Penguin's Nest

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Dianne Reeves"The Calling"を聴く

2011-10-23 04:37:44 | コラムと音楽
'01年にリリースされた、ジャズシンガーの最高峰でありアメリカの国民的歌手の一人Sarah Vaughanへ捧げられたアルバム。"Tribute to"ではなく"Celebrating"と謳って真っ赤なドレスを纏い真っ赤なバラが散りばめられたジャケットのアートワークが印象的だ。Sarahという希有なシンガーがこの世に生まれた事、そしてその足跡が今でも多くのリスナーに楽しまれ、多くのシンガーに影響を与え続けている事、つまり彼女の音楽が生き続けている事を祝う、そんな意味だろうか。

Dianneは、名実共に現在のアメリカを代表するシンガーの一人。'87年に本格デビューしてからコンスタントにアルバムをリリース、本作を含め既に4度もグラミー「ベストジャズシンガー賞」を受賞している。そして意外にもフィーチャリングから単なるバックボーカルまで含めてセッションワークも非常に多く、Jazz/Fusionに限らず、Lou RawlsやSolomon Burkeといったソウル系の人や、Djavan、Calderaなどブラジル/ラテンアメリカ系など多彩な人達のアルバムに参加している。そういった活動状況を見て、僕は彼女が非常にオープンマインドで音楽や人に接している人なんだろうなと想像している。

サラ・ヴォーンに捧ぐサラ・ヴォーンに捧ぐ
価格:¥ 2,548(税込)
発売日:2001-01-24


さて、本作はDianneの従兄弟にあたるGeorge Dukeのプロデュースで制作されている。G.Dukeも"Brazilian Love Affair"というヒットアルバムを出しているので主役3人に共通する下地が出来上がり(笑)。ピアノに関してはMulgrew Millerと一部Billy Childsに任せて、Georgeは演奏はしていない。その他のメンバーは、Reginald Veal(b)、Greg Hutchinson(ds)、Romero Lubambo(g)、Munyungo Jackson(perc)、Stieve Wilson(sax)、そしてスタープレーヤーRussell Marone(g)と名匠Clark Terry(tp)が1曲ずつ参加している。ClarkはDianneがティーンエイジャー時代に出会ってアドバイスをした「業界のお父さん」みたいな存在のようだ。

曲目は、Sarahも数えきれない程歌ったであろう、そして彼女名演により一層スタンダードとしての位置を強めただろう名曲達、そしてSarahが愛したブラジル音楽からの2曲(ただし1曲はSarahはレコーディングしていない~後述)、そしてDianneの書き下ろし1曲という大変バランスの良い構成。良く知られている曲にアレンジを施すのは、さじ加減を誤ると凡庸になったり過激になったりしてしまう事があるが、流石!G.Dukeの匠の技と言えるオリジナリティーと遊び心溢れるアレンジが施されていて、まずこの「屋台骨」が素晴らしい。さらにBilly Childsの手によるオーケストレーションも、緻密で、時に甘く響き、時に緊張の高揚と緩和の安らぎを繰り返しながらヴォーカルを引き立たせる、これもまた効果的で無駄がない素晴らしい内容。

そして勿論主役であるDianne。いくら自分自身が「大物」であったとしても、その大先輩である「超大物」Sarahへのトリビュートとなれば、流石に非常に身の引き締まる想いだっただろう。しかし、Dianneはそういうプレッシャー(それがあったとしての話だけど)を、気負わず丁寧にメロディーを歌う事、美しく響き、そしてグルーヴする音楽を奏でる事へのモチベーションへ昇華していると感じた。その温かく伸びやかな声が実に素晴らしい。何度聴いても聞き惚れてしまう。「メロディーを丁寧に歌う」ということは非常に大事な事だなと再認識させてくれる内容だ。

Dianneのオリジナル「I Remenber Sarah」はちょっと変っている。最初に出て来るメロディーはなんだかT.Monkっぽくて、途中から「When I was little girl/I heard a voice I never heard before/It was so divine/It was so fine...」とSarahの歌と出会って感動したの~♪のような内容の歌詞が付いたヴォーカリーズ風である。SarahがMonkと関わったという話は、僕が知らないだけなのかもしれないけど、少なくとも有名な話では無い筈だし、ヴォーカリーズも聴いた事がない。その辺りの意図はDianneに訊いてみたい所だが、まあ、そういう事は別として曲としてはスタジオセッションでリラックスムード満載、とても良い「肌触り」だ。

ところで、前述の「Sarahがレコーディングしていないブラジル音楽」とは、このアルバムのタイトル「The Calling」にもつながる最終曲「The Call(原題:A Chamada、意味は同じ)」である。そもそも歌詞は無く、「魂の呼び声」のような神秘的な響きを持った美しい曲である。オリジナルはブラジルの至宝Milton Nascimento、そしてかつて彼と一緒にこの曲をレコーディングしたWayne ShorterがDianneにこの曲を紹介したのだそうだ。この曲を取り上げた事に付いてDianneはこんな風に語っている。

「この歌がこのアルバムに収録するのに相応しい理由は、SarahがMiltonの音楽を愛していたというだけではなく、この歌に込められた情緒がまさに彼女そのものだからです。彼女は”歌うという事”からの呼び声(the call)に注意を払い、情熱的であろうとしました。それは扉を開け、可能性を解き放つということであり、それこそまさに私が彼女から学んだ事なのです。」(ダウンビート誌のインタビューから/僕の呆れるような意訳なのでご容赦を)

さて、今日10月23日はDianneの誕生日である。さらなる可能性の翼を広げて、これからも大きく羽ばたいて行く事を期待しつつ、今日は彼女をCelebratingするとしよう。