Penguin's Nest

音楽の話を中心に徒然なるままに...。

funk'A'dads Psychedelic Edition With Overheads

2011-07-24 05:03:59 | コラムと音楽
正直、友人の事はフラットな気持ちでは書けない。でも、この人達の事は違う。僕は友人である事を忘れて1人のファンになれる。

funk'A'dads PsychedelicEdition with overheads

メンバーは僕もBaton Of Soulで共演している安達隆之 (g) 、寺田正彦 (kb)、武藤祐生 (electric violin)の三人と、林"Linn"邦樹(ds)、大土井裕二(b)が固定メンバー、それにゲストミュージシャンが加わる事も多い。そしてオーバーヘッドプロジェクターという超アナログ機器を駆使してサイケデリックなヴィジュアルを作り出す集団”Overheads"からなるユニットだ。

まずは少しそのライブ映像を見てもらおう。

■Marveles

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YouTube: Marbles



もう一つ。

■triolet

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YouTube: triolet



こんな感じのライブ、何度も観ているが、その度に新鮮な興奮を感じさせてくれるバンドだ。聴く人によってはプログレッシブ・ロック、またある人はエレクトロニカだと思うかも知れない。僕自身は、ジャズのスタイルはとっていないし、誰一人ジャズマンがいないのに、本来ジャズの持つ自由さ、そこから来るある意味呪術的な興奮を感じている。とどのつまり、そういうジャンルで語る事自体バカらしい。

それぞれのバックグラウンドを元にしたサウンドが衝突し、融合し、拡散し、躍動する。テーマと調性感という制約の中で奔放に共鳴するサウンド、そしてOverheadsのアナログでサイケデリックなヴィジュアルエフェクトが華を添える。「制約の中の自由」とは、例えば絵画に例えるならダリやマグリッドやデルヴォーの描く絵は、描かれている一つ一つのディーテイルは緻密で写実的だが、全体の世界観が自由な発想なのである。それをサイケデリックと呼んでも良い。確実な技術に裏打ちされているからこそ、写実的技法という制約を逆手に取ってシュールリアリズムの世界観を描く事が出来る。僕はこのバンドに同じ事を感じることができる。

僕が真っ先にイメージしたのはWeather Reportだ。彼らもスタジオでのセッションを元に曲を構築して行ったと言う。はっきりいってちゃんとした曲の体を成していたのは、一番奔放に見えたジャコの曲だけだったかもしれない。

ウエザーの黄金期を作ったメンバー、リーダーであるジョー・ザヴィヌルはウイーン出身でビバップのピアノ奏者として渡米したヨーロッパ人、ウエイン・ショーターはジャズメンながらミルトン・ナシメントと共演するなどブラジル/ノルデスチ音楽に傾倒した人、ジャコはフロリダでR&Bバンドのベーシストとしてキャリアをスタートさせた人、と異なったバックグラウンドを持ちながら、それを融合(フュージョン)させることで新しい音楽を生み出して行った。もしかしたらそもそもクリオール・ミュージックであるジャズの原点回帰の実験場だったのかもしれない。

そういう意味でこのバンドは、真の意味でのクロスオーヴァー/フュージョンバンドなのである。所謂流行したフュージョンではない、ジャズ、ロック、ソウル、ファンク、ラテンから第三世界の音楽までをも取り込んで新しい「ジャズ」を創造しようとしていた時代の熱気を持っている。しかもジャズミュージシャンではない人達が自由なグルーヴを求めて辿り着いた場所が、奇しくもかつて”Let Freedom Ring!(自由の鐘を鳴らせ)"と(もっともそれは公民権運動と連動した物だったが)叫んだジャズマンが行き着いた先と、非常に親和性のある場所だった。

僕はこのバンドを世界中の人に聴いて欲しい。このパフォーマンスをどう感じるか、あるいは自分の中でどんなカテゴリーの音楽とするかは、それこそ観る人聴く人の自由だけど、アンテナを持っている人達には一期一会の瞬間にしか生まれない音楽の神秘を、ジャンルの壁を越えて(というかそんなもの誰が作ったんだって話だが)きっと感じ取ってもらえると思うのだ。

さて、そんなバンドがCDを出した。CDとは音をメディアに固定する作業である。こういうバンドにとってそこに良い結果をもたらすには大変な知恵と感覚と困難な作業が待ち受けている。このCDはライブレコーディングされた音源をエディットして作られたもので、そういった難しさを乗り越えた力作である。そんな作り方もまた、ウエザーと重なって見えるのはウエザーファンである僕の偏見だろうか。もしそうだとしても、CDもぜひ聴いてみてもらいたいし、ライブにも足を運んでそのヴァイブを生で感じて欲しい。

Funk'A'Dads Psychedelic Edition With OverheadsFunk'A'Dads Psychedelic Edition With Overheads
価格:¥ 1,890(税込)
発売日:2011-04-18


ちなみにこのジャケット、CGではない。Overheadsのアナログなヴィジュアルを使っている。アナログの方が良い、デジタルはダメだ、という気はない。でも複数のギガヘルツのCPUを持つPCや、テラバイトのHDが当たり前のように安価に売られ、HDどころかフラッシュメモリーのPCが登場し、インターネットがクラウド化されて行くほど技術は進歩しても、人の手で生み出される物の価値は、依然、安価で簡易なデジタルの産物をはるかに凌駕する可能性を残したままなのだ。

だからこそ、今日も、僕はベースギターを手にするのである。

funk'A'dads PsychedelicEdition HP

Overheads HP


【訃報】原田芳雄さん

2011-07-20 04:10:32 | 日記・エッセイ・コラム
一度だけ映画の現場でご一緒させて頂いた事がある(といっても勿論僕が出演した訳ではない)。あまりに大御所の方だったし、やはり「オーラ」が凄いので、殆どは遠巻きに見ているだけだったが。

一つ驚いた事は、演技に関しては台本に書かれている通りにやる事。絶対に言い回しを変えたりアドリブを入れたりしない。僕はアレくらいの役者さんだと少々の言い回しのアレンジとかするのかと思っていたが、絶対に変えない。例えば、高笑いするシーンで台本に「かーっかっかっか」と書いてあったらその通りに「かーっかっかっか」と笑う。しかし、その台詞のニュアンス、ト書きになっている部分の「間」に細心の注意を払い、音楽家が譜面から自分の表現を見つけて行く様に、自らの表現で存在感を示していると感じた。

僕は、台本について議論を持ちかける人が居ても、台本通りに演じる人が居ても、それはその人なりに作品をより良くしようという熱意があると思うので、どちらが良いとも好きとも思わない。しかし、全く台本を無視した演技をした事で結果的に歴史に残る名シーンを残した事で有名な、かの松田優作も、原田さんの事は本当に尊敬していたという話も聞いて事が有る。原田さんは、台本(基本)に忠実に、しかしその「制約」の中で最大限自分の存在意義をフイルムに焼き付けるべく努力をする、まさしく一つのスタイルとして「役者とは何か」を体現した様な存在に思えた。

プライベートでは、例えば正月には必ず自宅で餅つき会を催して、役者仲間や友人を多数招いたり、人間関係をとても大切にする方だとも聞いた。

間近であのような大俳優の仕事ぶりを見ることができた事は、一生の思い出となるだろう。


今まで沢山の作品で我々を楽しませて頂いて本当にありがとうございました。
どうぞ安らかにお休み下さい。