前回の続き
磨くとか自分発見とか 改めてどこそこへ出かけて 場を設けてということより、
過去に体験した、遭遇した事がらから、そして
湧いて来た感情から、自分の本音が見え隠れしたり、自分の殻の奥にある自分を発見するということ
そこから省みて、自分を磨くという方向へ移行するものだと思うと思うということを。
そこで中断してしまったけれど
その続きがあり、
それらのことは、もちろん楽しくワイワイと喜んで進む途上にあるものではなく、
つねに孤独の中だったり、楽より苦の中で磨かれて、発掘されていくものだと思う。
喜びの中は、喜ぶ自分のなかでの発見でしかないものだという持論がある。
それは磨く行為でも ないものだと。
改めて追加で書いてみた。
自身でもその事を忘れない様に。