漢方学習ノート

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

呼吸器疾患(風邪・咳)の漢方2024

2024年09月27日 12時51分42秒 | 漢方
WEBセミナーで上記の講演を視聴しました。
解説がわかりやすくよい復習になりました。

また、「芍薬は汗を止めるブレーキであり、これが入っていると虚証用の方剤になる」「太陽病期の虚実を判定する際、咽頭痛の有無がポイントとなる」という目からうろこが落ちる箇所もあり、そういう視点があったかと感心しました。
講師は井上博喜Dr.(飯塚病院)です。

▢ 陰陽と体力・病毒の量的消長関係

経過 初発 →  →  →  →  →  →  →  → 死   
     表  半表半裏   裏
体力   強         弱
病毒   弱         強
     ①   ②     ③④⑤⑥

<陽証> 熱がある
① 太陽病期
② 少陽病期
③ 陽明病期
<陰証> 冷えがある
④ 太陰病期
⑤ 少陰病期
⑥ 厥陰病期

・・・ここで気づいたのですが、③陽明病期は陽証でありながら裏なのですね。
私は開業小児科医なので、診療範囲は①②くらいであり、③以降は病院に紹介するスタンスです。

▢ 表裏
・生体の部位を表す概念
・病気の進行方向は、表 → 半表半裏 → 裏

(体表部):皮膚、筋肉、四肢、頭部
半表半裏:肺、肝、上部消化管など横隔膜周辺
(体深部):臓腑(特に下部消化管)

▢ 太陽病
【病位】表
【脈候】浮
【症候】頭痛、発熱、悪寒、関節痛、筋肉痛、上気道炎症状(咳、咽頭痛)
 実証:自然発汗(ー)
 虚証:自然発汗(+)
【治療原則】発汗
【代表方剤】桂枝湯、麻黄湯

▢ 浮脈=太陽病ではない
・浮脈とは、触れ始めが一番強い脈。
・太陽病以外で例外的に浮脈になる場合;
✓ 食後、運動後
✓ ステロイド内服中
✓ 妊娠中

▢ 太陽病に使用する方剤

(虚実) (方剤)    (自汗)(咽痛)   (特徴)
 実   大青竜湯     ー   +    煩燥、口渇
     麻黄湯      ー   +    関節痛
     葛根湯      ー   +    項背強ばる

 虚   桂枝二越婢一湯  +   +    熱多く寒少なし、口渇
 実   桂枝麻黄各半湯  +   +    熱多く寒少なし、不渇
 間   小青竜湯     +   +    水毒(寒)

 虚   桂枝加葛根湯   ++  ー    項背強ばる
     桂枝湯      ++  ー    上衡(表虚証の代表)

・・・麻黄湯・葛根湯・桂枝湯が代表的ですが、井上先生は上記8つの方剤を使い分ける必要があると仰います。
自汗はわかるのですが、咽痛(咽頭痛)が鑑別ポイントとなるのは初めて知りました。

・・・汗に関しては、肌を触った感覚で鑑別可能:
 実証  → サラサラ
 虚実間 → しっとり
 虚証  → ベトベト

虚実間の方剤(桂枝二越婢一湯と桂麻各半湯)はメジャーではありませんが、小青竜湯はよく処方しますね。
ただ、虚実間を意識するというより、水様鼻汁があれば小青竜湯、という視点ですが。

▢ 太陽病における虚実の判断
① 自汗の有無・・・自汗あり → 虚証、無汗 → 実証
② 脈の力強さ・・・弱 → 虚証、強 → 実証
※ 舌や腹の所見は無視してよい。

・・・漢方的には「汗を出して解熱させる」ことが感冒初期治療のポイントですが、「汗を出さずに熱を上げられる」体力を実証と捉えます。逆に「汗が出てしまい熱が上げられない」人は虚証です。

▢ 桂枝湯
・聚方の祖:いろいろな方剤の元になっている
・ポイント:脈浮弱、自汗、上衡
・構成生薬:桂皮3-4;芍薬3-4;大棗3-4;生姜1-1.5;甘草2
桂皮・・・発汗、気をのびやかに巡らす(上に上がった気を下げる)
芍薬・・・収斂、血をのびやかに巡らす(汗を止める)
甘草、生姜、大棗・・・3つで生姜煎(しょうきょうせん)胃腸を守るトリオ

君薬は汗を出すのに臣薬は汗を止めるベクトルと逆であるが、これ如何に?
 → アクセルとブレーキが入っているので、バランスが取れるという視点で考えるとわかりやすい。桂枝湯は虚証に使用される方剤であり、汗が出すぎるとまずい。

▢ 葛根湯
・ポイント:無汗、後頚部のこり
・構成生薬:葛根4-8;麻黄3-4;大棗3-4;桂皮2-3;芍薬2-3;甘草2;生姜1-1.5
桂皮・麻黄・・・発汗(発表)
芍薬・葛根湯・・・筋緊張(とくに首の後ろ)を緩める
麻黄・葛根湯・・・発汗、頭痛を治す

・・・実証用の方剤ではあるが、芍薬というブレーキが入っているので、実証の中でもやや虚証寄りの構成と考えられる。

▢ 麻黄湯
・ポイント:無汗、関節痛、筋肉痛
・構成生薬:麻黄3-5;桂皮2-4;杏仁4-5;甘草1-1.5
桂皮・麻黄・・・発汗、解表作用
麻黄・杏仁・・・鎮咳・去痰作用

・・・桂皮麻黄の発汗作用にブレーキをかける芍薬が入っていない点がポイントであり、純粋に実証用の生薬構成となっている。また、胃腸薬3兄弟のうち生姜と大棗も消えており、車に例えるなら身軽にしてスピードを追求する「F1カー」。

▢ 大青竜湯(≒麻黄湯+越婢加朮湯)
・ポイント:無汗、口渇、煩燥(熱がこもって身の置き場のない苦しさ、じっと寝ていられない)
・生薬構成:麻黄;桂皮;石膏;杏仁;甘草;生姜;大棗
桂皮・麻黄:発汗・解表作用
石膏:強力に熱を冷ます、口渇・煩燥に対応
麻黄・杏仁・・・鎮咳・去痰作用

・・・桂皮麻黄の発汗兄弟に強力に熱を冷ます石膏が仲間入り、かつブレーキの芍薬なし、と最強の生薬構成になっている。石膏が胃に来るので胃腸薬3兄弟が復活している。麻黄湯でも間に合わないくらい熱がこもっているときに選択。

▢ 太陽病(浮脈、悪寒、発熱)に使用する実証用方剤まとめ

(強い脈+無汗)+(煩燥・口渇)   → 大青竜湯(麻黄湯+越婢加朮湯)
        +(関節痛・筋肉痛) → 麻黄湯
        +(後頚部凝り)   → 葛根湯

・・・より実証の症状があれば強い方剤を選択するそうです。
(例)後頚部凝りを訴えるけど節々も痛い → 葛根湯ではなく麻黄湯を選択

▢ 桂枝二越婢一湯(≒桂枝湯+越婢加朮湯)
・ポイント:自汗、咽頭痛、口渇
・構成生薬:桂皮・芍薬・麻黄・甘草各2.5-3.5;大棗3-4;石膏3-8;生姜1
桂皮・麻黄:発汗・発表
石膏:清熱
芍薬:収斂
生姜・甘草・大棗:胃腸薬3兄弟
蒼朮:おまけ

・・・大青竜湯(麻黄湯+越婢加朮湯)に芍薬(ブレーキ)が入っているイメージ。

▢ 桂枝麻黄各半湯(≒桂枝湯+麻黄湯)
・ポイント:自汗、咽頭痛、不渇
・構成生薬:桂皮3.5;芍薬2;生姜0.5-1;甘草2;麻黄2;大棗2;杏仁2.5
桂皮・麻黄:発汗・発表
芍薬:収斂
杏仁・・・鎮咳・去痰
生姜・甘草・大棗:胃腸薬3兄弟

・・・桂枝二越婢一湯との違いは石膏の有無、つまり、
石膏あり(桂枝二越婢一湯) → 口渇
石膏なし(桂枝麻黄各半湯) → 不渇
で使い分けるとのこと。

▢ 桂麻3兄弟と喉チクの風邪
<陽証期>
桂枝二越婢一湯 ・・・熱>寒、自汗(自覚するかしないか程度)+口渇
桂枝麻黄各半湯 ・・・熱>寒、自汗(自覚するかしないか程度)+不渇
(桂枝二麻黄一湯)
(桔梗湯)   ・・・咽頭痛のみで他の症状に乏しいとき(虚実不問)
<陰証期>
麻黄附子細辛湯 ・・・「直中の少陰」、強い冷え、脈沈細弱、倦怠感

・・・麻黄附子細辛湯だけ陰証で違和感あり・・・どういうこと?

▢ 麻黄附子細辛湯
・高齢者や疲れがたまって弱っている人(直中の少陰)に適応
・陰証(冷え症)の咳嗽
・手足の冷え、顔色不良
・強い倦怠感(座っていたい、寝ていたい)
・沈弱脈
・水溶性喀痰に → +小青竜湯(19)
・慢性期の胃腸障害に → 桂姜棗草黄辛附湯

・・・太陽病期の“悪寒”は熱が上がると解消して逆に「暑い暑い」というが、少陰病期の“悪寒”は熱が上がってもずっと「寒い寒い」と言い続ける、とのこと。

▢ 桂姜棗草黄辛附湯麻黄附子細辛湯+桂枝湯
・陰証(冷え症)の長引く咳嗽
・胃腸が弱い
・心理的ストレス(腰が痛い、痛みがある・・・)
・中脘付近(剣状突起と臍部の間)の抵抗・圧痛
・冷えが強ければ、麻黄附子細辛湯+桂枝加朮附湯

▢ 麻黄附子細辛湯の適応を考える際は“冷え”を見抜く必要がある
✓ いつもより冷えるか?
✓ 冷えるとイヤな感じがするか?
✓ 手足が冷たいか?
✓ 温かい飲み物を好むか?
✓ 強い倦怠感があるか?

▢ 小青竜湯
・ポイント:自汗、水様鼻汁、水様痰
・構成生薬:麻黄2-3.5;芍薬2-3.5;乾姜2-3.5;甘草2-3.5;桂皮2-3.5;細辛2-3.5;五味子1-3;半夏3-8
細辛・桂皮・麻黄:発汗・解表作用
芍薬:収斂
半夏・五味子:鎮咳作用、利水作用
乾姜・甘草・大棗:胃腸薬

▢ 風邪の“漢方的“養生
1.体を冷やさない
・薬は温めて飲む(エキス剤は湯に溶く)
・ふとんなどで覆う
2.しっとり汗が出るまで繰り返し漢方薬を服用
・就寝前まで3-4時間毎に服用
・流れるほど汗をかくのはダメ!
3.胃腸に負担のかかる食事は控える
・エネルギーの無駄遣いを防ぐ

・・・処方箋には「1日3回、食前に内服」と書かざるを得ませんが、この飲み方では十分な効果を期待できません。
「しっとり汗をかくまで3-4時間毎に内服」が一番効果的な飲み方です。
この“しっとり”がポイントで、サウナに入ったときのようにダラダラ流れるほど出るまで飲んではいけません。
脱水になってしまいます。
上記方法に従えば、2日分を1日で飲んでも問題ない、と講師はコメントしていました。

▢ 麻黄 ・・・効果も強いが副作用も出る生薬
【主成分】エフェドリン
【薬理作用】交感神経興奮、中枢興奮、鎮咳、気管支拡張、発汗、抗炎症、抗アレルギー作用
【薬能】
1)発汗:急性熱性疾患初期を改善
2)止咳:咳嗽や喘息症状を改善する
3)利水:浮腫や腫脹を改善
【慎重投与】胃腸虚弱、体力低下、著しい発汗、狭心症・心筋梗塞、重症高血圧、甲上腺機能亢進症、排尿障害
【注意すべき副作用】胃腸障害、不整脈、不眠、尿閉

▢ 太陽病期 → 少陽病期への移行を示すサイン
・悪寒が目立たなくなる
・項部のこわばりなし、頭痛なし、発汗なし
・微熱
・口が苦い(ねばつく)、食欲不振、味覚障害
“咳嗽”は少陽病期の症状
・舌苔(厚い)
・脈が浮 → 弦(ギターの弦を触っているような感覚)

▢ 咳嗽に使用する漢方薬
      急性期  亜急性期  慢性期
        (1-2週間)(3-4週間)
(粘稠痰)  麻杏甘石湯 清肺湯
(湿性咳嗽) 小青竜湯  半夏厚朴湯
(強い咳込み)越碑加半夏湯
(乾性咳嗽) 麻黄附子細辛湯 滋陰降火湯
             麦門冬湯

▢ 麦門冬湯(29)
適応
・空咳、咽頭乾燥感
・少量の粘稠痰
・こみ上げてくる連続咳嗽・顔面紅潮
・咽喉のつかえ感(咽喉不利)
・Sjogren症候群に伴う咽頭乾燥感
作用:末梢性鎮咳作用
コツ:
・炎症が残っているときは効かない → 柴胡剤と併用

▢ 半夏厚朴湯(16)
適応
・湿性咳嗽
・咽喉のつかえ感(咽中炙臠)、梅核気
・神経質、几帳面(メモ魔、マーカー魔)、用意周到
・不安感、予期不安
・胃食道逆流に伴う咽喉・食道部の異物感
作用:嚥下反射の改善作用(サブスタンスPを介する)
応用:
・胃腸障害を合併 → 茯苓飲合半夏厚朴湯
・胸脇苦満・微熱 → 柴朴湯(小柴胡湯+半夏厚朴湯)

▢ 麻杏甘石湯(55)
適応
・ねばりのある痰
・口渇、熱感、自汗傾向
・連続性咳嗽
応用
・水溶性喀痰  →  +小青竜湯
・胃腸虚弱   →  +二陳湯
・激しい咳嗽  →  +桑白皮( → 五虎湯)

・・・石膏が入っているので“口渇”が入る。

▢ 上記3剤使用の際、炎症が残っていたら柴胡剤と併用
(実)  基本処方    鎮咳漢方薬
 ↑   柴陥湯     麻杏甘石湯(55)
 ↓   小柴胡湯 +  半夏厚朴湯(16)
(虚)  柴胡桂枝湯   麦門冬湯(29)

▢ 清肺湯(90)
適応
・色の濃い黄色がかった痰
・粘っこくて痰の喀出が困難なとき
作用
・清熱・滋潤・利水・鎮咳・温剤の生薬が揃って入っている。
・COPD患者の呼吸器症状を改善する。
・下気道病変に対する清熱作用(抗炎症)
応用
・気道の滋潤作用(水分量増加) → 口腔乾燥症に応用可能?
副作用
・黄岑(肝機能障害、間質性肺炎)、山梔子(腸間膜動脈硬化症)、甘草(偽アルドステロン症)

・・・“抗生物質を使いたくなるような汚い痰“がキーワード。

▢ 越碑加半夏湯
適応
・目脱状(もくだつじょう、目の玉が飛び出しそうなほど激しい咳)
・咳嗽後に嘔吐
・百日咳
症候
・脈浮大
応用
激しい乾性咳嗽 → 越婢加朮湯+麦門冬湯
激しい湿性咳嗽 → 越婢加朮湯+半夏厚朴湯

・・・この方剤、結構使っています。
他の治療(抗生物質、抗喘息薬)に反応なく、咳込みがつらい場合に処方しています。
有効率は高く、8割くらいでしょうか。

▢ 滋陰降火湯(93)
適応
・粘稠で切れにくい痰(麦門冬湯様)
・麦門冬湯より乾燥状態が強い
・咳は比較的強め、夜半〜早朝に頻発
・咽頭後壁の乾燥、舌乳頭の消失(鏡面舌)と乾燥
・皮膚は浅黒く乾燥
・やや便秘傾向

・・・まだ使用したことがありません。
“乾性咳嗽ではあるが麦門冬湯でも今ひとつ”の場合に処方してみようと思います。
でもその場合は越碑加半夏湯(越婢加朮湯+麦門冬湯)を使ってしまうかなあ・・・。

▢ 桂枝加厚朴杏仁湯
適応
・通常より咳が残りやすい人に
・ふとんに入ってから咳嗽増強
・キャンキャン、犬の遠吠え様
・虚弱体質
・胃腸虚弱で麻黄を受け付けない人に

・・・小児科医は“犬の遠吠え様”と聞くと「クループ症候群」を想定してしまうのですが、
嗄声・犬吠様咳嗽にも効くのかな?


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