相互批評の饗宴――幻想史学と仲間たち

 これは幻想史学の提唱から15年経った仲間たちとの相互批評と詩と写真による饗宴である。

添田馨の連作詩・「民族廿一」     民族

2012年04月02日 | 現代詩

                                                                            松尾紘一郎氏撮影
(民族廿一)

民族

起源の物語が消え去って久しい
流離の山河を茫々と吹き抜ける春の颶風は
死滅した国家の亡民の生い立ちから
その戦意の広大な裾野に草々の兵隊を
渡来した種苗のように繁茂させ
この世ならぬ鬨の声を津々浦々に運んだ
もう何世代も前から私の胸には
金色に光輝く日の巫女の面影が宿り
ブヨー族の女は武器と太鼓を選ばない
ブヨー族の男は戦の踊りを冠飾りに変えて
草原をはるかに南下する道を選んだ
正統な王権のもと神話は幾星霜の戦闘を浄化した
まことの恋情をもって私は蘇る
すでに死に絶えて久しい系譜の裏側から
血統は野焼きのように国土を巡り
千年の恋を日の巫女の懐から
長いこと干涸びきった心臓に血流の
力強い噴出を待ちわびる民草に至るまで
燃やし続ける誓いを鮮明にした
わけても涙の雲で虹を開いた朝鮮半島
ブヨー族の王都があった幻想の土地から
我々は矢を番えて渡ってきた
九重の船団を連ねては何派にもわたって
押し寄せる津波のように、誰が想像しえたろう
謀略につぐ謀略を書紀は押し花にして
恋文を装った歴史への反歌と為した
民族の細胞は日々新たに興亡していた
その民草のひとつひとつに冠された名前はどれも
おなじ数だけの神々の異称だった
そのひとつひとつの名を風の言葉として
私はつぶさに聞きそして暗誦した
神々の名を知ってしまった者に
恐ろしい運命が突き刺さってくるとも知らず
異教が全世界を覆い尽した時代
ブヨー族とは死滅した版図の呼び声だった
わが末裔の子々孫々は永劫の異郷に散り
清廉な商売に細々と精魂を傾けたのだ
千年、あるいはそれ以上の年月を
その間にも終末の予言は幾度も封印を解かれ
裁きの稲妻に曝されつづけた幾百年
築きあげた絢爛の屋台骨は
すでに利欲の病害虫に喰い尽くされ
剥落した誇りと言霊は虚無の氷海に永く沈潜した
願わくは、我とわが身を捧げて余りある国柄を
地の果ての不毛の砂漠に植樹し賜え
日の巫女の切れ長のあの眼差しを忘れない
その眼差しに魅入られ、私は武器を取ったのだから
まことの恋情を笹舟に託して
激しく打ち寄せてくる暴流のような怒りは
運命に課されたあらゆる予言をも裏切るだろう
観念の皇王を私がうち建てることはない
ただ心惹かれる者のために私は赴く
民びとの沸騰する記憶の底で
伝説の英霊たちが汗血馬に跨って
幻視の荒野をあてどなく彷徨うように
永い永い叙事の時代を通り過ぎて
民族はすでに輝く栄華の時代を忘却し
叙情の言葉でたがいを照らしあいながら
完結のない自叙伝を書きあげるのに汲々とした
誰が想像できたろう
その間にも水源は異教徒たちが買い漁り
言霊のさきわう国は遥かな望郷の静寂のなかに
ひっそりと息を潜め死体のようにただ暗然と
横たわるのみだった
私の敵は貪りの心を持ち、憐れみの心を持たない
レアメタルな亡者たちの同盟だ
あってはならぬ神話に巣食う亡骸の大群だ
その空虚を満たす際限のない増殖を私は憎む
民族浄化は死の勝利への恐怖から
生者の物語に介入し続ける冷たい散文の影だったから
すでに西の大国は東の大国に戦いを挑み
決戦は酌量の余地なく期限どおりに決行されるだろう
いくつもの国に散った透明な語族を呼び集め
太陽の経済をもって私も最期の論陣を張るだろう
とおい昔、ブヨー族の祖先が半島を下ったのとは逆の道行きで
言霊の使者を絶え間なく気流の船団で送りだす
ありあまる民族資本で武装した悪意の軍団は
貧者の国の銀行を破滅的金融の砦と化した
破綻までの正確な寿命を推し測るには
金融工学よりも占星術が必要だった
私は異国の天使が至る処で喇叭を吹き鳴らすのを聴いたが
俗界の迦陵頻伽はいつまでも冥途の土産を石積みにし
凍りつく音楽の調べに乗せて
季節のなかを雪崩をうって虚脱していく
天界からの救済は担保物件抜きでなされねばならない
決済期限を過ぎた民族の井戸から
いかなる公器も怨念の利息を収奪してはならぬ
流離の山河よ、異郷となるまでに荒廃した街々よ
流竄していく商売繁盛の神々よ
私を生かしめるものは何か、そしてさらに遠く往かしめるのは
鋼色に垂れこめた暗雲を奇跡の一陣の飛翔めかして
双頭の孤高の鷲が虚空を切り裂く闇のなかで
ほんの一瞬あなたの微笑の光が射すだけで
私は何度でも生き返ることができる
日の巫女よ、すでにあなたが姿を消して千年が過ぎようと
その倍の年月が過ぎようと
私はけっして忘れない、私たちいがい誰も入れない楼閣で
あなたは切れ長の眩惑する眼差しで告知したのだ
この国の未来の姿を、たたなずく青垣を
酒と蜜とが満ちる幻想のまほろばを
この記憶に焼きついた夢見の鼓動が途絶えぬかぎり
たとえ独り灰の地で死の影の谷を歩むとも
災いと試練を恐れない
とてつもなく荒れ狂う磁場の大河に沿って
私は歩き続けてきた気がする
その境涯は遥か薄明の霧の彼方にかすんでいるが
日の巫女よ、あなたの強い促しの歌声が
ヘッドフォンからはいつも聞こえていた
「死ストモ可也、死ストモ可也…」
途切れとぎれの肉声は
内側に穿たれた底知れぬ傷痕から素晴らしかった日々の
よき思い出のみを爆発的に噴出させた
歩きまわる私の取るに足らぬ日常を
まだ見ぬ未来の栄光の民族の深い緑へと染めあげていったのだ
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