
今日で55歳のショーケン
ショーケンはこの自分の歳を楽しんでいるだろうか。。
53歳のライブ復帰から急落。
もしかしたら全て仕組まれてるのかとも思えるほどに。
一週間ほど前に私は四十五に。
そうでした。このちょうど十年の歳の差になにかを探すきっかけ、
何の意味もつながりもないが、
自分自身を問い直すためにこのブログ始めたのだった。
復帰ライブの直前にメディアに露出してきた時、
貴男の目に力は無く遠くを見つめ、口角は下がりっぱなし、への字に曲がったままでした。
でもね、ふと気が付くと鏡の中にその表情を真似ている自分がいました。
そうなんですよ、いつだって貴男は「自惚れ鏡」。
どんなにへたれても、その姿さえ、魅力となる。
「ショーケン」としてのその魅力の分析は、色んなところで色んな風に語りつくされ、
各々の人の中に各々の像が描かれてるのがわかる。
ここで同じように論説する技術も知識も私には無い。
ただ、私はショーケンが私の核にあった時期の記憶を列挙してみたいだけ。
そうする事で、なんとやらと言ってたんではなかったか。
1980年、夏。
初めて「シンガー萩原健一」に会ったのは渋谷公会堂だった。
いわゆる「DONJUAN LIVE」
openinngの~イントロダクション~に続くのは
~自由に歩いて愛して~だった。
ショーケンはこの自分の歳を楽しんでいるだろうか。。
53歳のライブ復帰から急落。
もしかしたら全て仕組まれてるのかとも思えるほどに。
一週間ほど前に私は四十五に。
そうでした。このちょうど十年の歳の差になにかを探すきっかけ、
何の意味もつながりもないが、
自分自身を問い直すためにこのブログ始めたのだった。
復帰ライブの直前にメディアに露出してきた時、
貴男の目に力は無く遠くを見つめ、口角は下がりっぱなし、への字に曲がったままでした。
でもね、ふと気が付くと鏡の中にその表情を真似ている自分がいました。
そうなんですよ、いつだって貴男は「自惚れ鏡」。
どんなにへたれても、その姿さえ、魅力となる。
「ショーケン」としてのその魅力の分析は、色んなところで色んな風に語りつくされ、
各々の人の中に各々の像が描かれてるのがわかる。
ここで同じように論説する技術も知識も私には無い。
ただ、私はショーケンが私の核にあった時期の記憶を列挙してみたいだけ。
そうする事で、なんとやらと言ってたんではなかったか。
1980年、夏。
初めて「シンガー萩原健一」に会ったのは渋谷公会堂だった。
いわゆる「DONJUAN LIVE」
openinngの~イントロダクション~に続くのは
~自由に歩いて愛して~だった。
楽しみにしてます。
…お楽しみいただければいいのですが。。。