「どうしてだろう」
ちっぷは苛立ちながら立ち上がった。
弟のでーるは、まだ2歳。
こういった用事は僕のところへ来るんだ。
その日、父は警察での勤務を終え、いつものようにまっすぐ帰宅した。
そして忘れ物に気が付いた。
「ちっぷ! 柿の種を買うて来い」
もう夜も暮れかけている7時前。
どういうわけで柿の種が食べたいんだ。
たった一口の酒も飲めないのに。
10円玉を握り締めて僕は菓子屋に向けて走り出した。
時間はなんとかなる。
閉店の7時までになんとか間に合う。
家の裏は広大な畑で、その端をかろうじて人が通り過ぎれるほどの道があった。
畑の道を走って下り、うっそうとした藪まで来たら左折。
また狭い路地を抜けるとようやく人家が見えた。
もう各家には電灯が灯り、夕ご飯の匂いが漂っていた。
そのあたりからは道も舗装され、菓子屋まではもう僅かだ。
なんとか7時ぎりぎりに店に入って柿の種を購入した。
しかし周囲は薄暮というか、すでに暗闇が降り始めていた。
10円分の柿の種の入った袋を握り締め、僕は来た道を急いで帰る。
とにかく急がなければ真っ暗な畑道が待っているから。
人家がなくなったあたりから、僕の後ろを歩く音がするのに気がついた。
こつこつこつ、
いや、ざくざくざく、 かな。
姿は見えないのに、靴の音だけが妙に耳に響いた。
悪い人?
普通のおじさん?
けれど僕の頭の中には最悪なものが渦巻いていた。
これは、幽霊?
走った。
誰もいない道を思いきり走った。
一度転びかけたが、委細構わず僕は必死に走った。
自宅の灯りが見えたところでようやく僕は気がついた。
いつの間にか、あの足音が消えていることに。
父は柿の種を食べ、母はでーるに食事をあげていた。
どこにでもある昭和の残像。
そして僕はその夜、、
夢を見た。
皆が寝こんでいる真夜中、
とんでもない悲鳴を上げて、怒られた。
ざっ ざっ ざっ ざっ ざっ
軍靴 を履いた人が僕の後ろを歩いて来る。
ざっ ざっ ざっ ざっ ざっ ざっ ざっ ざっ
はるか昔、 昭和40年頃のお話。