よく絵を描いていると、写真に撮ったりせずに実物を見て描け、と言われる事があります。写真に撮れば、画面に置き直した時の大きさの見え方や、観念色にとらわれないリアルな色がわかりやすくなるように感じられたり、動いているものも止まって見えるので、確かに描きやすくなるようにも思われます。
では何故「絵は実物を見て描け」と言われるのでしょうか。
それは「良い絵とは何か」という問題と深く結びついています。絵を描くという事は、単に光の情報を正確に画面に写し込むことではありません。それはカメラの方が何倍も正確にできます。
絵を描くということは、見たものを描き手のフィルターを通して記号化し、画面に構成し直す作業を指します。面倒くさい話をすると、人間の認知と強く関わっていて、例えばリンゴであれば、目の前のリアルな輪郭線や色合いよりも、丸いこと、赤いこと、つるっとした質感、くぼんでいる形態など、直観的に意識される情報がまず優先されます。それが満たされた上でなければ、やや茶色身がかっている、傷がある、少し変形しているなど、下位の情報が付与されたときにソレがリンゴなのかなんなのか、何が描かれているのかがわからなくなったりします。従って、人間の視覚を大前提にした「絵」は、光情報をそのまま転写した「写真」とは全く異なるのです。
つまり写実絵画においては、人間の認知(感覚)を前提に綿密に組み立てられている画面だからこそ、写真以上のリアリティが”感じられる”ということがあり得るのです。
ここまでは美術をちょっと勉強した人なら、語るのもバカバカしいくらいの基礎中の基礎ですが、このように、良い絵は単純な光情報を転写したものではなく、人間の感覚を通して人間のために作られた画面である必要がある、からこそ、絵を描く時は実物を見ろ、と言われるのです。
実際の質感や見えない部分の形、重さ、写真ではそういった情報が削ぎ落されているため、写真から単純に転写された絵は(人間の感覚にとって有効な)情報量の少ない軽い絵になります。
しかし逆に、その削ぎ落された情報さえ補えれば、別に写真を元にしても構わないということでもあります。現物がなくても、複数の写真や文章等から情報を補ってリアルに描くこともできるかもしれません。問題は何を描きたいか、ということですね。
何を、とはこの場合描くモチーフのことではなく、もっと抽象的なテーマを指します。リアリティを追求するのではなく、想像を膨らませてイメージの世界を描きたい場合、必ずしも現物を見る必要はありません。またもっとアート性の強いコンセプチュアルな作品を描く場合も同様です。
基礎勉強としては確かに有効だと思いますが、実物を見て描く、ということを絶対視する必要はないと私は思います。まあ、ある程度負荷が掛からなければ面白い絵にならないという所はあるかも知れませんが、どう描くべきかはそれぞれが葛藤しながら考えて行けば良いのではないでしょうか。