レストルームから出た私にそっと手が差し出される。少しふらついていた私は思わずその手に寄り縋る。甘い香水の香りと漆黒のスーツに身を包んだ長身の男だった。その男と一緒に席に戻ると、男は私に名刺を渡した。雅と書かれた名刺をテーブルに置こうとする私の手を握り、しきりに甘い言葉を繰り返してきた。今まで私の相手をしていたほかのホストが語る甘い言葉のどれにも勝るその言葉は、嘘が見え隠れするというよりも嘘そのものだった。レストルームで理性を取り戻した私にとって雅の言葉は聞くに堪えないものだった。しだいに怒りがこみ上げてくる。先輩に誘われて来たものの、ぜんぜん面白くない。いや、先輩に誘われたと言う口実で夜の世界に期待して飛び込んだ自分に対する嫌悪感、それとも周りで楽しむ女性たちへの嫉妬心か。怒り、妬み、嫉妬心、私の心の中の醜い部分がどんどん膨れ上がって混ざり合っていく。そこに、まだ少し残ったアルコールが溶け込んでいく…
次の瞬間、私は目の前のウーロン茶を雅にぶちまけていた。その場の空気が一瞬にして凍りつき、周りの視線が私のテーブルに集中する。財布から一万円札を取り出しテーブルに置くと私は店を飛び出した。
次の日、私は大学を休んだ。初めて経験する二日酔いだった。昨日あの場に残された先輩に合わす顔がない。憂鬱な気分を少しでも晴らそうと夕方、母の変わりに買い物に出た。いつものスーパーで買い物を終え帰ろうとしたそのとき、私の目に信じられない光景が飛び込んできた!