1277
打ち寄せる波。いつもは穏やかな海が、今日は荒れている。
定期連絡船が停泊する港に常の賑わいは無く。
寂寥とした桟橋、寄せては砕ける波の飛沫が一層寒々しく。
辛うじて届く日光を受け止めているのは、白い影。
はためくマントとフード、少女の横顔がちらりと見える。
足元で見上げる白猫、心なしか髭が震えていた。
風が、また強くなる。
ごうごうと鳴る海。
遺跡を振り返る少女、その瞳には何が映るのであろうか。
地下へと続く階段は遥か先、暗い霧に覆われ見るものを圧迫する。
猫の髭が大きく揺れた。
ざしっ。
天が裂ける。
いや、それは幻想。
しかし何か、途方もない力によって、少女と遺跡とが引き裂かれたのだ。
ぎしっ。
桟橋が揺れる。船はもう、あと歌を一つでも歌い終わる頃には出るだろう。
ただ強く吹き荒ぶ風がそれを押し留めているのであった。
俯く少女。
浮かぶ、未練。
或いは孤独、か。
少女と猫を見送るものは誰もいない。
間に合わないのだ。
あまりにも急なこと。
魂を運ぶという青年の優しき羽も。
誇り高き貴婦人の美しき声も。
葛藤する少年の強き瞳も。
この時空を越えた島、その中で働く法則――という名の世界律には勝てぬのだ。
船の汽笛がなる。
もう、時間が無い。
少女のまだ細い肩が、小さく震えた。
これで、終わるのだ。
島で過ごした日々、そしてすれ違った人々。
互いに心を強く通わせるほどの時間を天は与えはしなかった。
ただ僅か一時、触れたものだけを残して。
少女が静かに一歩、踏み出した時。
風が、吹いた。
荒れる空から吹く冷たさではなく。
何かを斬るような、鋭い風。
振り向いた少女の、目に映ったのは。
紫色のスーツに包まれた男。
「………!」
少女が何かを訴える。
しかし、音は唇から漏れる前に掻き消えた。
そう、これが世界律。
見上げる猫の瞳に黒い雲が映る。
男は、静かに首を振った。
「お嬢さん、言いたいことはなんとなく判る。
でもあんたの声は届かないんだ。それが、ここのルールだ」
ぽつ、ぽつ。
大粒の水滴が男の髪に落ち。
「しかしな、俺の声はあんたに届くかもしれない。
なぜならな、俺はこの島と関わりがねえからだ。
時間が無いから、聞いてくれ。」
空から滝が降ってきた。
激しい雨。
男の存在を否定するのだろうか。
鳴り響く雨音が、男の言葉を消し去らんとする。
男は喉を振り絞る。
「信じてくれ。
あんたがこの島を出ても。
ずっと忘れない奴がいる。
あんたの思いが届かなくても。
いつかは知る奴がいる。
聞こえるか?
あの、美しい踊り子の悲しみが。
見えるか?
あの、麗しいご婦人の嘆きが。
感じるか?
あの、愚かな弓使いの走る音を。
もうすぐ、あいつが来る。いや、あいつだけじゃない。みんな来るんだ。
確かに、時間は無い。
来ても、話すことなんてできないかもしれない。
間に合わないかもしれない。
でも信じるんだ。
いつかきっと、戻ってこれることを。
或いは、ここではないどこかで出会えることを。
だから、叫んでくれ。
あんたの、思いの限りを。
悲しみも喜びも苦しみも、全て。
その声は、きっと届く。
あのバカ息子だけじゃない、あんたを思う人全てに。
そうだ、大きく、口を開けて、息を大きく吸い込んで―――」
少女は、口を開いた。
胸をいっぱいに膨らませて。
お腹の底から、その小さな身体中の、命を漲らせて。
轟く天を貫け、と。
私を見てくれた人、知ってくれた人、声をかけてくれた人、皆に届け、と。
真面目な新米騎士の、心配する顔が見えた。少し慌てていた。
何故かキャベツを気にするエルフの少女が微笑んでくれた。
斧を持つロボットが、まっしぐらにこちらへ向かっていた。
エルフの少年が、一生懸命走ってきていた。
帽子を被った青年の、「萌」という声が聞こえた。
あの奇術師のスターが、弾けんばかりの笑顔を向けてくれた。
煙管を持つ海賊が、こっちへ来いと手招きをしていた。
動物を抱えたメイドさんが、可愛いと言ってくれた。
眼鏡をつけたメイドさんは、頭を撫でてくれた。
静かな金髪のお姉さんが、紅茶を用意してくれた。
全ては、幻だったのかもしれない。
しかし少女にとっては、それが真実だった。
そして、彼らにとっても。
空には青空が広がり、雨の香る桟橋からは虹の橋が――――
これから先は、何者も語る言葉を持たない。
ただ、天は一つであり、大地は一つであり。
別れし天地はいつか、溶けて重なり。
一時の離別こそ、後の絆とならん。
それが夢に終わらぬことを、唯願うのみ。
(1277 ネル様 及び 集合絵で書かれていた 66 124 255 324 666 710 1359 1513 1617 の皆様
そしてコメントされていた比和様をお借りしました 勝手なこと、申し訳ありません
あまりにも寂しいので せめて文という形でも、と)
打ち寄せる波。いつもは穏やかな海が、今日は荒れている。
定期連絡船が停泊する港に常の賑わいは無く。
寂寥とした桟橋、寄せては砕ける波の飛沫が一層寒々しく。
辛うじて届く日光を受け止めているのは、白い影。
はためくマントとフード、少女の横顔がちらりと見える。
足元で見上げる白猫、心なしか髭が震えていた。
風が、また強くなる。
ごうごうと鳴る海。
遺跡を振り返る少女、その瞳には何が映るのであろうか。
地下へと続く階段は遥か先、暗い霧に覆われ見るものを圧迫する。
猫の髭が大きく揺れた。
ざしっ。
天が裂ける。
いや、それは幻想。
しかし何か、途方もない力によって、少女と遺跡とが引き裂かれたのだ。
ぎしっ。
桟橋が揺れる。船はもう、あと歌を一つでも歌い終わる頃には出るだろう。
ただ強く吹き荒ぶ風がそれを押し留めているのであった。
俯く少女。
浮かぶ、未練。
或いは孤独、か。
少女と猫を見送るものは誰もいない。
間に合わないのだ。
あまりにも急なこと。
魂を運ぶという青年の優しき羽も。
誇り高き貴婦人の美しき声も。
葛藤する少年の強き瞳も。
この時空を越えた島、その中で働く法則――という名の世界律には勝てぬのだ。
船の汽笛がなる。
もう、時間が無い。
少女のまだ細い肩が、小さく震えた。
これで、終わるのだ。
島で過ごした日々、そしてすれ違った人々。
互いに心を強く通わせるほどの時間を天は与えはしなかった。
ただ僅か一時、触れたものだけを残して。
少女が静かに一歩、踏み出した時。
風が、吹いた。
荒れる空から吹く冷たさではなく。
何かを斬るような、鋭い風。
振り向いた少女の、目に映ったのは。
紫色のスーツに包まれた男。
「………!」
少女が何かを訴える。
しかし、音は唇から漏れる前に掻き消えた。
そう、これが世界律。
見上げる猫の瞳に黒い雲が映る。
男は、静かに首を振った。
「お嬢さん、言いたいことはなんとなく判る。
でもあんたの声は届かないんだ。それが、ここのルールだ」
ぽつ、ぽつ。
大粒の水滴が男の髪に落ち。
「しかしな、俺の声はあんたに届くかもしれない。
なぜならな、俺はこの島と関わりがねえからだ。
時間が無いから、聞いてくれ。」
空から滝が降ってきた。
激しい雨。
男の存在を否定するのだろうか。
鳴り響く雨音が、男の言葉を消し去らんとする。
男は喉を振り絞る。
「信じてくれ。
あんたがこの島を出ても。
ずっと忘れない奴がいる。
あんたの思いが届かなくても。
いつかは知る奴がいる。
聞こえるか?
あの、美しい踊り子の悲しみが。
見えるか?
あの、麗しいご婦人の嘆きが。
感じるか?
あの、愚かな弓使いの走る音を。
もうすぐ、あいつが来る。いや、あいつだけじゃない。みんな来るんだ。
確かに、時間は無い。
来ても、話すことなんてできないかもしれない。
間に合わないかもしれない。
でも信じるんだ。
いつかきっと、戻ってこれることを。
或いは、ここではないどこかで出会えることを。
だから、叫んでくれ。
あんたの、思いの限りを。
悲しみも喜びも苦しみも、全て。
その声は、きっと届く。
あのバカ息子だけじゃない、あんたを思う人全てに。
そうだ、大きく、口を開けて、息を大きく吸い込んで―――」
少女は、口を開いた。
胸をいっぱいに膨らませて。
お腹の底から、その小さな身体中の、命を漲らせて。
轟く天を貫け、と。
私を見てくれた人、知ってくれた人、声をかけてくれた人、皆に届け、と。
真面目な新米騎士の、心配する顔が見えた。少し慌てていた。
何故かキャベツを気にするエルフの少女が微笑んでくれた。
斧を持つロボットが、まっしぐらにこちらへ向かっていた。
エルフの少年が、一生懸命走ってきていた。
帽子を被った青年の、「萌」という声が聞こえた。
あの奇術師のスターが、弾けんばかりの笑顔を向けてくれた。
煙管を持つ海賊が、こっちへ来いと手招きをしていた。
動物を抱えたメイドさんが、可愛いと言ってくれた。
眼鏡をつけたメイドさんは、頭を撫でてくれた。
静かな金髪のお姉さんが、紅茶を用意してくれた。
全ては、幻だったのかもしれない。
しかし少女にとっては、それが真実だった。
そして、彼らにとっても。
空には青空が広がり、雨の香る桟橋からは虹の橋が――――
これから先は、何者も語る言葉を持たない。
ただ、天は一つであり、大地は一つであり。
別れし天地はいつか、溶けて重なり。
一時の離別こそ、後の絆とならん。
それが夢に終わらぬことを、唯願うのみ。
(1277 ネル様 及び 集合絵で書かれていた 66 124 255 324 666 710 1359 1513 1617 の皆様
そしてコメントされていた比和様をお借りしました 勝手なこと、申し訳ありません
あまりにも寂しいので せめて文という形でも、と)