り返して、ふっと前を見た。
前には男がいる。
しかし少女は男を見ているわけではない。
「何か」に狙いを定めたのだと、男は感じた。
「あーあ、おなか減っちゃった」
にひひ、と笑った少女は、手に持っていた花をぱっと離した。足元に落ちた花は泥にまみれたと思えばすぐに踏み潰される。少女の足に。
少女は足元の花から興味を失い、今は宿りし食欲を満たしに大地をかける。
「今はね、胸肉を食べたい気分なの」
そう言って少女は、花束をくれたという女が待つ場所へ駆けていった。
帰ってくる頃には今度は少女と女の白い胸元に紅い大きな花が咲いているのだろう。
それが表面上のものなのか、えぐれているのかはさて置いて。
貪欲な少女と男の特に何ともない話