津守山(336.0m)と人骨山(292.6m)に登る
2016年6月に千葉の低山登りを始めました。その頃の記録を今更ながら紹介します。
いきなりですが、車でかなり上まで上ってきているので、頂上まではそんなに大変ではありません。
このあたりから徒歩で津守山頂上をめざします。左は、津守山で右に行くと鴨川にでます。
津守山を目指します。
右手に素敵な棚田が見えます。美しいです。
人の工夫によって、農業が成立するんだなあと感心しました。
左手には、神社がありました。御嶽大権現。
最初の分岐点。案内があるのはありがたいですね。左に行きます。
進んでゆきますと、右に鋭角に入るよう、道案内があります。これも、ありがたい案内板です。
どうやらハイキングCコースらしい。
さくさくと進みます。コース案内がまた出ています。ありがたやありがたや。
眺望もなかなかです。
いよいよ登りです。
あっという間に頂上に着きました。最初にかなりはしょって、ちかくまで車で来ているのが幸いか、いや、それではちっとも登山らしくないか・・・悩ましいところです。
頂上には、いろいろと祠があります。
御嶽大神 木花開耶命 金比羅神社
訪れた時には、全く無知であって恥ずかしい次第なのですが、後で調べたところ、中央の碑の「木花開耶命」とは、山の神様オオヤマツミ「大山祇神」の娘で、コノハナサクヤビメと読むそうです。親が山の神なので、山に祀られているのでしょう。浅間神社の主祭神だそうです。
自ら放った炎に焼かれずに子供を出産したヒメの話は、日本書紀の話として聞いたことがあったのですが、コノハナサクヤビメがそのヒメであったことはすっかり忘れていました。
北側 富津市
これはどっちだったっけ。
登ってきた方です。
↑鴨川方面 先に見える町は鴨川だと思います。
富士山が見えるとの案内に釣られて移動します。
わくわく
富士山見えませんね。
既に何年も前に撮影した写真のため、何処でどの方向を撮影したのか、全く思い出せないことに気が付きました。やはり、備忘録は、すぐに作っておかないとだめですね。とほほです。
さて、津守山を後にして、次は、人骨山を目指します。
帰りは、棚田を左手に見て下山です。
少し下ったところから、人骨山に向かいます。
この谷を超えて、人骨山へ。
ありがたいことに、案内がありました。
この先だそうだ。
さて、登頂開始。結構、険しいです。
いやいや、樹木の葉が結構すごい。6月に登山するのにはそもそも問題があったかもしれません。千葉の山は、冬に登るのが鉄則です。
どうやらこっちの方みたいです。
少し開けた。あのポールが山頂か???
おおっ、ここかも
登頂成功!!!
眺めも抜群
おお~
なかなか
この時は、35-105mmというNikon AFのオールドレンズを持ち込んでいました。
しかし、眺めは良いのですが・・・・・どう見ても、本格的な探検になっています。
ここで、座ってゆっくりとアイスコーヒーなどを飲むような環境にありません。
さて、三角点を探します。ここかな、
ありました。
四等三角点
基準点名:人骨山
北緯:35’07”51
東経:139'55"33
標高:292.41m
これが来た道、帰り道です。
空を仰ぎます。
さて、人骨山も登れましたし、帰ります。
それにしても人骨山という、名称からもちょっと怖い感じの山でしたが、最初は谷あり、次は山ありで実際に少し怖い感じの所でした。地元の伝説には、山に鬼が住んでいて、若い娘を生け贄として要求するらしいのですが、犬で退治し、生け贄の必要は無くなったとされています。鬼のいた山には人の骨が遺っていたとか・・・。それにしても怖い話です。他にも、姥捨て山伝説があるそうです。
それにしても、日本の昔話や伝説は、どうして暗く悲しい話が多いのでしょう。以前、所用で匝瑳市に出かけることがありました。その際、折角なので事前に現地の歴史などについてあらかじめ下調べをしたのですが、その時に野栄町の昔話に「チロリン橋」という話があることを知りました。橋好きなので、この話に興味を持ったのです。そして、実際に匝瑳市を訪れた際、その舞台の地を探してみようと思いたちました。
この昔話の内容は、ドラマの「おしん」をさらに救いようのない形にしたもので、結局のところ、少女は橋から身投げをしてしまうのでありました。いま、ここで紹介しながら、涙が出そうになるくらい悲しい話です。
「チロリン橋」については、もし、匝瑳市のことを紹介することがあれば、再び語ることもあるかもしれませんが、あまりに悲しい話なので、興味のある方は、匝瑳市のHP、観光のあたりを探って下さい。
寄り道:大山千枚田
<話が脱線しました。気を取り直して、次に進みます。>
人骨山探索の後、近くにある棚田・大山千枚田を見学にゆきました。
ここの棚田もすごいですね。広いです。
美しく田を作っています。まるでゴルフ場のようです。
美しいですが、労働は、普通の水田と異なり、さぞ、重労働なことでしょう。
碑がありました。
案内板
眺めも良く、観光地になってますね。
棚田巡りもする予定が、なかなか出来ません。
全ての写真:2016年6月撮影
以上 2016年6月の旅でした。