短三和音な日々

割と暇なゾイダー、滝上の不定期な日記。リンクフリーです

ZOIDS alternative STORYS エピソード・リゲル

2017-11-25 00:40:30 | ZOIDS alternative STORYS
「……くそっ、一体どうなってやがる!?」
 男は愛機――ヘリック共和国製の狼型高速戦闘ゾイド『コマンドウルフ』のコクピットで、思わず毒づいた。
 とある企業の輸送部隊を護衛するという仕事を終えて、拠点としているゲイルシティへと戻る途中の事だった。ジオレイ平野のど真ん中で折悪しく砂嵐に遭遇し、岩陰に機体を停めて休んでいる時に、突然攻撃を受けたのである。
「まさか、最近噂になってる辻斬りゾイドって奴か……」
 彼らゲイルシティのゾイド乗り達の間で、まことしやかに語られるようになった都市伝説。ゲイルシティ近郊で、砂嵐と共に現れる正体不明の辻斬りゾイドが存在するという。
(この砂嵐じゃ、レーダーもセンサーも役に立たねぇ。どこから襲って来やがるか……!)
 コマンドウルフと己自身の感覚を、最大限に研ぎ澄ます。
「ちっ!」
 次の瞬間、直前までコマンドウルフが居た空間を、細切れのレーザーが通過していった。直撃すれば、装甲の薄いコマンドウルフは只では済まないだろう。
「野郎、そっちか!」
 射線から方角を割り出し、背部の50mmビーム砲を射撃する。目標が移動した事も考慮して、広範囲にずらして何発かを撃ち込んだ。
 だが、放たれたビームは全て空を切る。
「くそっ、奴も足自慢かよ!」
 しかもどういう理由か、相手にはこちらの位置を把握されている。思う間にも、再びコマンドウルフ目掛けてレーザーの射撃。咄嗟に機体を飛ばし、回避する。
 そして、着地した瞬間。
「なっ――!!」
 眼前に、『それ』は姿を見せた。
 白い装甲に身を包んだ、四つ足で細身のシルエット。コマンドウルフの後継機に当たる共和国製狐型ゾイド『シャドーフォックス』に似た機体。
 男が、そう認識した直後。
 白い狐の尾部が、金色に閃いた。
「――!?」
 次の瞬間、男の意識は消失した。
 ……コクピットの中で、己の身体をコマンドウルフの機体ごと、真っ二つに切り裂かれて。


 南エウロペ大陸の北端、ジオレイ平野に位置する都市ゲイルシティ。ここは近隣で産出する、ゾイドのエネルギー源となり得る流体金属の存在から、国家による干渉を受けない独立都市となっている。その特性上、フリーのゾイド乗りや賞金稼ぎ、傭兵たちが多数、ここを拠点として活動していた。
 そんな彼らを支援するのが、『預かり屋』である。国籍所属は不問、料金さえ払えばゾイドの駐機と簡単な整備、さらには情報まで提供するという施設だ。
「……これで7機目、か」
 恰幅の良い中年男性――預かり屋の主人が、運び込まれてきたコマンドウルフの残骸を見て呟く。コクピットを含め、縦に真っ二つに切り裂かれた無残な状態。
 彼の元にも、辻斬りゾイドの噂は届いていた。預かり屋を利用するゾイド乗り達には注意喚起を繰り返しているが、被害は増すばかりであった。
「腕利きのこいつもやられるとは……。辻斬りゾイド、一体どんな奴なんだ?」
 空きが目立つようになった格納庫を眺めて、嘆息する。このままでは商売あがったりだ。
「……うわ、どうしたのよこれ?」
 そんな主人の背後から、懐かしい声が聞こえた。
「おお? ソードスナイパーの嬢ちゃんじゃないか!」
 振り返ると、そこに立っていたのは思った通りの人物。空色の髪を二つに括り、肩から前に垂らした10代半ばほどの少女。
 ラシェル・アトリア。コールサイン『ソードスナイパー』の賞金稼ぎだ。
「久しぶり、おじさん。また戻ってきたわ」
「おう、また会えて嬉しいよ」
 彼女は数か月前に発生した、武装組織『アルテミス』による施設占拠事件を解決したゾイド乗りの一人だった。もともとゲイルシティでは数少ない、女性かつ年少で腕の立つゾイド乗りという事もあって、『ソードスナイパー』のコールサインは良く知られている。
 乗機のヴェロキラプトル型ゾイド『ガンスナイパー』が大きな損傷を負ったため、しばらくゲイルシティを離れると、主人は聞いていた。
「っと、そっちのお嬢さんはお連れかい?」
 ラシェルの隣にはもう一人、こちらは銀色の髪を肩より上で切り揃えた、やや小柄な少女が立っている。空のように澄んだ、青い瞳が特徴的な少女だった。
「初めまして、ご主人。私はイリアスと申します」
 銀髪の少女――イリアスは、優雅な所作で主人に一礼する。
「ああ、これは丁寧にどうも」
 釣られて頭を下げる、預かり屋の主人。
「先日は、ティオ・ルタナ・ニーヴがお世話になりました」
「ティオ……ああ、あのセイバリオンの?」
 その名前には、主人も覚えがあった。20年以上、この預かり屋をやってきて初めて見る珍しいゾイド――共和国製ライオン型SS(超小型)ゾイド『セイバリオン』の持ち主だ。
 この人物もまた、施設占拠事件の解決に一役買ったと聞いている。
「なるほど、あの嬢ちゃんの知り合いだったのかい」
 沈黙。
「……ん? 何かおかしなこと言ったか?」
 顔を見合わせてくすくすと笑い合う、ラシェルとイリアス。
 ティオ・ルタナ・ニーヴが『少年』であることに気付かなかった預かり屋の主人は、困惑するほかないのであった。


「で、これは一体何があったのよ」
 改めて、ラシェル・アトリアは格納庫に運び込まれていたコマンドウルフの残骸に目を向ける。
「例の辻斬りゾイドにやられたやつだ」
「……来る途中で噂は聞いたけど、事実だったのね」
「ああ。今の所、襲われて生きて帰ってきた奴は居ない。砂嵐の中で正確に位置を把握され、撃たれるか斬られるかしてる」
 預かり屋の主人からしても、不可解な話ではあった。辻斬りゾイドはどうやってか、砂嵐の中で獲物を確実に捕捉する術を持っているようなのだ。
「乗り手も含めて、かなりの腕利きだったんだがな。まさかこいつまでやられるとは……」
 嘆息する預かり屋の主人。その横を通って、イリアスが残骸の切断面を確かめる。
「……熱せられた痕跡はありませんね。純粋に、物理的に鋭利な斬撃兵装で切り裂かれています」
「レーザーブレードとかじゃなくて?」
 戦闘機械獣ゾイドの一部は、格闘用の装備として斬撃兵装を持っている。有名な機体としては、ヘリック共和国製ライオン型ゾイド『ブレードライガー』の持つ『レーザーブレード』が存在するが、これは刀身からレーザーを発振して対象を『灼き切る』武装だ。
 しかしイリアスが言うには、コマンドウルフの切断面からはそう言った痕跡が見受けられないという。
「他に何かわかる、イリアス?」
「残念ながら、これ以上は」
 そう言って、イリアスは残骸から離れてラシェルのもとに歩み寄る。
「……何にせよ、放置するわけにもいかないわね」
「ええ。次の砂嵐が発生したら、出ましょう」
「おいおい嬢ちゃん達、まさか奴とやり合う気か!?」
 少女二人のやり取りを聞いていた主人は、慌てた様子で口を挟む。
「え、そのつもりだけど。ゲイルシティが賞金懸けてるんでしょ?」
「悪い事は言わん、やめとけ。こいつでも歯が立たなかった相手だぞ」
 真っ二つに切り裂かれたコマンドウルフの残骸を指して、主人は言う。
「おじさん、私を誰だと思ってるの?」
 対するラシェルは、一言だけ。
「……『ソードスナイパー』よ」


 ジオレイ平野で発生する砂嵐は、金属成分を含んだ砂を高度三千メートル付近まで巻き上げる。視界はもちろんの事、砂に含まれる金属成分が自然のチャフと化し、観測機器を狂わせる。
 そんな砂嵐の中、ラシェル・アトリアは愛機――ガンスナイパー改め、スナイプマスター改『リゲル』を岩陰に潜ませ、コクピットシートに身を沈めていた。
「にしてもイリアス、帰らなくて良かったの?」
 辛うじて音声通信は繋がるので、ラシェルは別所で待機しているイリアスに聞いた。
『はい。新しいリゲルの実働データも取っておきたかった所ですから』
 雑音混じりに、イリアスの涼やかな声がラシェルに届く。
「いや、そうじゃなくて。ティオを放っといて、私に付き合わせて良かったのかなって」
 ティオ・ルタナ・ニーヴ――ラシェルとイリアスにとっては共通の知人であり、恩人。と同時に、イリアス曰く『パートナー』――ラシェル的には『恋人』で良いんじゃないかと思っているが――である。
『……ティオの事なんか知りません』
 あからさまに不機嫌な様子で、イリアスが答える。これには、流石のラシェルも狼狽えた。
「え、ちょ、イリアス?」
『大体なんですか、恥ずかしいって。私だってホワイトロータスの方々にご挨拶したかったのに……』
「……あー……」
 そう言えばそうだった。ティオは現在、里帰り中――彼が幼少期を過ごした孤児院『ホワイトロータス』に帰っているのだった。
 その際、イリアスを連れて行くのをティオが渋った、というわけである。
(なんであいつはそういう所でヘタレるかなー……!)
 顔見知りに恋人(もはやラシェルの中では認識が固定されている)を紹介するのは確かに気恥ずかしいだろうが、そこは男として度胸を見せるべきなのではなかろうか。密かにティオに対する評価を下方修正するラシェルである。
 とはいえ、これがじゃれ合い程度の喧嘩である事もまた、ラシェルは良く知っている。
「ふふっ」
『……むー、何笑っているんですか、ラシェル』
 微笑ましさが、思わず声に乗ってしまったらしい。ラシェルは慌てて、口を引き結ぶ。
「何でもない。……それより、そっちはどう?」
『はい。……こちらの準備は完了です』
 今もなお、ラシェルの耳には雑音混じりのイリアスの声に加えて、巻き上げられた砂がリゲルの機体を打ち付ける音が響いている。まるで紙やすりに擦られ続けるような、どうにも不快感を催す音だ。
 当然ながら、視界は極端に悪い。電子的な観測機器も、満足に機能していない。
「……じゃあそろそろ、頃合いね」
『ええ。……始めましょう』
 砂嵐が、さらに強さを増す。見届けて、ラシェルは愛機を起動させた。
 岩陰から姿を現すのは、白黒二色のモノトーンに彩られたヴェロキラプトル型ゾイド。ヘリック共和国製の小型ゾイド『スナイプマスター』の改造機である。
 もともとラシェルの愛機だったガンスナイパー『リゲル』は、数か月前の施設占拠事件の折に重大な損傷を被っていた。そこで共闘したイリアスが、リゲルの修理を買って出たのだ。
 とはいえ、元来が野良ゾイドであった上に、整備に関しては人並み程度の知識しか持たないラシェルが長い間運用してきた事もあってか、リゲルの機体構造は限界を迎えつつあった。修理するとなると、主構造材を殆ど入れ替えるレベルでの処置が必要になるという事が判明したのである。
 そこでイリアスが提案したのが、スナイプマスターの機獣体へリゲルのゾイドコアを移植するという方法だった。
 スナイプマスターはそもそもガンスナイパーの後継機であり、ベースとなる野生体は共通のヴェロキラプトル種だ。機体構造も似通っており、移植は極めてスムーズに行われた。
 そしてラシェルが運用するに当たって、いくつかの改良を施した機体。それが、『スナイプマスター改』こと新生リゲルである。
 そのコクピット内で、ラシェルはハッチ上面に据え付けられた狙撃銃型――厳密には銃床とトリガー、そしてスコープのみだが――のデバイスを構える。同時に狙撃モードのFCSが起動し、尾部の『AZ144mmロングレンジスナイパーライフル改』に設置されたスコープカメラからの映像が、狙撃銃型デバイスのスコープに投影される。
「……これでも視界はこの程度、か」
 スコープを右眼で覗き込んで、ラシェルは呟く。
 まともな状態なら、十キロメートル先でも余裕で見通せる装備だ。しかし砂嵐が吹き荒れる現状では、スコープに映る視界はかなり心もとない。
 だが。
『……捉えました。位置情報、送ります!』
 イリアスからの声と共に、ラシェルの左眼がコンソールに表示される敵の位置情報を読み取る。そして、それに合わせて狙いを修正。
「――っ!!」
 右眼で覗くスコープに、僅かに見えた白い影。
 瞬間、ラシェルはトリガーを引く。一閃、スナイパーライフルから放たれた特殊徹甲弾が、砂嵐を切り裂くように飛んだ。


 ラシェルが狙撃体勢に入る少し前、丁度イリアスがティオに対して拗ねていた時の事。
「大体なんですか、恥ずかしいって。私だって、ホワイトロータスの方々にご挨拶したかったのに……」
 ジオレイ平野上空、高度二万メートル付近。イリアスは、この高空で待機していた。
 巻き上がる砂よりはるかに高い位置に滞空するのは、旧ゼネバス帝国製の戦闘機型ゾイド『レドラー』に似たシルエットを持つ、白亜の竜――『ブラウリッター』だ。
(――見つけましたよ)
 ブラウリッターのコクピットでティオに対する不満を口にしつつ、イリアスの眼が、索敵範囲内に入った機影を捉える。
「……そこです!」
 そして、次の瞬間には白亜の竜から一筋の閃光――胸部に装備された収束荷電粒子砲『レギンレイヴ改』の長距離射撃が放たれた。イリアスが捉えた敵機――背部に巨大なレドームを背負った、プテラノドン型飛行ゾイド『プテラス』の偵察仕様機は翼を撃ち抜かれ、錐揉み状態となり墜落してゆく。コクピットキャノピーが弾け飛び、パラシュートが開くのが確認出来た。
 桁外れの索敵範囲と情報処理能力を持つブラウリッターだからこそ可能な、超長距離攻撃。
(これで、辻斬りゾイドの『目』は潰したはず)
 如何に優れた索敵能力を持つゾイドとはいえ、この砂嵐の中で敵機を捕捉する事は難しい。だが、外部から強力な観測機器をもって敵ゾイドが発する反応を探知するならば、話は別だ。
 上空の偵察型プテラスが砂嵐の中の獲物を探知し、辻斬りゾイドにそれを伝える。
 その情報をもって、辻斬りゾイドが獲物を攻撃する。
 これが、辻斬りゾイドが砂嵐の中で獲物の位置を把握できるカラクリ。
(後は、それと同じことをすればいい)
 辻斬りゾイドに対してプテラスがそうしていたように、今度はブラウリッターがリゲルの『目』になる。
『ふふっ』
 索敵レンジを対地モードに切り替えたイリアスの耳に、ラシェルの笑い声が聞こえる。
「……むー、何笑っているんですか、ラシェル」
 いつの間にか『さん』付けが取れて呼び捨てで呼ぶようになった友人に、イリアスは不満げな声を上げた。


 そして、リゲルの狙撃第一射が行われた直後。
「イリアス、射撃評価!」
『背面への命中を確認! 武装の損傷が認められるも、本体は健在です』
 イリアスからの報告の間にも、リアルタイムで位置情報が送信されてくる。狙撃の射線から、こちらの位置も割り出されたか。かなりの速度で接近されていた。
「この速度じゃ、次は当たらないか……!」
 相手は恐らく、高速戦闘ゾイド。位置がばれている状態での狙撃は分が悪い。
『ラシェル!』
「わかってる、接近戦で迎え撃つわ」
 撃たないラシェルを見かねてか、イリアスの少し焦ったような声が聞こえた。彼女を落ち着かせるように、あるいは自分に言い聞かせてか、ラシェルは努めて冷静に言いながら、狙撃銃型デバイスから手を離す。
 自動的に狙撃用FCSが停止し、通常の操縦モードに移行。ラシェルは操縦桿を握りしめ、リゲルを振り返らせる。
 砂嵐の中、接近する白い機影。『目』を排除した時点で逃げられる可能性もあった(その場合はブラウリッターが追跡する計画だった)が、どうやら先ほどの狙撃が効いたようだ。
 背中を向けて撃たれるよりは、狙撃手を排除する方を選んだという事。
「――それは、こっちにとっても好都合!」
 吹き荒ぶ砂塵の中、対峙する二つの機影。リゲルと、そしてもう一方は白い狐型ゾイド。
「シャドーフォックス……? でも、細部が違う」
 リゲルに登録されたライブラリ情報と、目の前の機体を比べる。頭部や肩の装甲形状が、シャドーフォックスの物とは異なる。背部に武装は無いが、よく見れば爆砕ボルトが作動し、武装を切り離した跡があった。先ほどの狙撃が当たったのは、どうやら背部武装のようだ。
「イリアス、こいつが何かわかる?」
 間合いを取りつつ、ラシェルはイリアスに聞く。リゲルが捉えた敵機の姿は、上空のブラウリッターにも共有されているはずだ。
『白い狐型、シャドーフォックスに似ている……? どこかで聞いたことがある、ような』
「わかんないか」
 バッサリ切り捨てた。
『ちょっと』
「無力化して調べれば、正体もわかるでしょ!」
 いずれにせよ、相手の射撃兵装は潰した。よしんば残っていたとしても、『目』は既にブラウリッターに落とされている。距離を取れば、この砂嵐の中ならまず当たらないはずだ。
 リゲルの腹部に追加された固定武装、『AZ20mm二連装マシンガン』のトリガーを引く。小口径の武器だが、この近距離だ。しかも相手は恐らく、装甲の薄い高速戦闘ゾイド。当たれば十分なダメージが期待できる。
「っ、速い!」
 だが、そう簡単にいく事はない。白い狐は恐るべき反応速度で射撃を躱し、距離を詰める。
 単純な速度で、四足の高速戦闘ゾイドには敵わない。振りかぶられた狐の爪が、リゲルに振り下ろされる。
「この!」
 横っ飛びに回避。回り込んで、もう一度腹部マシンガンを斉射。
 着地のタイミングを狙ったにも関わらず、狐型は間髪入れずに跳躍してそれを避ける。
 飛び上がった白い狐、その尾部が金色に閃く。
「――斬撃兵装!?」
 振り下ろされる刃。ラシェルは再びリゲルを跳ばせ、斬撃から逃れる。
 再び間合いを計り、対峙する二機のゾイド。
「……エネルギー反応が無いって事は、やっぱり純粋に刃物として斬ってるわけよね、あれ」
 狐型の尾部に展開している、二振りのブレード。レーザー発振等のエネルギー反応は無い。イリアスの推察通り、純粋な『刀』というわけだ。
「一体どういう素材で作ったんだか」
『素材も気になりますが、それよりも』
「……使い手も、相当な腕って事よね」
 イリアスと言い合う間に、再び狐型が動く。正面からの高速突撃。
「――っ!」
 腹部のマシンガンで迎撃するも、狐型は機体を左右に振って射撃を躱しながら、距離を詰めてくる。
 尾部に閃く、金色の刃。すれ違いざまに切り裂くつもりだ。
「……それを待ってた!」
 ラシェルの予想通りに。
 斬撃兵装を持つ高速戦闘ゾイドの、いわば必殺の一撃。その速度でもって敵の迎撃を躱しつつ接近、すれ違いざまに斬撃を食らわせる。セオリー通りの攻撃。
 それ故に、対処もしやすい。
「ソードライフル、斬撃モード!」
 リゲルの背部に装備された、翼状の武装が左右水平に展開する。『ソードライフル』――その名の通り、セイバリオンで実用化された高周波振動刃と、収束率可変機構を備えた高密度ビーム砲を組み合わせた装備だ。
 展開された刃に気付いてか、狐型ゾイドの挙動が乱れる。だが、双方の距離はゼロ近くまで縮まっていた。止まるにも、躱すにも、足りない。
「――リゲル、切り裂け!!」
 一閃。
 カウンター気味に繰り出されたリゲルの刃が、白い狐型ゾイドの左前後脚部を鮮やかに切り裂いた。
『……敵、沈黙しました』
 上空からの観測を続けていたイリアスが、ほっとしたように言った。
「こっちも確認したわ。……光通信で、降伏するってさ」
『よかったです。プテラスの方のパイロットも、脱出は確認しています』
「じゃ、後は然るべき所に任せましょうか」
 いずれにせよ、砂嵐がおさまるまでは下手に動けない。辻斬りゾイドが余計な抵抗をしないように銃口を向けつつも、ラシェルは少しばかり緊張を解いた。
「……初陣お疲れ様、リゲル。戻ったら、砂洗ってあげるからね」
 ラシェルの労いに答えるように、リゲルは低く唸るのだった。


「あ、思い出しました!」
 ゲイルシティの当局に辻斬りゾイドとその乗り手を引き渡し、預かり屋に戻ったラシェルは、突然叫んだイリアスに思わず面食らった。
「ちょっと、急にどうしたの?」
「シャドーフォックスに似た、白い狐型ゾイドで思い出したんです。以前ティオが話していました。ミラージュフォックス、というゾイドの話」
「ミラージュフォックス……。それが、あの辻斬りゾイドの名前?」
 ラシェルはそう考えたが、どうやら違うらしい。話を聞くに、ミラージュフォックスは実在そのものが不確実とされている一種の都市伝説めいた存在であり、恐らく辻斬りゾイドはそれを再現しようとしたシャドーフォックスの改造機だろう、とイリアスは言う。
「それの実戦テストをしてたって事か。観測機付きってのも、それなら腑に落ちるわね」
「情報が出回るのも良くなかったのでしょうね。だから砂嵐の中で襲撃して、相手は全て殺していた」
 もし負けていたら、自分も殺されていた。そう考えると、今更ながらラシェルの背中に冷たい汗が伝う。
 一体何処の手の者か、気になる事は気になるが、それを調べるのはラシェルやイリアスではない。当局の仕事だ。
「ところでイリアス、何で今の今までその話、忘れてたの?」
「え? えー、っとですね」
 何やら歯切れが悪い。
「じ、実はその、ティオから話を聞いた時は、半分寝ていたと言いますか……」
「……寝てた?」
 イリアスらしからぬ、要領を得ない回答。ラシェルはますます訝しむ。
「寝ながらティオの話を、ねぇ……」
 そして、一つの結論に至る。
「……事後?」
 ぼっ、と音を発しそうな勢いで、イリアスの顔が真っ赤に染まった。
「ち、違います違います! 確かに同衾はしましたけれど、まだそういう行為はしてません!!」
「イリアス、墓穴掘ってるわよ……」
 というか、ティオはいい加減手を出してやってもいいんじゃないか。本人不在の中、またひとつラシェルの中でティオの評価が下がっていった。
 あうあう言い始めたイリアスを宥めつつ、話題を変える。
「……賞金、本当に私が全部貰っちゃっていいの?」
 今回は、イリアスが上空で支援してくれたからこそ勝てた戦闘だった。当然、ラシェルは賞金をイリアスと分けるつもりだったのだが。
「あ、はい。ありがたいことに、お金には困っていませんから」
「この際だから聞きたいんだけど、イリアスってどこでお金稼いでるの……?」
 彼女が暮らしているのは、廃墟と化したテュルク大陸の奥地トローヤの地下神殿である。古代ゾイド人時代の遺構を利用しているとはいえ、リゲルのゾイドコア移植・改造を行えるだけの設備を維持したり、部材を調達したりする資金は一体どこから来ているのか。ラシェル的には大いに気になる所だった。
「えっと、オフレコにしてくださいね?」
「うん」
「……実はですね。ニクスにあるガイロス帝国皇家直轄領の一部が、私の所有する土地なんです」
 割ととんでもない事を聞いた気がする。
「……はい?」
「なので、ガイロス皇家からお金が入るんです」
「……イリアス、あなたマジで何者なの……?」
「ふふっ」
 涼やかな笑みを浮かべる銀髪の少女。彼女自身の謎もさることながら、彼女を異性として好いているティオ・ルタナ・ニーヴもまた、やっぱりとんでもない奴なのだと再認識するラシェルである。
 下がった評価が、上がるわけではないのだが。
「おっ、戻ってたか、ソードスナイパーの嬢ちゃん」
 そうしていると、預かり屋の主人がラシェルに声を掛けた。
「おじさん、どうしたの?」
「いや、何か嬢ちゃんに会いたいって人が来ててな。東方大陸系の、えらい美人さんだったぜ」
「お知り合いですか、ラシェル?」
 イリアスに聞かれて、ラシェルは記憶を辿る。
「……いや、東方大陸の人に知り合いは居ないんだけど」
 出身も育ちもエウロペのラシェルには、東方大陸という遠方に知人は居ない。
「まあいいや、会えばわかるわね」
 預かり屋の主人に案内され入ってきたのは、雑然とゾイドが並ぶ格納庫には似つかわしくない、きっちりとしたグレーのスーツを身に纏う二十代前半と思しき女性だった。艶のある黒髪をショートボブにきっちりと切り揃えた、知的な印象の女性だ。
「初めまして、ラシェル・アトリアさん。私、アズサ・ミナヅキと申します」
「あ、はい。ご丁寧にどうも」
 腰を折って挨拶するアズサと名乗った女性に、ラシェルも返礼。差し出された名刺を受け取ると、そこには『クロスウェザー・セキュリティ』という社名が印字されていた。
「……民間警備会社?」
「はい、そうですわ」
 南エウロペの都市『ニューヘリックシティ』に本社を置くというPMSC(民間警備会社)で、現在は辺境地区の治安維持や警備と現地の自衛組織の教育、そして無人兵器である『スリーパーゾイド』や『キメラブロックス』の撤去を請け負っているという。
「で、その会社が私にどういう用事です?」
「弊社では現在、実戦経験のあるゾイド乗りの人材を求めております。……ラシェル・アトリアさん、是非ともクロスウェザーに来て頂けませんでしょうか?」


 こうして、『ソードスナイパー』ことラシェル・アトリアは賞金稼ぎ改めPMSC『クロスウェザー・セキュリティ』所属となった。
 後に彼女は、西エウロペ大陸グレイラストで新たな戦いに身を投じる事になるのだが……それはまた、別の機会に語られる物語である。



 登場ゾイド紹介



 スナイプマスター改『リゲル』
 ラシェル・アトリアの愛機。ガンスナイパーのゾイドコアを移植し、改造を施したスナイプマスター。



 ブラウリッター
 イリアスの搭乗機。古代種のゾイドコアを用いた特殊なゾイドで、凄まじい索敵範囲と長距離攻撃能力を持つ。



 辻斬りゾイド(ミラージュフォックスもどき)
 民間伝承にある『ミラージュフォックス』を再現すべく、シャドーフォックスを改造した機体。

11/25版 ZOIDS alternative STORYSについて

2017-11-25 00:40:15 | エウロペの片隅から
「お読み頂きまして、ありがとうございました。ここからは、作中にも出演させて頂いた私こと、管理人代行のイリアスと」

「……相方の、出演はしてないけど何か散々な言われようのティオ・ルタナ・ニーヴでお送りします」

「他意はないみたいですけれど、ラシェルから色々言われていましたね」

「半分くらいイリアスのせいだからね!?」

「……なら、早く手を出してくれても良いのですよ?」

「さ、さー早く本題入ろうか」

「むう」

「純粋に新作の文章作品としては、およそ四年ぶり……になるのかな?」

「ストラトダッシュのおまけ編以来ですから、三年と11か月ですね。まあ実質四年ぶりで構わないかと」

「で、だ。表題となってる『ZOIDS alternative STORYS』についての説明だね」

「これは一言で言いますと、シリーズ名ですね。今まで『ストラト時空』とか『ストラトシリーズ』等と呼んでいた時間軸でのストーリー群全てをまとめたシリーズの名称になります」

「……俺とイリアスの話だけなら、それこそストラトシリーズでよかったんだけどね。作中でも示唆してるラシェルの話とか、後はナツキ姉とかアステル師匠の話とかも構想あるみたいで」

「そうなると、『ストラトス・フォール』という括りでは不適切かなと。外部サイトへの掲載も視野に入れますと、余計に」

「今の所、PIXIVやハーメルンへの投稿を想定しているんだっけ?」

「はい。と言っても今すぐではないですし、まず投稿するのはラシェルのお話です」

「……ストラトはオリジナル設定が乱舞し過ぎてて投稿しづらいって言ってたっけ」

「今回のエピソード・リゲルはその前日譚に当たるお話なわけですね」

「そして、ストラト及びストラトダッシュは現在再構築中、と。それぞれ三話構成になる予定」

「ダッシュの方はエピローグが付きます。こちらは完了次第、当ブログに掲載させて頂きます」

「それに伴って、掲載後に改稿前の方は公開を停止するつもり。ご了承ください、との事」

「ちなみに何故『オルタナティヴ』かと言いますと。お気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、ティオ・ルタナ・ニーヴという名前の由来だからです」

「ヴァルハライザーの仮名称が『ブラウリッター・オルタナティヴ』だった時の名残だね。……やー、結構昔の話だよねそれ」

「というわけで、今回はここまでとなります。お付き合い頂きまして、ありがとうございました。それでは皆様、御機嫌よう」

11/8版 再起動……?

2017-11-08 11:02:01 | エウロペの片隅から


「えー……、まさか2年近い間が空くとは正直思っておりませんでした。当ブログ管理人代行のイリアスです」

「昨年初頭の『ストラト完全版』以来の更新となるわけなのですが、まずは当時予定していました『アルフィ・サーガストラトVER.』が完成しなかった理由……と言いますか、言い訳について」

「……すべて『シン・ゴジラ』のせいです」

「あのゴジラの生態と特性が、当方で考える『真オーガノイド』の特性とあまりにも似ていたという理由です」


「それはともかくとして、今回の再起動(仮)に至った理由はこちら」



「ホビコムの方では少し前から出しておりますが、スナイプマスターを作成しております」

「こちらは『ストラトダッシュ』にて登場のラシェルさんの愛機『リゲル』として製作中の機体で、本編エピローグで示唆された改修の結果となります」

「……改修どころか別の機体になっちゃってますけれど、ちゃんとゾイドコアはリゲルのものを移植した設定です。漫画版ゾイドのトルナードやシーザーみたいな出自ですね」

「まだ未塗装状態ではありますが、完成したらラシェルさん主役のスピンオフなども……果たして書かれるのでしょうか」

「ともあれ、また年単位で期間を空ける可能性もありますが……、お暇でしたら、たまにで構いませんので覗いてやって頂けると幸いです」

ストラトス・フォール 登場ゾイド紹介

2016-03-05 00:00:49 | ストラトス・フォール設定類
※それぞれの設定は『完全版』に準拠します。



・ヴァルハライザー(第一話より登場)

 テュルク大陸の遺跡で、トレジャーハンターの少年ティオ・ルタナ・ニーヴによって発見されたワイバーン型ゾイド。
 現行のゾイドとは異なる『古代種』と呼ばれる個体であり、古代ゾイド人文明時代の王朝『トローヤ』の守護竜、その片翼。




・ブラウリッター(第四話より登場)

 ヴァルハライザーと対をなす、トローヤの守護竜の片翼。厳密には、ヴァルハライザーの元となった個体である。
 ティオと行動を共にする少女イリアスには、ブラウリッターのゾイドコアの一部が埋め込まれている。




・ライガーゼロ・アステル(第六話に登場)

 ティオの師匠、アステル・レインの愛機。遠近双方の距離で戦える、独自設計のバランス型CASを搭載している。
 ベースとなっているライガーゼロは中央大陸の研究施設で野良ゾイド化していた個体であり、その出自には謎がある。

設定類への記事追加について

2016-03-05 00:00:31 | エウロペの片隅から
「というわけで、ものすごく今更なのですが登場ゾイド紹介を追加いたしました」

「……ほんとに今更だなぁ」

「実際の所、旧版の掲載当時にはそこまで余裕がなかったという理由もあったのですが、よく考えてみればその後も全くそういった『設定』系の項目を載せていないという事に気付きまして」

「で、今回は『完全版』の主要ゾイドをまとめたと」

「滅茶苦茶簡単に、ですけどね」

「語り出すとそれだけで本編一回分くらいになりそうだからね」

「……久しぶりに『イリアスのゾイド講座』スタイルでやろうかとも思ったのですが、これも文章量が多くなると思い見送りました」

「あくまで『設定』だから、ゾイド一体に対して長々とやるような事でもないしね」

「で、問題となってくるのが『登場人物紹介』になるわけですが」

「……難しいんだよね、正直。『ストラト』本編内の情報も含めて、どの辺までネタバレして良い物か判断に困る」

「細かい設定は詰めてない所も多いですしね。アステルさんの年齢とか」

「ナツキ姉の身長とかね」

「……その辺も含めて、裏話というのも面白いかも知れません」

「需要があれば、だけどね」

ストラトス・フォール完全版 最終話

2016-02-20 00:06:04 | ストラトス・フォール完全版
 乾燥した岩場という足場の悪さにも関わらず、黒を身に纏うライオン型ゾイド――ライガーゼロ・アステルは、ある敵を牙で噛み砕き、またある敵を爪で引き裂き、そしてある敵を主砲のビームバスター・キャノンで撃ち抜く。
「……気合入ってるなぁ、師匠……」
 その様子を、ホエールキング『オールド・クロック』の艦上から、ティオ・ルタナ・ニーヴは眺めていた。
 目的の空域に着いた途端に艦橋に呼ばれ、メインモニターの映像を見てみれば。
「びっくりだよ。ナツキ姉だけじゃなくて、師匠まで……」
「戦闘絡みの仕事は久しぶりと言っていたからね。……それに、ティオ絡みの依頼でもある。そりゃあ師匠も、気合が入るだろうさ」
 後方から飛びかかろうとしたコマンドウルフに対し、ライガーゼロ・アステルは片方のビームバスター・キャノンを真後ろに向けて発射。反対側のキャノンは横に展開して拡散照射、目くらましと牽制にする。
「……それにしても、よくピンポイントで『ここ』を襲撃するってわかったね」
 ティオはふと疑問に思い、そう口にした。
 思想集団『リヴィングス』の過激派による遺跡破壊活動は、当局や各国の軍ですら情報の把握が難しいレベルの神出鬼没さで行われている。にも関わらず、ナツキ達『古き風の音』はこのオリンポス山襲撃を事前にキャッチし、網を張る事に成功していた。
「私も詳しくは知らないけど、財団の上層部には軍との繋がりもあるみたいだからね。とはいえ、今回は運が良かった」
「……丁度、師匠がエウロペに居てくれたおかげか」
 ティオとナツキのダウジングの師、アステル・レインはフリーのゾイド乗りであり、その仕事は戦闘から土木工事まで、おおよそゾイドを用いたものなら何でもござれ、というスタンスを取っている。活動拠点も特に定まっていないため、今回彼女が西方大陸に居たのはティオ達にとって幸運だったと言える。
 そうこうしているうちに、モニターの中ではライガーゼロ・アステルが過激派の襲撃部隊を粗方制圧し終えていた。その様子を確認し、『オールド・クロック』からは保安部隊が降下を開始する。
「……さて」
 それに合わせて、ティオもブリッジから格納庫へ向かう。ヴァルハライザーで、地上に降りるのだ。
 果たして、ここでティオが求める情報を入手出来るか否か。


「ひっさしぶりですー、ティオ!」
 黒と金が入り混じった髪の、長身の女性――ティオの師匠であるアステル・レインは、ヴァルハライザーから降り立ったティオの姿を認めた直後、駆け寄って思いっきり抱き寄せた。
「わぷっ!?」
「……ああ、やっぱりティオくらいが抱きやすくって丁度良いです。戻ってきません?」
 女性としては長身なアステルがティオを抱き締める場合、小柄なティオの頭は丁度良い具合に彼女の豊満な胸に押し付けられる事になる。割と本気で、ティオは呼吸困難に陥りかけていた。
「……し、師匠……、その辺で」
「えー、折角の再会なんですから、もう少しスキンシップしましょうよー」
 口ではそう言いながらも、アステルはティオを解放する。若干不満げではあったが。
「……うん、良い顔になってますね」
「師匠?」
「何があったかは聞きませんよ。そして私の『仕事』は今、終わりました。ここからはティオ、貴方のターンです」
 ぽんぽんと、背中を叩かれる。
「……でも、本当に困った事になったのなら、私にでもナツキにでも、いつでも話しなさい。ちゃんと、助けに行きますからね」
「……ありがとうございます、師匠」
 同じような事を、少し前にナツキからも言われていた事を思い出す。
 敵わないな、とティオは感じた。師匠から離れて一人旅を続けて、少しは成長したと思っていたが、どうやらそんなでもなかったらしい。
「で、ティオの欲しがってた情報ですけども」
「あ、はい」
「確定じゃないですが、とりあえず連中から聞き出せました。……北、ですね」


 テュルク大陸上空。訪れる者の絶えた地の空は、往く者も遮る者も存在しない。
 ――はずの澄み切った空を、一条の閃光が引き裂いた。
 二回、三回と閃光が迸る度に爆発が生まれる。その炎と煙を切り裂いて、空を往く一団があった。
 過激派の武装勢力である。ドラゴン型飛行ゾイド『レドラー』を中心に、アーケオプテリクス型『シュトルヒ』や翼竜型『プテラス』で構成された混成部隊。
 数日に渡り、テュルクからデルポイにかけて目撃情報のある古代種と思しきゾイドを破壊する事が、彼らの目的であった。
 彼らが目指すのは、はるか彼方から正確無比な砲撃を繰り返す白亜の竜――ブラウリッターだった。既に僚機が墜とされているにも関わらず、彼らの動きに躊躇いは見られない。ひたすらに距離を詰め、有視界の格闘戦に持ち込もうとしているのだ。
 ブラウリッターの装備する胸部荷電粒子砲はかなりの長距離からの精密射撃が可能であり、掃射すれば空を薙ぐ光の剣となるようなシロモノである。しかし当然、一射で撃墜出来るのは射線に入った機体のみで、多くの場合は一機だけ。故に、反古代文明主義者の航空部隊は、犠牲を出しながらも距離を詰める事に専念していた。
 巴戦に持ち込めば、あの大火力は用をなさなくなる。
 そして部隊の半数に及ぶ八機の犠牲を払った時点で、ついに彼らはブラウリッターを捉えた。
 一撃離脱を得意とするレドラーが、尾部のレーザーブレードを閃かせてブラウリッターに突撃する。軸線をずらして回避するブラウリッターに向けて、下方からシュトルヒが必殺の『バードミサイル』を撃ち込んだ。二発。ブラウリッターは急上昇、強烈な羽ばたきを実行する。
 機体を軋ませ、円軌道を描きながらブラウリッターは急降下に移る。急激な軌道変更に、バードミサイルは目標を見失い迷走。その隙を縫ってブラウリッターの空対空ビームバルカンが火を噴き、シュトルヒが二機、墜ちる。
 また一機、別のレドラーがブラウリッターの背後に着いた。固定装備として火器を持たないレドラーだが、反古代文明主義者達に提供されたこの機体には、機首下にバルカンバッグが装備されている。
 背後からの射撃、しかしブラウリッターは冷静に軸線を外し、射線から逃れる。
 レドラーを操縦するゾイド乗りには、血の通った相手と戦っている感覚が無かった。それほどに、ブラウリッターの射撃と機動は正確であり、また機械的だった。
 背後に着いた時、人の乗っている相手ならば、そこから逃れようと何かしらの動きを見せるものだ。旋回する者もいれば、下降して振り切ろうとする者もいるし、一か八かの反撃に出ようとする者もいる。
 なのに、対峙している白亜の竜からは、そういった『乗り手の存在』が一切、感じられなかった。どこまでも冷静に、自身に向けられる攻撃を捌き、僅かな隙をついて攻勢に出る。全く感情を感じさせず、機械のように。
 彼の背を、冷たい汗が伝った。
 このまま戦っていては、間違いなく全機、墜とされるだろう。残存機体は六機、レドラーが二とプテラスが三、シュトルヒが一。
 各機体に指示を飛ばし、勝負に出る。
 レドラーが二機がかりでブラウリッターの上を押さえ、シュトルヒが相撃ち覚悟で真正面からバードミサイルを撃ち放った。正対していたブラウリッターの荷電粒子砲が矢継ぎ早に速射され、バードミサイルごと射線上のシュトルヒを火達磨に変える。
 彼らが狙っていたのは、その瞬間だった。
 残存する三機のプテラスが、斜め後方からシェブロン(三角編隊)を組んでブラウリッターに突撃する。頭をレドラーに押さえられているブラウリッターは降下して振り切ろうとするが、同じく降下して食い下がるプテラスの編隊を引き離せない。
 プテラスが、機首のバルカン砲を放つ。一撃必殺の武装では無いが、それでも三門たばになれば、その威力は跳ね上がる。当たれば、まず助からない。
 旋回し、ブラウリッターが射線から逃れる。しかしプテラスの編隊も負けじと追いすがる。高速での降下に加え、この低空では彼我の運動性能に存在する差は殆ど無くなっていた。
 あと少し。残弾が尽きる前に届く。
 彼らの意識が、ブラウリッターに集中した――その瞬間。
 はるか遠方から放たれた閃光が、プテラスを三機まとめて飲み込み、爆炎と化した。


「――間に合った!」
 ブラウリッターに追いすがる三機のプテラスをギリギリのタイミングで墜としたティオは、すぐに意識を高空のレドラーへと切り替える。
 アステル・レインがオリンポス山で過激派から入手し、ティオ達に伝えられた情報――テュルク大陸でのテロ活動の情報――によれば、航空部隊の戦力は十六機。
(……半分以上をブラウリッターが墜とした、って事か)
 ティオの肌が粟立つ。
 だが今は、その前に。
「……あんた達に恨みは無いけど、押し通させてもらう!」
 上空で警戒体勢を取り続けるレドラーに、集中する。
 二機のレドラーが、ほぼ同時に散開した。左右からヴァルハライザーに攻撃をかける。
「――右!」
 ほんの僅か、距離が近い方に、ティオは迷わずヴァルハライザーを突撃させた。
 突っ込み速度でレドラーに敵うゾイドは、ごく僅かしか存在しない。だからこそ相対する敵も、自信を持ってヴァルハライザーの正面から突撃をかけてくる。
 だが、ヴァルハライザーは他の飛行ゾイドが持ち得ない、特殊極まりない機体制御システムを有している。
 空中での戦闘速度は、極めて速い。双方の距離が一瞬にして詰まり、交錯する、その瞬間。
 半ばから割れたヴァルハライザーの主翼がクローアームに変わり、レドラーの背中に突き刺さる。
「……ぅ、おおぉぉッ!!」
 そのまま機体を振り回し、ほんの僅か到達の遅れたもう一機のレドラーに向けて、放り投げた。
 二機のレドラーが凄まじい速度で激突し、砕け散る。
 漆黒の竜が、白亜の竜に向き直った。
「――イリアス」
 ここからが、本番。
「……ついてこい、ブラウリッター!!」
 漆黒の竜が、咆哮する。
 白亜の竜が、咆哮する。
 二頭の竜は、ほぼ同時に上昇を開始した。


「ヴァルハライザー、並びにブラウリッター、上昇を開始しました」
 その様子を、同じ空域で『オールド・クロック』が観測していた。艦橋ではオペレーターからの報告を、ナツキが複雑な表情で聞いている。
「強度の生体電磁波が、両機から発生しています」
「高度、一万五千メートルを超えました。尚も上昇中……」
 食い入るようにモニターを見つめるナツキの肩が、ぽんと叩かれる。
「――不安ですか?」
 振り返れば、優しげな表情を浮かべてアステルが立っていた。
「いや……、そういうわけでは……」
「……大丈夫ですよ。ティオはちゃんと、戻ってきます」
 全てわかっていると言わんばかりに、アステルはナツキの言葉を先取りして、言う。
「私達が伸ばした手で、ティオを助けました。今度はあの子が手を伸ばして、誰かを助けに向かってます。……そして、いっしょに戻ってくる。私達のところに、ね」
「アステル師匠……」
「どーんと構えなさい、ナツキ・シノミヤ。貴女はティオのお姉さん、でしょ?」
「……そしたら、師匠はお母さんだね。これからは、そう呼んだ方が良いかい?」
「ありゃりゃ、これは一本取られましたね」
 ナツキにもわかる。不安なのは、アステルも同じなのだろう。だからこうして、冗談めかして話して、その『先』の事を考えている。
 ティオが助けようとしている、彼の大切な存在。それは、どんなヒトなのだろうか、と。
「……両機、高度二万五千メートルを突破! 上昇を続けています……!」
 視線をモニターに戻す。漆黒と白亜、二頭の竜は互いに交錯しながら、尚も空を駆け上がる。雲を突き抜け、どこまでも高く。
「……もう間もなく、成層圏に届きますね」
 ぽつりと、アステルが呟いた。
「まるで、成層圏に落ちて行くような……、そんな感じです」
 上下を百八十度入れ替えてみれば、違和感無く、そう見えるほどに。
 ヴァルハライザーとブラウリッターは、迷い無く空を駆け上がる。


「――もっとだ、ヴァルハライザー……! もっと高く!!」
 ヴァルハライザーの機体が軋む。強烈な加速に、息が詰まりそうになる。それでもティオは、ヴァルハライザーは、上昇を止めない。
 遮る物の無い、もっと高くの空へ。
「っ、ぐ……!!」
 高度が上がる度に、空気が薄くなる度に、互いに発する生体電磁波によって形成される記憶共有の強度が強くなる。
 今なおイリアスを苛む、滅びの記憶がティオの脳裏によぎる。
 燃え盛る炎。崩れ落ちる建造物。誰かの名前を叫ぶ、銀髪の少女。
「――もう、いいだろッ!!」
 叫んだ。
「もう充分、苦しんだだろう!? これ以上、独りで抱え込むな!!」
 苦しんで、苛まれて、悲しんで、嘆いて。
 ずっと押し殺して、イリアスは生きてきた。
「イリアス!!」
 ブラウリッターの加速が、僅かに鈍った。
 ティオの声に、反応したかのように。
「――今!」
 躊躇無く、ヴァルハライザーを突っ込ませる。
 両翼をクローアームに変形させ、ブラウリッターの機体ごと抱き抱えるように、接触する。
「……ヴァルハライザー!!」
 記憶領域の、完全リンク。
 強烈な炎のイメージと共に、ティオの意識が一瞬、飛ぶ。


「……ここは……?」
 気がつくと、そこに居た。
 燃え盛る炎。崩れ落ちる建造物。その先に屹立する、黒い巨大な影。
 絶望的なまでの、破壊の光景。
「テュルク大陸、トローヤ王都。その、最期の光景です」
 背後から声が聞こえた。ずっと聞きたかった声。振り返る。
 炎に照らされて輝く銀色の髪。赤く紅い世界の中ではっきりと見える、澄んだ青い瞳。
 イリアスが、そこに居た。
「……駄目。来ては駄目です、ティオ」
 駆け寄ろうとしたティオは、制止の声に踏みとどまる。
「どうして」
「ここは、私の記憶です。……ずっと目を背け続けてきた、私の記憶」
 目を伏せて、イリアスは語る。その声は驚くほど平淡で、冷たかった。
「守れなかったのです。ここ、トローヤ王都だけではなく、この惑星の、この世界、全てが、今日この日、滅び去りました」
 イリアスの指が、屹立する黒い巨大な影に向けられる。
「……後年、ゼネバス帝国がその姿と名前を模した戦闘機械獣を開発しました。あれは、その原型となった存在。真祖(オリジナル)デスザウラー」
 黒い影が咆哮し、巨大な口腔から光の渦が吐き出された。飲み込まれた建造物が、一瞬で原子レベルに分解され、蒸発する。
「守らなければ、ならなかったのです。トローヤの竜王として、守護竜の依代として。……けれど、守れなかった」
 黒い影が、歩を進める。後に残るのは、炎と、黒煙と、瓦礫と、そして死に行く者達の声無き声。
「……守れなかったのです、私は。何もかも……!」
 風に巻かれて、炎がティオとイリアスの間を遮る。
「私はこの身体に、古代種のゾイドコアを埋め込まれています。だから、死ぬ事も出来なかった。……ずっと、この滅びを見続ける事しか出来なかった」
 炎の勢いは増す一方で、イリアスの姿が少しずつ、霞んでゆく。
「……そしていつしか、目を背けるようになりました。心の奥に、この記憶を封じ込めて」
 それは、ティオも同じだった。
 なのに。
「だからこれは、罰なのです。トローヤを守れなかった私への、目を背け続けてきた私への、罰……!」
 そんな事を言うから。
「……違うよ、イリアス」
 はっきりと、否定してやる。
「ティオ……!?」
 炎の中を、イリアスの所へ向かって進む。
 熱い。記憶領域に再現された仮想空間であるはずだが、炎は現実の熱さをもってティオに襲い掛かる。
 それでも。
「罰じゃない。これは、イリアスが乗り越えなきゃいけない記憶だ」
 振り払って、進む。
「駄目、ティオ……! 来ないで!」
「嫌だ!!」
 イリアスの場所まで。
「もう充分だろう!? こうなる前にだって、君はずっと苦しんでいた! 悲しんでいた!! だから、あの時に俺を励ましてくれたんじゃないか!!」
 思い出すのは、ニクス辺境の街で夜を共にした時。悪夢に――両親を失った時の記憶に魘されていたティオを励ましてくれたのは、イリアスだった。
「……そう、そうよ。だって、そうしなきゃ! 私が、この滅びを止められなかったのだもの!! 忘れる事なんて、出来るわけ無いじゃない……!!」
「それが普通なんだよ、イリアス! 誰だって、つらい記憶からは逃げ出したくなる。俺だってそうだよ! イリアスが居てくれたから、ようやく向き合えたんだ!!」
 ヴァルハライザーとの精神感応によって暴走したティオを救ったのは、他でもないイリアスだ。
「それじゃ駄目なの!! 私のせいで、たくさんのヒトが死んで、なのに私は死ねなくて……!! だから、これが罰なの! 私は許されちゃいけないから! ずっと逃げて来た私への罰、ここで、この滅びを見続ける事が……!!」
「……じゃあなんで、イリアスは俺を助けてくれたの!?」
「そうしなきゃいけないと思ったから!! あなたの血を残してほしいと……ッ!!」
 激情のままに叫んでいたイリアスが、口をつぐんだ。
「……やっぱり、そうだったんだね」
 記憶を共有したティオは知っている。否、知ってしまった。自分がヴァルハライザーを動かせる、厳密には使役出来る理由。
 ティオが、かつてヴァルハライザーを使役していた『竜使いの民』の末裔であるから。
 そして古代に、イリアスが唯一心を許していた人物――シーヴァの血を引く者だから。
「……最初は、そうじゃなかったの。でも、いっしょに過ごすうちに、あなたのの中にあの人の面影を見てしまった。一度気付いたら、抑えきれなくなって……!」
「イリアス……」
「嬉しかったの……! 彼が、シーヴァが血を残してくれた事が! けど、あなたはティオ・ルタナ・ニーヴで、シーヴァじゃないって、わかってたのに……!!」
 風が凪いだ。炎が僅かに、勢いを失う。ティオは一気に、イリアスとの距離を詰めた。
「……もういいんだよ、イリアス」
 そして、抱き締める。今にも壊れてしまいそうな小さな身体を、両腕で大切に抱えた。
「もういいんだ。全部、知ってるから。イリアスのせいじゃない、って事も。俺を通して、イリアスが誰を見ていたのかも。俺は全部、わかってるから」
 小さな背中を撫でながら、繰り返す。
「……だから、もういいよ、イリアス。ひとりで苦しまなくていい。許すから。みんな、許してくれるから」
 強張っていたイリアスの身体から、少しずつ、力が抜けていく。
「つらい記憶なら、俺がいっしょに背負う。怖いなら、手を引いてあげる。だから……、いっしょに戻ろう?」
「……無理、です。だって、こんなの、重すぎる……! ティオには、わからない……!!」
「わかるよ。……イリアスも言ったじゃないか。つらさそのものはわからなくても、つらい記憶を思い出した時に、どういう気持ちになるかは、わかるって」
「……!」
 ティオとイリアスの、共通する記憶。
(――「私のつらさと、ティオのつらさが同じかどうかは、わかりません。でも、そういう夢を見た時に、どんな気持ちになるかは、わかりますから」――)
 一字一句、間違えずに思い出せる。あの時ティオは、その言葉にどれだけ救われたか。
 イリアスの抵抗が弱くなる。そっと、ティオは手を緩めた。
「……それに、俺だけじゃない。ほら」
 ティオとイリアス、二人だけが存在する仮想空間に、もう一人。
 黒衣に身を包み、長い黒髪を二つに括った、海のように深い青色の瞳の少女。
「……ヴァルハライザー……?」
 ヴァルハライザーの、対人コンタクト用仮想人格。
『わたしはずっと、後悔していました。あの時、戦友シーヴァの願いに逆らってでも、あなたをあの場から逃がしてはならなかったのかも知れない、と』
 黒衣の少女は目を伏せたまま、僅かに声を震わせる。
『……それでも、わたしはあなたを守りたかった。シーヴァがそう望んでいたから』
 少女が顔を上げる。彼女の海のように深い青色の瞳が、イリアスの空のように澄んだ青い瞳に向けられる。
『シーヴァは、あなたに生きていて欲しいと願っていました。遠い未来でもいい、いつかあなたが、笑っていられるように、と……』
 静寂が、仮想空間を支配する。
「……――!」
 聞こえないほどの、小さな声で。イリアスはその男の名を、呟いた。
「……俺も同じ気持ちだから。イリアスには、笑って欲しい。いつか、ちゃんと心から、笑えるようになって欲しい」
「……いい、の? 私は、許されて、いいの?」
「誰が何と言おうと、イリアスが自分を許せなくても、俺は許すよ」
「笑えるようになって、いいの?」
「……うん」
 どん、と衝撃。イリアスが、ティオの胸に顔をうずめた。
「ごめんなさい……! 私、今どうしていいか、わからないの……!」
「……これからゆっくり決めればいいよ。だからさ」
 そっと、ティオはイリアスの肩を抱き、向き合う。
「いっしょに、戻ろうか」
 ……泣き笑いの表情で、それでもハッキリと。イリアスは頷いた。


 それから、色々な事があった。ナツキやアステルにイリアスを紹介し、クリスハイトに可能な限りの情報提供(流石にイリアスの素性は伏せたが)をして、他にも諸々なあれそれを片付けて、数日後。
「……ここが、トローヤ王都」
「の、跡地です。……地下神殿郡はまだありますけれど、地上はもう、ただの荒地ですね」
 ティオとイリアスの二人は、トローヤ王都跡を訪れていた。二人を見守るかのように、漆黒の竜と白亜の竜が背後に聳えている。
 乾燥した大地が広がる、極寒の土地。
 かつてはここに、栄華を極めた古代文明が存在していた。
 そこで、イリアスは生きていた。
「……今まで私は、ずっと囚われていたのですね」
 イリアスが、握っていた手を広げる。そこには三枚の、不明瞭な紋様が刻まれた青いメダルがあった。
 エレミア砂漠の遺跡と、そしてもう一枚は奇しくもオリンポス山の遺跡。それぞれに残っていた、古代の記録が収められたメダル。あの後、ティオはイリアスとの約束通り、このメダルを探し出した。
 訝しげにその様子を眺めるティオを他所に、イリアスは再びメダルを握り締めると――その手を大きく振りかぶって、三枚のメダルを投げ捨てた。
「ちょ、イリアス!?」
「縋りたくなってしまいますから。持っていたら、きっと」
 冷たい風が、イリアスの銀髪を揺らす。
「……『過去』にしなくては、あなたに失礼だもの」
 そして、イリアスがティオに向き直った。
「ティオ。非礼を承知で……、前言を撤回させて頂きます」
 真っ直ぐに、空のように澄み切った青い瞳がティオを見つめる。
「これからも……、あなたとといっしょに居させて下さい」
 その言葉が、かつてヴァルハライザーの機上で聞いた質問への答えであるとティオが気付くまでに、少しばかりの時間を要した。
「……そっか。ごめん、俺、これからどうするかなんて、何も考えてないや」
「これからゆっくり、決めればいいです。……二人で、ね」
 仮想空間で言った台詞をそのまま返され、ティオは苦笑した。
「うん。……それじゃイリアス、行こうか?」
「――はい!」
 満面の笑みで、イリアスが答える。その表情からは、かつてティオが感じた小さな違和感は、微塵も感じられない。何より、
「……ティオ? 何だか顔が赤いですよ?」
 向けられたティオが思わず赤面してしまうほどに、綺麗だった。


 おわり。

完全版 最終話あとがき

2016-02-20 00:05:52 | エウロペの片隅から
「……これにて、『ストラト完全版』の掲載は終了となります」

「何だろう、最終話……思ったよりも変わってない?」

「はい。当初は第五話などと同様に、ある程度を残して書き直す予定だったようなのですが……出来なかった、と」

「……確かに、ある意味『ストラト』って話の全てだもんね、この最終話は。無理に書き直すよりは、この方が良いか」

「なので、これまでの展開から来る細かい矛盾点だけ解消した形となります。あまり多くは語りませんので、是非とも本編をお読み頂ければ」

「で、結局イリアスが何者なのかという部分までは到達しなかったね」

「……はい、恥ずかしながら。なので、もう一本エピローグ兼種明かし的なお話を予定しています」

「本編中で、イリアスが言った『守護竜の依代』ってのがキーワードだね」

「掲載はまた少し先になるかと思いますが、こちらもお付き合い頂ければと思います」

「その話が、次回作に繋がる……予定。今のところは」

「……ご主人様が『フレームアームズ・ガール』のマテリアを買ってきていましたね、そういえば」

「あれ、パッと見の外見がちょっとイリアスに似てるんだよね。変な方向に行かなければいいけど」

「相も変わらず、予定は未定ですけれども。それでは、今回はこのあたりで」

「お読み頂き、ありがとうございました」

ストラトス・フォール完全版 第五話

2016-02-05 00:16:00 | ストラトス・フォール完全版
 感じたのは、悲しみと後悔だった。
(――「……もし、もう一度やり直せるのなら、今度は……」――)
 屹立する、黒い巨大な影。その頭頂部、コクピットに座す翡翠色の髪の男は、身体の大部分を異形に飲み込まれていた。
(――「今度、なんて……! まだ間に合います、シーヴァ! 早くこっちに!!」――)
 対峙するのは、漆黒と紺碧の竜――ヴァルハライザー。
 コクピットを開き、向き合って手を伸ばす銀髪の少女。しかし男は、その手を握ることなく、振り払った。
(――「もはや手遅れです、イリアス様。……あなたは、ここに居てはいけない」――)
 男の意思に従うかのように、ヴァルハライザーがコクピットを閉じる。
(――「駄目! やめなさい、シーヴァ……やめて!!」――)
(――「私は、あなたに会えて……良かっ」――)
 最後の言葉を言い終える前に、男はコクピットを埋め尽くす異形に飲み込まれる。
(――「……シーヴァ!!」――)
 少女の悲痛な叫びが、空に響く。
 黒い巨大な影が、咆哮する。口腔から吐き出された光の渦が、眼下のすべてを飲み込んでゆく。
 燃え盛る炎の中、ヴァルハライザーが飛ぶ。
(――「戻りなさい、ヴァルハライザー! あなたの主は私です……!!」――)
 主の叫びを受け止めながら、それでもヴァルハライザーは飛ぶ。
 戦友の願いを、今まさに、黒い巨大な影に飲み込まれた男の願いを、守るために。
(――「戻りなさい! 戻って!!」――)
 主たる少女を、この場から逃がすために。
(――「私を、ひとりにしないで!!」――)


 ぼんやりと、ティオの意識が覚醒していく。これは夢だが、ティオの夢ではない。
(イリアスの、記憶――)
 断片的に流入する、記憶にない記憶。それは、ヴァルハライザーとブラウリッターの間で行われた記憶領域の共有によってティオに流れ込んだ、イリアスの記憶。
「――っ、ここは……」
 そこまで理解したところで、ティオの意識は現実に戻った。
「気がついたかい? 全く、まさか君があんな所に居るなんて思わなかったよ」
 聞こえてきたのは、どこか呆れた調子の、しかし懐かしい少女の声。
「……え、あれ? ナツキ姉……?」
 声のした方を振り返ると、くすんだ灰色の髪を肩まで伸ばした十代半ばほどの少女が、特徴的な暗い赤の瞳で、ベッドに横たわるティオの顔を覗きこんでいた。
「そうだよ。君の姉弟子、ナツキ・シノミヤだ。……そろそろしゃきっとしてくれないか、ティオ・ルタナ・ニーヴくん?」
 孤児院『ホワイトロータス』にて、ティオと良く行動を共にしていた――というよりは、塞ぎこみがちなティオの世話を焼いていたのが彼女、ナツキ・シノミヤだった。ティオの師である女性にダウジングを教わっていたのも元々はナツキの方であり、ティオはそれを真似て同じようにダウジングを習い、いつの間にか師匠の旅路に巻き込まれ、現在に至るのだった。
 一方で、ナツキは考古学者を志し、現在は師匠の伝手もあってか民間財団『古き風の音』で働いている。
「……とりあえずナツキ姉、ここ何処?」
「財団所有のホエールキング、艦名は『オールド・クロック』の医務室だよ」
 起き上がって、周囲を見回してみる。白を基調とした内装に、医療器具。ナツキの言う通り、医務室で間違いなさそうだ。
「何で、そんな所に……」
 居るのだろうか、疑問を口にしたティオを遮るように、医務室の扉が開く。
「目が覚めたようだね」
 入ってきたのは、白衣を身にまとった長身痩躯の男性だった。細いフレームの眼鏡の奥、一見すると柔和そうな眼の奥には、どこか底の知れない深さも見える。
 この感じを、ティオは何となくだが知っていた。
(……師匠に、似てる?)
 訝しげな視線を向けるティオの事を気にしていないのか、男はティオに名刺を差し出す。そこには『古き風の音 古代遺物研究課主任 クリスハイト・ロー』と記載されていた。
「師匠の知り合いで、今の私の……上司? だよ、ティオ」
「……何故そこで疑問符が入るのかな、ナツキ君」
 名刺を受け取ったティオは、目の前で繰り広げられるやり取りにどう反応していいものか混乱する。それを感じてか、クリスハイトという白衣の男性は咳払いの後、切り出した。
「F-G遺跡……エレミア砂漠のあの遺跡だが、発掘調査隊からSOS信号が発信されていた。丁度、僕たちはこの艦と共にガイガロスに居てね。保安部隊と共に駆け付けたんだ」
 民間財団『古き風の音』は、元々は古代遺跡並びに遺物の保護・調査を目的として設立された組織であり、当然非武装だった。しかし近年では思想団体『リヴィングス』の過激派による破壊活動が活発化している事もあり、自衛目的での武装を各国から承認されていた。特に設立に関わったガイロス帝国の資産家――ムルジム・セイリオスが帝国軍とのパイプを持っていた事から、大型輸送艦『ホエールキング』を含む装備の払い下げを受けている。
「……残念ながら、調査隊の生存者は発見できなかった。代わりに、遺跡の付近で発見したのが、君と……」
 話しながら、クリスハイトがベッドサイドのモニターを操作する。
「このゾイドだ」
 映し出されたのは、格納庫――恐らくこのホエールキングのメインハンガー――に、その身を横たえる漆黒と紺碧の竜。
 ヴァルハライザーだった。
「数日前、このゾイドと思しき目撃情報がニクスで報告されている。また、SOS信号が発信された後の事だが、このゾイドがF-G遺跡に向かって飛行する姿が観測されている」
 モニターが切り替わり、観測機が撮影したヴァルハライザーの飛行映像が映る。
「……さて、ここからが本題だ」
 続いてモニターに映し出された映像に、ティオの心臓が大きく跳ねる。
「僕たちが現場に到着する直前に、この空域から北に飛び去る機影が確認された」
 遠方からの撮影を拡大したもので、画像はかなり荒い。しかしはっきりと、機首を北に向ける白亜の竜――ブラウリッターの姿が映っていた。
「君が乗っていたゾイドと、このゾイド。どちらも各国のデータベースに存在しない機体だ。そして、それを狙っている連中が居る」
 クリスハイトの言葉を、どこか他人事のようにティオは聞いていた。ヴァルハライザーと、そしてブラウリッターを狙っているという存在。聞かされても、実感が湧かない。
「……リヴィングスの過激派だ。奴らはこの二機を『古代種』であると断定し、捜索しているという情報が入った」
 しかし具体的な名前が出たことで、少しずつティオの思考が回転し始める。
「この二機が古代種であろうとなかろうと、過激派の破壊活動に巻き込むわけにはいかない。……そのために、君には知っている事を話してほしい」
 そう言って、クリスハイトはモニターの電源を落とす。
「……だが、今はまず身体を休める事だ。後でナツキ君に、食事を持ってこさせよう。足りない物があれば、遠慮なく言ってくれ」


 ベッドに仰向けで寝転がったまま、ティオは天井を見つめていた。
(……俺がいっしょに行こうなんて言わなければ、こんな事にはならなかったんだろうか)
 ずっと、そんな事を考えている。
 身体の方は、極度の疲労。それ以外に異常はなかった。時間が経つにつれて、思考も明確になってきた。
(だとしたら、俺は……)
 底なし沼にでも沈んでいくような思考を遮って、扉が開く。
「入るよ、ティオ」
 食事の載ったトレーを持って、ナツキが医務室に入ってきた。手際よくベッドのサイドテーブルを組み立てて、トレーをそこに置く。
「食べられそうかい?」
「……ん」
 ティオは上半身を起き上がらせて、頷いた。正直な所、食欲はこれっぽっちもなかったが。
「……正直、驚いたよ。君があんな所に居て、あんなゾイドに乗っているなんてね」
「ごめん、ナツキ姉。心配かけて……」
「そう思うなら、姉としては何があったのか……話してほしい所かな?」
 おどけたような口調のナツキだが、ティオを見つめる目は笑っていない。要らぬ心配をかけた、というより現在進行形でかけているという自覚もあって、ティオはゆっくりと口を開く。
「……助けたい人が居るんだ」
 ここに至る経緯を説明しようとして、しかしティオの口をついて出てきたのは、まったく違う内容だった。
「その人は、出会ったばかりの俺の事を助けてくれた。そのせいで、自分が苦しむって事も、多分……わかってた」
 確証があるわけではない。だが、あの時。仮想世界で聞いた、イリアスの言葉。
 あれはきっと、本当は。
「……その人は、今も苦しんでる」
 恐らくは、その時からずっと。
 ティオとの記憶共有は、きっかけでしかない。
「だから……、助けてあげたいんだ。その人の事」
「……なるほど」
 ティオの言葉を聞き終えて、ナツキが椅子から立ち上がる。そして、ティオが寝かされていたベッドに腰かけた。
「ナツキ姉……わぷっ」
「……師匠ほど気持ちよくないかもしれないが、そこは容赦してくれたまえ」
 そして、困惑するティオの頭を胸に抱き寄せる。
「助けてあげたい。けど、そんな資格が自分にあるのか。迷ってる……そんな所かな?」
 口に出さなかった心中を見事に言い当てられ、ティオは少なからず驚いた。
「……すごいね、ナツキ姉」
「何年、君の姉をやっていると思う? ……らしくないよ、私の弟」
 ティオを抱き寄せたまま、ナツキは穏やかな口調で続ける。幼子をあやすようなその口調に、ティオは自身の幼少期を想起していた。
「失くすのが嫌だから、二人して師匠に教わっただろう、ダウジングを。失くしても、探し出せるように」
 優しく背中を撫でられる。
「手を伸ばせばいい。君が助けたいと思うなら、助けてあげるんだ。私達も、ちゃんと手伝うから」
 ナツキの言葉を聞きながら、少しずつ、ティオの意思が固まってゆく。
 それと同時に、強烈な空腹感がティオを襲った。胃が収縮する音が、医務室に響く。
「……さ、私の話はおしまいだ。さっさと食べて、もうひと眠りすると良い」


 眠りについたティオが次に目を覚ましたのは、真っ白な空間だった。
 その中に立つ、ひとりの少女。長い黒髪を後ろで二つに括り、漆黒のマントに身を包んだ彼女の瞳は、海のように深い青色。
 不思議と、ティオはその少女が何者なのか、すぐに理解出来た。
「……ヴァルハライザー?」
『そう。……正確には、対人コンタクト用のインターフェイス、仮想人格だ』
 この空間は、ヴァルハライザーの空きメモリに形成された仮想空間。そして目の前の少女は、ヴァルハライザーがティオとコンタクトを取るための仮想人格だった。
「やっぱり。イメージ通り、かな?」
『……む』
「生真面目そうっていうか、堅物っていうか」
 ティオの評価に、ヴァルハライザーの化身たる少女は少しばかり、不満げだ。
「……だから、怒っていたんだろう?」
 しかし、続いたティオの言葉に思わず、目を丸くする。
『どうして……、そう思う?』
「不思議だったんだ。おまえといっしょに戦っていると、覚えのない怒りが湧いてきて。……あれは、おまえの怒りだったんだ。イリアスを救えなかった、おまえの」
 ゾイドは、金属生命体。ただの機械ではなく、意思を持つ存在だ。
 その怒りが、ティオの心にも作用したのだ。
「イリアスの心を救えなかった、おまえの怒り」
 少女がうつむく。そして、絞り出すようにして口を開いた。
『……あなたの言う通りだ。わたしはあの時、彼女の心を救えなかった。彼女が守ろうとしていたものを、何ひとつ……守れなかった』
 小柄な身体を震わせて、少女は言葉を続ける。
『そして、今も……。彼女はあなたを助けたかった、それだけだったのに!』
「……うん」
『何故だかわかるか、ティオ・ルタナ・ニーヴ!? どうして、彼女があなたを助けようとしたのか……!!』
 涙混じりの声で、少女はティオを詰問する。
 その問いの答えを、ティオは知っていた。イリアスとの記憶共有によって流れ込んだ、彼女の記憶。その中に、答えがあった。
「……俺は、かつておまえと共に戦っていた『シーヴァ』って人の、末裔なんだろう?」
 気を失っていた間に垣間見た、夢という名のイリアスの記憶。その中で、黒い巨大な影に飲み込まれていった、翡翠の髪の青年。
 イリアスが『シーヴァ』と呼んでいた、ヴァルハライザーを駆っていた『竜使いの民』。
 ティオ・ルタナ・ニーヴは、その男の血を引いていた。
『……そうだ。戦友シーヴァの血を引くあなたを、彼女は今度こそ助けようとした。そうすれば、また自分が傷つくと知っていながら……』
 あの時、イリアスがティオを助けるためには、ヴァルハライザーとブラウリッターを介して両者の記憶を共有させる必要があった。そうすれば、イリアスはティオの記憶――両親を失ったトラウマを、直接的に追体験させられる事になる。
 その結果、イリアス自身のトラウマを――守りたかったものを守れなかった記憶を、強く想起してしまった。
 それが、ティオに流れ込んだイリアスの記憶。
「……だったら、今度は」
 その悪夢から、イリアスを連れ戻す。
「今度は俺が、イリアスを助ける」
 そのために。
「……力を貸してくれ、ヴァルハライザー」
『どうして……』
 ティオの眼前で、黒衣の少女が顔を伏せる。
『どうして、あなたはそうまでして、彼女を救おうとする?』
「……俺と、同じだから」
 そしてティオは、少しだけ言葉を選び、答えた。
「ずっと気になってたんだ。イリアスの、笑い方っていうか……、笑ってる時の彼女が、誰かに似てるって」
 黒衣に身を包んだ少女は、ティオに深い青色の瞳を向けて、続きを促す。
「やっと思い出した。ていうか、わかった。あれは俺や、ホワイトロータスに居た子供達と同じで、無理して笑ってる顔だった」
 人は、無理にでも笑う事が出来る。そうして、心の奥底に、不安や悲しみを押し込んで生きていく事が出来る。そんな生き物だ。
 だけど。
 ずっと、そんな風に生きていたら。
 心は、壊れてしまうから。
「……俺は、師匠やナツキ姉、ホワイトロータスの人達に会って、普通に笑えるようになった。俺の心が壊れる前に。だから今度は、俺がイリアスの心を救う。彼女の心が壊れてしまう前に……!」
『もう、遅いかも知れない。あなたもわかっているはず、彼女の積み重ねてきた年月は、とても永い』
「かも知れない。でも、俺はイリアスに、笑えるようになって欲しい」
 心が壊れてしまったなら、なおしてやればいい。
 砕けてしまったのなら、ひとつずつ、拾い集めてやる。
「……誰かが、イリアスを許してあげなきゃいけないんだ。もう、いいよ……って」
 封じていた記憶に飲み込まれたティオを助けようと、イリアスが掛けてくれた言葉。
「あれは……、本当は、イリアスが言われたかった言葉のはずだから」
 あなたのせいではない、と。
「だから、今度は俺が言わなきゃ」
 それが今の、ティオがするべき事。
『あなたに、彼女を許す資格がある、と?』
「……資格とか、そんな大それた物かはわからないけど。でも、俺が言わなきゃいけないと思う」
 他の誰にも、言えないだろうから。
『……そうか』
 黒衣の少女が、目を閉じて息をついた。
『ありがとう、ティオ・ルタナ・ニーヴ。あなたになら、任せられる』
 真っ直ぐに、深い青色の瞳を向けられる。
「違うよ、俺だけがやるんじゃない。ヴァルハライザーも、いっしょにやるんだ」
『……わたし、も?』
 少女の表情が動いた。僅かに目を見開いて、驚きの表情を見せる。
「おまえが居なければ、イリアスに届かない。……あの時イリアスがやった事、おまえにも出来るよね?」
『……記憶領域の接続は、可能だ。わたしは、ブラウリッターと同じゾイドコアから生まれたから。ただ、そのためには』
「物理的接触が必要……なんだね?」
 あの時、イリアスがやったように。
「だから、ヴァルハライザー。俺をそこまで連れて行って欲しい」
『……わかった。わたしがあなたを、彼女のもとまで連れて行く。だから、頼む……』
 どん、と衝撃。黒衣の少女が、ティオの胸に飛び込んでいた。
『彼女を、助けてあげて』
「……助ける。絶対に」
 ヴァルハライザーの『心』を抱きしめて、ティオは答えた。


 財団『古き風の音』所属のホエールキング『オールド・クロック』は、艦首を北エウロペに向けていた。
 ティオ・ルタナ・ニーヴからの情報提供を見返りとした、彼個人への協力。これにはクリスハイトの思惑も絡んでいたが、何よりナツキ・シノミヤの強い要請があった。
「……本当は、こういう事に私情を持ち込んではいけないのだろうけどね」
「そんな事は無いと、僕は思うよ? 少なくとも、今のナツキ君は良い表情をしている」
「よしてくれ、褒めても何も出ないし……。大体、あなたは既婚者だろうに。若い女の子を口説いて、奥さんに嫌われないのかい?」
 オールド・クロックの艦橋では、クリスハイトとナツキがそんな会話を繰り広げていた。
「ひどいな、ナツキ君は。口説いているわけではなく、純粋にそう思うだけなのだが」
「あなたの場合は、何をどう言っても額面どおりには受け取ってもらえないと思うよ。……それはともかく」
 言いながら、ナツキは手元のコンソールパネルを操作して、ある場所との通信回線を開く。
「もうそろそろ、通じても良い頃だ」


 北エウロペ大陸のほぼ中央に位置するメルクリウス湖、その中に存在する、通称『エウロペの屋根』ことオリンポス山。
 ある筋からの情報リークを受けた過激派の一団が、ゾイドで武装してオリンポス山を進行していた。
 現在時刻は、夜明け前の四時。
 彼らの目的地は、山頂の古代遺跡。かつてガイロス帝国軍の『デスザウラー復活実験』に使用され、ゾイドコアの内部崩壊現象によって廃墟と化した場所である。
 山岳踏破に向いた、狼型ゾイド『コマンドウルフ』や豹型ゾイド『ヘルキャット』を中心とした、一個小隊(ゾイド約10機)規模の部隊。その進行を、山頂から見下ろす影があった。
「……ふむ、ナツキのくれた情報通りですねぇ」
 夜の暗闇にその身を溶かす、黒い装甲に身を包んだライオン型ゾイド。橙色の双眸が、音を殺して走り来るゾイドの集団をじっと見据える。
「クリスハイト君から連絡があったかと思えば……、こーんな楽しそうな事になっていたなんて」
 その足元で双眼鏡を覗き込む、一人の女性が居た。すらりとした長身、黒と金の入り混じった髪を短く切った、特徴的な外見だった。
「では、お仕事と参りましょう」
 双眼鏡をしまい、黒いライオン型ゾイド――ライガーゼロの脚を、器用にひらりとよじ登る。コクピットに収まると、ひとつ息をつく。
「そちら様に恨みはありませんが、何より可愛い弟子達のため。そして私はゾイド乗り、信条はそう、土木工事から戦闘まで――!」
 通信回線を開いているわけではないので、別に誰も聞いていない。聞いていないのを良い事に、彼女は高らかに、名乗る。
「アステル・レイン! ――推して参る!!」
 黒を身に纏う獅子――ライガーゼロ・アステルが、夜明け前のオリンポス山を駆けた。


 つづく。

完全版 第五話あとがき

2016-02-05 00:15:37 | エウロペの片隅から
「お待たせいたしました、『完全版』の第五話をお送りいたします」

「よくよく読んでみると、前半は展開ほぼ同じだけど粗方書き直してるね、これ」

「描写上の細かい祖語だったりなんだりと、色々ありまして」

「で、一番最初は『イリアスの悪夢』なんだけど」

「ええ。まさか三年越しで『彼』に名前が付くとは思いませんでした」

「俺……ティオ・ルタナ・ニーヴの祖先にあたる人物で、トローヤ王朝時代にヴァルハライザーに乗っていた『竜使いの民』だね」

「……という事は、もしかして私の過去編も本気でやるのでしょうか」

「そのあたりはまだ未定だけど、元々今回の再編というか改稿は、次にやる『終焉の遺伝子』に繋げるためって意味もあるからね。もしかしたら、やるかも」

「というのも、ご主人様がようやく私が生み出された背景を設定しまして。……あ、この場合の生み出されたというのは、キャラとしてではなく作中の私自身が生み出された背景ですね」

「……イリアスの過去を明確に描写しなかった最大の理由が、コレなんだよね。今だから言うけどさ」

「何故、私がブラウリッターの半身として生み出されたのか。明確な設定が存在しなかったのです」

「それについては、今後作中で描写されていくと思う。……で、本編に話を戻して」

「今回、見せ場を追加されたのはナツキ姉さまですね。ちょっと短いですけれど」

「それに伴って、ヴァルとの仮想空間での対話も俺が行くんじゃなくて、ヴァルの方から殴りこんでくる形に」

「……物騒な表現をしない」

「ともあれ、次回が『完全版』最終話……の、予定だったんだけど」

「まだ改稿作業中なので何とも言えませんが、もしかしたら二分割になる可能性があります」

「あと、先月ほどのハイペースはやっぱり無理っぽい」

「最後までどうにも締まりませんが、どうかお付き合い頂ければ幸いです」

ストラトス・フォール完全版 第四話

2016-01-25 00:00:32 | ストラトス・フォール完全版
 古代の記録媒体メダルを求め、ティオとイリアスはエレミア砂漠の遺跡に向かう。しかしそこは、過激派のゾイド部隊による襲撃を受けていた。
 ヴァルハライザーで敵を撃退したティオ。しかし増援のレドラーとの空中戦で、ティオは『ある記憶』を思い出してしまう……。


 西方大陸エウロペ。かつてガイロス帝国とヘリック共和国が交戦した『西方大陸戦争』以降、この大陸は両国と現地の市民が共存する、多民族国家のような様相を呈していた。
 特に戦争において主戦場とならなかった南エウロペはその傾向が強く、ヘリック派民族の拠点都市『ニューヘリックシティ』と、同じくガイロス派民族の拠点都市『ガイガロス』は、距離的には意外なほど近くに存在している。
 そのガイガロスに、古代遺跡・遺物の保護を目的として設立された民間財団『古き風の音』のエウロペ支部があった。
「F-G遺跡の発掘調査隊からSOS信号があったというのは、本当か?」
『間違いありません、クリスハイト主任』
 一角に設けられた通信スペースで、白衣を着た痩身の男が端末に向き合っている。
 エレミア砂漠に存在する遺跡を発掘していた調査隊から、緊急の信号が発せられたという報せを受けての事だ。
『過激派の攻撃を受けた、と。既に信号は途絶していますが……』
「わかった。保安部隊を動員して、僕が『オールド・クロック』で現地に飛ぼう」
 クリスハイトと呼ばれた白衣の男は、通信相手に対して答えながら別の回線を呼び出し、財団所有の大型輸送艦ゾイド『ホエールキング』の発進準備を開始する。
『ああ、主任。それからもう一つ』
「何かな?」
『無人観測機が捉えた映像です』
 端末の画像が切り替わり、砂漠の上空を飛行するゾイドの映像が映し出される。見た事の無い機体。漆黒と紺碧の、四枚羽根が特徴的なワイバーン型と思われるゾイドだ。
『昨日、ニクス大陸上空で目撃されている機体です。未確認情報ですが、古代種の可能性がある、と……』
「それが、F-G遺跡に向かっているというわけだね」
『はい、恐らくは』
「……情報ありがとう。引き続き観測を続けてくれ」
 言い置いて、クリスハイトは通信を切る。
「クリスハイト主任!」
 代わって通信スペースに姿を見せたのは、くすんだ灰色の髪を肩まで伸ばした少女。先だってクリスハイトと付き合いのある、とあるゾイド乗りから預けられた考古学者の卵――ナツキ・シノミヤだった。
「ああ、急がせてすまないね。これから『オールド・クロック』でエレミア砂漠に飛ぶ。一緒に来てほしい」
「エレミア砂漠……、やっぱり、例の遺跡が?」
「そうだ。……少しハードな仕事になるかも知れないが、これも経験だ。いいね?」
 部屋を出るクリスハイトの後を追って、ナツキも『オールド・クロック』に向かう。
 彼女らが向かう先、エレミア砂漠で思わぬ再会が待っている事を、ナツキは知らない。


 南エウロペ、エレミア砂漠上空。赤道付近の抜けるような青空を、二機の竜型ゾイドが舞っていた。
 漆黒の竜、ヴァルハライザー。
 白亜の竜、ブラウリッター。
「――ティオ! 聞こえますか、ティオ!?」
 ブラウリッターに乗るイリアスは、ヴァルハライザーとの幾度かの交錯を繰り返しながら、呼びかけ続けていた。
 地上にはヴァルハライザーが撃破したのであろうレドラーの残骸が、炎と黒煙にまみれて散らばっている。
(――「……――!! ……、――!!」――)
「うっ……!!」
 その光景に重なるように、イリアスの脳裏には、燃え盛る炎に巻かれ、何かを叫ぶ誰かの姿が映る。
(これは……、何……!?)
 記憶の奥底を揺さぶられる、奇妙な感覚がイリアスを襲う。
「――ティオ!!」
 振り払って、呼びかけた。
 返答は、無い。
 代わりに、ブラウリッターの後ろに付いたヴァルハライザーが、胸部ビーム砲『レギンレイヴ』を発射する。
「っく!」
 咄嗟に機体をひねり、下降して回避。追いすがるように、遅れてヴァルハライザーも下降を開始する。
 背後に迫るヴァルハライザーの気配を感じながら、なおもイリアスは、ブラウリッターを飛ばし続ける。
(そう、さっきからティオの意識が感じられない)
 イリアスが、ブラウリッターを通じて感じている気配。それは全てヴァルハライザーのもので、ティオ・ルタナ・ニーヴという個人の意識が、感じられなくなっている。
(――嫌だ!)
 その事実に、胸が強く締め付けられるような感覚を覚えた。
(あんな思いは、もう――!!)
 自分ひとりだけ、置いていかれるような思いはしたくない。
「お願い、応えてティオ!」
 だから、呼びかける。
(――「……――!!」――)
 あの時のような思いは、したくないから。
「ティオ――!!」


(――誰か、呼んでる――?)
 混濁する意識の中で、そう感じた。その瞬間だった。
(――「……お父さん!! お父さん、お母さん――!!」――)
 ティオの脳裏で、幼い少年が叫ぶ。
「――っぐ、あ……!!」
 燃え盛る炎に巻かれて叫ぶ、幼い少年の姿。よく知っている。何故ならそれは、幼い頃のティオ・ルタナ・ニーヴ自身の姿だから。
 それは、思い出してはいけない記憶。
 ティオ・ルタナ・ニーヴが心の奥底に封じ込めていた、両親を失った時の記憶だった。


「……ティオ!?」
 ほんの少し、ほんの僅かだけ、ティオの意識が感じられた。
 イリアスはブラウリッターを上に飛ばし、遅れてヴァルハライザーもそれに続く。
(――「……お父さん!! お父さん、お母さん――!!」――)
「これは……、ティオの記憶……!」
 ブラウリッターとヴァルハライザーが発する強烈な生体電磁波が互いに干渉し、両者、ひいては互いの搭乗者であるイリアスとティオの間で、記憶領域の共有が行われつつあった。
 燃え盛る炎に巻かれ、父と母の名を叫ぶ幼い少年。それは間違いなく、幼少期のティオ・ルタナ・ニーヴそのものだと、イリアスには理解出来た。
 精神感応によって生じた莫大な情報の流入が、封じ込めていた記憶を呼び覚ましてしまった事も。
(――そう、そういう事――! それなら……!!)
 もっとダイレクトに、ティオと記憶を『つなげて』やれば。
 押し寄せる莫大な情報の流入を、肩代わり出来るかもしれない。
「――やるわよ、ブラウリッター!!」
 ヴァルハライザーは、未だにブラウリッターの後ろ。イリアスは降下に移りながら、ほんの少しだけ、ブラウリッターの加速を緩める。
(この子達なら、物理的接触さえ出来れば――!!)
 速度差が発生し、二機の距離が急速に縮まる。
「……今!!」
 そして接触する寸前に、ブラウリッターが機体を上下反転させる。四本の足で、ヴァルハライザーの胴体を抱え込むように。
「――届いて!!」


(――「ねえ、今度のお休みはここに連れて行って!」――)
 ティオ・ルタナ・ニーヴは、ごく一般的な家庭に産まれた一般的な子供だった。特筆すべき点があるとすれば、興味の対象が『古代文明』という、幼い子供が対象とするには些か違和感のあるものだった事くらいだろう。
 両親が休みの日には、博物館や資料館に連れて行ってもらうよう、よくせがんだ。その時も多分、そんな感覚だったのだろう。
 ティオが行きたいと言ったのは、丁度その時一般公開されていた古代遺跡だった。
「……何度も頼んで、それでようやく、連れて行ってもらえる事になったんだ」
 ティオの眼前には、その時の記憶と寸分違わぬ光景が広がっていた。
「そして……、あの事件が起こった」
 両親と古代遺跡を訪れた、その時。
 轟音と共に遺跡は崩壊し、周囲は炎に包まれた。人々は我先にと逃げ惑い、叫び、そしてある者は炎に焼かれ、ある者は瓦礫に押し潰され、死んでいった。
 今ならわかる。これは『リヴィングス』の過激派によって行われた破壊活動であり、自分達はそれに巻き込まれたのだと。
「……これが、ティオの悪夢……なのです、ね」
「うん。俺はその後、師匠に助けられて、ホワイトロータスっていう孤児院に預けられた」
 自分自身の記憶を垣間見る、という行為に、しかしティオは不思議と違和感を覚えなかった。隣にイリアスが居ることも、ごく自然に受け入れられる。
 ここはヴァルハライザーの記憶領域、その空きメモリに形成された一種の仮想空間であり、目の前の光景は現実では無い。
 けれど、その炎は現実と同じような熱さを伴って、ティオを焼いた。
「……そうだよ。俺が、遺跡を見たいなんて言い出さなければ……! 父さんも母さんも、死なずにすんだのに……!」
 俯いて、吐き捨てた。
 燃え盛る炎に巻かれ、父と母の名を叫ぶ無力な少年。
 目の前の光景では、その少年に降り注ごうとしていた瓦礫を、一体の黒いライオン型ゾイドが身を盾にして防いでいた。
 その後の光景も知っている。黒いゾイド――ライガーゼロ・アステルから降りてきた、黒と金の入り混じった髪の長身の女性、後にティオの師となる人物に助けられ、少年期を過ごした孤児院に向かう事も。
「あなたのせいではないわ、ティオ」
 隣から聞こえるイリアスの声に、ティオは俯いていた顔を上げる。
「……あなたのせいなんかじゃない」
 噛み締めるように、自分に言い聞かせるように、イリアスは言う。
「今まで、よく我慢しましたね。ティオ。でも、もう良いの」
「……イリアス……?」
「あなたは、そう言って欲しかったんでしょう――?」
 す、とイリアスの手が伸びる。柔らかい感触が、ティオの頬を包んだ。
「今、私はあなたと記憶を共有している。だから、わかるの。――ごめんなさい、あなたをヴァルハライザーから救うには、こうするしかなかったから」
 記憶の共有、イリアスはそう言った。イリアスも、ティオと同じ光景を見ている。彼女には本来存在しえない、この記憶を。
 混濁する意識の中、微かに聞こえた呼び声。それは、もしかして。
「……イリアスが、ずっと俺を呼んでくれていたの?」
「はい。ティオに、戻ってきて欲しかったから」
「……っ」
 泣き笑いの表情で返されて、ティオは言葉に詰まる。
「……つらい記憶なのは、わかります。でも、今は私が隣に居ます。乗り越えてください。……いえ、乗り越えましょう」
 私には出来なかったから。
「……え、イリアス?」
 小さく呟かれたその言葉に、思わずティオは聞き返してしまった。
「……いえ、独り言です。何でもありませんよ?」
 誤魔化されて、そのまま。
「大丈夫、ティオは強い子ですから。きっと、大丈夫」
 大丈夫、大丈夫、と。祈るように、イリアスは繰り返す。
「……ありがとう、イリアス」
 だからティオも、応える。
「もう、大丈夫だから――」
 最後に発した言葉は、どちらのものだったのか――。


 急速に、ティオの意識が覚醒する。
「――っ!」
 コクピットの中。ヴァルハライザーとブラウリッターは、互いに抱き合うような状態で飛行を続けていた。
 ゆっくりと、ヴァルハライザーをブラウリッターから離す。相手の飛行が安定しているのを確認して、ティオはヴァルハライザーを着陸させた。
「……ありがとう、イリアス。こっちはもう大丈夫――」
 上空で旋回を続けるブラウリッター、その中に居るであろうイリアスに通信を送る。
「……イリアス?」
 だが、返答がない。代わりにティオの耳に届くのは、荒い呼吸音。
「イリアス、どうしたの?」
 その瞬間だった。
(――「……――!!」――)
 ティオの脳裏に、再び燃え盛る炎の光景が映る。
(さっきの……、じゃ、ない――!?)
 しかし、その光景は先ほどまで見ていた、ティオの記憶ではない。燃え盛る炎に向かって叫ぶのは、一人の少女。
 銀色の髪をした、一人の少女。
(――これは、イリアスの記憶――!?)
 人も物も、何もかもが燃え、崩れ行く世界で。
 一人、叫び続ける姿。
(――「戻りなさい! ヴァルハライザー、戻りなさい……戻って!!」――)
「く……!!」
 イリアスはさっき、ティオと記憶の共有をしたと言っていた。もし、それが一方的なものではなく、イリアスの記憶もティオと共有されているとすれば。
 今、ティオの脳裏に映し出されている光景は、イリアスの記憶という事になる。
(――「私を、ひとりにしないで!!」――)
 不意に、ティオは思い出す。ニクスの辺境の村で宿に泊まった時。悪夢に魘されていたティオに対して、イリアスが何を言っていたか。
 自分も時折、悪夢を見る、と。
 つらくてつらくて、どうしようもなくなる夢を見る事がある、と。
 それが、この記憶。
 イリアスの悪夢。
 記憶の共有がきっかけとなり、呼び覚まされたのだとすれば。
「――イリアス!!」
 通信機越しに叫ぶ。
 声は、返ってこない。
(……なら、さっきみたいに……!!)
 先ほどイリアスがやったように、もう一度。今度は自分が、イリアスを助ける。
 決意して、ティオはヴァルハライザーを飛ばそうとした。
 だが。
「っう……!!」
 急激に、全身の力が抜ける感覚に襲われる。
 ティオの不調と同期するかのように、ヴァルハライザーもまた、飛び立つどころか立ち上がる事すら出来ず、砂の上に倒れ伏す。
 ヴァルハライザーとの精神感応による、膨大な情報の流入――ティオは知らないが、大部分をイリアスが受け流していたとはいえ――により、ティオは精神的のみならず、肉体的にも大きく疲弊していた。少しでも気を緩めれば、意識を手放してしまいそうになるほどに。
 そしてそれは、ヴァルハライザーも同じだった。長距離飛行からの対地攻撃と空戦で、一時的なエネルギー切れに陥っている。
(……今、行かなくてどうするんだよ、ティオ・ルタナ・ニーヴ!!)
 今、苦しんでいるのはイリアスなのに。
 今の彼女は、あの夜の自分と同じだ。望まぬ悪夢を見せられ、苛まれている。
 そうさせたのは、誰だ?
(――俺を助けようとして、イリアスは――!!)
 私には出来なかったから。
 ティオの脳裏に、イリアスが呟いた言葉が蘇る。
 彼女が乗り越えられなかった記憶。
 心の奥底に、封じ込めていた記憶。
「――っ!!」
 見上げる。ブラウリッターは、なおも旋回を続けていた。
「……イリアス……!」
 せめて、声だけでも届けたかった。
 けれど、それは届く事無く。
「……イリアス――!!」
 見上げるティオ、その先で、白亜の竜――ブラウリッターが、機首を北へと向けた。
(――イリアス――!)
 薄れ行く意識の中でティオが見た光景は、白亜の竜が飛び去る姿。


 つづく。