本当に冤罪ですか? 高知バス×白バイ衝突死亡事故について考えるBLOG

偶然たどりつた掲示板で「あれ?!」と思った事故について。高知の今を考えるBLOGです。

高知バス×白バイ衝突死亡事故とは?

2008-05-19 00:19:33 | 高知バス×白バイ衝突死亡事故とは?
2006年03月04日 高新より

3日午後2時半ごろ、吾川郡春野町弘岡中の国道56号で、県警交通機動隊の巡査長(26)=が運転する白バイが道路左側のレストラン駐車場から出てきたバスと衝突。
巡査長は胸を強く打ち、高知市内の病院に運ばれたが胸部大動脈破裂で約1時間後に死亡した。

バスに乗っていた乗客にはけがはなかった。
土佐署はバス運転手を業務上過失傷害で現行犯逮捕。
業務上過失致死容疑に切り替えて調べている。
同容疑者は「バイクは全然見えていなかった」と言っているという。

現場は荒倉トンネルの南約300メートルの片側2車線の見通しの良い直線。
巡査長の白バイは高知市方面に向け通常走行していたとみられる。
バスは土佐市方面へ向かうためレストラン駐車場から対向車線へ入ろうとしていたという。

白バイはバスの右前部に衝突しており、巡査長はバスをよけようと右側にハンドルを切ったが、よけ切れなかったのではないかとみられ、同署が詳しい事故状況を調べている。

巡査長はこの日午前8時半ごろから高知市や周辺市町村をパトロール中だった。

県警によると、同巡査長は県内の高校を卒業後、11年4月に巡査として採用され、13年4月から交通機動隊白バイ隊員として勤務。
昨年10月に茨城県ひたちなか市で開かれた全国白バイ安全運転競技会の団体2部で全国優勝を果たしたメンバーの一人だった。


※一高知市民としての私の考え
この事故について、運転手支援者は「冤罪」を主張しています。
私には、その感覚がわかりません。
冤罪とは、罪がないのに、疑われたり罰を受けたりすること。無実の罪。ぬれぎぬ。
「―をこうむる」と辞書にあります。
周防正行監督の映画「それでもボクはやってない」のようなケースが冤罪なのです。
この事故に、冤罪と言う言葉をつかうのはおかしいと私は思います。

例えば、この事故で、あなたの大切な人が、この亡くなった警察官だったらどうでしょう?
この事故を、運転手側に「冤罪だ」と言い立てられたらどうでしょう
冤罪、えんざい。
運転手にはまったく罪がない。無実。ぬれぎぬ、だと思いますか?

その理屈で行くと、周辺市町村をパトロール中に殉職した白バイ隊員が100%悪いということになりませんか。
国道の優先車線を大型車で塞ぎ、「右側を見ていなかった」運転手に過失はないのでしょうか?
まして、白バイ隊員はバスの下に巻き込まれるような形で死亡しています。
なのに、白バイ隊員だけが悪いというなんておかし過ぎです。

例えば、この事故で、あなたの大切な人が、この亡くなった警察官だったらどうでしょう。
私はまったく関係ない第三者ですが。
もし、この亡くなった警察官が私の家族だったらと置き換えて考えただけで・・・ぞっとします。

亡くなった人の名誉を酷く傷つけられているようで、とても悲しいだろうと思います。
軽々しく使われる冤罪という言葉は、亡くなった人を傷つけ、残された家族をも傷つける刃物のような言葉だと私は思います。

この事件については、運転手側が一方的に流布していることも、私には信じられません。
なぜなら、そこにはがあるからです。
バス運転手は、「バイクは全然見えていなかった」といっていたのに。
声高に叫んでいた警察の捏造説の旗色が悪くなると白バイ高速で訓練中説に切り替え?
「白いバイが時速120kmでバスに突っ込んできたのを見た」と裁判で主張していたそうです。
自分の都合だけで「見てない」を「見た」に変えような人を私は信用できないです。