50歳になるまで考えたことはありませんでした。
正確に言うなら2011年3月10日までは。
脳出血で倒れてから、もうじき2年半になります。
あの日以来、「死と生」について考える機会が増えました。
否、 やたらとそればかり思っていると言ったほうが正しいでしょう。
死、
アメリカでは銃による無差別虐殺がこれでもというほど続きます。
9.11に代表されるテロも終わりなき事件です。
中東でもまるで人が人でないような人殺しの連続。
インドでは集団レイプされ、殺される女性たち。
日本でも事故・事件で、覚えていられないくらい多数の犠牲者が…。
中国では自然災害による映像。
死ぬ人、 生きる人、
その差はいったい何処にあるのでしょうか。
私が出した「仮」の答え、
それは 偶然 です。
覚えていらっしゃる方も多いと思いますが、
兵庫県のおばさんを頂点にした奇妙な殺人事件。
果たして全部で何人殺したのか。
若い姉妹、 一方はおばさんの子どもと結婚し、
一方は虚しく死去。
たとえば 56年前、
あそこでふたりが出逢わなければ、
私と云う存在はなかった。
たとえば 大久保清の母上が別の男性と結婚していれば
たとえば あの娘が迷った挙句に コンビニに立ち寄らなければ
「偶然」は決して言葉遊びではありません。
でも どこかで 心の救いを求めているのかも知れません。
ps : 私宛てのメッセージ、 本当にありがとう。