「……くそっ、一体どうなってやがる!?」
男は愛機――ヘリック共和国製の狼型高速戦闘ゾイド『コマンドウルフ』のコクピットで、思わず毒づいた。
とある企業の輸送部隊を護衛するという仕事を終えて、拠点としているゲイルシティへと戻る途中の事だった。ジオレイ平野のど真ん中で折悪しく砂嵐に遭遇し、岩陰に機体を停めて休んでいる時に、突然攻撃を受けたのである。
「まさか、最近噂になってる辻斬りゾイドって奴か……」
彼らゲイルシティのゾイド乗り達の間で、まことしやかに語られるようになった都市伝説。ゲイルシティ近郊で、砂嵐と共に現れる正体不明の辻斬りゾイドが存在するという。
(この砂嵐じゃ、レーダーもセンサーも役に立たねぇ。どこから襲って来やがるか……!)
コマンドウルフと己自身の感覚を、最大限に研ぎ澄ます。
「ちっ!」
次の瞬間、直前までコマンドウルフが居た空間を、細切れのレーザーが通過していった。直撃すれば、装甲の薄いコマンドウルフは只では済まないだろう。
「野郎、そっちか!」
射線から方角を割り出し、背部の50mmビーム砲を射撃する。目標が移動した事も考慮して、広範囲にずらして何発かを撃ち込んだ。
だが、放たれたビームは全て空を切る。
「くそっ、奴も足自慢かよ!」
しかもどういう理由か、相手にはこちらの位置を把握されている。思う間にも、再びコマンドウルフ目掛けてレーザーの射撃。咄嗟に機体を飛ばし、回避する。
そして、着地した瞬間。
「なっ――!!」
眼前に、『それ』は姿を見せた。
白い装甲に身を包んだ、四つ足で細身のシルエット。コマンドウルフの後継機に当たる共和国製狐型ゾイド『シャドーフォックス』に似た機体。
男が、そう認識した直後。
白い狐の尾部が、金色に閃いた。
「――!?」
次の瞬間、男の意識は消失した。
……コクピットの中で、己の身体をコマンドウルフの機体ごと、真っ二つに切り裂かれて。
南エウロペ大陸の北端、ジオレイ平野に位置する都市ゲイルシティ。ここは近隣で産出する、ゾイドのエネルギー源となり得る流体金属の存在から、国家による干渉を受けない独立都市となっている。その特性上、フリーのゾイド乗りや賞金稼ぎ、傭兵たちが多数、ここを拠点として活動していた。
そんな彼らを支援するのが、『預かり屋』である。国籍所属は不問、料金さえ払えばゾイドの駐機と簡単な整備、さらには情報まで提供するという施設だ。
「……これで7機目、か」
恰幅の良い中年男性――預かり屋の主人が、運び込まれてきたコマンドウルフの残骸を見て呟く。コクピットを含め、縦に真っ二つに切り裂かれた無残な状態。
彼の元にも、辻斬りゾイドの噂は届いていた。預かり屋を利用するゾイド乗り達には注意喚起を繰り返しているが、被害は増すばかりであった。
「腕利きのこいつもやられるとは……。辻斬りゾイド、一体どんな奴なんだ?」
空きが目立つようになった格納庫を眺めて、嘆息する。このままでは商売あがったりだ。
「……うわ、どうしたのよこれ?」
そんな主人の背後から、懐かしい声が聞こえた。
「おお? ソードスナイパーの嬢ちゃんじゃないか!」
振り返ると、そこに立っていたのは思った通りの人物。空色の髪を二つに括り、肩から前に垂らした10代半ばほどの少女。
ラシェル・アトリア。コールサイン『ソードスナイパー』の賞金稼ぎだ。
「久しぶり、おじさん。また戻ってきたわ」
「おう、また会えて嬉しいよ」
彼女は数か月前に発生した、武装組織『アルテミス』による施設占拠事件を解決したゾイド乗りの一人だった。もともとゲイルシティでは数少ない、女性かつ年少で腕の立つゾイド乗りという事もあって、『ソードスナイパー』のコールサインは良く知られている。
乗機のヴェロキラプトル型ゾイド『ガンスナイパー』が大きな損傷を負ったため、しばらくゲイルシティを離れると、主人は聞いていた。
「っと、そっちのお嬢さんはお連れかい?」
ラシェルの隣にはもう一人、こちらは銀色の髪を肩より上で切り揃えた、やや小柄な少女が立っている。空のように澄んだ、青い瞳が特徴的な少女だった。
「初めまして、ご主人。私はイリアスと申します」
銀髪の少女――イリアスは、優雅な所作で主人に一礼する。
「ああ、これは丁寧にどうも」
釣られて頭を下げる、預かり屋の主人。
「先日は、ティオ・ルタナ・ニーヴがお世話になりました」
「ティオ……ああ、あのセイバリオンの?」
その名前には、主人も覚えがあった。20年以上、この預かり屋をやってきて初めて見る珍しいゾイド――共和国製ライオン型SS(超小型)ゾイド『セイバリオン』の持ち主だ。
この人物もまた、施設占拠事件の解決に一役買ったと聞いている。
「なるほど、あの嬢ちゃんの知り合いだったのかい」
沈黙。
「……ん? 何かおかしなこと言ったか?」
顔を見合わせてくすくすと笑い合う、ラシェルとイリアス。
ティオ・ルタナ・ニーヴが『少年』であることに気付かなかった預かり屋の主人は、困惑するほかないのであった。
「で、これは一体何があったのよ」
改めて、ラシェル・アトリアは格納庫に運び込まれていたコマンドウルフの残骸に目を向ける。
「例の辻斬りゾイドにやられたやつだ」
「……来る途中で噂は聞いたけど、事実だったのね」
「ああ。今の所、襲われて生きて帰ってきた奴は居ない。砂嵐の中で正確に位置を把握され、撃たれるか斬られるかしてる」
預かり屋の主人からしても、不可解な話ではあった。辻斬りゾイドはどうやってか、砂嵐の中で獲物を確実に捕捉する術を持っているようなのだ。
「乗り手も含めて、かなりの腕利きだったんだがな。まさかこいつまでやられるとは……」
嘆息する預かり屋の主人。その横を通って、イリアスが残骸の切断面を確かめる。
「……熱せられた痕跡はありませんね。純粋に、物理的に鋭利な斬撃兵装で切り裂かれています」
「レーザーブレードとかじゃなくて?」
戦闘機械獣ゾイドの一部は、格闘用の装備として斬撃兵装を持っている。有名な機体としては、ヘリック共和国製ライオン型ゾイド『ブレードライガー』の持つ『レーザーブレード』が存在するが、これは刀身からレーザーを発振して対象を『灼き切る』武装だ。
しかしイリアスが言うには、コマンドウルフの切断面からはそう言った痕跡が見受けられないという。
「他に何かわかる、イリアス?」
「残念ながら、これ以上は」
そう言って、イリアスは残骸から離れてラシェルのもとに歩み寄る。
「……何にせよ、放置するわけにもいかないわね」
「ええ。次の砂嵐が発生したら、出ましょう」
「おいおい嬢ちゃん達、まさか奴とやり合う気か!?」
少女二人のやり取りを聞いていた主人は、慌てた様子で口を挟む。
「え、そのつもりだけど。ゲイルシティが賞金懸けてるんでしょ?」
「悪い事は言わん、やめとけ。こいつでも歯が立たなかった相手だぞ」
真っ二つに切り裂かれたコマンドウルフの残骸を指して、主人は言う。
「おじさん、私を誰だと思ってるの?」
対するラシェルは、一言だけ。
「……『ソードスナイパー』よ」
ジオレイ平野で発生する砂嵐は、金属成分を含んだ砂を高度三千メートル付近まで巻き上げる。視界はもちろんの事、砂に含まれる金属成分が自然のチャフと化し、観測機器を狂わせる。
そんな砂嵐の中、ラシェル・アトリアは愛機――ガンスナイパー改め、スナイプマスター改『リゲル』を岩陰に潜ませ、コクピットシートに身を沈めていた。
「にしてもイリアス、帰らなくて良かったの?」
辛うじて音声通信は繋がるので、ラシェルは別所で待機しているイリアスに聞いた。
『はい。新しいリゲルの実働データも取っておきたかった所ですから』
雑音混じりに、イリアスの涼やかな声がラシェルに届く。
「いや、そうじゃなくて。ティオを放っといて、私に付き合わせて良かったのかなって」
ティオ・ルタナ・ニーヴ――ラシェルとイリアスにとっては共通の知人であり、恩人。と同時に、イリアス曰く『パートナー』――ラシェル的には『恋人』で良いんじゃないかと思っているが――である。
『……ティオの事なんか知りません』
あからさまに不機嫌な様子で、イリアスが答える。これには、流石のラシェルも狼狽えた。
「え、ちょ、イリアス?」
『大体なんですか、恥ずかしいって。私だってホワイトロータスの方々にご挨拶したかったのに……』
「……あー……」
そう言えばそうだった。ティオは現在、里帰り中――彼が幼少期を過ごした孤児院『ホワイトロータス』に帰っているのだった。
その際、イリアスを連れて行くのをティオが渋った、というわけである。
(なんであいつはそういう所でヘタレるかなー……!)
顔見知りに恋人(もはやラシェルの中では認識が固定されている)を紹介するのは確かに気恥ずかしいだろうが、そこは男として度胸を見せるべきなのではなかろうか。密かにティオに対する評価を下方修正するラシェルである。
とはいえ、これがじゃれ合い程度の喧嘩である事もまた、ラシェルは良く知っている。
「ふふっ」
『……むー、何笑っているんですか、ラシェル』
微笑ましさが、思わず声に乗ってしまったらしい。ラシェルは慌てて、口を引き結ぶ。
「何でもない。……それより、そっちはどう?」
『はい。……こちらの準備は完了です』
今もなお、ラシェルの耳には雑音混じりのイリアスの声に加えて、巻き上げられた砂がリゲルの機体を打ち付ける音が響いている。まるで紙やすりに擦られ続けるような、どうにも不快感を催す音だ。
当然ながら、視界は極端に悪い。電子的な観測機器も、満足に機能していない。
「……じゃあそろそろ、頃合いね」
『ええ。……始めましょう』
砂嵐が、さらに強さを増す。見届けて、ラシェルは愛機を起動させた。
岩陰から姿を現すのは、白黒二色のモノトーンに彩られたヴェロキラプトル型ゾイド。ヘリック共和国製の小型ゾイド『スナイプマスター』の改造機である。
もともとラシェルの愛機だったガンスナイパー『リゲル』は、数か月前の施設占拠事件の折に重大な損傷を被っていた。そこで共闘したイリアスが、リゲルの修理を買って出たのだ。
とはいえ、元来が野良ゾイドであった上に、整備に関しては人並み程度の知識しか持たないラシェルが長い間運用してきた事もあってか、リゲルの機体構造は限界を迎えつつあった。修理するとなると、主構造材を殆ど入れ替えるレベルでの処置が必要になるという事が判明したのである。
そこでイリアスが提案したのが、スナイプマスターの機獣体へリゲルのゾイドコアを移植するという方法だった。
スナイプマスターはそもそもガンスナイパーの後継機であり、ベースとなる野生体は共通のヴェロキラプトル種だ。機体構造も似通っており、移植は極めてスムーズに行われた。
そしてラシェルが運用するに当たって、いくつかの改良を施した機体。それが、『スナイプマスター改』こと新生リゲルである。
そのコクピット内で、ラシェルはハッチ上面に据え付けられた狙撃銃型――厳密には銃床とトリガー、そしてスコープのみだが――のデバイスを構える。同時に狙撃モードのFCSが起動し、尾部の『AZ144mmロングレンジスナイパーライフル改』に設置されたスコープカメラからの映像が、狙撃銃型デバイスのスコープに投影される。
「……これでも視界はこの程度、か」
スコープを右眼で覗き込んで、ラシェルは呟く。
まともな状態なら、十キロメートル先でも余裕で見通せる装備だ。しかし砂嵐が吹き荒れる現状では、スコープに映る視界はかなり心もとない。
だが。
『……捉えました。位置情報、送ります!』
イリアスからの声と共に、ラシェルの左眼がコンソールに表示される敵の位置情報を読み取る。そして、それに合わせて狙いを修正。
「――っ!!」
右眼で覗くスコープに、僅かに見えた白い影。
瞬間、ラシェルはトリガーを引く。一閃、スナイパーライフルから放たれた特殊徹甲弾が、砂嵐を切り裂くように飛んだ。
ラシェルが狙撃体勢に入る少し前、丁度イリアスがティオに対して拗ねていた時の事。
「大体なんですか、恥ずかしいって。私だって、ホワイトロータスの方々にご挨拶したかったのに……」
ジオレイ平野上空、高度二万メートル付近。イリアスは、この高空で待機していた。
巻き上がる砂よりはるかに高い位置に滞空するのは、旧ゼネバス帝国製の戦闘機型ゾイド『レドラー』に似たシルエットを持つ、白亜の竜――『ブラウリッター』だ。
(――見つけましたよ)
ブラウリッターのコクピットでティオに対する不満を口にしつつ、イリアスの眼が、索敵範囲内に入った機影を捉える。
「……そこです!」
そして、次の瞬間には白亜の竜から一筋の閃光――胸部に装備された収束荷電粒子砲『レギンレイヴ改』の長距離射撃が放たれた。イリアスが捉えた敵機――背部に巨大なレドームを背負った、プテラノドン型飛行ゾイド『プテラス』の偵察仕様機は翼を撃ち抜かれ、錐揉み状態となり墜落してゆく。コクピットキャノピーが弾け飛び、パラシュートが開くのが確認出来た。
桁外れの索敵範囲と情報処理能力を持つブラウリッターだからこそ可能な、超長距離攻撃。
(これで、辻斬りゾイドの『目』は潰したはず)
如何に優れた索敵能力を持つゾイドとはいえ、この砂嵐の中で敵機を捕捉する事は難しい。だが、外部から強力な観測機器をもって敵ゾイドが発する反応を探知するならば、話は別だ。
上空の偵察型プテラスが砂嵐の中の獲物を探知し、辻斬りゾイドにそれを伝える。
その情報をもって、辻斬りゾイドが獲物を攻撃する。
これが、辻斬りゾイドが砂嵐の中で獲物の位置を把握できるカラクリ。
(後は、それと同じことをすればいい)
辻斬りゾイドに対してプテラスがそうしていたように、今度はブラウリッターがリゲルの『目』になる。
『ふふっ』
索敵レンジを対地モードに切り替えたイリアスの耳に、ラシェルの笑い声が聞こえる。
「……むー、何笑っているんですか、ラシェル」
いつの間にか『さん』付けが取れて呼び捨てで呼ぶようになった友人に、イリアスは不満げな声を上げた。
そして、リゲルの狙撃第一射が行われた直後。
「イリアス、射撃評価!」
『背面への命中を確認! 武装の損傷が認められるも、本体は健在です』
イリアスからの報告の間にも、リアルタイムで位置情報が送信されてくる。狙撃の射線から、こちらの位置も割り出されたか。かなりの速度で接近されていた。
「この速度じゃ、次は当たらないか……!」
相手は恐らく、高速戦闘ゾイド。位置がばれている状態での狙撃は分が悪い。
『ラシェル!』
「わかってる、接近戦で迎え撃つわ」
撃たないラシェルを見かねてか、イリアスの少し焦ったような声が聞こえた。彼女を落ち着かせるように、あるいは自分に言い聞かせてか、ラシェルは努めて冷静に言いながら、狙撃銃型デバイスから手を離す。
自動的に狙撃用FCSが停止し、通常の操縦モードに移行。ラシェルは操縦桿を握りしめ、リゲルを振り返らせる。
砂嵐の中、接近する白い機影。『目』を排除した時点で逃げられる可能性もあった(その場合はブラウリッターが追跡する計画だった)が、どうやら先ほどの狙撃が効いたようだ。
背中を向けて撃たれるよりは、狙撃手を排除する方を選んだという事。
「――それは、こっちにとっても好都合!」
吹き荒ぶ砂塵の中、対峙する二つの機影。リゲルと、そしてもう一方は白い狐型ゾイド。
「シャドーフォックス……? でも、細部が違う」
リゲルに登録されたライブラリ情報と、目の前の機体を比べる。頭部や肩の装甲形状が、シャドーフォックスの物とは異なる。背部に武装は無いが、よく見れば爆砕ボルトが作動し、武装を切り離した跡があった。先ほどの狙撃が当たったのは、どうやら背部武装のようだ。
「イリアス、こいつが何かわかる?」
間合いを取りつつ、ラシェルはイリアスに聞く。リゲルが捉えた敵機の姿は、上空のブラウリッターにも共有されているはずだ。
『白い狐型、シャドーフォックスに似ている……? どこかで聞いたことがある、ような』
「わかんないか」
バッサリ切り捨てた。
『ちょっと』
「無力化して調べれば、正体もわかるでしょ!」
いずれにせよ、相手の射撃兵装は潰した。よしんば残っていたとしても、『目』は既にブラウリッターに落とされている。距離を取れば、この砂嵐の中ならまず当たらないはずだ。
リゲルの腹部に追加された固定武装、『AZ20mm二連装マシンガン』のトリガーを引く。小口径の武器だが、この近距離だ。しかも相手は恐らく、装甲の薄い高速戦闘ゾイド。当たれば十分なダメージが期待できる。
「っ、速い!」
だが、そう簡単にいく事はない。白い狐は恐るべき反応速度で射撃を躱し、距離を詰める。
単純な速度で、四足の高速戦闘ゾイドには敵わない。振りかぶられた狐の爪が、リゲルに振り下ろされる。
「この!」
横っ飛びに回避。回り込んで、もう一度腹部マシンガンを斉射。
着地のタイミングを狙ったにも関わらず、狐型は間髪入れずに跳躍してそれを避ける。
飛び上がった白い狐、その尾部が金色に閃く。
「――斬撃兵装!?」
振り下ろされる刃。ラシェルは再びリゲルを跳ばせ、斬撃から逃れる。
再び間合いを計り、対峙する二機のゾイド。
「……エネルギー反応が無いって事は、やっぱり純粋に刃物として斬ってるわけよね、あれ」
狐型の尾部に展開している、二振りのブレード。レーザー発振等のエネルギー反応は無い。イリアスの推察通り、純粋な『刀』というわけだ。
「一体どういう素材で作ったんだか」
『素材も気になりますが、それよりも』
「……使い手も、相当な腕って事よね」
イリアスと言い合う間に、再び狐型が動く。正面からの高速突撃。
「――っ!」
腹部のマシンガンで迎撃するも、狐型は機体を左右に振って射撃を躱しながら、距離を詰めてくる。
尾部に閃く、金色の刃。すれ違いざまに切り裂くつもりだ。
「……それを待ってた!」
ラシェルの予想通りに。
斬撃兵装を持つ高速戦闘ゾイドの、いわば必殺の一撃。その速度でもって敵の迎撃を躱しつつ接近、すれ違いざまに斬撃を食らわせる。セオリー通りの攻撃。
それ故に、対処もしやすい。
「ソードライフル、斬撃モード!」
リゲルの背部に装備された、翼状の武装が左右水平に展開する。『ソードライフル』――その名の通り、セイバリオンで実用化された高周波振動刃と、収束率可変機構を備えた高密度ビーム砲を組み合わせた装備だ。
展開された刃に気付いてか、狐型ゾイドの挙動が乱れる。だが、双方の距離はゼロ近くまで縮まっていた。止まるにも、躱すにも、足りない。
「――リゲル、切り裂け!!」
一閃。
カウンター気味に繰り出されたリゲルの刃が、白い狐型ゾイドの左前後脚部を鮮やかに切り裂いた。
『……敵、沈黙しました』
上空からの観測を続けていたイリアスが、ほっとしたように言った。
「こっちも確認したわ。……光通信で、降伏するってさ」
『よかったです。プテラスの方のパイロットも、脱出は確認しています』
「じゃ、後は然るべき所に任せましょうか」
いずれにせよ、砂嵐がおさまるまでは下手に動けない。辻斬りゾイドが余計な抵抗をしないように銃口を向けつつも、ラシェルは少しばかり緊張を解いた。
「……初陣お疲れ様、リゲル。戻ったら、砂洗ってあげるからね」
ラシェルの労いに答えるように、リゲルは低く唸るのだった。
「あ、思い出しました!」
ゲイルシティの当局に辻斬りゾイドとその乗り手を引き渡し、預かり屋に戻ったラシェルは、突然叫んだイリアスに思わず面食らった。
「ちょっと、急にどうしたの?」
「シャドーフォックスに似た、白い狐型ゾイドで思い出したんです。以前ティオが話していました。ミラージュフォックス、というゾイドの話」
「ミラージュフォックス……。それが、あの辻斬りゾイドの名前?」
ラシェルはそう考えたが、どうやら違うらしい。話を聞くに、ミラージュフォックスは実在そのものが不確実とされている一種の都市伝説めいた存在であり、恐らく辻斬りゾイドはそれを再現しようとしたシャドーフォックスの改造機だろう、とイリアスは言う。
「それの実戦テストをしてたって事か。観測機付きってのも、それなら腑に落ちるわね」
「情報が出回るのも良くなかったのでしょうね。だから砂嵐の中で襲撃して、相手は全て殺していた」
もし負けていたら、自分も殺されていた。そう考えると、今更ながらラシェルの背中に冷たい汗が伝う。
一体何処の手の者か、気になる事は気になるが、それを調べるのはラシェルやイリアスではない。当局の仕事だ。
「ところでイリアス、何で今の今までその話、忘れてたの?」
「え? えー、っとですね」
何やら歯切れが悪い。
「じ、実はその、ティオから話を聞いた時は、半分寝ていたと言いますか……」
「……寝てた?」
イリアスらしからぬ、要領を得ない回答。ラシェルはますます訝しむ。
「寝ながらティオの話を、ねぇ……」
そして、一つの結論に至る。
「……事後?」
ぼっ、と音を発しそうな勢いで、イリアスの顔が真っ赤に染まった。
「ち、違います違います! 確かに同衾はしましたけれど、まだそういう行為はしてません!!」
「イリアス、墓穴掘ってるわよ……」
というか、ティオはいい加減手を出してやってもいいんじゃないか。本人不在の中、またひとつラシェルの中でティオの評価が下がっていった。
あうあう言い始めたイリアスを宥めつつ、話題を変える。
「……賞金、本当に私が全部貰っちゃっていいの?」
今回は、イリアスが上空で支援してくれたからこそ勝てた戦闘だった。当然、ラシェルは賞金をイリアスと分けるつもりだったのだが。
「あ、はい。ありがたいことに、お金には困っていませんから」
「この際だから聞きたいんだけど、イリアスってどこでお金稼いでるの……?」
彼女が暮らしているのは、廃墟と化したテュルク大陸の奥地トローヤの地下神殿である。古代ゾイド人時代の遺構を利用しているとはいえ、リゲルのゾイドコア移植・改造を行えるだけの設備を維持したり、部材を調達したりする資金は一体どこから来ているのか。ラシェル的には大いに気になる所だった。
「えっと、オフレコにしてくださいね?」
「うん」
「……実はですね。ニクスにあるガイロス帝国皇家直轄領の一部が、私の所有する土地なんです」
割ととんでもない事を聞いた気がする。
「……はい?」
「なので、ガイロス皇家からお金が入るんです」
「……イリアス、あなたマジで何者なの……?」
「ふふっ」
涼やかな笑みを浮かべる銀髪の少女。彼女自身の謎もさることながら、彼女を異性として好いているティオ・ルタナ・ニーヴもまた、やっぱりとんでもない奴なのだと再認識するラシェルである。
下がった評価が、上がるわけではないのだが。
「おっ、戻ってたか、ソードスナイパーの嬢ちゃん」
そうしていると、預かり屋の主人がラシェルに声を掛けた。
「おじさん、どうしたの?」
「いや、何か嬢ちゃんに会いたいって人が来ててな。東方大陸系の、えらい美人さんだったぜ」
「お知り合いですか、ラシェル?」
イリアスに聞かれて、ラシェルは記憶を辿る。
「……いや、東方大陸の人に知り合いは居ないんだけど」
出身も育ちもエウロペのラシェルには、東方大陸という遠方に知人は居ない。
「まあいいや、会えばわかるわね」
預かり屋の主人に案内され入ってきたのは、雑然とゾイドが並ぶ格納庫には似つかわしくない、きっちりとしたグレーのスーツを身に纏う二十代前半と思しき女性だった。艶のある黒髪をショートボブにきっちりと切り揃えた、知的な印象の女性だ。
「初めまして、ラシェル・アトリアさん。私、アズサ・ミナヅキと申します」
「あ、はい。ご丁寧にどうも」
腰を折って挨拶するアズサと名乗った女性に、ラシェルも返礼。差し出された名刺を受け取ると、そこには『クロスウェザー・セキュリティ』という社名が印字されていた。
「……民間警備会社?」
「はい、そうですわ」
南エウロペの都市『ニューヘリックシティ』に本社を置くというPMSC(民間警備会社)で、現在は辺境地区の治安維持や警備と現地の自衛組織の教育、そして無人兵器である『スリーパーゾイド』や『キメラブロックス』の撤去を請け負っているという。
「で、その会社が私にどういう用事です?」
「弊社では現在、実戦経験のあるゾイド乗りの人材を求めております。……ラシェル・アトリアさん、是非ともクロスウェザーに来て頂けませんでしょうか?」
こうして、『ソードスナイパー』ことラシェル・アトリアは賞金稼ぎ改めPMSC『クロスウェザー・セキュリティ』所属となった。
後に彼女は、西エウロペ大陸グレイラストで新たな戦いに身を投じる事になるのだが……それはまた、別の機会に語られる物語である。
登場ゾイド紹介
スナイプマスター改『リゲル』
ラシェル・アトリアの愛機。ガンスナイパーのゾイドコアを移植し、改造を施したスナイプマスター。
ブラウリッター
イリアスの搭乗機。古代種のゾイドコアを用いた特殊なゾイドで、凄まじい索敵範囲と長距離攻撃能力を持つ。
辻斬りゾイド(ミラージュフォックスもどき)
民間伝承にある『ミラージュフォックス』を再現すべく、シャドーフォックスを改造した機体。
男は愛機――ヘリック共和国製の狼型高速戦闘ゾイド『コマンドウルフ』のコクピットで、思わず毒づいた。
とある企業の輸送部隊を護衛するという仕事を終えて、拠点としているゲイルシティへと戻る途中の事だった。ジオレイ平野のど真ん中で折悪しく砂嵐に遭遇し、岩陰に機体を停めて休んでいる時に、突然攻撃を受けたのである。
「まさか、最近噂になってる辻斬りゾイドって奴か……」
彼らゲイルシティのゾイド乗り達の間で、まことしやかに語られるようになった都市伝説。ゲイルシティ近郊で、砂嵐と共に現れる正体不明の辻斬りゾイドが存在するという。
(この砂嵐じゃ、レーダーもセンサーも役に立たねぇ。どこから襲って来やがるか……!)
コマンドウルフと己自身の感覚を、最大限に研ぎ澄ます。
「ちっ!」
次の瞬間、直前までコマンドウルフが居た空間を、細切れのレーザーが通過していった。直撃すれば、装甲の薄いコマンドウルフは只では済まないだろう。
「野郎、そっちか!」
射線から方角を割り出し、背部の50mmビーム砲を射撃する。目標が移動した事も考慮して、広範囲にずらして何発かを撃ち込んだ。
だが、放たれたビームは全て空を切る。
「くそっ、奴も足自慢かよ!」
しかもどういう理由か、相手にはこちらの位置を把握されている。思う間にも、再びコマンドウルフ目掛けてレーザーの射撃。咄嗟に機体を飛ばし、回避する。
そして、着地した瞬間。
「なっ――!!」
眼前に、『それ』は姿を見せた。
白い装甲に身を包んだ、四つ足で細身のシルエット。コマンドウルフの後継機に当たる共和国製狐型ゾイド『シャドーフォックス』に似た機体。
男が、そう認識した直後。
白い狐の尾部が、金色に閃いた。
「――!?」
次の瞬間、男の意識は消失した。
……コクピットの中で、己の身体をコマンドウルフの機体ごと、真っ二つに切り裂かれて。
南エウロペ大陸の北端、ジオレイ平野に位置する都市ゲイルシティ。ここは近隣で産出する、ゾイドのエネルギー源となり得る流体金属の存在から、国家による干渉を受けない独立都市となっている。その特性上、フリーのゾイド乗りや賞金稼ぎ、傭兵たちが多数、ここを拠点として活動していた。
そんな彼らを支援するのが、『預かり屋』である。国籍所属は不問、料金さえ払えばゾイドの駐機と簡単な整備、さらには情報まで提供するという施設だ。
「……これで7機目、か」
恰幅の良い中年男性――預かり屋の主人が、運び込まれてきたコマンドウルフの残骸を見て呟く。コクピットを含め、縦に真っ二つに切り裂かれた無残な状態。
彼の元にも、辻斬りゾイドの噂は届いていた。預かり屋を利用するゾイド乗り達には注意喚起を繰り返しているが、被害は増すばかりであった。
「腕利きのこいつもやられるとは……。辻斬りゾイド、一体どんな奴なんだ?」
空きが目立つようになった格納庫を眺めて、嘆息する。このままでは商売あがったりだ。
「……うわ、どうしたのよこれ?」
そんな主人の背後から、懐かしい声が聞こえた。
「おお? ソードスナイパーの嬢ちゃんじゃないか!」
振り返ると、そこに立っていたのは思った通りの人物。空色の髪を二つに括り、肩から前に垂らした10代半ばほどの少女。
ラシェル・アトリア。コールサイン『ソードスナイパー』の賞金稼ぎだ。
「久しぶり、おじさん。また戻ってきたわ」
「おう、また会えて嬉しいよ」
彼女は数か月前に発生した、武装組織『アルテミス』による施設占拠事件を解決したゾイド乗りの一人だった。もともとゲイルシティでは数少ない、女性かつ年少で腕の立つゾイド乗りという事もあって、『ソードスナイパー』のコールサインは良く知られている。
乗機のヴェロキラプトル型ゾイド『ガンスナイパー』が大きな損傷を負ったため、しばらくゲイルシティを離れると、主人は聞いていた。
「っと、そっちのお嬢さんはお連れかい?」
ラシェルの隣にはもう一人、こちらは銀色の髪を肩より上で切り揃えた、やや小柄な少女が立っている。空のように澄んだ、青い瞳が特徴的な少女だった。
「初めまして、ご主人。私はイリアスと申します」
銀髪の少女――イリアスは、優雅な所作で主人に一礼する。
「ああ、これは丁寧にどうも」
釣られて頭を下げる、預かり屋の主人。
「先日は、ティオ・ルタナ・ニーヴがお世話になりました」
「ティオ……ああ、あのセイバリオンの?」
その名前には、主人も覚えがあった。20年以上、この預かり屋をやってきて初めて見る珍しいゾイド――共和国製ライオン型SS(超小型)ゾイド『セイバリオン』の持ち主だ。
この人物もまた、施設占拠事件の解決に一役買ったと聞いている。
「なるほど、あの嬢ちゃんの知り合いだったのかい」
沈黙。
「……ん? 何かおかしなこと言ったか?」
顔を見合わせてくすくすと笑い合う、ラシェルとイリアス。
ティオ・ルタナ・ニーヴが『少年』であることに気付かなかった預かり屋の主人は、困惑するほかないのであった。
「で、これは一体何があったのよ」
改めて、ラシェル・アトリアは格納庫に運び込まれていたコマンドウルフの残骸に目を向ける。
「例の辻斬りゾイドにやられたやつだ」
「……来る途中で噂は聞いたけど、事実だったのね」
「ああ。今の所、襲われて生きて帰ってきた奴は居ない。砂嵐の中で正確に位置を把握され、撃たれるか斬られるかしてる」
預かり屋の主人からしても、不可解な話ではあった。辻斬りゾイドはどうやってか、砂嵐の中で獲物を確実に捕捉する術を持っているようなのだ。
「乗り手も含めて、かなりの腕利きだったんだがな。まさかこいつまでやられるとは……」
嘆息する預かり屋の主人。その横を通って、イリアスが残骸の切断面を確かめる。
「……熱せられた痕跡はありませんね。純粋に、物理的に鋭利な斬撃兵装で切り裂かれています」
「レーザーブレードとかじゃなくて?」
戦闘機械獣ゾイドの一部は、格闘用の装備として斬撃兵装を持っている。有名な機体としては、ヘリック共和国製ライオン型ゾイド『ブレードライガー』の持つ『レーザーブレード』が存在するが、これは刀身からレーザーを発振して対象を『灼き切る』武装だ。
しかしイリアスが言うには、コマンドウルフの切断面からはそう言った痕跡が見受けられないという。
「他に何かわかる、イリアス?」
「残念ながら、これ以上は」
そう言って、イリアスは残骸から離れてラシェルのもとに歩み寄る。
「……何にせよ、放置するわけにもいかないわね」
「ええ。次の砂嵐が発生したら、出ましょう」
「おいおい嬢ちゃん達、まさか奴とやり合う気か!?」
少女二人のやり取りを聞いていた主人は、慌てた様子で口を挟む。
「え、そのつもりだけど。ゲイルシティが賞金懸けてるんでしょ?」
「悪い事は言わん、やめとけ。こいつでも歯が立たなかった相手だぞ」
真っ二つに切り裂かれたコマンドウルフの残骸を指して、主人は言う。
「おじさん、私を誰だと思ってるの?」
対するラシェルは、一言だけ。
「……『ソードスナイパー』よ」
ジオレイ平野で発生する砂嵐は、金属成分を含んだ砂を高度三千メートル付近まで巻き上げる。視界はもちろんの事、砂に含まれる金属成分が自然のチャフと化し、観測機器を狂わせる。
そんな砂嵐の中、ラシェル・アトリアは愛機――ガンスナイパー改め、スナイプマスター改『リゲル』を岩陰に潜ませ、コクピットシートに身を沈めていた。
「にしてもイリアス、帰らなくて良かったの?」
辛うじて音声通信は繋がるので、ラシェルは別所で待機しているイリアスに聞いた。
『はい。新しいリゲルの実働データも取っておきたかった所ですから』
雑音混じりに、イリアスの涼やかな声がラシェルに届く。
「いや、そうじゃなくて。ティオを放っといて、私に付き合わせて良かったのかなって」
ティオ・ルタナ・ニーヴ――ラシェルとイリアスにとっては共通の知人であり、恩人。と同時に、イリアス曰く『パートナー』――ラシェル的には『恋人』で良いんじゃないかと思っているが――である。
『……ティオの事なんか知りません』
あからさまに不機嫌な様子で、イリアスが答える。これには、流石のラシェルも狼狽えた。
「え、ちょ、イリアス?」
『大体なんですか、恥ずかしいって。私だってホワイトロータスの方々にご挨拶したかったのに……』
「……あー……」
そう言えばそうだった。ティオは現在、里帰り中――彼が幼少期を過ごした孤児院『ホワイトロータス』に帰っているのだった。
その際、イリアスを連れて行くのをティオが渋った、というわけである。
(なんであいつはそういう所でヘタレるかなー……!)
顔見知りに恋人(もはやラシェルの中では認識が固定されている)を紹介するのは確かに気恥ずかしいだろうが、そこは男として度胸を見せるべきなのではなかろうか。密かにティオに対する評価を下方修正するラシェルである。
とはいえ、これがじゃれ合い程度の喧嘩である事もまた、ラシェルは良く知っている。
「ふふっ」
『……むー、何笑っているんですか、ラシェル』
微笑ましさが、思わず声に乗ってしまったらしい。ラシェルは慌てて、口を引き結ぶ。
「何でもない。……それより、そっちはどう?」
『はい。……こちらの準備は完了です』
今もなお、ラシェルの耳には雑音混じりのイリアスの声に加えて、巻き上げられた砂がリゲルの機体を打ち付ける音が響いている。まるで紙やすりに擦られ続けるような、どうにも不快感を催す音だ。
当然ながら、視界は極端に悪い。電子的な観測機器も、満足に機能していない。
「……じゃあそろそろ、頃合いね」
『ええ。……始めましょう』
砂嵐が、さらに強さを増す。見届けて、ラシェルは愛機を起動させた。
岩陰から姿を現すのは、白黒二色のモノトーンに彩られたヴェロキラプトル型ゾイド。ヘリック共和国製の小型ゾイド『スナイプマスター』の改造機である。
もともとラシェルの愛機だったガンスナイパー『リゲル』は、数か月前の施設占拠事件の折に重大な損傷を被っていた。そこで共闘したイリアスが、リゲルの修理を買って出たのだ。
とはいえ、元来が野良ゾイドであった上に、整備に関しては人並み程度の知識しか持たないラシェルが長い間運用してきた事もあってか、リゲルの機体構造は限界を迎えつつあった。修理するとなると、主構造材を殆ど入れ替えるレベルでの処置が必要になるという事が判明したのである。
そこでイリアスが提案したのが、スナイプマスターの機獣体へリゲルのゾイドコアを移植するという方法だった。
スナイプマスターはそもそもガンスナイパーの後継機であり、ベースとなる野生体は共通のヴェロキラプトル種だ。機体構造も似通っており、移植は極めてスムーズに行われた。
そしてラシェルが運用するに当たって、いくつかの改良を施した機体。それが、『スナイプマスター改』こと新生リゲルである。
そのコクピット内で、ラシェルはハッチ上面に据え付けられた狙撃銃型――厳密には銃床とトリガー、そしてスコープのみだが――のデバイスを構える。同時に狙撃モードのFCSが起動し、尾部の『AZ144mmロングレンジスナイパーライフル改』に設置されたスコープカメラからの映像が、狙撃銃型デバイスのスコープに投影される。
「……これでも視界はこの程度、か」
スコープを右眼で覗き込んで、ラシェルは呟く。
まともな状態なら、十キロメートル先でも余裕で見通せる装備だ。しかし砂嵐が吹き荒れる現状では、スコープに映る視界はかなり心もとない。
だが。
『……捉えました。位置情報、送ります!』
イリアスからの声と共に、ラシェルの左眼がコンソールに表示される敵の位置情報を読み取る。そして、それに合わせて狙いを修正。
「――っ!!」
右眼で覗くスコープに、僅かに見えた白い影。
瞬間、ラシェルはトリガーを引く。一閃、スナイパーライフルから放たれた特殊徹甲弾が、砂嵐を切り裂くように飛んだ。
ラシェルが狙撃体勢に入る少し前、丁度イリアスがティオに対して拗ねていた時の事。
「大体なんですか、恥ずかしいって。私だって、ホワイトロータスの方々にご挨拶したかったのに……」
ジオレイ平野上空、高度二万メートル付近。イリアスは、この高空で待機していた。
巻き上がる砂よりはるかに高い位置に滞空するのは、旧ゼネバス帝国製の戦闘機型ゾイド『レドラー』に似たシルエットを持つ、白亜の竜――『ブラウリッター』だ。
(――見つけましたよ)
ブラウリッターのコクピットでティオに対する不満を口にしつつ、イリアスの眼が、索敵範囲内に入った機影を捉える。
「……そこです!」
そして、次の瞬間には白亜の竜から一筋の閃光――胸部に装備された収束荷電粒子砲『レギンレイヴ改』の長距離射撃が放たれた。イリアスが捉えた敵機――背部に巨大なレドームを背負った、プテラノドン型飛行ゾイド『プテラス』の偵察仕様機は翼を撃ち抜かれ、錐揉み状態となり墜落してゆく。コクピットキャノピーが弾け飛び、パラシュートが開くのが確認出来た。
桁外れの索敵範囲と情報処理能力を持つブラウリッターだからこそ可能な、超長距離攻撃。
(これで、辻斬りゾイドの『目』は潰したはず)
如何に優れた索敵能力を持つゾイドとはいえ、この砂嵐の中で敵機を捕捉する事は難しい。だが、外部から強力な観測機器をもって敵ゾイドが発する反応を探知するならば、話は別だ。
上空の偵察型プテラスが砂嵐の中の獲物を探知し、辻斬りゾイドにそれを伝える。
その情報をもって、辻斬りゾイドが獲物を攻撃する。
これが、辻斬りゾイドが砂嵐の中で獲物の位置を把握できるカラクリ。
(後は、それと同じことをすればいい)
辻斬りゾイドに対してプテラスがそうしていたように、今度はブラウリッターがリゲルの『目』になる。
『ふふっ』
索敵レンジを対地モードに切り替えたイリアスの耳に、ラシェルの笑い声が聞こえる。
「……むー、何笑っているんですか、ラシェル」
いつの間にか『さん』付けが取れて呼び捨てで呼ぶようになった友人に、イリアスは不満げな声を上げた。
そして、リゲルの狙撃第一射が行われた直後。
「イリアス、射撃評価!」
『背面への命中を確認! 武装の損傷が認められるも、本体は健在です』
イリアスからの報告の間にも、リアルタイムで位置情報が送信されてくる。狙撃の射線から、こちらの位置も割り出されたか。かなりの速度で接近されていた。
「この速度じゃ、次は当たらないか……!」
相手は恐らく、高速戦闘ゾイド。位置がばれている状態での狙撃は分が悪い。
『ラシェル!』
「わかってる、接近戦で迎え撃つわ」
撃たないラシェルを見かねてか、イリアスの少し焦ったような声が聞こえた。彼女を落ち着かせるように、あるいは自分に言い聞かせてか、ラシェルは努めて冷静に言いながら、狙撃銃型デバイスから手を離す。
自動的に狙撃用FCSが停止し、通常の操縦モードに移行。ラシェルは操縦桿を握りしめ、リゲルを振り返らせる。
砂嵐の中、接近する白い機影。『目』を排除した時点で逃げられる可能性もあった(その場合はブラウリッターが追跡する計画だった)が、どうやら先ほどの狙撃が効いたようだ。
背中を向けて撃たれるよりは、狙撃手を排除する方を選んだという事。
「――それは、こっちにとっても好都合!」
吹き荒ぶ砂塵の中、対峙する二つの機影。リゲルと、そしてもう一方は白い狐型ゾイド。
「シャドーフォックス……? でも、細部が違う」
リゲルに登録されたライブラリ情報と、目の前の機体を比べる。頭部や肩の装甲形状が、シャドーフォックスの物とは異なる。背部に武装は無いが、よく見れば爆砕ボルトが作動し、武装を切り離した跡があった。先ほどの狙撃が当たったのは、どうやら背部武装のようだ。
「イリアス、こいつが何かわかる?」
間合いを取りつつ、ラシェルはイリアスに聞く。リゲルが捉えた敵機の姿は、上空のブラウリッターにも共有されているはずだ。
『白い狐型、シャドーフォックスに似ている……? どこかで聞いたことがある、ような』
「わかんないか」
バッサリ切り捨てた。
『ちょっと』
「無力化して調べれば、正体もわかるでしょ!」
いずれにせよ、相手の射撃兵装は潰した。よしんば残っていたとしても、『目』は既にブラウリッターに落とされている。距離を取れば、この砂嵐の中ならまず当たらないはずだ。
リゲルの腹部に追加された固定武装、『AZ20mm二連装マシンガン』のトリガーを引く。小口径の武器だが、この近距離だ。しかも相手は恐らく、装甲の薄い高速戦闘ゾイド。当たれば十分なダメージが期待できる。
「っ、速い!」
だが、そう簡単にいく事はない。白い狐は恐るべき反応速度で射撃を躱し、距離を詰める。
単純な速度で、四足の高速戦闘ゾイドには敵わない。振りかぶられた狐の爪が、リゲルに振り下ろされる。
「この!」
横っ飛びに回避。回り込んで、もう一度腹部マシンガンを斉射。
着地のタイミングを狙ったにも関わらず、狐型は間髪入れずに跳躍してそれを避ける。
飛び上がった白い狐、その尾部が金色に閃く。
「――斬撃兵装!?」
振り下ろされる刃。ラシェルは再びリゲルを跳ばせ、斬撃から逃れる。
再び間合いを計り、対峙する二機のゾイド。
「……エネルギー反応が無いって事は、やっぱり純粋に刃物として斬ってるわけよね、あれ」
狐型の尾部に展開している、二振りのブレード。レーザー発振等のエネルギー反応は無い。イリアスの推察通り、純粋な『刀』というわけだ。
「一体どういう素材で作ったんだか」
『素材も気になりますが、それよりも』
「……使い手も、相当な腕って事よね」
イリアスと言い合う間に、再び狐型が動く。正面からの高速突撃。
「――っ!」
腹部のマシンガンで迎撃するも、狐型は機体を左右に振って射撃を躱しながら、距離を詰めてくる。
尾部に閃く、金色の刃。すれ違いざまに切り裂くつもりだ。
「……それを待ってた!」
ラシェルの予想通りに。
斬撃兵装を持つ高速戦闘ゾイドの、いわば必殺の一撃。その速度でもって敵の迎撃を躱しつつ接近、すれ違いざまに斬撃を食らわせる。セオリー通りの攻撃。
それ故に、対処もしやすい。
「ソードライフル、斬撃モード!」
リゲルの背部に装備された、翼状の武装が左右水平に展開する。『ソードライフル』――その名の通り、セイバリオンで実用化された高周波振動刃と、収束率可変機構を備えた高密度ビーム砲を組み合わせた装備だ。
展開された刃に気付いてか、狐型ゾイドの挙動が乱れる。だが、双方の距離はゼロ近くまで縮まっていた。止まるにも、躱すにも、足りない。
「――リゲル、切り裂け!!」
一閃。
カウンター気味に繰り出されたリゲルの刃が、白い狐型ゾイドの左前後脚部を鮮やかに切り裂いた。
『……敵、沈黙しました』
上空からの観測を続けていたイリアスが、ほっとしたように言った。
「こっちも確認したわ。……光通信で、降伏するってさ」
『よかったです。プテラスの方のパイロットも、脱出は確認しています』
「じゃ、後は然るべき所に任せましょうか」
いずれにせよ、砂嵐がおさまるまでは下手に動けない。辻斬りゾイドが余計な抵抗をしないように銃口を向けつつも、ラシェルは少しばかり緊張を解いた。
「……初陣お疲れ様、リゲル。戻ったら、砂洗ってあげるからね」
ラシェルの労いに答えるように、リゲルは低く唸るのだった。
「あ、思い出しました!」
ゲイルシティの当局に辻斬りゾイドとその乗り手を引き渡し、預かり屋に戻ったラシェルは、突然叫んだイリアスに思わず面食らった。
「ちょっと、急にどうしたの?」
「シャドーフォックスに似た、白い狐型ゾイドで思い出したんです。以前ティオが話していました。ミラージュフォックス、というゾイドの話」
「ミラージュフォックス……。それが、あの辻斬りゾイドの名前?」
ラシェルはそう考えたが、どうやら違うらしい。話を聞くに、ミラージュフォックスは実在そのものが不確実とされている一種の都市伝説めいた存在であり、恐らく辻斬りゾイドはそれを再現しようとしたシャドーフォックスの改造機だろう、とイリアスは言う。
「それの実戦テストをしてたって事か。観測機付きってのも、それなら腑に落ちるわね」
「情報が出回るのも良くなかったのでしょうね。だから砂嵐の中で襲撃して、相手は全て殺していた」
もし負けていたら、自分も殺されていた。そう考えると、今更ながらラシェルの背中に冷たい汗が伝う。
一体何処の手の者か、気になる事は気になるが、それを調べるのはラシェルやイリアスではない。当局の仕事だ。
「ところでイリアス、何で今の今までその話、忘れてたの?」
「え? えー、っとですね」
何やら歯切れが悪い。
「じ、実はその、ティオから話を聞いた時は、半分寝ていたと言いますか……」
「……寝てた?」
イリアスらしからぬ、要領を得ない回答。ラシェルはますます訝しむ。
「寝ながらティオの話を、ねぇ……」
そして、一つの結論に至る。
「……事後?」
ぼっ、と音を発しそうな勢いで、イリアスの顔が真っ赤に染まった。
「ち、違います違います! 確かに同衾はしましたけれど、まだそういう行為はしてません!!」
「イリアス、墓穴掘ってるわよ……」
というか、ティオはいい加減手を出してやってもいいんじゃないか。本人不在の中、またひとつラシェルの中でティオの評価が下がっていった。
あうあう言い始めたイリアスを宥めつつ、話題を変える。
「……賞金、本当に私が全部貰っちゃっていいの?」
今回は、イリアスが上空で支援してくれたからこそ勝てた戦闘だった。当然、ラシェルは賞金をイリアスと分けるつもりだったのだが。
「あ、はい。ありがたいことに、お金には困っていませんから」
「この際だから聞きたいんだけど、イリアスってどこでお金稼いでるの……?」
彼女が暮らしているのは、廃墟と化したテュルク大陸の奥地トローヤの地下神殿である。古代ゾイド人時代の遺構を利用しているとはいえ、リゲルのゾイドコア移植・改造を行えるだけの設備を維持したり、部材を調達したりする資金は一体どこから来ているのか。ラシェル的には大いに気になる所だった。
「えっと、オフレコにしてくださいね?」
「うん」
「……実はですね。ニクスにあるガイロス帝国皇家直轄領の一部が、私の所有する土地なんです」
割ととんでもない事を聞いた気がする。
「……はい?」
「なので、ガイロス皇家からお金が入るんです」
「……イリアス、あなたマジで何者なの……?」
「ふふっ」
涼やかな笑みを浮かべる銀髪の少女。彼女自身の謎もさることながら、彼女を異性として好いているティオ・ルタナ・ニーヴもまた、やっぱりとんでもない奴なのだと再認識するラシェルである。
下がった評価が、上がるわけではないのだが。
「おっ、戻ってたか、ソードスナイパーの嬢ちゃん」
そうしていると、預かり屋の主人がラシェルに声を掛けた。
「おじさん、どうしたの?」
「いや、何か嬢ちゃんに会いたいって人が来ててな。東方大陸系の、えらい美人さんだったぜ」
「お知り合いですか、ラシェル?」
イリアスに聞かれて、ラシェルは記憶を辿る。
「……いや、東方大陸の人に知り合いは居ないんだけど」
出身も育ちもエウロペのラシェルには、東方大陸という遠方に知人は居ない。
「まあいいや、会えばわかるわね」
預かり屋の主人に案内され入ってきたのは、雑然とゾイドが並ぶ格納庫には似つかわしくない、きっちりとしたグレーのスーツを身に纏う二十代前半と思しき女性だった。艶のある黒髪をショートボブにきっちりと切り揃えた、知的な印象の女性だ。
「初めまして、ラシェル・アトリアさん。私、アズサ・ミナヅキと申します」
「あ、はい。ご丁寧にどうも」
腰を折って挨拶するアズサと名乗った女性に、ラシェルも返礼。差し出された名刺を受け取ると、そこには『クロスウェザー・セキュリティ』という社名が印字されていた。
「……民間警備会社?」
「はい、そうですわ」
南エウロペの都市『ニューヘリックシティ』に本社を置くというPMSC(民間警備会社)で、現在は辺境地区の治安維持や警備と現地の自衛組織の教育、そして無人兵器である『スリーパーゾイド』や『キメラブロックス』の撤去を請け負っているという。
「で、その会社が私にどういう用事です?」
「弊社では現在、実戦経験のあるゾイド乗りの人材を求めております。……ラシェル・アトリアさん、是非ともクロスウェザーに来て頂けませんでしょうか?」
こうして、『ソードスナイパー』ことラシェル・アトリアは賞金稼ぎ改めPMSC『クロスウェザー・セキュリティ』所属となった。
後に彼女は、西エウロペ大陸グレイラストで新たな戦いに身を投じる事になるのだが……それはまた、別の機会に語られる物語である。
登場ゾイド紹介
スナイプマスター改『リゲル』
ラシェル・アトリアの愛機。ガンスナイパーのゾイドコアを移植し、改造を施したスナイプマスター。
ブラウリッター
イリアスの搭乗機。古代種のゾイドコアを用いた特殊なゾイドで、凄まじい索敵範囲と長距離攻撃能力を持つ。
辻斬りゾイド(ミラージュフォックスもどき)
民間伝承にある『ミラージュフォックス』を再現すべく、シャドーフォックスを改造した機体。