老いぼれよれよれ道中記

ひまなじっさまが、余生のあるうちはと、内外のおもしろげな街や村をほっつきあるく旅日記

上海だより・19=帰国作戦

2009年02月16日 | Weblog
♪ いざ 行け~ つわもの~ 日本男子~

国難ともいえる祖国の、政局の混乱を見るにしのびず
ここは、微力の老兵ながらも一旦、前線を離脱して・・・

という堅い信念があるわけじゃないけど、要は、
自分の寿命に限りがあれば、いつまで、かかる居心地よき
暑ったかな?ノンカイに、居座っていてもしかたなし。

ここはまじめに反省して、このところ迷っていた
帰国ルート・・・
帝国日本陸海軍大本営作戦本部が、往時、その決断を迷いぬいた
ごとく、「北方」ととるか「南方」を選ぶか!

わし、上海上陸時は、帰途もやはり中国経由の「北方」ルートが
眼中にあれど、ノンカイで惰眠を貪っておるうち
「そういえば、今回の作戦。かってこの足で蹂躙した国々ばかり、
ここは、乾坤一滴!。自己の足跡を新たな国に残すことが
貴重なパスポートを交付してくれた日本国外務大臣への義理だてではないか」

となれば、タイより南下して・・・
マレーシア・インドネシア・フリッピン。
かなりアジアをふらついてきたおぼえやけど、あらためて見直せば
むかし「ガキ」のころ、あこがれていたそれら「南方」は、ほとんど手付かずの国々。

わずか、かって、カミサンとパック・ツアーででかけた
かっての「昭南島」。なつかしいわなも。わしらのガキのころは
そうよんだ、いまの「シンガポール」がわずか一カ国だけ。

しかし、作戦をたてるにしても、当初、そのルートを想定していなければ
旅本を含めそのあたりの情報や資料、まったくなく、これが、
北方を帰路とする作戦を破棄できなかった要因でなも。
南方は策のたてようがなし・・・これが昨日の昼までの状況。

ところが、なんと、ここで天運は、この老兵の意志をくみ
なんと、若き優秀の「作戦参謀」をわしに派遣!

昨日、わしが、朝、タイ・滞在、3度目になるビザ切れを更新するため
例により、自転車で国境を越え、一旦、ラオスに脱出。
お宿に戻ってくれば、やはり前日、ビエンチャンからこのノンカイいりした
「しゅークン」がおってなも。「やあーやあーお久しぶり」

彼は、今回、大阪から上海にきた中国船のなかで一緒した好青年やけど、
すでに中国・香港:マカオ・ベトナム・ラオス・カンボシア・さらにはタイの各地と
精力的に旅を重ねておってなも。

わしが、ノンカイにノンビリしとるまに、ほんと真面目に。感心なんですわ。
で、このあと、インドに行き、もどってマレーシアや
インドシナなどに、というんやけど・・

それを聞き、「そうか、わしも、そっち考えとるけど、資料があれせんし
帰国ルートができいせんでよわっとるんだわ」
わしがグチをこぼせば、しゅークン。なんと、どうせボクもインドからあとは
そのルートをやるつもりです、今晩、調べてみます。

手持ちの「ガイド本」とインターネットの検索を使いながら、
なんと今朝方3時ごろまでかかり、わしが、気ままにあげた
国と町と希望知地を通る作戦要図を書き上げてくれてなも。

まだ、実際に開戦するとすれば、詰めるところかなりあり
また、実際は全てとりやめバンコクあたりから飛行機ですぐ復員!
てなケースも多分にあるけど、一応、「モシやるとすれば」
のしゅークン労作のルートを、参考までになも。


バンコクに出る。

マレー鉄道の西線を使い南下。これは、老後になって、わしがそれを読み
アジアふらつき旅の要因ともなった沢木耕太郎氏の「深夜特急」の象徴的舞台と
もなる鉄道で、これに乗るだけでもシメシメの思いあり。

マレーシアの有名な保養地、ジョージ・タウンとペナン島に。

世界的デカデカ長々高々層ビルのあるマレーシアの首都クアランプール。

バスで、あの有名な「マラッカ海峡」の港町、マラッカに出て、フェリーで
インドシナのスマトラ島にわたる。

スマトラ島では、ぜひぜひ、多分なにもないくだらない土地であろうが
「バレンバン」に断固として行く。

ここは、かって、日本軍が、落下傘部隊で急襲して世界に名を
馳せた「バレンバン攻撃」の光栄の大地

♪ 見よ 落下傘 空に 降り 見よ 落下傘 空に 降り~

ガキのころ、防空頭巾をかぶりながら、わしも歌っていた軍歌。
いまでもソラでうたえるけど、そのバレンバン。
生涯いけんとおもっとったけど、いまや照準に入れり。
ええ、やや興奮モンでございます。

このスマトラ島のあと、インドネシアの首都のある「ジャワ島」に
わたるんやけど、「これが、そのフェーリーがあるかどうか不明」
の作戦参謀しゅークンの心配。まっ、なんとかなると思うけど。


jジャワ島では、世界三大仏教遺跡のボルロドーブをご拝見。
世界遺産やしなも。

その後、バリ島にわたり、しばしノンビリこんして
そのあと、一番でかいボルネオ(カリマン島)わたり・・・・

できれば、フィリッピンにミンダナ島、セブ島、そんで首都マニラと
お船ですすみたいけど、ここはいまだ調査未了。
飛行機で、一気にマニラ突入!。それもあるかもネ。
で、このあと日本に復員。3月中にはなも。

・・・・・と、まあ、やや落書き的な日程なんやけど、すべて希望値。
できればの話で。べつに、出張や業務命令を持つ身でなければ
それこそ浮き世クルクル風まかせ。行雲流水のわが身。

はたして、いかなる展開をたどるのか?

「あの爺さん。このさきどないするんやろ」
わずかばかりのご心配の方も、わずかばかりおいでいただくと過信いたせば
本日は、コノサキのあてに成らぬ予定を、ご報告させていただいたと、
こんな次第でございます。

では、結果報告はまたのちほど。

      ようやく腰をあげようと考えはじめた
                 居座り 敬助

上海だより・18=奇跡の再会

2009年02月16日 | Weblog
本日12日のチエックアウト・タイムまで若干の
時間があれば、朝からガンガンの暑さのバンコクから
その第2報でございます。

まず、旅の出会いは旅の醍醐味。そのバンコク出会い編を。

まず、そのために、列車のハード・シートに
泣きべそをかきながら、揺すられつずけてまで
お会いするため、バンコクにやっきた、そのお目当ての
プロフッサー・ヒラオ先生。

「追っかけ」の甲斐がございました。
昨日、バンコクの五つ星お宿・ナライホテルのロビーにて
ようやくの表敬。

ただし、お会いすため12時間汽車に揺られ、
お話できたのは、ほぼ一時間ほど。

まっ、そうわいうけど、日本のギャルがタレントを追っかけたり
おばさん方が、ヨンサマを見るため、時間とカネをかけ
右往左往したところで、10分といえど個人的に親しく面談できぬ
こと思えば、ほんと、わしは幸せな時間でございました。

へい。わし、勉強ができんかっただけに、先生と聞けば、
もう尊敬そのもとなって、まして大学教授ともなれば
それこそ、眩しいちゅうか、英雄・偉人にも見えるわけで・・

そのヒラオ教授。地元大学の大学院でやはり国際科関係での
ご活躍。で、御自身、そのボランティアとしてラオス僻地の学校建設に
尽力され、今回はお仲間と一緒に、その贈呈式のためのご出張でなも。


ちなみに、ヒラオ教授は、かってわしがお役所で、青少年関係の部門を所管したとき、隣の席で、婦人部門をなも。もともとは先生やったけど、当時、役所には女性の管理者が不足しており、
そのとき、教壇から引き抜かれるようにして、着任したんやけど、その後、高校の校長職として戻り・・

で、その後、10年を越える歳月をえて、わしはしがない異国での旅がらす。かたやの女性は国際関係の大学院教授!
まさしく晩年の生き方。その落差に、まこと涙滂沱の「ああ無情」
ジャンバルジャンの心地でございます。

しかし、天は、それを哀れみて、不運なわしにこのバンコク・カオサンで予想しなかった旅ともとの遭遇をプレゼント。

ほんじゃ、ヒラオ教授に加えて、お声をかけさせていただいた
芳名録をなも。

■チイスケちゃん。
昨年、ノンカイのお宿で、一緒になり、バンコクまでの寝台車で
チススケちゃんが上の段、下にわし。
その後、大阪からわざわざわしの田舎屋にも。

で、今度、インドに行くため、ビザとりでこのバンコクに滞在中。
昨日、出発の朝、彼女が泊まるpsゲストハウスを訪ね、きわどく再会し、わしがてもちのミカン一個を餞別がわりにおわたし。
すでにわしの日記に、礼状が届いておりますわ。ほんといいコね。

■ ヨーコちゃん。
今回、ノンカイのお宿で一緒になり、自炊を手伝ってもらったりした
元気な娘さん。いま、このメール店の階段で、「アレツ!」
と遭遇。彼女は、今晩発の飛行機で、日本に帰国とのこと。
バンコクに入っておることもしらなんだで、ほんとビックラこんでしたわ。

■ ヨウスケくん
昨年、タイの桃源郷パイで本と仲良くあそんでもらった青年で、その後、わしの自宅や田舎屋にもそのにこやかな顔をだしてくれ・・・
バンコク入りはしっとったけど、どうせ会えんで・・

あきらめておれば、昨晩、わし、バンコクの伊勢丹デパートの5階、
紀伊国屋書店でホンのただ読みをしとれば、「仙人ですか、今晩会えますか?」で、わし、よろこんで0K!0K!

大急ぎでカオサンに戻り一緒に夕飯。
で、「どうしてわしのタイの携帯電話番号を」
「日本にでんわをかけ、おくさんから聞き出しました」

そんなうれしきヨウスケくんであれば、今朝は、少し早めにおき、
彼のホテルに出向き、今日から、タイ南部の海に出かける
彼を、「できれば、わしもつれてってほしいぎゃあ」
泣き言を、いいながらお見送りさせていただきました。

■しぅくん。
三年ほど前、コルカラの安宿パラゴンで一緒した「世界一周青年」
昨晩、ヨウスケ君とメシを食い。宿にかえれば、「いま、バンコクにいます。おあいできえば」の置手紙。

わしの、この日記をみて、わざわざ。で、さきほど。また宿に
きてくれたしょクンと、一緒に

「もう10年以上もこの値段でやっとるけど採算は
とれるんかなー」と話しながら、日本人旅人ご愛用の
ワッタナーおじさんの10バーツ(25円)ラーメンを
仲良くすすってきた、とこないしだいです。

■ きみチャン
インド。コルカタで病人をやっとったわしを、介護してくれ
一昨日、カオサンの路上で声をかけてくれた娘さんね。

で、本来、うそもかくしまなく、ヒラオ先生におあいするため
とびでてきたバンコクで、たかだか3日ほどで、これほどの旅ともに。

もう、人生を無情となげくことはやめ、まさしく人生は奇跡!
へい。お粗末な人生ながら、このところややバラ色ががってきておる
状況をおしらせいたし、「さびしげにフラフラしとるはず」

ご心配していただいているかたがたへのご報告とさせていただきます。

なを、このあとの日程のおぼろげなる予定。

今晩、23時40分発 バンコク中央駅発普通最安席 100バーツ
明日朝 5;25分着 タイ東の中心都市 コラート着
    6;20分発 コラート駅でノンカイ行きに乗り継ぎ
    12;30分着 ノンカイ着。やく6時間のり60バーツの125円(トータル。375円)
これ、情報ノートで、バンコクーノンカイ間を一番ド安く移動する
手段として紹介したったけど、それで金銭的、かつ身体的にほんとにいけるかどうか?

この老いぼれができれば、普通の旅人ならまず大丈夫やでよう。
そうしたことを実証することも、「ノンカイのお宿の臨時管理人を
勤めた?わしに天からあたえらえた宿命!」

とまではいかんけど、とにかくまじめ、面白さはんはんで、
今晩は夜汽車にゆられ・・・えらいこってすわ。

あと、ラオスにやはり寄付活動に出かけてくるイトコのオバサンに
つきあい、20日ごろに、ノンカイをひきはらい、バンコクにもどり、

まだ、アジアではさけたように足をいれていないマレーシア・・
ついでに、インドネシア、ヒリッピン・・・
なんてルートで、できれば帰国しようかなぁ・・・

この南方作戦は、暑さを思えば、ちと、おじけつき、やはり
当初もくろんでいた中国ルートでまだ見たことない地震の盛都や
ヘイバイヨウの西安を訪ねながら、また上海に・・・

いまだ、心はちじに乱れども・・・
「足もふらついていあはりますが、
肝心のこころがふらついておっては、しょうことありまへんなぁ」

へい、すいまへん。
お叱りをいただいたとこで、きょうはオシマイだす。

            ふらつき敬助

わしの定宿ATゲストハウス裏のグレーン・ホテル2階のこの
インターネット屋。一時間20バーツやけど10時間券かうと99バーツ。1時間異10バーツ(約25円)のおやすさ。
で、そのおやすきネット屋にて。

わしのそばに、やはり今晩、帰国するためホテルをチエックアウトしたヨーコちゃんが遊んでいてくれるんで、これも淋しなくってうれしいこってすわ。
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コメント
■Reiko 2009年02月12日 17:19
マレーシアはタイより暑かったです
町はタイより綺麗な気がしますが・・

いろんな人と会えて良かったですね。 カオサンで偶然会うというのは
たまにありますね。
旅の出発地であり中継地であり帰国地といったところでしょうかね

今日の移動は大変そうですねー ご無事をお祈りします

■masa◎ 2009年02月12日 17:30
こちらはガンガンに寒いです
いや 最近ちょっと暖かく、今日は小春日和でした
旅のグローバルな出会いがうらやましい
日本じゃまだまだ狭い
いつかバックパッカーな旅してみたいです

■ちいすけ 2009年02月12日 17:33
ケイスケさま大忙しですね♪まさにスーパースター。
旅はつくづく、人との出会いだなあ。
中国回って帰るの、気をつけてね。

■トマト 2009年02月12日 17:43 ここまで一気読み
疲れた、、、、
 
もうすぐ はーるですよー
そろそろ お帰り!!!

■なかちん☆ 2009年02月12日 18:12
陽介くんにあえましたか

タイに行くって言ってたから会えたかな
と心配してました

フィリピンやマレーシアなどなど旅のお話楽しみです
南下したらまた陽介くんに出会えるのでは

■茶屋敬助 2009年02月12日 18:22
>Reikoちゃん
そういや、そのReikoちゃんにも昨年ここで!
ほんと、カオサンこそ、世界の出会いの広場!。

ことしはスレちがったけど、今度は期待しとるでよう。

>masa◎ちゃん
出会いもたしかに多いけど、オートバイで追っかけてまでして
であってくれたんはmasaちゃんだけ。
だで、よけい忘れえぬ奇跡の女神さんネ。

じゃ、アジア・デビュー、どえりゃあ期待しとるでなも。
突撃隊masaちゃんなら、大丈夫やでよう。

>ちいすけチャン
なんでもアリのインドやで、
それこそナニされるかわからんで、
しっかり用心するようたのむでよう。

こんな爺いでもエジキになったで、かわいいちすけチャンなら
ほんと心配じゃけん。

>トマトさん
へい。日本の桜と、日本のトマトさんに招かれて、
そろそろ祖国に帰還させていただきます。
たのしみであるなあ。じゃで、あんがとさん。

■茶屋敬助 2009年02月12日 18:30
>なか☆ちゃん
会えた!会えた!
あのようすけクンと、そんで
なつかしのピンポンちゃんに
あのPSゲストハウスでしっかり会えたでよう。

だで、その後なかなか会えんのはなか☆ちゃん。
再会たのしみにしとるでよう。

■KAORU 2009年02月12日 20:40
お久しぶりです。
言葉も軽く、お元気そうですね~(^^)

バンコクからの上海だよりですか。

こちらはずっと日本なんですけど、
なんだか毎日あたふた過ごしています。
今夜は気功のレッスンを休んだので、
ちょっとだけ、ゆっくりできそうですので、さかのぼって。。。

■ふみちゃん 2009年02月12日 20:46
お会いする為に12時間も汽車に・・・
わ~わ~
その先生は幸な方です
(敬介さんが大事な時間をおしげもなく使った事に)
感動しています

読んでいて
チョト反省しています

友達に私はそれだけの努力したかな~

友達と待ち合わせたときに、
誘ってくれて有り難う
この一言は必ず言うよ

■ぷぷりん 2009年02月12日 21:27
たったの3日で事前に約束をしていたわけでもなく、これほどのお知り合いに会えるなんて偶然なのか、はたまた神様が敬助さんのために集めてくれたのか。

タイもフィリピンもマレーシアも行ったことがないので羨ましい話です。
うちにひとり、フィリピン人がおりますが。
フィリピン人は明るいです。

■むらタイ@ 2009年02月12日 22:11
なんだか感動的な出会いですな。

仕事を離れたときのヒョッコリ再会なんて。

わたくしも紹介で書いていただきたかったというか

まだお会いしていませんね。

東京で スワナプームで大量に仕入れたMAMAブランドのトムヤム味のタイのインスタントラーメンにモヤシと豚肉をいれて夕飯の〆にしている わたくし・・・豪華なのか そうでないのか

お金だけでは価値はわかりませぬ、ほんと最近思いまする。(ため息)

どうぞご無事で無理なさらずにお楽しみください。



■亜紀 文 2009年02月12日 23:33
最も文化的な生活を楽しんでおられる敬助さんに心から感服の念。

勇気もなく、お金もなく、ただひがみ心でこのページを読んでいる大阪のおばんは、でるのはため息ばかり。

しゃくだから、今日は蕗の薹を探しにうろうろしにいきました。

そちらには、蕗の薹なんてしゃれたものはないでしょう。ちょっとは妬ましく思わせたくて。

■ばーば 2009年02月13日 01:50
三日間でこんなにたくさんの人に出会えるなんて、すご過ぎ~

で~ よくよく拝読していますと・・な~んか・ほとんど女神様なのね。
元同僚の教授も女性だったんですね。

こうして敬助さんの再会・奇遇の旅友を見ますと、
やっぱり女性は若者もオバサン達に負けす元気・元気・・
すごいパワーがあるのだな~とつくづく思いました。

まぁ~スーパースター敬助さんには負けますけどね・・
まだまだ欲張った旅の計画?がおありの様ですが、疲れて体力が落ちると
病気になりやすいので無理をなさいませんよう・・くれぐれもお体に気をつけて下さいね~

■hiroko 2009年02月13日 03:41
ようすけくんと会えたんですね~!
しかも短い滞在で、しかもしかも異国の地で再会の嵐。
読みながら私までうきうきしてきましたよ♪

今頃はもうノンカイですか。

私は昨日の夜やっとグリーンカード申請を書き上げ(半べそ)、
今日は郵便局行ってきます。そのうちカリフォルニアの免許をとったり
いろんなものにのっかっている名前を変更したり、、、

やることが山積みすぎて、、、 でもしばらくは無視しようと思います。

残りの旅も気をつけてくださいね。またどこかでお友達に遭遇するかもしれませんよ~~~。楽しみですね。

■めんくいあん 2009年02月14日 17:20
手前みそづくりが終了しました。10kgのタッパ-を34個作りました。おいしいとの評判で、新しく挑戦のお方が多くありました。
 本日(2.14)は、この地方の伝承食べ物、おこしもんを町内の老何男女子どもも入って50余人、550個を作りました。
 東海テレビの番組が入り込んで来ました。葉っぱおじさんをさがしに
あの、東京都知事の息子さん気象予報士テレビタレントか
わざわざこのおじさんを目当てに来てくださいましたよ!
 放送は、3月28日(土)夕方の6:30~
どんな編集で放送するのか楽しみです。葉っぱおじさんゆきひろ

■ばーば 2009年02月14日 17:40
めんくいあんさん
草笛演奏でテレビに出ている人ですか?

一度見た事ある・記憶が・・

今度の放送は3月28日ですか?

又見てみたいのですが、関東地方のテレビは何放送でしょう?
解りましたら教えて下さい

■茶屋敬助 2009年02月15日 10:00
>KAORUさん
口は、軽けど、足が重いのがなも。
あっ、財布も軽いけど。

それと、上海だより、はヘンやけど
まっ、書いとる本人がヘンやで
勘弁したってちょうだゃあ。たのむでよう。

>ふみちゃん
わし、正直、うまいもの探してくっとるより、
なつかしのダチにあっとるのが、よろこびでよう。
だで、ふみちゃんに出会えるの余生の
貴重なタノシミにしちょるでよう。
逃げんようにたのむわなも。

>ぷぷりん サン
ほんと。わし、不思議と神様から
カネは与えられなんだけど
出会いのチャンスをわりにネ。
だで、同郷?のぷぷりん サンにも・・
期待しとるでよう。

>むらタイ@さん
ご紹介させていただける日を
たのしみにしています。
ぜひ、仙人宿におでかけください。

>文さん
蕗の薹を探しにうろうろしにいきました・・・
それは、たしかにうらやましいわなも。
わしも同じウロウロしとるけど
そんな贅沢なモンには巡りあえんですから。
じゃで、わしのほうがシャクね、

>ばーばサン
女性軍の意気盛ん!。
ばーばサン報道に煽られて
負けてはおれん日本男子!

ようやく、ふらつく腰をあげ
再進撃の覚悟が決まりました。
で、とりあえずのお礼をなも。

>hiroko ちゃん
うん。ヨウスケ君と出会って、アメリカにいる
ヒロコちゃんのことを、話して・・・
ヒロコちゃんとなかちゃんはわしたちの間では
超有名人だでよう。
だで、いつか追いかけの日を。
たのしみにしとるんだわ。

>めんくいあんサマ
いつもながらのご活躍に敬服。
いよいよ全国区に定着。慶賀のいたりです。

ところで、小生が御本人の了解もとらぬ先に
旅友ライダー諸君が、「ソバ打ち」の企画を。
帰国後、日程調整させていただきたく
よろしくお願いいたします。

上海だより・17=バンコク突撃!

2009年02月16日 | Weblog
猛々しくも、アジア大陸に出征しながらも
このところ、ノンカイにて、いたずらに
なすこともなく休息の日々。

しかるに、それでは、いかに、老兵とはいえ、
つつがなき旅を保障して日本国外務大臣が
発行したるパスポートの菊の御紋章に申し開きが立たず。

かかる猛省にたてば、昨日、勇をふらい一気に
タイ国首都バンコクに突撃!
ここに、その戦局のご報告でございます。


実は、最近、予想もしていなかったんやけど
偶然に、「年寄りの暇つぶしにどうであるかのう」
旅の神様が、御采配してくれた故か、
日本からこちらにおいでになるご三方のメールが
たてつずけに来ましてなも。

簡単に紹介させていただけば・・・

まず、かっての役人時代、わしと机を並べておって、
いまは大学の先生で、今度、どうもラオスのルアンバパンに
教育基金の贈呈公務でお越しいただく、そのプロフェッサー・ヒラオカ

表敬するとすれば、ノンカイからバス12時間はかかるラオスの
ルバンパーパンか、同じ12時間なら、列車でバンコクに出て
12日の先生帰国時に。で、バンコクでお会いしたい作戦でなも。

それと、昨年、いまごろノンカイで知り合い、わしの田舎屋
にも慰問にきてくれた関西娘のチイスケちゃんが、
今度、インドに飛ぶため、とりあえずビザ取りでこの数日
バンコクに滞在。

で、「わし、見送らしてもらうでなも」
で、昨日、バンコク入りしたわし、今朝、さきほど
長旅の腰をさすりながら、チイスケちゃんのホテルを表敬。

一緒に、朝飯をくって、いまほど安宿街カオサンにて
彼女がうれしげに乗る空港行きバスをわしが
さびしげに見送り、いま、このネット屋で作業中?

このあと、17日は、わしのイトコが
静岡の仏教会のしごとで、その団体をご苦労さまにも
代表して、やはりラオスに学校寄宿舎の贈呈に。
で、このタイの宿泊地が、ノンカイちかくのウドンタニちゅうとこ。

で、ひさしぶりに、そのイトコに逢えるちゅうことって
この後、すぐ14日ごろには、ノンカイに引き返し、
16日限りのタイビザをクリアーするため、一旦、ラオスに
またまたまた出国し・・・

まぁ、「戦雲、急を告げ」までがいかないにしろ、
なんか忙しくなり・・・
ほんだで、いまのところわし本人の帰国作戦がさっぱり立たたんけど、
これ、一重に、わしの責任ではなく、上記ヒトサマによる
やむにやまれる事情であることを心から、各位に
お訴え相いたすところでございます。


なお、昨日のノンカイ駅早朝6時発夕刻5時半バンコク着のこの列車。なにごとも慎重なわし。前日にキップを購入し、
(お宿が、駅前にあるで、ほんとラクチンコ)

目覚ましどころか時計ももたず暮らしておれば、

「あす、そっちが朝7時になったら、モーニング・コール
がわりに電話のベルならせてくれ。こっち5時で、わし6時のに
のるでよう」と日本でのんびり暮らしとるかみさんに電話。

この朝、なんと夜明け近く3時ちかくまでわしも加わり、わしの部屋で
マージャン卓を囲んでいた、マツモト社長(都合よく
この8日朝、ラッキー社員と、パイより戻り、都合よく
わしの臨時宿管理人が解任され、都合よくわしの
バンコク行きが可能に!)はじめ、宿泊者は、不運にも
誰も駅頭に見送ってくれず。わしは、ようけ見送り役やっとるによう。

で、仮眠のごとき状態で、そのカミサン・コールでおきて、駅に急ぎ
ふらつき気味にのっていたバンコク行きの列車。
ほぼ11時間半かかり、なんと名古屋・東京間の2倍600キロを
ゴトゴト走り、値段は一番安いハード・シートで250バーツ。
一応、急行の名札をもっておりながらほぼ750円のゲキ安!

で。コレ座席指定券でなも。しかし、これがほんとハードの文字とうり
硬い席で、公園設備並のプラスチックそのもの。
きょうび、日本では数十分のる地下鉄や市バスでも、もっとマシ。

いや、つらいのなんの。できのわるいわし、ガキのころから学校の腰掛に座っておるのが、ほんとつらてつらて、はやく時間がたて、
できれば教壇の先生が倒れろ?。

人間、将来、なにが役立つか。その泣きの辛抱根性が
その後、星霜かさね60余年。
こんなところで、「がまんの腰掛がけ」に。それがなければ
「教壇の先生が倒れる」どころが、わしが
辛抱しきれず列車から「飛び降りる」事態にも・・・

あぶないところでございました。
それにしても、泣き言のうわのせばがら、やはり、わし
年のせいでケツの肉がおちこんで、けっこう座席の硬さが、
ゴトゴトの列車振動のあわせモロに来てなも。

ほんと、こういうときは、デカ尻お肉テンコてんこ盛りの
日本のおばさん方の体系がほんとうらやましく・・・・

ただし、その不幸を帳消するように、バンコク入りしたわしに
思わぬプレゼント!

なんと、いつも首都中心駅のフアランポー駅横手から安宿街に向かう
ローカルバス53番の赤バスが、なんとタダ。
車掌がおれど、例の竹筒状の集金ケースを持たず、案内だけ!

「空港ビル政治団体占拠にともない観光客激変。優遇対策として
特定の市バス路線を当面ただにすることに閣議決定された」

ノンカイのお宿で、旅人から小耳にはさんだとき「まさか」
いかに、いいかげん、そのときばったり、のタイ政府でもそこまでは・・と思えばこそ、なんとに今日現在、タダの市バスが
渋滞のこの都市をブーブー。

ただこ好きの日本のおばさん観光者も、ぜひ、この無料期間に
バンコクにおいでいただくよう親切にご案内させていただき
とりあえず、バンコク第一報に謹んでかえさせていただく
ところでございます。

      ノンカイの朝夕長袖ちょうどよしから、
      夜中もパンツ一丁で寝ておってちょうどよし
      のバンコク・ノーエアコン安宿、
        A/Tゲストハウス。三階8人相部屋
       一泊100バーツ。約250円の
       昨年と同じベッドにて        流れ者 敬助


いや、うれしき驚き。この宿主。刺青りっぱなフランス人が
愛想いいタイ人おくさんと管理しとるんやけど、なんと、
わしの、名前をソラで覚えていてくれ、パスポートを出す前に
スラスラと・・・昨年のいまごろ2ヶ月ほど、ごろごろこの安宿で
しとったけど、それにしても!

このフランス人だけは、なぜかわしを「スーパースター」とよんで
どうも、白人旅行者に紹介しとるけど、ひょっとしたら宿の看板に?
まさかと思うし、だいいち余命いくばくもないわしが、その期待に
末永くこたえることはできんし、やはり困ったことであることよ。

といつもながらのグチ日記になり、恐縮でございました。
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コメント
■chavalit 2009年02月10日 17:11
敬助さん・・・気を付けてくださいね!!!ファランちゃん・・・

お尻を手で押さえて、寝たほうが良いかも(笑)

■茶屋敬助 2009年02月10日 17:19
>chavalitサン
あのフランス青年が?
大丈夫!、彼なら、うまれたばかりのアカチャンにくびったけ。
わし、金剛杖の鈴の音。目をさますと怒られてまったでよう。

■ひでき先生@子育て中 2009年02月10日 17:30
ふむ、ふむ。
お年に似合わぬ「突撃」ぶりですね。

それはそうと、ナライ・ホテルに行く道、シーロム通りを横断しなければならいケースがおこるかもしれません。

そんな時は、BTS=高架鉄道のサラデーン駅を歩道橋がわりにして、向かい側に渡るといいです。

シーロム通りの横断は危険です!!

■masa◎ 2009年02月10日 17:50
パワフルな方が多いのですね(*^o^*)
でも今のところ病などにはかかってないご様子。良かった、良かった♪日本ではインフルエンザが流行…そしてこれからこちらは恐怖の花粉症…
タフな茶屋さんだから無縁かしら(^w^)

■chavalit 2009年02月10日 17:51
横断・・・慣れないと大変ですよね・・・ソイなら良いけどタノーンは。

昔は、タイ人を右側にして、盾として使いました(笑)
特に、ヤワラーとスクムヴィット(BTSできる前)は苦労しました。
若気の至り・・・平気で、ホアランポーン近辺のラマシー渡っていたりして・・・
駅前の茣蓙で、ソムタム食べながら、カオラオ呑んでいたな~


最近は、ふと気がつくと・・・タイ人が、左側にいます(笑)

■茶屋敬助 2009年02月10日 17:55
>ひでき先生
ほんとにあいがとうございます。地図まで書いて
丁寧に教えていただいたうえに、
老いの身をあんじて、今回は高架橋利用のご指導まで。
明朝、でかけますが注意して、
新聞報道されたり遺族に連絡の大使館業務のお世話に
ならぬよう注意させていただきます。

15日には、ノンカイのお宿にもどりますので
また、お出かけください。
ご指導、重ねて感謝です。

■茶屋敬助 2009年02月10日 18:26
>masa◎ちゃん
ありがと。心配してまって。で、病気のこと。
これわしのイイカゲンな持論やけど、経験からみて、
人間の一生には、なにごとも持ち点数というのがあって・・・

しかし、この点数がわしに限り幸か不幸か、すべて低めでなも。
おかげで、ゼニはもう使い切り、ほんとビンボウしとるけど
逆に、病気も使い切り、風邪なんてこのところナシのつぶて!

で、花粉症なども、さっぱりお呼びでなく・・・
ラクといえばラク。さびしいといえばさびしい。流行についていけん
といばそうともいえるし・・全体にほぼ限界にきておる
爺いであることは、どうも間違いないようですわ。
また、グチになってごめんしたってちょうだい。

■りゅうぼ@求職中 2009年02月10日 19:44
敬助さん
お元気そうで何よりです
ATのマスターいい人ですよね
タイのノービザ滞在期間が変わったって聞いたけど、本当なんですね。
これからもお気をつけて。

■なかちん☆ 2009年02月10日 20:52
バンコクに移動したんですね
まだまだ嬉しい再会があるのでは

それにしてもすごいですね
ゲストハウスの看板になれますよ

仙人は間違いなくスターです

■ぷぷりん 2009年02月10日 21:52
「スーパースター」私も分かる気がします

ハードシートで12時間のハードな汽車旅お疲れ様でした。帰りもまたハードシートですか?

お尻いたそー

■∴㌍㌢∵  きよ 2009年02月10日 22:33
お疲れ様です

相変わらず元気そうですね

こちらノンカイの方は
まだ麻雀が続いておりますよ

■Reiko 2009年02月10日 23:10
53番もタダだったんですか?
私は教えてもらって2番のバスに乗りました 往復タダでした
半年前からだそうですよ。 バスのナンバーの下に白いシールが貼ってあってタイ語が書いてあるのがそうみたいで・・
早く教えてもらえれば1日前の往復もタダになったのにーと(14Bの事ですが・・)思いましたよ

ハードシートは 長時間さすがにハードですね 布か何か敷いてみてはいかがでしょうか? 私は上着をたたんで敷いてみました。
少し楽でしたよ

■ふみちゃん 2009年02月10日 23:23
暇であちらこちら彷徨ってらっしゃるのかと思いきや
ほほ~う~忙しかったんですね

福岡はこのまま春に一足飛びかと思うほどの陽気です
梅も土筆も~一度に顔出しましたよ

でそ~半袖はまだまだ

新しい水着買いましたので早速着ました
お尻下がってない?と聞きましたら
下がる尻が無いと言われた
私も尻に肉なありません
長く座ると尻の骨が痛いです(~▽~@)♪♪♪

■茶屋敬助 2009年02月11日 00:24
>ふみちゃん
同病相哀れむ?
まっ、そんだけ身軽になったちゅう
幸せ感でどうですかなも。

>Reikoちゃん
さすが、わしの外国旅の先輩!
バスのただ乗りもやはりネ。

しかし、白ライン目標し情報は貴重!
今日現在、「乗ったバスがタダかどうかは
宝くじにあたるようなもの」

宿仲間では、そんな会話が。
これから戻って、えらそうにこの
貴重情報を宣伝させてもらいます。

じゃで、ありがとさんネ。

>マツモト社長さん
わしが、ノンカイに帰陣するまで
ソコに泊まっているよう
マージャンメンバーにおことずけ
をお願いいたします。

>ぷぷりんサン
慣れが薬ともいうで、帰りもなも。
だけど、今さら鍛えるトシでもなかろうに・・
そこが悩みなんですわ。
で、コノ人生相談にのってもらえませんか?すいません。

>りゅうぼクン
うんじゃ。15日間は現実!
で、当面、ビザをただにすり政策が決定されたけど
どうもこれは、いまだ実施されず・・・

ほんと。タイのビザは、クルクルと風車のごとし。
りゅうぼクンも注意してください。

■茶屋敬助 2009年02月11日 00:48
>なかちゃん☆
うん。さきほどカオサンの屋台でひとり淋しげに
ボソボソと晩飯の皿飯をくとったら、
あっ!仙人!。わし、なつかしさでほんと涙がにじみましたわ。

東京の娘さんうけど、三年ほど前、西インドのジャイサメールで
声をかけあい、次の旅ではコルカタで偶然出会い、わしの手術直後の
ケアーに格段の親切をしてもらい・・・

で、今回の旅で、また偶然に!
で、なかちゃんにも。また偶然に出会える可能性あり!
たのしみにしとるでよう。

それから、この日記に書いたチイスケちゃんに会いに
今朝出かけたホテルがなんとなんと、なかちゃんとであったPS!

ほんと偶然で、わしおどろいとるんだわ。
びっくらして、今晩ねれんとちがうかな。弱ったもんじゃて。

■しょ 2009年02月11日 03:55
僕も今バンコクです!!
お会いできますか??

■ばーば 2009年02月11日 09:02
益々元気なスーパースターさん

地図を広げて見るとバンコクだのラオスだのって、か~るく書いてありますが
ずいぶん移動距離はありますね~ 肉のおちこんだお尻は大丈夫ですか~
ハワイの肉てんこ盛りの老若男女に分けてもらいたいですね~

なんで?そんなに偶然が何回もあるのですか?

私などハワイに来て4年もたつのに・・未だに街で知り合いに会った事ないです

やっぱりそのお髭と金剛杖の鈴の音が引き寄せてくれるのでしょうか?
それとも後光か?オーラが?あるのかな~

■もとちゃん 2009年02月11日 22:22
ますます多忙の茶屋さん本当に日本人の行き交いの多いお国柄
でしょうか、お腹には太鼓、お尻には肉座布団良かったら貸して

あげたいけど重たいしいらんはな???

i日本では節分も終わり節句のお雛様を飾る時期ですよ
茶屋さんの旅行も季節が随分変わるほど長くなっていますね
忘れないで~~~

■ちいすけ 2009年02月12日 12:33
スーパースターケイスケさま!!
お見送り、本当に有難うございました!会えて嬉しかったです!
いただいたみかんも、コルカタの宿でいただきました。ありがとう。
さ~次はどこであえるんだろう

■茶屋敬助 2009年02月12日 13:11
>しょクン
何回もお宿に顔だしてもらって。
わし、いま、グリーン・GHでパソコンしとるけど
きてまうとうれしわなも。

今晩、わし、12時にバンコク立つでよう。
また、しばらくしたら戻るつもりネ。

>ばーばサン
うんじゃ。旅の神様が、一人旅の
わしをあわれんで・・多分ネ。
ほんと、感謝しとるけど、それにしてもわしの長い人生。

いままでは、ほんと恵まれず、それこそ
「神も仏もあるものか」・・ほんと泣き泣きの現役時代。

で、最後にきて、神様のご加護。
どうせなら、もっとはやくから、のグチもあれど
遅まきながら生きているうちに、いただけた幸運。

まじめに、感謝しとるんですわ。
ばーばサンに出会えたことも含めてなも。

>もとちゃん
日本のさくらも、日本のもとちゃんも
しっかり覚えとるで心配いらんけんネ。

もっともわしが、もうろくすると、それもパーこくで
そろそろ帰国させてもらいますわ。

>ちいすけチャン
いや。えかった、えかった。きわどいところで出会えて。
で、あのミカンがインド洋を越えて・・・
たつたひとつやけど、なんか、わしが口にするより
100倍もうれしい気分にさせてもらったでよう

で、コルカタ。わし、睡眠薬強盗の気の毒な
被害者になって新聞にものったとこやで
チイスケちゃん、ほんと注意してちょうよ。たのむでよう。

上海だより・16=お宿臨時管理人

2009年02月16日 | Weblog
ええ、このお宿の無責任な番頭から、一転、
臨時管理人に昇格いたしまして・・・・
といっても、花壇の水遣り、熱帯魚の餌やり
後は、子猫のおもり・・・そんな程度で。

へい。そのほかは、「宿帳」がわりのミクシーを
更新しておくように、
マツモト社長のおいいつけでその日の日記を
細々と・・・

ちなみに、今朝は、以下にソレを転記させて
いただきました。よろしくご笑覧いただければと
存じます。      臨時管理人敬助 敬白

    ★        ★         ★

■ 2009年02月01日 20:06 の日記

これから、数日、臨時管理人?をおおせつかった
御老公こと仙人こと老いぼれ「茶屋敬助」です。
なを、副管理人?には、本人の了解をとらずに
小生が、「自転車で世界一周中」のfuji青年に
お願いさせていただきました。

以後、当、ホテルご来館者はよろしくのおつきあいを
お願い申し上げます。

では、本日の人事異動?を。

早朝、6時初の列車で、昨晩おこしのオンダさんが
バンコクに御出発。敬助がお宿の番頭顔をして
ノンカイに見送らせていただきました。

なを、オンダさんは、以前しばらくノンカイにお暮らしで
そのブログを下記で公開されておられます。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/7257/

お昼ごろ。かなり以前、このお宿にきて、
    その後ラオスに遊び、またお宿に
戻って、小生の「奥座敷?」に起居していた
若き絵描きのキヨ君が、お昼の列車で、
おとなりの町、ウドンタニに出発されました。

所用時間40分。料金は、11バーツで30円弱。
   バスですと100円程度のはずですので、列車は安いです。

駅頭に、
fuji青年、ラッキー青年、ヨーコちゃん、さきちゃんに加え
小生も出かけ、盛大なお見送り風景でございました。

なを、キヨ君は、そのご、今晩の夜行バスで
チエンマイにおでかけとのことです。

夕刻近く、
「久しぶりに、パイに行き遊んできます。
社員旅行ですから、ラッキーも連れて行きます。
では、ご老公、お宿の管理をくれぐれもよろしくのほど。
花壇の水遣りと、熱帯魚&子猫の餌をわすれないように・・」

このお宿の、マツモト社長とラッキー社員が、
そう、いいのこしてうれしそうに、手をふってノンカイ
バスターミナルに向け出発。

ウドンタニに出て、そこから夜行バスでパイに。
どうぞ、心行くまで遊んできてください。


■ 2009年02月02日 01:31 の日記

本日、夜、7時のバンコク行きで
ヨーコちゃんとサキさちゃんのコンビ?がバンコクに。

お宿は、急にひっそりして
臨時管理人の敬助と臨時副管理人のFuji青年だけになりました。

いまなら、ドミがシングル部屋的に使えるはずですので、
ぜひ、ご利用ください。

■ 2009年02月02日 22:43 の日記

今朝、はやく、臨時管理人の敬助は、
お宿の管理を、Fuji青年にお願いいたし
ビザ更新のため、自転車で、ラオスまで往復。

交通費もゼロなら、なぜか入国手数料も不要で
両方のイミグレをスイスイのスイ。

バスの待ち時間やツクツクの値切りなどのわずらわしさがなく
、このお宿を基地として、お宿の自転車を使っての
ビザ更新は、お宿が国境に近いこともあり
これぞ、「地球の歩き方」の超裏技!

みなさんも、ぜひ、ご利用いただきますよう。

ただし、最近、続けて自転車でやった敬助の見解として、

多分、今後、その自転車による国境越えは、ひょxとすると
禁止の方向に行くかも?
どうみても、あの友好橋に「列車」が走り始めれば危険そのもの。
加えて、イメグレも自転車持込の仕組みになっておらず。

ただし、いまは、あっても日に数台ということで
目をつむっているような気配。
タダで行けると、数百台がくるようになれば大混乱!になり即刻中止。

ということで、自転車希望者はおはやめに、どうぞと
ご案内させていただきました。

今晩は、管理人と副管理人が各一名。
マツモトさんの子猫が一匹。

お部屋は、ガラあきですので、ぜひ
お出かけいただきますよう。

      ★       ★        ★

ところで、この臨時管理人いつまでの任期か、
社長さんより聞くことなければ現在のところ不詳でなも。

もっとも、お伺いしたところで、「それほど長くはならない
はずです」程度の・・・こちらの暮らしは日本のようにがんじがらみ
にならないところがよいわけで、すべてゆったり
すべてぼんやり、すべてアバウト!

そんなんで、わしも、アバウトにここでは生きておるんですが
それでも、そろそろアバウトながら生還作戦を立てる必要あり!

日本から、ご一緒したとりサンは、わしとちがい元気に
ラオス・マレーシア・タイ各地と転戦されておられれば
はたして、帰路はご一緒していただけるものか・・

ここは、単独作戦になるのかなぁ。にしても、いつからはじめるか?
まっ、かんがえるにしても、まず、わしの「拉致」状態が解ける
マツモト社長が、このお宿にもどり、それからでいいかなあ。
その日にちが、確定していない以上、バタバタしてもしかたななし。

へい。そんな、ゆったりした心構えで、本日ものんびりこんと
お宿の管理人稼業をなも。

ほんと、このところ、日中の暑さ、やや本格的で
作業でもやれば、汗がダラダラ。昨日も、水遣り後は
暫し素っ裸で寝転んでおり不覚にもそのままグースカ

寒さ?で気つきましたが、あやふく風邪をひくところ。
ここでも注意するひつようがあるとまたも反省の
日記になって恐縮でございました。

にしても、きょうも完全にひま。なにをしようかなぁあ。
泊まり客が来てくれればいいなぁ。
いかにアバウト社会でも、さすが、宿をからにして
遊びに出かける気にはならんでも。

まっ、これもいまだわしに「日本人のまじめさが
かすかでも残っている証拠」
ということで、やや自信過剰になったところで
これから、朝飯の自炊にはいらさせていただきます。
では、また。

なを、帰国ルートにつき、どうせならアソコがいい。
あの飛行機はあぶない?。各種、情報をいただければ
幸いでございます。どうか、よろしくお願いいたします。
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コメント
■Yoo! 2009年02月03日 12:23
日々、いろいろな方のお出迎えやお見送りお疲れさまです。ところで、自分10日からタイに旅立つ事になりました。今回、10日間と短い滞在なんですが、ラオスに行くか、また南の島に行くのか迷っていましてもしラオスに行く事がありましたら、ノンカイにも寄れるかもしれません。まだまだ日程は分かりませんが、立ち寄る事ができた際にはよろしくお願いします。

■茶屋敬助 2009年02月03日 12:32
>ようすけクン
うれしいねぇ。ひょつとすれば、どこかで出会える可能性あり。
日程が、はっきりしたら、たのむわなも。
わし、案外、それにあわせて、帰国ルート考えることになるかも
しれんでよう。で、Kazuちゃんはいまどこにおるんかなも。
彼女ともまた、一緒できるとたのしそうだけど。多分、これは無理ね。
■chavalit 2009年02月03日 12:32
敬助さん・・・こんにちは!!!

帰路、余裕がございましたら、カンボジア周遊は
いかがですか???

シェムリアップを基点に、陸路プノンペン-コンポンチャム
-タケオ・・・で、ベトナムでも。
周辺、クメール遺跡もあり、ゆったりできます(プノンペン以外)
あとは、シェムリアップより陸路でプレアヴィヒア(カオプラヴィハーン)

私・・・4月下旬に、カンボジアINいたしますので
それまで、いらしたら、ご一緒しませんか???

■ばーば 2009年02月03日 14:46
臨時管理人さま・・ご苦労さまです。

いろんな人がご来館されるのですね・・そのお宿は食事付きですか?
敬助さんは自炊をなさっているようですが・・そこんとこどうなんでしょう?

な~んてばーばが聞いてどうするの~? まさかノンカイに遊びに行くって?
そんな勇気があったらもうとっくに行ってます。

又・又・お誘いが・・人気者はつらいね・・って・
それじゃ何時までも日本に帰れないですよ~

■茶屋敬助 2009年02月03日 15:46
>chavalitさん

素敵なお誘いで、心はちじに乱れども・・・
3月末ならまだしも、4月では、すこしムリ。
ぜひ、ノゾキたいカンボジアの奥地ですが。

田舎屋で、ご報告を聞く日をたのしみにしております。

>ばーばサン
このお宿はメシつきでなく、多くはすぐ目の前にある
ノンカイ駅前の食堂や屋台で・・・

で、わし、ひとりで食ってもおもしろかにゃあで、
「一緒にメシくおか」
ということで、青年たちを誘い込み・・・
マツモト社長が、この宿ではご老公のめしがくえるぞ!
最近、宣伝文句にしておれば、こちらも気がはいり・・・

へい。いささかのボランティア気分で自炊に
力がはいる、とこないしだいでございます。

なを。冗談から駒も、事実としてあり。今回はムリでも
次回には、ハワイからノンカイに。
飛行機のってしまえば、おなじようなもの・・

旅の神様が、ばーばサンの思いに微笑むことを
ここノンカイから祈っております。

■ふみちゃん 2009年02月03日 16:53
のんびりと退屈なお宿の管理人稼業の様子が見えてきます、が
こちらから感じますに、スゴイ体験のオモシロそうな毎日のうに見えます

宿の管理人稼業一日体験希望
o((*^▽^*))o ゲラゲラゲラ

■もとちゃん 2009年02月03日 20:17
茶屋さん管理人に昇格おめでとうさんでいいのかな???
外国でもいろんな事に気配りで本当にやさしい人なんやね

そんな力は何処に有るの結構日本の人も居るみたいで
気候もそこそこで良い所のようですね

帰りの予定もまだまだのようで心往くまで楽しくお過ごし
下さいね

■しげ 2009年02月03日 20:34
ごゆっくり^^
日本はまだまだ寒いですから^^

■茶屋敬助 2009年02月03日 21:48
>ふみちゃん
一日といわず、できれば一ヶ月は体験してまうと
よかネ。

>もとちゃん
心ゆくまで楽しんでおりたいけど
なんせ、わしの寿命がそこまでもたんのが
泣きなんですわ。おすすめには感謝しとるでなも。

>しげクン
へい。お言葉にあまえて、もう少しこっちでなも。
春にはかえるで、バイクで田舎にきてちょうよ。
うんじゃ、きよくん、ほんとええ青年やったわなも。
それにヨーコちゃんも元気がよて・・・

■hiroko 2009年02月04日 05:53
すごいですね~、遂に宿経営(?)
旅行者なのに、住人のようです(笑)

私は1月頭に引っ越して来たにも関わらず、
昨日までリビングにソファもなく地べた生活で
住人なのに短期滞在者気分でした、、、

しかも送った荷物の一部は闇ルートへ流され未だ届かず。
ほんとに短期旅行者ですよ~~~。

■茶屋敬助 2009年02月04日 11:51
>hirokoちゃん

 「地べた生活」とは、縄文時代やインドでは
普通やけど、超近代国家アメリカでは貴重体験!
しばし、ご辛抱いただきますよう。
わしも、このお宿にいえば「拉致状態」ともいえるわけで・・
お互い、しばらくわね。しかたなし。
ほんでも、ひろこちゃんは、なかよし二人組みやでほんと
恵まれておるわなも。わし、うらやましいあるね。

■亜紀 文 2009年02月04日 14:02
ここは、本文も楽しいけれど、コメントもいい。経験豊かな皆さん方の話から、その返事のコメントもまた楽しい。

いっしょに遊んでいる感覚あり。

■茶屋敬助 2009年02月04日 14:25
>文さん
文章のお師匠さんと一緒に遊んでもらえるのも
幸せのうち。いつもながらのたのしいコメントに
感謝です。
それにしても、わしも、もうちょxとラシイ文章かけると
いいけど・・コノトシではいまさらあきまへんなぁ。
かわらずの嘆き節で恐縮です。

■ひでき先生@子育て中 2009年02月04日 14:41
>2月1日の日記のオンダさん。

以前、あったことがあります。

しかし、いまはノンカイ近郊には住んでいないはずです。たしか、タイの女性とは別れた?はずです。

■ちいすけ 2009年02月04日 15:15
あはははははやっぱしケイスケさま日記はおもしろい
拉致監禁状態って、そういうことだったんですね!!
社長がお帰りになるのはいつだろう?私は9日にインドビザをスクンビットに取りに行きます。なので10日あたりにでもコルカタを目指そうかしら。。。

■茶屋敬助 2009年02月04日 16:06
>hideki
オンダさんは、現在大阪のほうに、すでに引き上げられたようです。
で、いまでも、たまになつかしのノンカイに。そのようにご拝見しました。

>ちいすけチャン
 う~ん。10日ねぇ。わし、いつまでも、ここにおっても仕方ないで
 そろそろ引き上げようとおもっとるんやけど、いまだルートが決まらずね。
 ヒョットすれば、バンコク経由ということで、ときとすれば
 チイスケちゃんにご対面。多分、まにあわんと思うけど。
 じゃ、インド。くれぐれも気をつけてネ。

■ぴあわん 2009年02月04日 19:45
今月末にヴィザ更新があるので、顔を出しに行きます。

■茶屋敬助 2009年02月04日 20:15
>ぴあわんクン
残念!。さすが、のんびり爺いでも今月末まで
ここではムリ。ほんとは、お会いして口で
おめでとうのお祝い、いいたかったけどよう。

じゃで、タイシロウ君の一歳の誕生日祝いに
再会できることを、旅の神様に祈っておるでよう。

■放浪者 2009年02月05日 13:36
放浪仙人、定住しちゃってますか!?(^O^)

臨時管理人とはいえ、優雅な生活ですね。
時間に追われないし、新たな旅人とも出会えるし…羨ましいです

でも、そろそろ退屈してきたのでは?

日本はまだ寒いですが、梅の花が咲き出しました。春までもう少し

■茶屋敬助 2009年02月05日 17:13
>放浪さん
ご心配いただき、恐縮ですが
それほど余命もなければ
やはり、日本の桜を見て・・・

だで、間違いなく帰国するで
今度こそ、仙人宿の宿帳にお名前書きに、
放浪組みライダーこぞってきてますよう
お待ちしとるでなも。

上海だより・15=奇遇(コメント編)

2009年02月16日 | Weblog
コメント
■ひでき先生@子育て中 2009年01月31日 19:44
ふむ ふむ。
長い日記、読み終わりました。
その フジ君 に興味あります。
かれの 自転車 にも興味があります。
なぜなら、私の趣味の一つが サイクリング だからです。
明日にでも、遊びにいきましょうか。

■chavalit 2009年01月31日 22:00
奇遇を夢見て・・・3月or4月に、彼の地に旅立つのですが・・・
もう、帝国のお戻りですよね???
お会いできるのは、仙人宿ですかな???

■ばーば 2009年02月01日 08:49
ふむ・ふむ・・
農作業に借り出されたり、管理人を頼まれたり・・
結構忙しい?日々をお過ごしのようですね。
そして、またまた奇遇な再会と・・
な~んてその「お髭」さんは幸せを運んでくれるのでしょう

いつも敬助さんの小説?を読んで思う事は・・
なぜ?日本人が遠いタイの農村地帯で農業をしながら暮らしているのか?
ノンカイでお宿を経営して暮らしているのか?
自転車で世界一周とか・・若い娘さんの一人旅・・などなど
皆さんまだお若いようだけど、仕事をしないでなぜそんな暮らしができるのかしら?とそれぞれ出会いがあってヒョンな事から日本を離れた生活がはじまったのでしょうが、
「誰かさんのように祖国を見限ってしまったのでしょうか?」
年寄りばーばには不思議でなりません
金もいらなきゃ・女もいらぬ・・わたしゃもっと背がほしい・・じゃなく・・
わたしゃもっと若さがほしい~な~んて旅人をお見送りしているのではないですか?
ふらつき旅の好きな敬助さん・もっと若かったら、
もっといろんな所を回りたいなぁ~と、思っているのではないでしょうか?

■ひでき先生@子育て中 2009年02月01日 10:24
>ばーばさん。
>仕事をしないで、なぜそんな暮らしができるのかしら?
ごもっともな疑問ですね。
いろいろですが、典型的な例をあげてみましょう。
日本で6ヶ月、季節労働者などをし生活費を切り詰め、資金をためる。
その資金でアジアなど発展途上国でなら、2-3年ぶらぶらできる。
円と現地通貨との格差を利用しているわけです。
これを何回かくりかえすと、30歳をこしてしまいます。
これからの「卒業」を、いつするのか?できるのか?
これが「問題」です。

■茶屋敬助 2009年02月01日 10:38
>ひでき先生
マツモトさんたちも、今日夕刻出発。さびしくなりますので
ぜひ、お宿におでかけください。
フジ君にも「自転車好きの先生があいにくるぞ」
伝えさせていただきます。

> chavalitさん
少し残念ですが、小生は3月中旬に帰国予定。
ルートによっては・・・もしかして?
中国周りか、下の赤道周りか、迷っている現状です。
いずれにしろ、田舎屋にはぜひお出かけいただきますよう。

■ばーば 2009年02月01日 15:35
ひでき先生
私の疑問にお答え頂き有難うございます。
なるほどね~ ふむ・ふむ・・そうなんだ~
で、ひでき先生はそのアジアの国をブラブラしている間にタイの女神に
ビビッときて結婚
ノンカイで日本語教師をやって永住していらっしゃるのですね。

こうして敬助さんも何度もノンカイにお出かけのようですが・・
タイ&ノンカイとはそんなに魅力的な所なのですか?
日本のようにセカセカしないでのんびり自然を相手に・・の生活がいいのでしょうか?

■茶屋敬助 2009年02月01日 18:59
>ばーばさん
ふらつき旅の好きな敬助さん・もっと若かったら、
もっといろんな所を回りたいなぁ~と、思っているのではないでしょうか?
・・・・・・・・・・
そこが、わりに不思議なんですが、それほどの強い意志が自分に感ぜず。
むしろ、この歳で、いろんな所を回れたものだ!の思いのほうが強いわけで・・

さらに、「もし若かったら」には、もし若ければ、小生のこと
果敢に世界各地に足を運ぶことを予想すれば、
いまはすでに、それを負担にさせ思える心境です。

いえば、長いマラソンコースを走りきり
すでに、呼吸を整えている選手に、もういちど
スタート台に立ての指示がなされるようなもの。

もちろん、小生自身も、、十分な成績をのこせたという自信もなければ
別のルートを走れば、ちがう結果とか、
よりすばらしい景色を見ることができたとか・・・・
考えられなくもありませんが、いまとなれば、
再度、新たなマラソンコースに挑む欲望?
もっといえば、その欲望をもったにしても、それに向かう気力を
奮い立たすエネルギーが残されているとは思いません。

結論的には、すでに小生は、現役を退いた選手。
新たに「挑む」のではなく、走り来たる思い出のコースを
なつかしみながら、余生を送っていきたいなぁ。

意をつくせぬコメントで恐縮ですが
よろしくご判読いただければさいわいです。

■ばーば 2009年02月02日 07:43
敬助さん
ごめんなさい・・バカなばーばの思い違いだったようです。
自分の思うような生活ができ、その上、あちこち好きな旅行ができ「人生に悔いナシ」・・
そして、思い出のコースを懐かしんでゆっくり、のんびりの旅・・
余生を存分に楽しんでいらっしゃる敬助さんに対して

自分がなにもしないで過ぎた過去・・もっと若かったらな~と思う事がシバシバなので、
つい・つい・・自分と一緒にしてしまいました。
本当に申し訳ありませんでした。「穴があったら入りたいくらい」の心境です。

■出来たヨメ 2009年02月02日 08:29
しゃ、しゃ、社員旅行ですかぁ?
それはそれはご愁傷様です・・・

出生地云々ですが、転勤族とかでナイ限り、コーコー生くらいまでは引っ越さないって人が多いので、どうしてもその地の気質が性格にプラスされるみたいなんですよ。

じゃ、転勤族子弟ならば参考になるのは何処か?
5歳~中学校1年くらいまで育ったとこらしーですわ。

私も国家公務員の子弟だったので、そりゃ~転校・転校・転校の学校時代だったので、出生地は?とか聞かれても「ブラジル」だし、小学校卒業は?と聞かれれば広島県だし、中学卒業は?と聞かれればバンコクだもん。

そいや相撲のモンゴル組の出身地は、皆、首都ウランバードルになっているけど、彼等の父は遊牧民なので住所不定。「出生地?住所ないなぁ。じゃ便宜上、首都にしとくか?」ってことでウランバードルで1本化している・・・って、モンゴル大使館で聞きました(ビザを取りに行くとき、大使館員に聞きました)。

■Maya Rainbow 2009年02月05日 07:20
明日はマレーシアに移動するというのに、歩き回っているうちに、こんな時間に。。(部屋に無線があるので、ベッドの上でゆるゆるとしています。)
いっそのこと寝ないでおこうと、茶屋さんの日記、2つ、じっくり楽しく読ませて頂きました。

いろんな人が訪れる、旅人のルツボ的GH、そして再会。
私もそこで、Rainbowつながりの再会をしました。。。
ネットでつながる力、そしてマツモトさん、茶屋さんあっての宿が人をひきつける力。
ノンカイを訪れる目的が増えました。

■masa◎ 2009年02月06日 12:11
茶屋さん、ワタシは生まれも育ちも埼玉県出身なので、迷うことありません…
あ・でも生まれてすぐ母が実家の長野に行きしばらくそこで暮らしました。
確かにあんまり深く考えたことなかったなぁ~
色々転々としてると確かに説明が長くなりますね。
でも色んなとこに在住してたというだけで初めて会ったヒトと話題が広がる的な利点はありますね(´∀`)

■茶屋敬助 2009年02月06日 13:49
>おはる姐さん。
モンゴル力士のウランバートル。傑作だわなも。
大使館で、わざわざ取材した姐さんを、さすが転勤族の末裔と、感心いたしつつ
まずは、ご同慶でございます。
というこって、そんなら、わしも、モンゴル力士を見習って、これからは日本の首都、
「東京都・千代田区・出身!」
へい。畏れ多くもかしこくも、天皇陛下とご一緒というのが魅力的だでなも。

>masaちゃん
へぇ~。まさちゃん。埼玉県の純粋培養なんや。秋田県が美人の産地と
バカのヒトツ覚えでおったけど、埼玉県も、そうやったんや。
不勉強で、申し訳けありませんでした。勘弁したってちょうだゃあ。

で、流れ者のわし。いま気付いたけど、ふらつきの責任ちゅうか旅暮らしは、
わしの責任というより、転勤族やった親父にあらせんか・・・
結果、しっかり腰をおちつけて勉強するとか、まじめに落ち着いて生活するとかの
資質が、本人の努力にもかかわらず、さっぱり身につかず・・・

結局は話題が広がる?利点にひきかえ、えらい気の毒な人生を。
また、バイクで田舎屋に走ってきて、慰めてやってちょうだゃあ。たのむでなも。

>Mayaさん
わしのつまらねぇ日記を、フタツも。恐縮でございました。
Mayaさんの、素敵日記のまねをして、これからはもう少しマシな文章を・・・
よろしくのご指導をお願いいたします。

なを、このお宿にエールを送ってもらい、マツモト社長?にかわり
僭越ながら、この爺いがお礼をもしあげます。ありがとうございました。

わしも、Mayaサンがまた顔を出してくれそうやで、また来るたのしみが。
だで、それも感謝ですわ。

■出来たヨメ 2009年02月06日 17:56
あ、私、本籍地は「千代田区千代田1」です。
皇居ですYO
本当に恐れ多くも天皇陛下と同じとこ

■茶屋敬助 2009年02月06日 18:29
わっ、わっ、わっ・・・輪が三つ!。これは驚異!
なんと、ほんとに、ソコに姐さんの本籍が。

そんな、高貴な方とは、つい知らず。
いままでの、かずかずのご無礼の段、
伏してお詫び申し上げます。 

■ひでき先生@子育て中 2009年02月06日 19:23
>出来たヨメさん。

はじめまして。

プロフィール、拝見しました。

ご先祖が、明治天皇の側近だった。

それなら本籍地の件、「納得」です。

■masa◎ 2009年02月09日 18:49
田舎やもっちろん行きますよ!
ソバ打ちま―す!
いつが一番いいんでしょうね?5月?7月?
もちろん茶屋さんがいるときじゃないと…(^-^)

上海だより・15=奇遇

2009年02月16日 | Weblog
ノンカイ、ノンビリ暮らしもすでに一か月を経過し、
15日間限定の2回目のビザ切れもまた目の前にして、
「永住するなら別にして、この機会に思い切ってタイを出国して
まじめに旅を再開することが天命ではないか・・のう、おのおのがた」

思えばこそ、天命は「暫時、もう少しこのノンカイに止まれ!」のお達しでなも。
で、その事情をかいつまんでお話しすれば・・

「社員旅行で、しばらく北部のチエンマイとパイに行って久しぶりに
遊んできますので、ケイスケさん、宿のほうをお願いします」
そんなことで、昨晩、その社長室(お宿のフロント兼旅人の雑談サロン兼
社長ご当人が起居する1号室)の鍵を、その隣部屋2号室に起居する
わしが、預かるハメになってなも。

社長?のマツモトさんから、チェンマイ行きの話は少し聞いてはおったけど、
この宿には、わしが来る以前から、社長子飼い?のラッキー君ちゅう
旅人が、瞑想しながら、宿の掃除をしながら宿賃をまけてもらいながら?
起居しとったんで、わしは、そこは安心して、もしマツモトさんが留守にしても
ラッキー君がおれば、とくに問題なしてなことでよう。

で、「鍵」を引き渡されたとき、きょとんとして
「ラッキー君がおるでしょ」とわしが社長に抗弁すれば、なんと
「社員旅行ですからラッキーも連れていきますので」

マツモトさんずるいヨ。急に、社長になって、まるで従業員の
厚生サービスの振りをして。だいいちこのお宿、零細企業というか
従業員なし、マツモトさんが独身やから家族従業員もなし・・・
超ホソボソの隠れお宿的、ささやか個人経営ゲストハウスでしょうが。

とはいえ、労働省が推奨するような「社員旅行」の名目には、
もとお役人のかたわれだったわしも、無視することもできず
加えて、わしの部屋にパソコンまで設置してくれ優遇してくれとる
マツモトさんの好意もあれば、「どうせ死ぬまで暇な身」

へい。そんなんで、お宿の管理人を兼ねて、しばし
ノンカイのノンびりぐらしを不本意?ながらうれしくも続行・・・
そういう次第でございます。

ほんで、その鍵を預かったとき、わしの口からでた言葉が
「ひとりでは、心細いしけど、フジ君がおるようやで
なんとか手伝ってまってやっておりますわ」

ほんで、実をもうしあげますと、そのフジ君との「奇遇」が本日の日記の
主要テーマで、いままでは、いつもの蛇足気味の
前口上ちゅうわけでございまして・・・いつもながらすいまへん。

で、一週間ほど前、自転車でこの宿に 入ってきたフジ君なんやけど。
簡単に申し述べると、

自転車で、世界一周中。
天下の日本放送協会NHKの旅番組に定期的に出演中
(とういうか、旅先からレポートを送付)。

5年ほど前、アフリカのチェニジアをスタート
交換用のタイヤやチューブ、工具、さらには野営用のテントや炊事用具を荷台に。
このあと、南米大陸をまわり、あと2年ほどはかかると、いとも簡単に発言!

まわった国は、50カ国を超え、再入国も随時あればスタンプの数は不詳。
走行距離は、アフリカ出発以来、このお宿到着時=なんと49333キロ
(わしが、この目で確認!。で、そんときあれこれ取材?、あれこれ撮影?てなことで)

なを、旅仲間言葉でいうところの「チャリダー」のフジ君、わしのマイミクに
入ってもらったで、その旅報告をふくめ、興味ある方はソコから探ってもらうとええわなも。

  ■  フジ君の自己紹介

     自転車で世界を周っています。
   2009/01/26現在   タイ:ノンカイにて ビザクリアー中
   藤暁之の世界一周自転車の旅
    ブログ: http://fuji99.exblog.jp
   日本語入力サイト: http://ajaxime.chasen.org/
   地球ラジオ『旅でござんす』出演中
     http://www.nhk.or.jp/gr/tabi/

     
ところが、本題の「奇遇」やけど、なんと、わし以前、このフジ君にあったどころか、
彼の自転車修理の手伝いを、暇に任せてやったことがあったんですわ。
場所は、パキスタンの最北部で、旅人に世界の桃源郷との評判が高いアノ、「フンザ」の
あの日本人びいきのコショウサンが経営の「コショウ。ゲスト・ハウス」の中庭でなも。

たしか、三年ほどまえの5月末ごろのはず。このとき、わし、カラコルム・ハイウエイから
標高5000メートルを抜く、中国との国境フンジャラブ峠を越え、シルクロードをふらつき
中央アジアのキリギスタンやカザフスタンまで、ことのついでに足を伸ばし・・・

そんで、引き返す途中、中国カシュガルのバス停でうれしくも唯一、
わが邦人としておいでになり、
「私、普段飛行機で飛んでしまいますので、お休みには陸路で・・・」
いう自己紹介をいただいた
「一人旅の某航空会社の客室乗務員さんのシホさん」とご一緒させてもらい、
水没した、ハイウエイをそのやさしいシホちゃんに介護してもらうように乗っ越し・・

再び、コショウハススに戻り、疲れたシルクロードの老体を暫時休めておった、
とこない次第でなも。
で、そんなある日、自転車修理をしておったフジ君を、ガキのころから
勉強はきらいで成績はさっぱりダメやけど、工作は好きで、長じて退職後は
田舎屋で、へたくそな日曜大工をたのしんでおる爺いが、
「こういうことは、根気仕事でやらんとネ」
いらぬ口出しと、手出しをしてなも。その爺いが、このわしだったんですわ。

修理は、曲がってしまっていた自転車の泥よけを、小型やすりを使い、
ギコギコとこすりながら、かなり無駄っぽい時間を使い、最後には切断したんやけど。

そのとき、アフリカ出発しての話を聞いて、「これはすげぇ青年や。ぜひ、お友達に」
てなことで、その場に筆記具もないことから「じゃあ、明日、アドレス交換たのむわなも」
ところが、翌日、早朝、わしがフンザの谷を降りて、インドにむかったため
残念にも、これで、名前さえ聞かぬままお別れとなって・・ほんと心残りだったんですわ。

ほんで、今回、フジ君がこのお宿に、鍛え抜かれた隆々たる太ももと
引き締まった腹回り、日焼けした精悍な顔で、登場したときも、
「よもやの再会」も期待していなかっただけに、申し訳なくも、わしはまったく気づかず。
まっ、その後、フジ君も、過酷な日程を刻んでおれば、それなりに髪型を含め
風貌も変わってきとるで、すぐにあの時の青年とわしの記憶につながらんでも
仕方ないとこあるわなも。

第一、日本でも、再会がむつかしいのに、この広い地球上で、
約束とか連絡もしとらんのに、偶然に・・そんなこと露ほどにも期待するなんて
できまへんやろ。わしがいかに楽天的いいかげん人生を歩んできた男にしてもなも。

しかし、「わし、しばらくこの宿におる名古屋のケイスケですわ。よろしくなも」
と名のれば、その自転車青年が
「おれ、おあいしたことありますよ。フンザで自転車修理手伝ってもらい。
たしか、アドレス交換するまえに、出発されたんですよね」

あっ!!!!!!!!あの時の青年!。そんなことまで覚えていてくれて。
これ、奇遇やろ。
わし、ほんとアジアを旅しとって世界遺産さんなんてにも驚かされること多いけど、
驚きの大きさは、天秤棒秤にのせると、どうもこういった奇遇のほうに
傾くように思うんですわ。

で、そのフジ君と、この数日、「今日も一戦やりますか」と
囲碁やマージャンで遊んでおるんやけど、勝ち負けはべつにして、
こうした、世界的な?青年と一緒しとるだけで、なんかわし幸せ気分になれてなも。
「こんなら、臨時管理人をやっとってもまっええか」
へい。今日現在のいつわららずの心境でございます。

ついでに、奇遇その2の巻をことのついでにチョイとね。
昨日、ひるさがり、わしの定例業務「お宿番頭顔しての出立旅人お見送り」ちゅうことで
ノンカイ駅前で、「じゃ気をつけて、この先もいい旅をね」。
お見送りさせてもらった、そのほんとの名前もうれしい「ゲンキ青年」
これも、わし、異国ふらつき旅で初めて経験した「奇遇」でなも。

いや、奇遇といっても、これは再会じゃあなくって、いえば同窓というか
当然に、後輩やけど、これも偶然というかほんと珍しいこって。
そら、わしが昭和30年代、当時遊びと安保闘争デモで明け暮れておった京都の
大学となれば、卒業生や在学生がナン十万を超え、それなりに世界に出てくるで
「うれしいねぇ。こんなところで同窓に出会えるなんて」
そんなことも経験したきたけど・・・

ところが、今回のゲンキ君は、なんとちっぽけな田舎高校の後輩だったんですわ。
で、うれしくも、その後輩と判明した経緯を申し上げますと・・・

その日、この宿に入り、わしの部屋にきてパソコンをやるラオスのビエンチャンから来た
というゲンキな青年に、「君、出身はどこ」と聞けば
「新潟県の魚沼市です」。

うんじゃ!なにウオヌマやと。なつかしすぎるでかんて。
わし、ほかならぬ中学・高校時代は「コシヒカリちゅうのコシヒカリ」として
その名高き銘柄「魚沼米」の産地、「中魚沼郡」におってなも。

で、わし、すかさず、「えっ、魚沼!。わし昔むかし、その魚沼郡の
十日町高校の出身なんやは」

「おっちゃん。そないょぼこい高校の名前、自慢気味にもちださんかて
十日町の出身でよろしゅうおますがな」
おおかたの、おばさんのお小言が予想されますんで、それ弁解しますとなも。

ところで、急に、話を国語問題にふるんですが、
大相撲なんてでもよく使う、何々県出身の、その出身地、
美術界なんてでも「郷土出身画家10人展」など・・・
これ、よく使う割りには、かなり疑問というかいいかげんなところありと
いいかでんな性格をもっとるわしも、かねて睨んでおるんでして・・・

出生地なら、わかりますで。わし、むかしむかし、鉄道省の役人やった
親父の赴任先の和歌山県那智の海べたで生まれておるんで。
ただし、そこは記憶にないまま、幼児期、岐阜のほうに・・・
そのあと、食料難の戦後を迎えて、あのあたりなら家族が餓死を防げる?

どうも5人家族を抱えて当時の親父が米どころの新潟の山奥に
志願するように転勤したことにより、わしは中学時代に
その雪国に転校して、高校卒業まで・・・そのあと京都の大学

名古屋でのなげぇ役所勤め、退職後の木曽川ぞいド田舎の隠居暮らし・・・
となれば、わしに限っては、「御出身は?」と聞かれるたび

「生まれたとこは和歌山やけど、しいていえば親父やお袋の実家があった
静岡県かもしれませんわなあ。たしか、後年、かなりおそくまで
本籍もソコになっとったけど、わし、そこに住んだこともあらせんし・・
しょせん、しがねぇ流れ者でござんす」てなしまらねぇお答えでなも。

そんな次第で、♪ ボクラ離れ離れになろうとも の高校3年生をすごした
十日町を「出身地」というのは僭越におもえば、話をもどし、ゲンキ君には
限定的に「十日町高校、出身」と謙虚に自己紹介させてもらったわけでして。

その謙虚さに、天が味方し「おれも十日町高校の出身です!」
これは、奇遇ですわ。裏日本を旅行しとっても後輩にあうなてホントめずらしい
ケースやろうし、まして日本全国歩きまわって、会う人ごとに
「もしやあなたさまは、越後新潟県のど田舎にある十日町高校のご出身ですか」
お尋ねしておったとこで、そのめぐりあわせは、かなり確立ひくいはず。
それこそ、今の株価?なんて比較できんほどの低さネ。

それが、日本本土にくらべ比較できんデカイ、ユーラシアン大陸の、一角にある
同じ宿に偶然、同じ日に泊まる!。もう奇跡といってもええわなも。
まっまっ・・・「それが、どうしたん。たんなる偶然でしょが・・・」
と身も蓋もねぇこといわれると、わしも返す言葉がにゃあけどよう。

そんでも、これ、なんか人にはいえん喜びがあるんやけど、不思議ですわなも。
多分、ずいぶん昔の、「人生、これから、ボクもやるけんね」
その懐かしき、希望という文字の琴線に触れた思いに影響したと違うかなも。

ほんと、いまは、わしも、夢も希望もカネもなしのしがねぇ老人やけど、
その十日町高校に入学したとき、入学式でそのいつもしかめっ面の威厳顔から
「しぶ柿」とあだ名で呼ばれていた校長が、
「諸君は、このたび、めでたくも、この地方の最高学府に入学したわけでありまして・・」

まさか、自分が、東大総長のごとき最高学府の学長であることを自慢したくって
軽々しく最高の文字をだしたのではなく、生徒の自覚を促す意味で口にしたんやろうけど。
もっとも、当時いまだ地方には、短大はおろか私立の高校など、どこをほじくりかえしても
あるわけでなし、郡にヒトツの県立高校がやっとの時代であれば、
いやでも最高学府になって、たしかにシブ柿校長の言葉にウソはなかったけどよう。

それにしても、その同じというか今はそうでもなかろうが、当時の最高学府?だった
同じ「十日町高校」を出た青年と、ここで奇跡的に出会えた!
なんか感動するじゃあござんせんか。

てなことって、「感動」しながらも、一方、自己の能力の限界でしょうが、
「しかしなんだなぁあ。わしも、ソノ最高学府の高校を卒業したわりには、しょぼこい人生を
歩いてきたもんだわなぁ。ああ、人生、無情であることよ」

へい。旅は、素敵な出会い、奇跡の再会てなことに加えて、また「心からの反省」
「懺悔」の場を、凡人にも与えてくれるものでございます。
となれば、いまだ悟りの境地に遠いわしは、まだまだその反省をもとめて
この先も、好むと好まざるにかかわらず、厳しき異国の流れ旅を
まだまだ続ける必要があるわい・・・困ったことであることよ。

と、いつもながらの愚痴をお聞き頂き、このうれしき「奇遇の巻」、ささやかな中身ながら
一巻の読みきりでございます。ご拝読、まことにありがとうございました。

                      最高学府の高校?を出た割には
                      しょうぼこい人生を歩いてきた  流れ者 敬助、敬白

ということで、先立つ奇遇!ということで、駄文のお口直しになればと、そのお写真を下記にご案内させていただきました。すでに日記でご紹介済みのとうり、昨年の年末、ベトナム、ハノイの繁華街で偶然、かってインド・バラナシで御一緒した東京のorzさんに数年ぶりに再会。その折りのお写真を昨日、アップしていただきましたので、いまだ旅写真の紹介、パソコンつなぐべ電線?なく、そのウデもなければ、購入する言葉なし、ゼニなしのわし、
「たまには旅姿を」のお声にしたがい、恥ずかしくも・・・・

http://mixi.jp/view_album_photo.pl?album_id=27232429&owner_id=6257296&number=205684707&page=10

へい。お写真提供者のorzさんに、こころからお礼を申しあげつつ、ここに公開?させていただければ、各位様には、よろしく御笑覧を伏してお願い申し上げます。

上海だより・14=足跡4

2009年02月16日 | Weblog
もう、このあたりちゅうか、ノンカイの街や周辺で見るべきは見た
食うべきは、食った。とくにやることなんもなし。

というこって、のんびりコンとグダグダの毎日でなも。
で、やっていることの例示をあげれば・・

食材の買出しと、自炊
「今晩、わしの部屋で一緒にどうや」と同宿者に声をかけ食事会
相手がそろえばマージャンや囲碁
お宿に始めて来た旅人を、「わしが案内するでよう」と街に同行
お宿からの出発者を、番頭顔してノンカイ駅にお見送り

いや、ほんと。海外におりながら、「国際的貢献」とか
「国際感覚の育成」などのかけらもなく、パスポートを
発行してくれた日本の外務大臣には申し訳けないけど
いうところの「ムダ」の日々でなも。

なら、どうせムダの時間なら、ムダな日記の続きでもやって
暇をつぶすか・・てなこって、よろよろ足跡その4でございます。

すいまへん。気をいれると、年寄りのこって身体がもちまへんよって
今回は、軽るーに「ひと撫で」。たまった日記の項目だけで
お茶をにごさせてもらいますよって、ご勘弁ねがいますわなも。



■ 12月28日 遊覧車?での国境越え(中国ーベトナム)
わしの30回近い陸路国境越えで、多分、ここが一番のラクチンコ。
初めて、陸路やるおばさんでも、ここならまず大丈夫だでよう。

今日の乗り物=
① 南にい市バス。鉄道駅前から、郊外のデカ・バスターミナルまで。2元。ほぼ50分。
② 長距離国際バス。ウエのターミナルからベトナム・ハノイのターミナルまで。
8時30分発16時30分着。50元。
③ 国境連絡バスその1。中国イミグレまで。約5分。タダ。
④    々     その2.国境地帯をこえベトナム・イミグレまで。タダ。
⑤ 相乗りライト・バン 。ハノイの街はずれのターミナルで、ある日本青年が、「割りカンで」と声をだし、韓国青年たちもくわわり6人で。一人1ドル。20分ほど。

今日のお宿=旧市街のA/Z QUEEN CAFE  4階ツインで、8ドル。ひとり400円ほど


■ 12月29日 超特別観覧席でウハウハ観賞(ハノイ水上人形劇場)
ド安い2等席キップやったけど、聞いてくださいおっかっさん!
なんと、最前列に特別席をご用意していただき・・・へい、舞台すぐした「かぶりつき」から
覗き込むようにして。学生時代みたストリップショウ以来のうれしい体験でございました。

今日の乗り物=なし
今日のお宿 =A/Z 2泊目
今日の特記 =わしの72歳の誕生日。昨年はバンコクに向かう鈍行列車の中、
          一昨年は、インドコルカタの入院ベッドのうえ、今回はややマシですわ。

■ 12月30日 わしのミクシーの先生に、偶然に再会(ハノイ市街)

ひとりふらついていれば、雑踏のなかで「けいすけさんでしょ」の声。瞬間、わし、キョトン。
「orzです」。なんと、かってインドのバラナシでミクシーを教授いただいた恩人さん。
例年、正月やすみを使いアジアのこのあたりにとのこと。それにしても地球は狭い?

今日の乗り物=なし
今日のお宿=A/Z QUEEN CAFE 3泊目

■ 12月31日 あこがれのホーおじさんに御対面(ホーチミン廟)

わし、ハノイのふらつき旅たしか4回目で、水上人形なんては3回もみたけど、
念願のホーおじさんには、とんとエンがなく・・滞在中、根性ものがたりで通ったけどそのつど休日や時間外はては特別休館日、そうかと思えば軍の高官の視察日?。あそこ、アメリカをギャフンといわせた無敵ベトナム軍の象徴的軍施設やで、観光客は二の次でなも。
へい、今回はミイラとなり安らかに眠るホーおじさんにやっと接見でき、2008年の年納め行事としてこれにすぎたるの喜びはございませんでした。

今日の乗り物=なし
今日のお宿 =A/Z QUEEN CAFE 4泊目


再び、すいまへん。日差しがつよまり、現地の方も日陰でまったり。郷に従え!
わしも、年のケリで今回は、ここで横にさせてもらいますよって。では、また。
へい。意識は比較的しっかりしておるんで心配はございませんでなも。
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コメント
■ふみちゃん 2009年01月26日 18:24
水上人形劇観たのですか?
わーテレビでみてから、見たいものの一つです
演じる人が水の中ですよね
人形は濡れないのですか
ホーおじさんのミイラも見たのですか?
いろんな人に再会したり濃いたびですね~

■orzの魔法使い 2009年01月26日 18:37
ハノイの街の雑踏の中でも敬助さんの目立つホーチミン髭はすぐに判りました。w
来られることが判ってはいても、街中での偶然の出逢いはやはり嬉しいですね。
あの後、我々は肌寒いハノイですることもなく年明けの8日まで時間を潰し、飛行機で更に寒い成田まで直帰しました。

■トマト 2009年01月26日 21:09
雪が降って寒さに震え上がった寒波
配達できたら送りたい
木陰で日本の雪でひんやりいい気持ち、、、、って

■茶屋敬助 2009年01月26日 21:36
>ふみちゃん
人形は木製で、それに多分、漆の色をつかって
竜や鶴や亀などの登場人物?も製作したってなも。
多分、日本の「漆の食器」をみて、味噌汁を入れてええなら
多少、濡れても・・で真似。多分ね。

うんで、この国際的に超有名なショウーがわずか40000ドン
邦貨わずか、350円にみたづのダラ安!
人形ひとつあたり見るのに10円かからせん。
何千円とかかる日本の文楽なんて・・・
わしは、おりこうさんやで、その先は遠慮しとくでなも。

>orzさん
ほんと、よくこの爺いを見つけていただき、お声を・・・
感謝ですわ。わしはまったく気づかずでしたので、あやふくすれ違いところ。
今回の旅の最大の僥倖!。いい思い出になりました。
二度あることは三度!。またお会いする日と街?をたのしみにいたしております。

>トマトさん
「寒波」とか「雪」の文字を送ってもらえるだけでも
なんか、すっーとして。ありがとさんでござんす。
本物ならいうことないけど、そんなら
わざわざ、ここに来んでも日本におりゃあいいわけで。
だで、これからも冷気、よろしく頼むわなも。

■ばーば 2009年01月27日 05:18
奥さんの「私の側にいないで下さい」・・トレードマークの三点セットのお姿
そのおかげで異国の街の雑踏の中で懐かしい人と再会できたのですよね~
びっくり・そして感動ものですね。

見尽くしたノンカイでのダラリンコ生活も、
初めてノンカイに来た旅人には敬助番頭さんに案内してもらって
楽しい旅の思い出ができたのではないでしょうか?
いつまでノンカイにいらっしゃるのですか? 

又、復路の旅に備えて冬眠?ゆっくり休憩?・しておきましょう

■masa◎ 2009年01月27日 08:45
茶屋さん まだ上海に…?
16日の予定だったような…
そのまま永住ってことないですよね
溶け込んでるだけに…
そばうちに行きたいです(*^o^*)
人数の記録塗り替えられそうですよ(^w^)

■茶屋敬助 2009年01月27日 11:25
>ばーばさん
みんなからは、乞食姿と顰蹙をかうかっこうも
ばーばさんは、三点セットとしてうれしくもご推奨?
で、単純なわし、よろこんで手ばなさず・・・
で、今回もハノイでの僥倖。ありがとうござんす。

へい。そんなんで、まじめな話。
わし、三途の川を渡るときも、このアジアや
ハワイをわたりあるいた杖をつき・・・
もし、かみさんが、お棺に入れ忘れたら
注意してまうとありがたいわなも。

で、多分、そのお礼は、わしが彼岸にわたった後になるで。
ほんと、最後までお世話になります。

>masa◎sama
まっ、このとしやで、どこで朽ち果てようといいとおもっとるけど
わがうれしき奇跡の女神さんとの「そば打ち」の約束もあるで
こんかいは、石にかじりついてでも日本に辿りつくでなも。

♪ 帰ぇ~る 日がく~る~ 春が~ 来る~

へい。その春さき3月中旬に、復員する予定でございます。
うまいこと、復員船にのれるといいけどなも?
シベリヤに抑留される危険は多分ないで
安心しとってちょうね。

■Punky 2009年01月27日 23:09
いいなぁベトナム。チェー食べたいよー。
あ、ヤギの焼肉食べましたか?アジアの熱気が懐かしい

■茶屋敬助 2009年01月28日 21:22
>Punky ちゃん
わしゃ、去年の夏、布ぞうりをつくってくれた
パンキーちゃんが、ほんと懐かしい。
だで、ことしの夏、ほんとたのしみにしとるでよう。

上海だより・13=休筆

2009年02月16日 | Weblog
突然ですが・・・
実は、昨日、「お隣り、ラオス」のお国に、
なんと、日帰り、単独サイクリングになも。

油断大敵!。おかあさんごめんなさい。
理由は、ビザ切れの危機がせまっておって。
急遽、タイからの脱出劇でございました。

いや、驚き。ノンカイでノンびりこんしておれば
はや14日目に暦はすすみ、それこそ不法滞在になる直前!

昨年、このノンカイのお宿にゴロゴロしとったときは、
「30日間」の無料ビザがもらえたんが
昨年12月からは、空路でタイに入るお金持ちはいままでとうり30日で、
陸路の国境を越えてくるビンボウ人は、
一挙に半減の15日間にタイの法律が改悪?

どうも、ビンボウな旅人が、いつまでもゴロゴロしとるのは困るので、
早めに追い出そう・・・てな魂胆なんですわ。
わしは、かならずしもビンボウではないけど、そのとばっちで、
今回1月7日にタイ入国やからリミットは21日!

「これは、いかん。不法滞在でおめおめ逮捕されてなものか」
善は急げ?、膳のうえの料理は食べろ!
へい。そんなこって、いったん出国して、再度タイに入国、
あらたに15日間の滞在ビザをタダコでいただこうと、いうわけ・・・

で、お隣のラオスにいったん逃亡するんやけど、
国際バスを使っては、もう、慣れっこで面白みなし。
長距離やにゃあで、ええといってもそれなりに乗り物賃もかかるしなも。

「タダで行く方法はにゃあか」
さすが徒歩では遠すぎるし、国境を繋ぐ
「タイ・ラオス友好橋」は、歩道通り抜け厳禁の意地悪!

ほんじゃ、トラックや国際バスに紛れ込んで、「自転車」作戦はどうか。
実は、昨年、ヒマつぶしに国境にあそびに行き、
一回目は、「ラオスまで、突き抜けてはいかんけど
途中でまじめに引き返してくるなら、車道の端を注意して」
ちゅうこって、橋のなかほどまで遊んだ経緯アリ。

ところが、二回目は、イミグレの管理官殿に、鼻の先であしらわれて
ていのいい追い返し。
で、今回、宿主のマツモトさんに「自転車での出国」の可能性を伺えば、
「自分もやったことないし、宿泊者でも例がないが、係官の気分の
いい日なら、いけるかも。」
可能性すこしアリのお答えでなも。

ならば、自転車でいっちょやったろか!
失敗したら、次の日、最終日に「国際バス」でやればいいでよう。

そんなんで、昨日の朝は、昨年の自転車姿が、どうも
「荷物ももたず気軽な、単なる国境見学者と係官に見られたがゆえ失敗」
と反省すれば、今回は、カラのリュックを背負い、
頼みの「金剛杖」を自転車にゆわえつけ
「ひとかどのまじめな自転車世界一周旅人姿」を偽装して・・・

へい。初体験でございましたのでかなり緊張しましたが、
痛み?をともなうこともなく、無事、橋を貫通してラオス側に
到着いたした次第でございます。

それにしても心配しましたわ。自転車でタイを出国させて
くれなければ、それは仕方なし。再度、バスでやればいいだけ。
ところが、出国して、向こう側のラオス側が、
自転車でイミグレの通過はまかりならぬ、といえば万事窮す!

他国の出国スタンプがない以上、タイ側の再入国は不可能ということで、
橋のうえで立ち往生し、帰するところ余命のつきるまで
下を流れるメコン川を眺めながら・・・の不幸な事態に。

幸い、今回。ラオス側に無事に入国しやれやれやったけど、
すぐ引き返しては、まるで入出国のスタンプをもらうために
利用したようで、わしも良心がとがめるちゅうか・・・

戻る先の、タイ側イミグレも「この爺い!。いま出国したと思ったら
もう入国してきて。ははん。さては無料の15日間ビザを狙っておるな。
有料なら60日間の滞在がみとめられるのに。このケチ野郎!」
多分、心象よからずのはず。

ちゅうわけで、わし、しばしの時間、ラオスの国土に自転車をころがし、
屋台で、飲み物や食い物を購入して、この貧しい国の「経済振興」に
ささやかながら貢献させていただいた、とこない次第でございます。

ところが、ラオスのメコン川沿いで、自転車をコギコギしている途中
携帯電話がなり
「ケイスケさん。今日、つごうよくなったのでオレのうちにきませんか」
「いま、どこですか」
「わし、ラオスにおるんだわ。ビザ切れになってまうでよう」

電話の相手は、ノンカイにわしが滞在しているあいだに
一度、訪問させてもらうことをメールや電話でうちあわせているワイチャン君。
元は、名の知れたバックパッカーの青年?のお噂やけど
いまはノンカイ県のとなり県で、きれいなタイ人のオクサンと
二人のかわいい子供に囲まれ、のんびりしたタイの農村生活を。

当然、邦人の居住者すくないこの地域では、「宿主のマツモトさん」とも
親友で、よくこの宿に顔をみせ、前回、わしも囲碁の強敵として
けっこう盤をかさねたり、夜の街をご案内してもらったり・・・

そんなんで、お誘いをうけ、今日はこれから、このお宿の掃除などに
格段ご尽力している感心な滞在型宿泊者ラッキー君と
公共交通機関もないというかなり不便な農村部にお住まいの
ワイチャン宅を宿泊訪問に出発いたしますれば・・・

しばし、この日記が休筆になりますことを
おしらせいたす次第でございます。

ほんじゃ、マツノトさんがご用意いただいたお酒類を主とする
お土産をズシリンコと肩に担ぎ、ボツボツ出発させてもらうでよう。

            半月ぶりに旅人気分になっている 流れ者敬助
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コメント
■chavalit 2009年01月21日 13:06
お~ぉ・・・
チャリで、越えましたか、流石ですね。
私は・・・ヒッチハイクで越えたことありますが・・・
イミグレが、タイ人と間違えて・・・ボーダーパスよこして
エライ目に合ったことを思い出しました・・・

■ばーば 2009年01月21日 15:38
突然ですが・・
単独サイクリング
お母さんごめんなさい・・なになに?ドキドキ
又、行くも地獄・退くも地獄のラオス国境越えか・・と心配しました。

自転車作戦・無事タダッコでビザのハンコをもらえたようですね「よくやる~」
のんびりノンカイ生活に少し退屈していた?敬助さん
又、又ラッキーなお誘いのお声がかかり、これからその農村生活をエンジョイなさるというのですね。
「木曽の畑も草がボウボウかも?ね」・・
どうぞ、楽しい農村生活を・・「もしかしてそのまま住みついたりして」

■なかちん☆ 2009年01月21日 17:34
やはり、たかが10日の旅行とは違い、現地を満喫されている敬助さん
お帰りになってからの日記が楽しみです
しかし自転車での国境超えたくましい

■ヒデさん 2009年01月21日 18:53
バイク専門かと思えば今度は自転車で、しかも、国境越えですか。
と言う事は、治安は良いのですね。
風体からは、国籍不明、旅券を見て「アッ!日本人だ」
更に良く見て「この歳して スゴイ・・・30日OK」とは行きませんかなァー

■masa◎ 2009年01月21日 19:37
自転車で国境越えとはなんとものんびりだけど、いい感じですね
しかし、その自転車はどこで手にいれたのですか?
レンタル?

■Yoo! 2009年01月21日 19:37
そうですよね。変わったんですよね、ビザの滞在可能な日数。空路で行く旅行者はいいけれど、長く滞在される方にはかなり痛いですよね。それにしても、自転車での国境越え。さすがです

■ふみちゃん 2009年01月22日 10:08
不法滞在、牢屋にはいるのでしょうか?
他国の牢屋は怖そうな~
日本ではホームレスよりましなのではと思ったりする
チャリンコで国境こえたのですか
若い!

■放浪者 2009年01月22日 11:50
自転車に乗ったアジアの流れ者さん
素敵な国境越えですね
またしばらく放浪の旅!?
土産話を沢山お願いします(^∀^)ノ

■トマト 2009年01月24日 11:14
今ごろ 畑の草取りのお手伝いしてるかなあ
いやいや いちこちの散策で忙しい?

■茶屋敬助 2009年01月24日 11:36
昨日、2泊3日の「秘境的タイ農村部」の縄文的暮らし
体験お遊び、学習ツーアー?から無事帰陣すれば、
各位のコメントに感謝しつつの、朝の一筆でございます。

>chavalit さん
さすがアジア旅の先輩?。ボーダーパスなどという
珍しき国境トラブルを体験。ソレはうらやましい。
面白さがしの流れ者敬助拝。

>ばーばサン
もしかして・・・などと、期待しておらうと
もしかして、ほんとにその気になるといかんで
あんまし、おだてんでちょうだゃあ。

タイの田んぼの草とりより、わしのあれはてた
田舎屋のほうが先だでなも。

>なかチャン☆
特報やけど、昨日、yooクンの旅ともの
「kazuちゃん」が、このお宿に。
で、なつかしのパイの話なんてをなも。
ほんと。出会いこそは旅の醍醐味!
だで、なかチャンともまたね!

>ヒデさん
国境の橋の下流に、現地人専用の「渡し船」があり、
いえば、原則、住み分け?のせいか、治安は特に問題なし。
先日、面白半分?に、ソコに行き、パスポートを見せ
「向こう岸に上陸せず、このボートでそのまま
引き返すから乗せてくれぇ」。やはり駄目でした。
挑戦しては敗退?わが人生ではなれっこですので
ショックはございませんでした。

なを、タイビザ。今度の改正で、15日をくりかえせば
どれだけでも。改正か改悪か、不思議な感じです。
従来は、年間、全日数でたしか9ヶ月の縛りがあったのですが。
よくわかりません。

>masa◎sama
自転車は、一泊300円ほどのお部屋にも、
ちゃんとタダでつかえるようおいてあって使いたい放題ね。
パンクしたときは、いくらでもある自転車屋で
20バーツ=60円弱で修理。ついでやけど洗濯も、1キロ20バーツ。
で、自転車は、そうやけど、わしの得意の?原付きがないのが泣きね。
もっとも、もしあればトコトコとタイの広い国土に走り出し
行方不明になる可能性大やで、ないほうがいいかもね。
masaちゃん、どう思うかなも。

>ヨウスケくん
うんじゃ。昨日、あこがれの旅人、kazuちゃんが、ラオスから
このお宿に到着!、あこがれの?初対面の記念日に。
で、昨晩はヨウスケくんを酒の肴に?
ほんでも、今日の昼ごろ、バンコクの方に旅立ちとか。
わし、涙でお見送りすることになりそうですわ。とほほほ・・・

>ふみちゃん
現実には、欧米人なんてには、かなり期限切れの旅人がおって
出国するとき、罰金を簡単にはらって、
係官もそれを叱り付けるんではなく、簡単にうれしそうに受け取って・・・

へい、一日あたり500バーツ=約1400円かける不法滞在日数でなも。
わしたちの宿賃が100から200バーツやで、どんなもんかなも。
まっ、どっちして九州に入るのにふみちんはビザの心配はないし
どんだけおっても不法滞在にならんで幸せなこっちゃて。

>放浪さん
自転車ごときは、ちょろいちょろい!
つぎは、放浪さんご自慢の大型バイクであまたの国境越えを。
ご期待いたしております。

■茶屋敬助 2009年01月24日 19:01
>トマトさん
草取りどころか、荒野を?をたがやしての畑ずくりでなも。
わし、なんか往年の帝國日本は、、「満州の開拓団」の
ミニ版をやらせてもらって。
面白かったけど、コテコテに疲れ?ましたわ。
「おっちゃん、トシやさかいよけい疲れたんちがいっか」
へい。それもありますわなぁ。

■Maya Rainbow 2009年01月24日 19:39
先日は、ノンカイにて楽しいお話を聞く時間を持てず、残念でした。これも運命だったのかと受け止めています。
今バンコクです。
ついに自転車国境越え、実行されたんですね。
空のリュックとは、用意周到。。。
今月半ば、12月の空港占拠が更なる拍車をかけ、激減した観光業関係者が、観光省に泣きついていろんな提案をしているようで、提案のひとつに、6ヶ月ビザ料金の値下げプラス、更なる6ヶ月延長というのがあるようで、タイのこの15日制度も時間の問題かもしれません。
私たちはこの後、マレーシアへと南下する予定です。
では、再びいつかどこかでお会いする日まで。。。。

■茶屋敬助 2009年01月26日 11:19
>あさみサン
先日は、お宿満員で、泊まっておったわしまでガックリコン。
せっかく、国際通素敵おねいさんのお話を伺えるはずだったのになも。
「ぜひ、帰りにも、とお誘いしておいて、お断りして恐縮でした。
メールで謝っておいてください」
お宿オーナー氏からの伝言でございます。

なを、わし。まだいくらか余命があるようですので
ぜひ、あさみサンに再会いたすことを老後のたのしみに、この先もうろうろつもり。
じゃで、これからもよろしくたのむわなも。

なを、マレーシアに南下とか。わし、その文字をみてナンカ、マレーシア
行きたくなってきましたわ。まんだ未知の国だでなも。
よき旅をネ!。で、ソノ先はどちらへむかわれるんですか?

■トマト 2009年01月26日 14:35
何年か前に桂林の川下に行きました
水牛がのんびり
今にも沈みそうな船に水草を満杯に刈り取る人
船をめがけて泳いでくる子供
川岸の土壁の民家
日本は豊かだなあと思ったものです

■茶屋敬助 2009年01月27日 01:28
>トマトさん
桂林の先輩サンなんや。
で、日本は豊かになったけど、
わしの財布が豊かになっとらんのが泣きでなも。
で、その涙を見られんように、国をでて
いまだ、異国での流れ旅・・・
どうかこれからも慰めていただきますよう。

上海だより・12=足跡3

2009年02月16日 | Weblog
本日は、お日柄もよく、雲ひとつなく、気候もまこと申し分なく・・
ほんと、「旅行でこのあたりにくるなら乾季がベスト。そのシーズンを外ずしてくるのはバカ!」
といわんばかりのナミの旅行案内書にあるとうり、その乾季のノンカイも今朝は上々の天気でなも。

お宿で、だらりもええけど、部屋の中ではいかにももったねぇ。「それじゃ、ちょっとお供させてもらいましょうか}
今朝方、「近くののなにもない農村部を軽く自転車でまわってみませんか」
声をかけてくれた「パック旅行ほどゼイタクでなく、バック・パッカーほど貧乏ではない、いわば中間の旅を、年一度このあたりでやっていますわ。まだ現役ですので期間は一ヶ月ほどが限界ですが」

同宿者の「北海道のミズさん」のお誘いで、「軽く」のつもりが、適当なルートをとったため、とんでもねぇ「長距離」にして「ハード」なサイクリングになった、農村部視察を切り上げさきほど、ほうほうのていで、帰陣。へい。行きがけは長袖でございましたが、すぐにTシャツ一枚で心地よし。

乾いた咽には途中の露店で「ペプシコーラ」の一本を10バーツ(30円ほど)で流し込み。
へい。こうした食べ物の類は、ほぼ日本の3分の1.ものにより5分の1.交通費になると列車やバスを含め10分の1感覚で、ほんとビンボウな日本のお年寄り向き。ありがたいこってすわ。

なを、こうした10バーツ飲み物の類。とくに「ここで飲むでよう」と申し立てないかぎり、テイクアウト用になも。あるでしょ。観光バスの座席前の網の中に。そのゲロ袋的ビニール袋に、砕き氷をバカすかいれて、それに飲み物を壜からダボダボ移し、ストローを差込みの「はい、どうぞ」。てな具合でなも。

というこって、わしも慣れんうちは、遠目でながめ、「やろうドモ。昼間っからシンナー遊びしておって」。「お気の毒に。なんかビニール袋にゲボゲボ戻し」
そんな誤解もいまは昔で、いまじゃそのビニール袋鼻先に、いつもシンナー少年よろしく・・・

この飲み物に入れる「氷」につき、やはりナミの旅行案内書には、「いいかげんな水を使って製氷しているところがありますので、しっかりした信用のおけるレストランを除き避けたほうがよいでしょう」的な、日本外務省の手先的警告が書いたるけど、わしにいわせてもらえば「アホカ。飲んで死ぬモンを現地人が使うか。ようは慣れだわさ」ちゅうことでよう。

ほんだで、わし、現地にはいると、すぐは「ミネラル・ウオーター」を奮発するけど、その数日後にはローカル食堂や屋台の水と攪拌して、徐々にその割合をふやし、しばらくすれば「OK、OK。そのお水プリーズね」で、タダこのウオーター愛飲者?。

という次第で、根がいいかげんな旅ぐらしですが、そうした「徐々に慣れさせる」という慎重な性格?が、功をそうしまして、今回も出発後、今日でちょうど一ヶ月ながら、いまだトシの割には、いたって「快眠快食快便」であり、「出掛けにかけた傷病保険がもったにゃあ」の日々でございます。

しかしながら、「おっちゃんのつまらん前口上に、つきわさせられとるわてらの時間のほうがもったないちゅうもんやで!」。お叱りの声もあれば、早速に、「どたばた足跡その3」をなも。
ただし、いまだ12月22日の「長沙の女子大生」に引き摺られておれば、ここにその想いを断ち切り、以後は一気に項目だけを並べて、「ススメ、ススメ、ヘイタイ、ススメ」

老兵だけに、どこかで砕け散る危険度たかけれど、それは覚悟で、いざ、いざ・・・


■ 12月23日 筏でどんぶら桂林川下り(陽朔)
世界遺産「桂林」のあのにょきにょき奇鋒が飽きるほどつづく光景は、中国政府が自慢気にその「20元札」の裏模様として使っているだけあって、さすがのモン。で、それを見んと、ド高い観光船にのっとるジャルパックのツアー客を尻目に、わし、ド安い定員2、船頭1の超小型竹筏でドンブラコン。へい。なにに乗っても、見れる景色にかわりなし・・そういうことでございました。

今日の乗り物=
① 郊外バス。長沙から乗った夜行列車が早朝4時過ぎ着いた桂林駅は、まだ暗く、相当ド寒く、ちょいとヘコミ気味になれど、桂林川下り終点基地?の街(陽朔)までのバスが見つかり、これで。4時半ごろ乗り、5時過ぎ発車し、7時ごろ着。15元、200円ほどのお値打ちバス代。

② 市内ローカル・ミニ・バス  これがお笑い。「筏ツアー?」を申し込んだとき、条件に「送迎つき」。ところが、なんと、筏乗り場の基地集落「興坪」まで、これに乗れ!と斡旋業者。みていれば、彼が、わしたちの料金を車掌に。ゆえに料金不詳。業者同行せず、はたして到着した先で、どうなるか不安の乗車時間約30分。

降りたバス停に「腹ボテの現地新妻サン風」お使い風おばさんが。「わたしについておいで」の笑顔ね。ツアーバッチもなけな、なんの書類もないけど、多分、「もうじき、ひげの爺さんともうひとり日本人がソッチへ着くはずの連絡で、当てずっぽうでのお出迎え。

そのハラボテおばさんに誘導され、その後を、まるで田舎道を散歩するように20分ほど。
へい。着いた川べりに、危ないっぽい筏乗り場が。そこで船頭に引き渡され・・なんのことなし。バス停出迎えは船頭のオクサン!。見事な、超小型筏一艘だけの夫婦連携超零細企業の接客業務でございました。それにしても、宿で申し込んだ、わしらのド安いツアー料金のうち、どの程度この下請け企業夫婦に渡されるんか。他人ごとながら心配でございました。

③ 筏。桂林の絶景ポイントを。ゆったり、ただし当然に吹きっさらし、寒さやや辛抱での往復2時間弱のミニ・クルージングというか、やや漂流にちかい船遊び?。料金は、送迎・誘導・乗船・見送りなどコミコミの一人110元(1500円弱)

④ 耕運機。帰途、筏を下船した場所から、ミニバス乗り場まで、ハラボテオクサンの案内に替わり、今度は船頭が、川べりに停めてあったマイカー?らしき耕運機で。路はでこぼこ、跳ね上がる荷台の上で、立ち膝状態での約5分の辛抱。

⑤ ミニ・バス。興坪から市街地にある宿の前まで。今度は、船頭がわしたちのバス代金を車掌に渡し「これに乗って帰れ」。わしたち、この古びた前時代的農村集落の「興坪」をしばし散策したいとゴネまくり、「これに乗れ」「あとのバスで帰る」。喧嘩のすえ、料金を取り返し、適当に散策したあと乗車。車掌に料金支払うことあれど、その料金を奪ったのは珍しき体験。

今日のお宿=
陽朔のバスターミナル近くで見かけた「看板」にひきずられて旅行者群がる「西街」にある「西街西客餞」に。二人部屋で一泊45元(一人約300円)。バス停や繁華街に徒歩5分の利便性。

■ 12月24日 自転車でグルリンコ近郊周遊(月亭山)

110元のツアー料金は、川は筏に乗せるが、街は自分の足で漕ぎ漕ぎせよとの趣旨で、自転車の無料?貸し出しを含む。ならばと、よろこんで、奇鋒を縫うようにうれしげに走り回っておれば、川を渡った先で、退くも地獄、進むも地獄の事態に。土地の親切農夫、みかねて筏をだし、わしたちと自転車をのせ、対岸の国道まで救出。ほんとシェーシェーの感謝感激でございました。

その後、更に自転車を走らせ、山肌に名月のごとき形のデカ穴が、頂上に自然にくりぬかれている名所「月亭山」山麓に。ひいひいと登山して、その穴ぼこ?から、視界にする「奇峰」だらけの下界をこころゆくまで眺望。

今日の乗り物=
① 自転車。レンタルサイクルながら、筏料金込みのため終日タダコ。近郊一周。
② 筏。救出してくれた、文字どうり「太い竹を10本ほど並べただけ」の農業用筏?
強く遠慮されましたが、とりさんと二人で、10元(130円)をお礼として親切農夫に。

今日のお宿=「西街西客餞」2泊目。


■ 12月25日 郊外の現地市場で財布を盗られる(プドウ村)
コレについては、この日記ですでにその恥を報告済み。

今日の乗り物=
① 郊外バス。陽朔のバスタ-ミナルからプトウ村まで。約50分で5元(65円)
② 郊外バス。うえからの引き返し。同じく5元。本来的には安い料金なれど、「財布を盗られたため」えらく割高な感じアリ。

今日のお宿=「西街西客餞」3泊目。


■ 12月26日 中国・おやつ付き?長距離バス(南寧)

「どうせアノ中国!。乗客が、ひまわりの種なんてを所かまわずペッペッと通路に吐き出し・・」。眉をひそめる日本のおばさんもおいででしょうが、なかなかどうして。いまや、ちょいとした長距離バスにのればワンマンカーの「JR東名高速バス」も完全に顔負けでなも。

この日、内陸部「陽朔」のバス・ターミナルから、南の国境方面にある「広西壮族自治区」の首都(正式には区都の表示あり)「南寧」まで、終日乗っていたバスなんてはよう。
車両が、新品は、経済新興国の常として納得するにして、なんと、かわいいクーニャンが「歓迎光臨」の仰々しい派手派手たすき掛けをして、かいがいしくサービスしながら、うれしくも「飲み物」と「おやつ」の配布をしてくれるんじゃあ、ござんせんか。

だで、珍しい車窓の景色も重なって。かなりの長距離ながら、やや「幼稚園の遠足気分」のたのしき乗車時間でございました。
ついでやけど、このあたり車掌が別嬪でなも。わしがガキのころの日本の農村部とおんなじ。クラスでかわいさ抜群の子が、バスガールに。当時は、スチュアーデスなみの憧れ職種で、地域でも「あそこの娘さんが、バスの車掌さんに。ほんにうらやましい。美人はいいなも」

多分に中国も、そんな段階ちゅうごとで、そのうち日本なみにブス化して、あげくのはてに
合理化ちゅうこって、車掌が全廃されワンマン化。すでに都市部はそんなんが増えて。だで、別嬪の車掌をみるなら、はやいとこ、中国山間部におこしいただきますよう、中国観光局長にかわりご案内させていただきました。

今日の乗り物=
① 長距離バス。「陽朔」8時30分発、「南寧」バスターミナル14時30分着。122元=おやつ付きで邦貨ほぼ1800円。
② 市内バス。狼東バス・ターミナルから市街地を縦断し、南寧鉄道駅前まで、えんえん一時間で2元。蛇足ながら、やっと都市開発がはじまった中国各地。従来街中にあったらしいバス・センターが、市街地はずれの広大な土地のうえに、いえば「国際空港ビル」のごときデカいバス・ステーションをおっ建ててソッチに移転。わしたち、その不便に泣かされるんですわ。

今日のお宿=明華旅社
でかい南寧鉄道駅の駅前で宿を探すが、やはり高級気味であり、そんならと一本奥に入った下町風道路際で、この宿を見つけて投宿。二人部屋で45元。一人300円程度。駅前から5分の利便性。同じ首都?でも東京都駅前では、こうはいかせんわなも。

■12月27日 なつかしの女子高生に再会(南寧・第五中学)
中国、中学と高校が一緒。中学6年の後半3年が高校。で、ソノかわいい女子高生の出会いを語れば、昨年4月中旬、タイからの帰国時、列車乗り継ぎでこの南寧に立ち寄った際、ヒョンなことから日本語興味アリの8人の女子高校生にかこまれ、いきつくところ歓迎会。ソノうれしいいきさつは、多分、前回の紀行文「のんのん日記」にあるはず?そちらをネ。

もちろん帰国後は、その時の記念の写真に加えて、和紙人形を趣味とするカミサンにたのみ八個を作らせ、苦労して梱包して彼女たちに送付すれば、もちろんたどたどしいながら日本語の手紙が来て・・・

で、今回、そのうちの胡チャンが、わしが出発直前、早めの年賀状をくれて、カミサンが、「もし南寧をまた通過してタイにはいるなら、日本の国語教科書をお土産にどうかしら」
と、しまってあった息子たちの国語の本を、
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コメント
■ばーば 2009年01月17日 17:31
お元気で自転車散歩まではよかったのですが・・
その後12月23日の日記? な~んて読んでよいのやら???
もしかして中国語での日記なのでしょうか?
バケラッタ~~??意味不明なり~

■放浪者 2009年01月17日 21:57
Tシャツ一枚でサイクリング、羨ましいです
寒い日本で私は引きこもり
放浪者休業中です(-.-)zzZ

お腹の弱い私は現地の水はダメですね
水は日本が一番美味い
で、後半の暗号日記は?解読不能ですよぉ~
(T_T)

■茶屋敬助 2009年01月17日 23:49
>ばーばサン&放浪さん
後半、暗号日記というより,痴呆日記。
というより、消し忘れ?
というより、いまだ作成中を公開のおおドジ
伏してお詫び申し上げます。

■ばーば 2009年01月18日 07:29
もう、ノンカイ・ボケ??かなも・・
ばーばのPCがおかしくなったのかと・・ポン

で~あの暗号日記が作成中?とは・・
敬助さんの日記はあんなふうに作成するのかしら?・・と
又、それが気になるばーばです

■放浪者 2009年01月18日 13:16
やっと読めた
でも知らない地名が沢山でやっぱり暗号!?
遊ぶのにお金がかからなくて羨ましいですが、財布を盗まれたのは大丈夫ですか?
被害が少なければ良いのですが...

■ばーば 2009年01月18日 13:50
今日はこちらも天気がいいので、例のアラモアナビーチへ行って帰ってから
今度はゆっくり読ませてもらいました。
車掌と喧嘩して料金を奪ってしまえるのは、二人旅の心強さ・・
自転車でグルリンコで
その、行くも地獄、退くも地獄って・・何が地獄?どんな所なんでしょう。

「下亭山」山麓の奇峰を心ゆくまで眺望・・その景色を二人占め・・
「楽あれば苦あり、苦あれば楽あり」?  写真見たかったな~

今回の旅は写真がありませんが?・どうしたのですか?
筏での川渡り・・確か、前もノンカイで・・
筏の乗り方も手馴れたものでしょうね~ そのまま船頭さんもお似合いかも?
それにしても毎回楽しい旅ですね。「小説読むよりドキドキ・ハラハラ・ゲラゲラ」です。
では、続きを楽しみにしています

■ふみちゃん 2009年01月18日 17:07
ギヤーーー長いこと休んでいましたら
ヒヤーーー宿題が溜まった感じですよー
なに?財布取られたの?
パスポート大丈夫だったの?
もう一回あともどりしてきます

■茶屋敬助 2009年01月18日 17:54
>放浪さん
わしも、知らない、読めない、わかんない、の地名が多くてなも。
だで、地図や文字を指さして「ここ行きたいアル」
「いまわしのおるとこ、どこ?。地図にサイン・プリーズね」
ほんと苦労の連続。迷うこともあったけどその点は
やっぱし、途中、放浪さんにお会いした
北海道とことこ紀行のほうがらくでしたわ。

>ばーばサン
なつかしのアラモアナビーチとご案内いただいた
ばーばサンの笑顔を思い出しています。

なを、地獄。川の対岸に近道ありと、流れに足をとられながら
自転車を担ぐようにの強行渡河作戦。対岸には人家もなく
獣道程度で、まるで山道に自転車を引き摺りながら進む事態に。
それでも、戻るは無念と、ススメ、ススメ。ヘイタイ、ススメ。
状況は、ますます悪化。

「あれでは、遭難しかねない」
見かねた土地の農夫が、筏をだし、本来的舗装道路のある岸辺側に
いき絶え絶えの日本人2人と自転車2台を・・そんな按配でございました。

なを、カメラとパソコン繋ぐケーブルくん、日本に残留の不運。、
持ち主のドジで気の毒な境遇になった・・とこない次第でございます。

■ぴあわん 2009年01月18日 19:03
>カメラとパソコン繋ぐケーブルくん
ノンカイロータスのパソコン屋さんなどで聞いてみたらいかがでしょうか。

■亜紀 文 2009年01月18日 21:31
本文もおもろいけれど、コメントそれぞれ楽しい。
いいなあ、みなさん自由で。
ひたすら羨ましがっている人間より。

■ピクミン 2009年01月19日 12:31
もとちゃんの紹介で来ました
「パック旅行ほどゼイタクでなく、バック・パッカーほど貧乏ではない、いわば中間の旅」
この表現わかります

毎日仕事の私には羨ましい限りです。
私も老後を満喫出来る様に今は頑張ります

■茶屋敬助 2009年01月20日 00:46
>ふみちゃん
備えあれば憂いなし。しっかり胴巻きにいれておいた
パスポートは大丈夫で、備えの足らなかった財布が身代わり。
まっ、不幸中の幸い?でございました。

>ぴあわんクン
ロータスにいってきまーす。

>文さん
ほんと、みなさんのコメント。すてきだわなも。
くらべて、本文。ながったらしいだけで。
これからも,叱ってやってください。

>ピクミンさん
うれしいねぇ。新人に登場していただき。
なを、昨年はバンコクで「小学一年ふたごのボクちゃん」を
ともなったママさんバックパッカー?とご一緒。
冬休みをつかった短いきかんでしたが、
わし、孫と遊んだごとく楽しき思い出。

じゃで、ピクミンさんも、ぜひ。
期待させてもらいますよって。

上海だより・11=足跡2

2009年02月16日 | Weblog
ほんじゃ、ノンカイまったり暮らしの退屈しのぎに、上海以降の足跡をちょっとメモ書きさせてもらいますわ。それなりの紀行文は、帰国後にわしのヤル気と寿命があれば、写真など入れて書かさせてまうつもりやけどよう。あてにせんと、待っとってちょうだゃあ。

■ 2008・12月20日  下着が並ぶ?骨董品市場(上海)

上海最終日。しいて行く所なく、バス停のその名前に魅かれ「なんか面白そうなモンがあるかしれん」と、「東台路古玩市場」に市バスで足を運べば・・・・。いや、さすが中国4000年の歴史の遺物が、古くはわけのわからん瀬戸物類や貨幣など、ところによりカビのはえたような古びた楽器類、新しくは毛沢東バッチや紅衛兵カバンまでが並び立てたお店が軒を連ね、それ専門の一街区を形成しておってなも。

よう、こんだけの骨董品を集めたもんや。こんだけの店が並んだもんや。もう、感心するだけでくたびれはて、ソレらを見飽きたわし。中空にというか、頭のうえに並ぶ洗濯物のオンパレードに目が走ってよう。いえば、東洋好きな外国人買い物客させ行き来する商店街ちゅうか、むかしながらの路地に、なんの遠慮なく、竿をだしたりロープを渡し、女性のブラジャーやパンツ・ズロースなどをヒラヒラと風になびかせているじゃあありませんか。

いまだに便所の戸がなくっても、なんの問題もなく、「開け閉めしないかららくアルヨ」的、中国人みなさまは、どうもナマのお尻させ他人にみられることも「ヘ」ともおもわないようやから、その生身を隠す「下着」なんぞは、「どこが恥ずかしいあるヨ」てなことね。きっと。

それに、しても、その堂々たる態度は、4000年の歴史に裏付けされているとはいえ、その下着を拝まされるわしたちにとっては多分に思わず失禁?しそうな光景でなも。だで、これはすごい貴重映像やと、わしバカスカとカメラのシャッター切ったもんで、この日は、本来、撮るべき骨董品よりも、オナゴのパンツの写真が多いという、締まらない骨董市場見物になったと、こない次第でございます。スケベ爺いと笑わんでちょうだやあ。たのむでなも。

今日の乗り物=
① 上海市バス。お宿ちかくから「東台路古玩市場」まで。2元。
② 上海市バス。うえのバス停留所からの帰途。2元。
③ 上海地下鉄。南京東路駅まで、カートを曳きながら歩き、南上海鉄道駅まで。5元。
④ 中国鉄道。夕刻17時、南上海駅発、夜行寝台硬臥、翌朝8:30「長沙駅」着で274元。

■ 12月21日  2000年前のおばさんミイラ(長沙)

長沙の古代墳墓から発掘され、その美しい顔と完全な肢体で世界を驚かせたのは昭和47年ということやでかれこれ30年前になるけど。その時の興奮は、わしの古びた脳みそにもしっかり残っており、それが、今回の中国紀行ちゅうかこの長沙に足を踏みいれる最大のたのしみでなも。

「ぜひこの目でご対面したい」。わし、ほんと、そのために夜行列車に揺られてきたような思いなんですわ。
「おっちゃん。ミイラがオナゴやさかい、よけいに気負いこんだん違いまっか」
いわんといて欲しい。エジプトやインカ帝国のミイラ、はては中国ローランの娘ミイラ・・そんなんは展覧会や、シルクロードの現地で見たことあるけど、みんな干乾びとるのに対し、長沙のミイラは特別でなも。

世界考古学上の大奇跡!と当時、中国政府が発表したけど、ことこれにかぎれば決して大げさの表現でなく、なにしろ発掘時、身体は柔らかく、睫や眉毛まで完全で、耳垢まであり、それこそ昨日、埋葬されたごときの完全ミイラだったんですわ。

「なんや、こんな荒れはてた古墳のあと!。盗掘の穴ばっかりあって」
夜行で着いた朝、その長沙駅すぐに安宿を決め、カバンを預け出かけた「おばさん墓」は、
入場料もいらなきゃ、当然、管理人もおらず、当然、手入れも悪く、いわば近所のガキどもの遊び場所ムードで、たまげるたのはその上にきたねぇアパートが・・・

ほんでも、推察するに、この汚なアパート?をバカにしては、いかんようで、どうも当時これを建てようと、基礎を掘ったら「おばさんが、土のなかからこんにちわ」の可能もあるわなも。
ほんで、3000件を越えるその遺物とともに、そこに転居?しとるおばさんにご対面しようと、また市バスにのり「湖南省立湖南博物館」にでかけてよう。

ここは、さすがさすが。中国政府が国家の威信をかけて、この世界的なミイラを展示するため最新の技術を駆使して造り、その展示内容も驚異の連続でなも。きれいに保存されているおばさんもさることながら、その膨大な埋蔵品は調度品や衣服を含め現代文明と勘違いするほどの水準があるじゃあござんせんか!。

2000年前やで、わしらのお国は「弥生時代」のあたりやろ。ほんと、中国では、すでにえろうすすんどったもんやし、逆に、文明なんて、2000年かかって当時とあんましかわらんなぁ?ちゅう「がっかり感」というか「安心感」もあったわなも。いや。ほんと、それにしても、いい古いモンを見せてもらいましたわ。ミイラになる気はねぇけど、わしが、古びとるせいもるけどよう。

なを、この「ミイラおばさん」。かってこの長沙に都をおいた王侯の「奥方」で50歳過ぎで他界。はぼそのまま眠りつづけるかごとく星霜2000年!
いまだに、ふくよかで、思うに当時、王侯に輿入れするとすればかなりの美人のはず。
ということで、いまの時代、やたら「やせ美人」に人気がございますが、やや太ったふくよかなおばさんのほうが本来的な美人・・ちゅうわけで、日本の太り気味のおばさんがたもかなり元気ずけられる湖南博物館でございました。

今日の乗り物=(早朝、長沙駅についた 寝台列車のあとから)
①市バス。 長沙駅前から、おばさんお墓そばまで。2元
②市バス。お墓から「湖南博物館」に。逆まわりに乗りえらい大回りして時間かかれど2元
③市バス。博物館となりの「列士記念碑公園」に遊び、そこからお宿の長沙駅まで。2元

今日のお宿=平安招待所。
もう駅舎にあるような宿。長沙鉄道駅、出札口となりにあり、すぐ目につきここに。一部屋60元の一人30元(約400円)。なを、中国どこにでもあるこの安宿。本来は政府の招待所で現地人専用であったが民営化?のおかげで、かなり外国人もOKに変身しとること間違いなし。

■ 12月22日 日本語ぺらぺら女子大生(長沙大学)

中国に限らず、共産圏ちゅうとこ、その地方や国家の要人、はては、その招待者が訪問するとなれば、まず、あらゆる文化施設、観光施設は、ところかまわず関係者以外立ち入り厳禁で、たとえ観光客が現金を目の前に山積みしても、まず駄目あるネ。ふざけとるけどよう。

わし、中国を開放した偉大なる指導者として、それなりに尊敬する「毛沢東さん」がかって学び、いまは校門に「中国一級お宝保存建造物・ものども頭が高い!」的表示板を掲げた「湖南第一師範学校」に、よろこんで市バスに乗りつければ、なんと運悪く、このふざけた当日でよう。

守衛に拒否されれば、毛沢東さんを慕うようにはるばるその校門に辿りついたわしも、ソンときは理由がわからんだけに「はいそうですか」簡単に引き下がれんでかんて。
そうなりゃあ、わしにとっての決まり手だぎゃあ。
気軽に出したくはねぇけど、ここで、日本国外務大臣がこの爺いをまちがいなくリッパな国民であることを証明した菊の御紋章もまばゆい天下の御印籠たる「パスポート」を、腹巻のなかかから引きずり出し、「これが、目に入らぬか!」

最初は、わしをシッ・シッと野良犬を追い払うようにしていた守衛も、菊のご紋章に恐れをなし、呼んできたのが、管理職員でよう。まっ、それなりに、親切に対応してくれたたけど、やはり要人扱いは無理のようで、「紙切れになにかメモ」を書きをして、申し訳ない顔でわしの手によう。
(簡略漢字がおおくて、さっぱりわからなんだけど、後刻、女子大生に読んでもらったら、要人来駕ゆえ明日また出かけて欲しいアルよ・・の意が判明)

仕方にゃあか、またバスで一旦、お宿に戻ろうかと思えばこそ、目の前に停った市バスの「行き先」が、うれしくも「長沙大学」!。もちろん、どこにあるか、どっちに走っていくか皆目わからんけど、いえば東京都内で、「東京大学行き」の都バスを偶然みつけたようなもん。

東京で、東大がリッパなら、長沙で長沙大学が、リッパで多くの学部をもち、運がよければ日本語学科があり、運がよければ、そこの女子大生と親しく会話の機会あり!。へい。外国の大学訪問好きのわしの思惑とおりの図星でございました。ほんでは、希望の「第一師範」のかわりに、わしが要人気分?で、ご視察申し上げた長沙大学の訪問記?でございます。

いや、うれしいこって。バスの終点がお目当ての大学ちゅうのは。いっちゃなんやけど、外国の知らん街で市バスに乗るちゅうのは、体験的にいって、それほど難儀じゃあないんですわ。
わからなきゃあ、乗らんだけやでよう。ところが、降りるときはそうわいかせん。わからんでおりるのをやめとくちゅうわけにはいかんでなも。

で、どこで降りるか。バス停の「地図や案内表示」で、「いくつめ」なんて覚えても、数えちがいや、客がおらな素通りする停留所なんてでトラブルこと多いし、窓から必死こいて「バス停」の名前を確認しようとしても、往々にして、意地悪するようにして運転手の野郎、アサッテ?のところに停めるで、そこがドコカ、さっぱりわからせん!

日本のバスは、ほんとバカみたいにまじめで、前に乗り降りする車両があると、そのバス停が空くのをその後ろでまっとってから、停めるやろ。「ここでええで、降ろしてしてくれっ!」ちゅうても「規則ですから」。堅たすぎだわ。

ところが、アジアのこのあたり。これがいい加減そのもの。バス停なんては一応の目安で、そのあたりに停めればよしやで、。「あっ、あんなとこで停まっとる」「もうじきこのバス停留所にくるかな」思えこそ、目の目をスッーと通過!。なんのことなし。あんなとこで乗り降りしとったわけ!。おこれるやろ。

その逆もあり。バス停が渋滞しとれば、かなり先の空き鋪道に横付けで、これも、わし知らんときは、「しまった、手で合図しんで通り過ぎてまったぎゃあ」と早々にあきらめモードの失敗でよう。だで、最近わかったことは、「バス停前後約100メート?はバス停!」

さすがのわしも、このところ数かずの失敗を踏まえて、いまでは、バス停にたてば、きょろきょろと彼方のほうを注意し、どこに停まるか。停まれば、いっせいに走り出す現地人に遅れをとるものかと普段は引き摺っている金剛杖を小脇にかかえ、猛然とバスに向かって・・・

突撃や追撃なくして、こちらさまの市バスの捕捉は困難!。ほんだで、体重やや重しのゆえやや動きは悪しの日本のおばさん方には、やはりパック・ツアーの観光バスがよかろうと、ここでは親切にご案内申し上げる次第でございます。

まっ、そんなんで、乗ってるバスからバス停の名前を見れんもんで、ほんと困るんやけど、この日の「長沙大学」は終点やろ。居眠りしとって折り返し時間まで知らんでおってはいかんけど、車窓から珍しげな風景をキョロキョロしとるで、その心配はなしネ。

降り立ったらすぐ目に入る広大な総合大学は、市街地はずれの広大の土地の上に、広がっておってなも。もうバス停すぐ前が校門で、うれしいじゃあござんせんか。その前に、60年ほど前のわしらのガキ時代がなつかしくも再現していたんですわ。

小中学生とおぼしき揃いの制服姿のこどもたちが、校門前にリヤカーや自転車に「たべもの」をつんだ簡易屋台を囲み・・お小遣いをだしてうれしそうにその露天商からお菓子や飲み物を買ってなも。そこでパクパク食べたり、ビニール袋に入れてもらい、校門の中に引き返したり・・

日本の教育委員会や、PTAのおばさんから見れば、「校門すぐ脇の買い食い」は、とんでもなしやろ。そんな露店は石をぶつけてでも追い払うし、休憩時間に生徒が校門の外に出るだけで、担任から多分叱られるでよう。わしらのガキの頃は、まんだそれが許されとって、勉強よりそれがたのしみで登校?ね。いい時代でしたわ。

ところが、いまだ東南アジア一帯、まだ、この校門前児童生徒ご用達?露店光景は、あたりまえで、わしそれ知っとるもんで、ぶらつきながらよくそげんとこに足をはこび、こどもに混じり、小銭をだして、綿菓子やとうもろこし、はては焼き芋・焼きバナナの類、暑ければ「かき氷」なんてに手をだしてよう。

大人が、そんなとこで買うのが珍しいとこにきて、ましてこの格好の日本の爺いやろ。けっこう人気?もあって、「その小さい方のおかねだせば、ボクといっしょのこのおやつがかえるよ」
言葉が出来んで困っておっても、かわいいこどもたちが手伝ってくれるし。で、そこでデジカメで撮ったボクたちの写真を覗き込ませて大喜びさせたりする、わしの海外でのつかのまのいい遊び場所なんですわ。

それに、まずこういうとこ、当たり前ながらナミの観光地やお土産屋街とちがって、スリや窃盗がおるでなし、ボラれる心配もなし。それに値段もデラ安て・・あたり前だわなも。こどもの小遣い相手のつつましき商売だでなも。まっ、いいかげんな食い物がほとんどで、食品衛生上気にはなるんやけど、「こどもが食って死ぬことなけな」、まづ大丈夫やしよう。

そんなんで、この長沙大学の校門に入る前に、「まず、腹ごしらえ」と、こともたちに混じり2・30円ほど出してオデンの立ち食いをして。その段階でかわかっこと。大学の前に生徒がなんで。へえ。いえばこの国立(湖南省省立かも)の大学には付属の小中学校が併設されておったんですわ。

さてと、校内に杖をつきはじめれば、やはり制服の守衛さんに「御用!」でなも。
ここでは「我、日本語の専攻過程の見学を欲するアル」のいいかげんな漢字をメモ用紙にならべ、やはり「われは不審のモノではない。これが身の証しであるヨ。シエーシエー」と、やはり天下の御印籠「パスポート」の顔写真のページをうやうやしく?ひらいてよう。

いや。ほんと、いい守衛さんでしたわ。まったく会話ができないながら、メモの「日本語」の三文字から、「多分、日本語教育の調査に」もしくは「なんのために来たか。とりあえず通訳してもらう必要あるネ」。そんなことでございましょう。(へい。わしは、この段階で、この守衛の表情から、ここには多分、日本語学科があるぞ。コレハシメシメの読みでございました)

わしを、先導して、校内のいくつかの建物を、分け入るように中にすすみ、とある5階建ての校舎になも。やはり。ここに日本語学科の教室があるらしいですわ。つれていかれた2階の一室のドアに、うれしくも「日文応用研究室」の看板が掲げられておって。

(すいまへん。作文息切れ。)
このあと、日本語ぺらぺらの女史的教授に、ていよく追っ払らわれ、打ちひしがれてとぼとぼ向かった学生食堂で、うれしくも、卒業式を前に、日本から帰国したばからりの「山梨のホテルで一年間、研修生として働いていました」という日本語ぺらぺら・日本語科4年生のお二人のお嬢さんと仲良くなったお話は、また今度にさせてもらうでなも。

今日の乗り物=
① 市バス。長沙駅から湖南第一師範学校へ「運転手、わしにの意を汲んで校門前に臨時停車」の御親切。2元
② 市バス。 その師範学校前から、長沙大学へ。泡をくって乗り込んだため、支払いのタイミングを失して結果的にタダ?
③ 市バス。 長沙大学から長沙駅まで。同行してくれた女子大生二人分を加え6元。

④ 中国鉄道。 夜行寝台、長沙から桂林まで。18時38分発、翌23日いまだ暗闇の早朝4時30分、桂林着。86元。(この区間、1000円強で意外に安い感じ。理由、不詳)

今日のお宿=上記、寝台列車下段(まっさら白しろシーツ上下につつまれ、いと心地よし)
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コメント
■chavalit 2009年01月15日 13:34
う~ん・・・
アジアのバス、懐かしいですね~
(最近は、腰痛のお陰で、長距離バスは敬遠ぎみだけど
 楽しいですよね、近郊バス)
ちょっと前(10年ほど)のバンコクのバスに・・・
よくやられました!!!

1.行きたい番号のバスに乗ったのに、途中で降ろされて
 そこで、バスの運行停止・・・一緒に乗ってたタイ人に
 聞いたら、運転手の「お昼ご飯」だって・・・

2.いつも、乗ってるバスが、突然、道を逸れて脇道へ・・・
 何と、仕事が終わる女性車掌を自宅まで、お送り!!!
 目的地は、パスされ反対のバス再乗車。

でも、そんなことで、怒っているタイ人見たことありません。
って、いうことは、日常茶飯事ってことですね。

■ばーば 2009年01月15日 16:10
相変わらず楽しい旅ですね~
言葉が解らないと言いながらあちこちを散策される敬助さん・・
本当に足まね、手まねの旅ですか?
頼りになるのは、やっぱり「菊の紋章の印籠」ですね。
どこでもよき仲間?と巡り会えるラッキーボーイ・・これがあるから一人旅は止められないのですね。
あれれ~ 女の子を大学からお宿の長沙駅まで拉致?して行ったのですか~
じゃ~次は・・若い娘さんとの交流記を楽しみにしています。

■masa◎ 2009年01月15日 17:29
茶屋さんと外国で会っていたら 日本人だと絶対思いません タブン。
『ニ―ハオ』そして
『再見』って感じです
中国語は短大でやりましたがお恥ずかしいことに全く解りません…
漢字で何となくわかるけど『手紙』みたいにややこしいのがあるから困りますね

■茶屋敬助 2009年01月16日 10:23
>chavalit さん
たのしい事例紹介。ニコニコ読ませてもらいましたわ。
わしも、最近では、「こっちのバスやソンテウは
どうもまともな交通機関と考えるとハラがたつわなぁ」
そんならと、こっちも、お遊び感覚でと
「遊覧車」気分で、御乗車させてもらうことにしとるんですわ。

>ばーばサン
へい。外見上は、二人の女子大生にはさまれて、わしが拉致される側ネ。でも、なも。
「よろよろする日本のお年寄りを、無事、お宿にお届けするのが
つい先ごろまで日本でお世話になっていたわたしたちの恩返しです」
へい。拉致というより介護・・・ほんと。ありがたいこってすわ。
だで、先日のばーばサン語録? 
一人旅は、やめられない、とめられない・・・字たらずで恐縮ね。

>masa◎ sama
すごいわなも。そんだけアクセントがしっかりしとるんなら
中国に来て、またわしと『再見グッド(上向き矢印)』してもらえんかなも。
それにしても、中国語。手紙が「便」やで、不勉強なわし
どうしても便秘気味?に。すいまへん。

■chavalit 2009年01月16日 11:06
東南アジアの「日常茶飯事」・・・
我々大和民族には、甚だ受け入れがたいことが、多いですが
どっぷり浸かってしまうと、人間本来の怠惰さが、蠢きだし
実に、楽チン!!!まあ、一種の麻薬ですね!!!

■茶屋敬助 2009年01月16日 12:13
>chavalitサン
案外、東南アジアの「ゆったりさ」のほうが人間本来の姿ではないか。
それを、「怠惰」と切り捨て、なんでも合理的、経済的に管理する
われわれの生き方が異常・・・
そんな思いも、この地でゆったりしていると頭によぎるのですが
どんなもんでしょうかねぇ。

■chavalit 2009年01月16日 12:43
そうですね~効率性ばかりを追い求める国民性ですからね。
日本人にとっては、「怠惰」かもしれませんが
人間にとっては、それは「自然」ですかな???
日本人は、熱い温泉に入って、さっさと出ていく・・・
でも、ぬる湯に、ゆったり浸かってノンビリする・・・快楽。
どちらが「人間的」かということは、自ずから明白。
でも、認めないのが、日本人・・・(割り切れない)
私は、間違いなく後者です・・・

で、何時も・・・「お前はな・・・」と言われています(笑)

■トマト 2009年01月17日 10:41
好奇心満載の敬助さん
自分がそこに居るみたいに光景がみえます
うん そうだ 多分そうだろうなあ なんてね
おばあちゃんの好奇心はどこから沸いてくるの?
孫からいつも聞かれる私
好奇心が無くなったら人生終わりだもんね

■茶屋敬助 2009年01月17日 17:11
>トマトさん
神サマは、平等かも。わしにゼニを与えんかわりに
少しおお目の好奇心を・・・へい。そんな感じもあるんですわ。
その好奇心にエールを送っていただきありがとうござんした。

■えすとれあん 2009年01月18日 15:41
すごいミイラがいるんですねぇ!
え、ミイラになると太めの方がモテるんですか?
どうしよう、ダイエットやめちゃおうかしら・・・

■茶屋敬助 2009年01月18日 18:16
>えすとチャン
太めであろうが細めであろうが
えすとチャンの美人顔なら、まず大丈夫ね。
油断して、百貫デブになっては、いかんけどよう。

ソレと、愛車のエストリアンにゆすられとれば
けっこうダイエットに・・・へい。そう思うんですわ。

■出来たヨメ 2009年02月02日 08:36
「バアさんのミイラ」
確かに、確かに。大爆笑ですワ。

長沙はオットの父の出征地なので、日本軍ヲタなオットに引きづられるようにして行きましたワ。えらく辛い湖南料理に悶絶しながら、マオ(毛沢東)がまだマシだった頃の軌跡を訪ねたり・・

上海だより・10=ノンカイ入り

2009年02月16日 | Weblog
わしは、「だらりんこ」やけど、若者の長旅専門用語?では、「まったりする」とかの表現も聴くけどよう。どっちにしても、アメリカ人が世界のなかで老後暮らしたい場所の第7位に掲げるという、タイ北部ノンカイの街で、わしもまた、老後の「まったり」がはじまりましてなも。

1月1日。誰もこの異国におる爺いを祝ってくれぇせんで、ならばと、自分で新春祝賀記念行事?として長距離国際バスによる「ベトナム→ラオス」国境越えをやらせてまって・・。で、ビエンチャン入りして、見慣れたあちこちをなつかしげにふらつき、それも飽き気味になり「そろそろ、お隣りのタイに動ごこうかなぁ」と思いつつも、動乱や日本外務省の避難勧告などの事態もなければ、その「とっかかり」もなく、つい、ウダウダと・・・

ところが、ここでも旅の神様は、またも新春のお年玉でなも。1月6日の夕刻。「白人の旅行者はようけおるけど、日本人はほんとおらんなあ。もっともハワイやソウルのように、もともと日本のおばさんたちに人気のあるトコやにゃあしよう。」

ボヤキながら、安宿街の大通りにひとり老いの足を引きずっておれば、歩道にせり出した喫茶席のテーブルに日本人らしき三人ずれが、まったりしとってなも。で、ちかづけば、細身の落ちついた娘さんが、うれしくも「アレッ!けいすけサンですか。パイにこられたことあるんでしょ。」

わし、昨年、ひょんなこって「チエンマイ」の奥の桃源郷とでもいえる「パイ」でふらついておって、そんとき、知る人ぞ知る・・並の日本人のおばさんは多分しらんと思うけど。そこの「日本人村」。うんじゃ。「ムーン・ビレッジ」ちゅう小さな表示板を森の入り口に掲げた、どうも安保世代というか、かなりムカシ?からそこで、いわば近代文明を拒否して「縄文的」生き方を、たのしむ数家族が生活する場所をうれしくも訪問する光栄に浴してなも。

自分たちで建てたという素朴な木造高床式の集会棟で、料理の歓待まで受けて・・で、今回声をかけてくれた娘さんが、その住人で、その前に座る往年のヒッピーを彷彿させるごときの素敵な自由人風貌をもたれる中年の男性と、「わたしたち、これからパイに戻るところです」「昨年、敬助さんんが、おいでになった場所から、今度は更に奥に村を移動して、これから蟻塚を壊した土を使い壁塗りをしようとするところです」「ぜひ、またお出かけくさい。待っています」

うれしいお誘いでなも。「ええ、できれば、その壁塗りを手伝わせてもらいながら・・・」
で、そんな会話を楽しんでいる場に、同席していた静かな青年が、多分、キャンプをしながら自然の回復を求めて世界的な活動に取り組んでいる「こうじクン」でよう。
「これからの予定は」のわしの言葉に「明日はノンカイに入ります」「そのあとバンコクから、台湾に飛ぶつもりですので」。そこで彼が関係する大会があり、どうもこうじクンもその企画の一翼を担っている様子でなも。

「ほんじゃ、わしも一緒にノンカイにつれてってちょうよ」てなこって、翌7日午前11時ごろ、ビエンチャンの交通の要所「タラート・サオ」で待ち合わせを約束し・・・。ところが、当日、親切青年こうじクン。なんと出迎えに、わざわざ、わしのホテルまで。いや。ほんとできた青年で。

できるといえば、こうじクン。なんとラオス語もOKでなも。おかげで、いつも、数字のメモ書きや現物の現地紙幣をみせて「こんだけで乗せてまえんかなも」ちゅうて「相乗りツックツック」の値段交渉するのわしににたいし、口先ひとつ?で・・・、えらいもんですわ。

ほんで、「ラオス語まで出来る旅人とはめずらしいわなあ。英語ならそれなりにおるけどよう」わしが感心すれば、さらに驚き!「おれ、タイ語のほうが得意なんです」

おかげで、今回の「メコン川の友好橋」を渡っての「タイ入国」。もう、専属通訳に同行してまってのラクチンコ国境越え。いや、ほんと、これまた、新春のお年玉として「うれしいこっちゃ」でございました。

そのこうじクンのおかげで、途中ボラレルことなく、国境からは「ボチボチ歩いて行きましょか」と声をかけあい、日陰がほしいぐらいの日差しもまぶしい国道をとぼとぼと、ほんと安上がりに、二人してわしのノンカイの定宿「ヒョウメンチョウリョク」にたどりついたと、こないわけでおます。

ほぼ、10ヶ月ぶりのなつかしさ。オーナー兼管理人兼掃除人?などすべて一人でこなされており、今回も、わしの「身元引受人」的?立場の松本さん。「部屋をきれいにして待っていましたよ」。わしが、前回買い整えた炊事用具や調味料を台所の机に並べ揃えたうえ、今回はメール好きのわしのため、専用のインターネット可のパソコンまで2号室に設置してくれておってなも。ありがたいこってすわ。

だで、このお宿に敬意を?あらわし、ちょいと中身を紹介でせてまうと・・・
始発駅バンコクから「タイ国鉄NOUTH・EASUTRAN LINE線」の夜行寝台にのると翌朝到着するのが、終点のラオスとの国境にある「ノンカイ駅」

国境からは近いけど、市街地から外れておるんで、いわば荒野にたつ駅舎?ちゅう感じになるけど、ビザ切れで一旦、ラオスに出国して更新しようとする旅人は、けっこう大勢この駅をお使いになるわけで・・・

で、その駅舎の前の道路を挟むようにして、徒歩1分ちゅうとこに松本サンがヒョウメンチョウリョクを3年ほど前、オープンさせてなも。
建物は、宿とかホテルというより、いわば棟割り「アパート」ちゅうつくりで、一軒に3部屋を持つ全部で5軒つながりのいわば長屋ネ。だで、泊り客は部屋というよりウチを借りる感じになるんだわ。

ほんだで、わしが借り切っとる2号室は、いま入り口ドア開けてすぐの八畳間程度を居間にしてパソコンをやり、同宿者を集めて食事会をしたり、夜は、その壁際においてある新調のデカ・厚マットを横倒ししていまのところスヤスヤでなも。

そのため、6畳間ほどの中部屋には、ベッドが二つならんどるけど、いわば空き部屋になってまって、ほんともったねやあというか、贅沢なもんですわ。奥の部屋も大きいけど、ここはデカ机をおいて、電器釜や電器鍋、電器ポット・・なんてを並べ、さらに裏口そばに「冷蔵庫」まで。横に、水洗トイレにシャワーを併設!。ほんと、いたれりつくせりで、いえば「別荘暮らし」
だれぞ、遊びにきてもらうよう、このメールを借りて、お誘い申し上げる次第でございます。

それが、特別待遇のわしの2号室で、1号室が松本さん。ここの居間にネットがり、わし以外の宿泊者はここに来て有料で利用。ただし、各部屋ごと2台ある自転車は無料で、使いたい放題で、わしも「お使いは自転車に乗って!」。へい、街中にあるロータスちゅう有名なデカ・スーパーや現地人群がる市場、郵便局への用たし、、メコンの夕日見物など、いつもわしも有効活用させていただいております。

3号室は、相部屋でつかわれ一泊90バーツ(270円ほど)。こうじクンもここに泊まりましたが、わしが駅に見送り、一昨日の夜行でバンコクに発ち、昨日朝は、イタリア語や英語がすごくうまい「まやチャン」がビエンチャンに向かい、今日現在は、すこし長居しながらお宿の手伝い仕事などしている好漢「ラッキーくん」。その隣り4号室は空きで、5号室には2年にわたり世界を歩いているうらやましい青年ペアー。

そのきれいな娘さんに手伝ってもらい、昨晩はわしの好物「肉じゃが」を調理し、全員に2号室に来てもらいたのしき会食でしたわ。いや、ほんと。たいしたご馳走ではにゃあけど、わしにとってはさびしき異国での「うれし正月料理」にも匹敵する幸せ時間と食い物でございました。

その喜びを倍加するように、昨日はカミサンから、「銀行がらATMカードが届きましたので。今日、そちらに送りました」、ボケッーとしておってまた盗られねいようにしてくださいの言外のニュアンスを漂わせながらも、うれしき電話があってなも。

「それさえありゃあ、この老いぼれの命させいらねぇや」ぐらい渇望して、またメルトモ各位にもご心配かけた銀行カード、そんなんで、どうやらじきに手元にできますことを、ご報告もうしあげ、とりえずノンカイ・まったり暮らし?第一報に代えさせていただく次第でございます。
以後もよろしくのほど。     
               ノンカイでまたノンびりの まったり敬助

追伸。今回、一緒にノンカイ入りした青年こうじクンが、その活動のため、「旅行」の
カテゴリーで、コミニュティー「World Rainbow Gathering」を立ち上げ、管理人をしておりますので、散見いただければうれしく存じます。
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コメント
■なかちん☆ 2009年01月10日 15:32
何度も何度も
『羨ましい』
と独り言をつぶやきましたよ
今私は結婚式の準備に追われてるのですが…
何~にいくらかかって~
って計算しながらいつも…
『こんな大金あったら世界一周できるのになぁ』
ってため息混じりでございます
一生に一度だから楽しみな反面、旅行行きたいって気持ちも大きくて。
欲求不満です

なのでしばらく奥さんを頑張ってご褒美に旅行連れて行ってもらいます

■chavalit 2009年01月10日 16:35
ちょうど良い季節のインドシナ、こちらは・・・昨日、何と雪!!!
無謀にも、車での箱根越えを企て、見事に散りました・・・
ラオス・・・既に、懐かしい響きになっております。
ラオ語って、タイ語にそっくり・・・標準語と東北弁てな感じですよね。
ラオの方々は、タイの衛星テレビを見てるので、タイ語で問題なしです。
で、ご紹介いただいてる「ノンカイの宿」、良さそうですね。
今度、訪問してみます!!!

■masa◎ 2009年01月10日 20:13
海外で知り合いの方に偶然会われるなんて、さすが世界級の茶屋さんです
食事はどんなのを食べてるんですか?

■Reiko 2009年01月10日 21:25
ランカウイにいます。 
なんとペランギに泊まって1日高級リゾートしてしまいましたよ。

■茶屋敬助 2009年01月10日 22:36
>なかちゃん☆
わしには、未来のあるなかチャンがうらやましいわなも。
うんじゃ、だんなさん孝行して、こんどこそ前回いきそびれた
パイに出かけてちょうだゃあ。

>chavalit さん
さすが、ラオ旅の先輩!。勉強させてもらいましたわ。
たしかに、タイの携帯電話がビエンチャンちかくでも使える関係ですから。
また、ご指導ください。

>masa◎sama
わしの乞食格好が、人目につくのか、アジアの旅先で「あなたが、うわさに聞いた けいすけサンですか」なんて声をかけられることもあってなも。
まっ、へんなコトできんのが、取り柄といやあ取り柄で・・・。

なを、何を食べてと、聞かれるとつらいんで、もうほとんど答えようなし。
なんでかちゅうと、レストランなら、料理の名前あるけど、わしに限れば、
現地人ご用達のローカル食堂や屋台のド安い食い物専門でよう。

色や匂いで、食えそうなもん指差して「ちょっと試食させてちょう」
うへっ!と吐き出しそうになることもしばしばやけど、なかには偶然口にあうもんもあってよう。
で、そんときは、適当な小額紙幣をだして「それ、こんだけちょうだやあ」

うへっ!「こんなに仰山くえすかあ」もあれば「なんや、これぽっちか。ぼったくとらせんか」
の時とさまざまやけど、どっちにしても「料理」の名前は書いたらせんし、
聞いてもわからせんし、書いてもらったところで、
ミミズがはったような現地文字が読めるでなし。

まっ、そんなんで、現在、まったり暮らしをはじめたノンカイのお宿は、自炊が出来、
ひさしぶりにうんみゃあ日本食で、うわうわ気分なんですわ。
異国に来て、わざわざ日本食!。へい。なさけねぇ爺いなんで・・。どうも相すいまへん。

>Reiko ちゃん
いいなも。高級リゾート!。
わし、年金生活やで、ここノンカイの定宿での「低級リゾート」気分でがまんしときますわ。
たまには、南から北に上って来て、そのわしを慰めてもらえんかなも。たのむでよう。

■亜紀 文 2009年01月11日 00:02
私でもいけるかなと勘違いするほど、今回の旅報告楽しかったです。
まるで、大阪から言えば福井あたりの出来事のように書かれていて、最高の低級リゾートですわ。
いいなあ。

■ばーば 2009年01月11日 07:40
だらりんこ&まったり・・お過ごしの敬助さん・・
今回の旅はラッキーな事ずくめですね。最初に泥棒さんに恵んでやったご褒美かな?
遠い異国の地で声かけられるなんて・・お髭に作務衣姿&杖・・その三点セットのおかげでしょうか?
ハワイに来る飛行機でもその姿は目立ち?・・お寺さんでも「もしかしてあの飛行機に乗っていた方では?」
な~んて言われましたね~
一度会ったら忘れられない敬助さんのお姿&キャラは人を引きつける何かが・・お得な人です事。 
ますます旅が楽しくなって・・やめられない・とまらない・ふらつき旅烏「字余り」

■ぴあわん 2009年01月11日 09:06
今朝は寒いですね。
さっき外の温度計見たら、10度きってた。
ノンカイも寒いでしょう。

■茶屋敬助 2009年01月11日 11:12
>文さん
好奇心、ことのほか旺盛とご拝察するお師匠さんなら
「いける!いける!」。ぜひ、御挑戦して作文化してしてください。
御期待してますよって。
それと、やっぱり、究極のリゾートは、やっぱり「我が家」だなも。
異国でさびしくふらついておると、どうも、そんな思いになるんですわ。
だで、帰国する・・・てなことじゃあないですかなも。

>ばーばサン
ハワイから、わしの乞食姿3点セットにエールを送ってまって
ありがとござんす。
(かみさんからは、私と離れて歩いてください・・といわれているんですが)
なを、まだ未発表?ですが
上海にくる中国船のなかでも、
「そのお姿、かってインドの安宿、パラゴンでお見かけしましたよ」
ちゅう青年に出会い、改めてアドレス交換したり・・・
で、この青年と先日、夜のビエンチャンの通りでまた再会!

ハノイの雑踏では、わしのマイミクとして、たのしくやりとりしている
東京の「orz」さんから、声をかけられキョトンとすれば
「orzですよ。いちどいまどこにおられるかお尋ねのメールしようと
思っていたんですが、奇遇ですねえ」

3年ほど前、インドのガンジス川のほとりのネット屋で、席をならべ
ほかならぬ、この方のご指導でミキシーを開始!
それ以来の再会。

このところ、毎年正月前後はこのあたりでゆっくりされておいでですが、、
昨年、バンコクでは日程が前後して・・・あおうとしてあえず。
で、今年は、連絡とれぬまま偶然に!

やはり、「こいつは 春から 縁起が いいわい」
ということで、ことしも変らぬふらつき旅。
かわらぬ御声援を伏してお願い申し上げます。

       今朝は、ことのほか寒く、コートを着て頭巾をかぶり
       暖かなお茶をすすりつつ・・・  旅がらす3点セットの 敬助

>ぴあわんクン
 ほんと。この寒さ。ガキのころ学校で、
「椰子やバナナの生える国は、熱いところで熱帯とよばれます」
教えてもらったけど、ありゃ、いいかげんな先生やったんや。
いまごろ勉強しなをしています。

はやく、囲碁のご指導にお出かけください。
なを、今回はノンカイでのんびりするつもりですので
一度、ぴあわん宅ご訪問の機会をよろしくお願いいたます。
なにか、お手伝いすることありますか?

■Reiko 2009年01月11日 14:22
寒いから行けないんですよーノンカイ チェンマイでも寒いの(笑)
で2日後にクアラルンプールに行きます。

■茶屋敬助 2009年01月11日 15:10
>Reikoちゃん
今回、わしも、まだ行ったことにゃあマレーシア行きの目もあったけど。
ノンカイののんびりをチョイスして、見送りね。

マレーシア半島を、往復するのに抵抗があってよう・・
やるなら、シンガポールを経て、インドネシアの方に抜けたてよう。
多分実現せんけど。
だで、わしの分までマレーシアたのしんできてちょだあ。

■Yoo! 2009年01月13日 15:08
「ムーン・ビレッジ」懐かしいですね!あの独特な雰囲気とパイのゆったりとした空気を思い出します。また訪れられるんでしょうか?羨ましいの一言です。昨年、仙人にパイでお会いしてから早一年。ノンカイには行った事はありませんが、いつかは訪れたいと思っています。旅はいろいろな方と巡り会えるので病みつきになりますよね。後れ馳せながら、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!お身体にはお気を付けてまた遊びに行きます!

■茶屋敬助 2009年01月13日 16:41
>ようすけクン
そうなんや。あのパイで、バイクのケツに乗って
遊んでまってから、はや一年・・・

その後、田舎屋や自宅に来てもらって・・
おかげで日本でも退屈せんですんで。

改めてのお礼ですわ。
ほんじゃ、わしのほうこそ、ことしもよろしくたのむわなも。

ところで、仕事は、どうんったんきゃあ。
気にしとるでよう。

         また会うことをたのしみにしとる
                  おいぼれ敬助r

■hiroko 2009年01月14日 03:59
今回も楽しんでますね~~~~。
敬助さんの日記を読んでいるだけで、その光景が浮かんで
私までそこにいるような気分になります。

私もまたいつかタイに行きたいです。
そしてその際は、ぜひ、ラオス、ベトナム、カンボジア辺りにも
足を伸ばしたいのですが、、、、

アメリカって異常に休みが少なくて。
ヨーロッパ人のように誰でも1ヶ月休みがとれるシステム、
いいですよね。ヨーロッパ移住計画狙ってます!?

■茶屋敬助 2009年01月14日 12:41
> hirokoちゃん
「私もタイに行きタイ!」
ぜひぜひね。そんなときは早めに連絡ちょうよ。
わし、死ぬまで暇やで、それにあわせて
また、上海までお船で、ドンブンラコン?

ところで、素敵な新婚アメリカ暮らし
もう軌道にのりましか?
「ええ軌道にのりすぎで、幸せいっぱいです」

なつかしのhirokoちゃんの笑顔を想像しながら
ノンカイから朝の一筆ですわ。

■放浪者 2009年01月14日 14:28
お久しぶりの足跡、ご無沙汰してますf^_^;
せわしない日本の師走を乗り越え、ようやくマッタリと
茶屋さんはますます元気そうですね
アジアの空気が合っていますね。

とても優雅な(心が)生活羨ましいです
それにしてもmixi、ワールドワイドですねぇ~

■茶屋敬助 2009年01月14日 15:29
>放浪さん
へい、どうもわしのいいかげんなセイカクが
いいかげんな、この地にあっているせいか
のんびりこんと・・・
また、バイクで大勢で田舎屋に走りきたりて
この爺いに気合を入れていただきますようお願いいたします。
コメントに深謝いたしつつ・・・

■ぴあわん 2009年01月14日 18:04
>一度、ぴあわん宅ご訪問の機会をよろしくお願いいたます。
>なにか、お手伝いすることありますか?

農閑期で何事もないので、牛の糞を積み上げて、庭で野菜を作るくらいですね。
牛糞を燃やしてカレーを作ったりすることも出来ます。(別に普通の隅でもいいのですけど、ちょっと牛糞利用実験をしています)

この一ヶ月の間に、史記を朗読したり、弓の減をビュンビュンならしたり、四股を踏んで悪霊を払ったりする人、その他が必要かもしれませんが、その日がいつになるのかはいまだにわかりませんね。

そんな時期なのですが、話し相手にでも遊びに来ていただければうれしいです。

■茶屋敬助 2009年01月14日 21:56
>ぴあわんクン
ありがとうございます。お誘いいただき。
同宿のラッキーくんと「一度おうかがいしよう」
といま、うれしげに相談しています。

その節には、よろしくお願いいたします。

以上、とりあえず。  退屈の敬助

■Reiko 2009年01月16日 23:13
パッカー長居組リゾートは楽しいですよね。 低級とは言わないと思うけど・・・
高級リゾートはあくまでも高級リゾートというだけの話(笑)
明日からマラッカに行きます、バスで(一番安いから)。
こちらはチャイニーズニューイヤーでにぎやかになってます。

上海だより・9=続・ビエンチャンにて

2009年02月16日 | Weblog
1月1日 国境越え

そのバスに乗って、前の席に座ろうとすれば「予約席だ」と
ホザク。指定席でねぇのに、なんでやと抵抗すれど、けんかに勝ち目なしと後ろ席で、不愉快気味に腰をおろし、しばらくして最後列を振り返れば、なんとなんと誰もおらず。

5座席つながりそれが、空席。ならばとわし、そこに横になり、朝まで「寝台べット」のらくちんこ。バスの中で唯いつのスペース。
「こいつは春から縁起がいいわい!」。旅の神様は、ことしもまたこの爺いに年明けのお年玉としてこの幸運を!。ありがたいこっちゃて。

夜半、国境の山中は、ボーダー近くまでバスは接近すれど、イミグレのオープンは3時間ほどたった7時半。バスの中が仮眠所となれど、
わしに限り、ベッド席?のためグツスラコンの本寝の幸運でございました。

早朝、いまだ暗いうちにベトナム出国。荷物検査なし。ただし、出国スタンプをもらおうとパスポートを出せば、出国ご挨拶料(多分手続き料)として1ドルの要求!

これは外国人旅行者向きの要求で、ドルをもたない現地人は「ベトナム通貨で「10000ドン」。わし「ノー・USドルね」と、出国してしまえば紙くずとなるドンを窓口に突っ込めばこれでOKでよう。わし、体験上、多分、それでいけると思えば図星でなも。

だで、1ドルならほぼ100円で、10000ドンなら70円ほど。
いや、たかが「30円」ほどやけど、なんかベトナム戦争に勝利したようなよき気分で・・これは春から縁起がいいわい。元旦、2度目の幸運でございました。

その後、すぐ「ラオス」のイミグレで、入国手続きやけど、そこお笑いですわ。いまだ夜明け直前で、建物の中は真っ暗でありながら、電気つかず。だで、この21世紀の時代に、一国家の玄関先ともいうお役所の受付にローソクがたてられ、その明かりで、旅人は揉みあうように必死に入国票の記載!

細かい横文字で、文字が読めんもんで、わし、ローソクに用紙を近づけたら、もうちょいで燃える直前。あわてて避けようとすれば、ローソクに手が触れ、倒れて、火が消えれば、旅人皆さんから非難のまなこ。
へい、暗くてわかりまへんが多分そんな状況でおました。

で、このラオスも、現在、わしたち日本人に限り、中国やベトナムと同じように、旅人には「15日間」の無料ビザがもらえて、「うれしいでかんて」なんやけど、どうも、まるっきり「タダコ」では、そちらも気がづつないであろうと、ラオスのイミグレは、1ドルのご挨拶料を要求ね。まっ、こっちもビザ代と思えば安いもんだわなも。

で、そのパスポートに事前に別窓口で購入の「ご挨拶料1ドル」の領収書を挟み、係官に提出すると、無事、入国スタンプがペッタンと押されて晴れて、ラオス領土に・・とこないわけでおます。

ところが、暗闇で、なにがどうかわからんまま、わし、その1ドル支払い手続きをせぬまま、裸のパスポートをだせば、つき返されることなくスタンプが押され、わが手にもどってきてなも。

「おかしいですねぇ。領収書つけない旅人はみんな戻されておったんですが。いいかげんなもんですなあ」
同行のとりサンが、不思議顔でつぶやいておいででしたが、なに、不思議でも、係官の見落としでも、理由はともかく、ここで、旅の神様は今回3度目のお年玉としての微笑み。

いやはや。難儀な新年祝賀国境越えイベントはありましたが、ことのほか「幸運続きで・・」。ささやかにしてうれしきお祝い気分でございました。

そんなんで、1月2日、夕刻はいった「世界でもっとも鄙びた首都」ビエンチャンはわしにとり5度目。手馴れた?町の足慣れた安宿街にはいり前回昨年4月タイから帰国時投宿した同じ宿の二人部屋を「一泊50000キップ=約600円で確保。一人300円ですわ。

その安宿にとまり、お寺や市場巡りでふらついていれば、すでに本日は5日。相方のとりサンはひとりで景勝地バンビエンに早朝出発されましたので、今日からまたひとり。

二人部屋に一人ではもったにゃあ。ドミトリー(相部屋)持つ宿に移り、今晩から35000キップ、約400円強のお泊まりで、わびしき一人ぐらし。
じゃで、早めに、目の前のメコン川をわたり、なつかしのノンカイに進軍しようかなぁあ・・と思いつつの、つまらぬビエンチャン日記でございました。

       得意のダラーとした異国暮らしが始まった
                           流れ者 敬助
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コメント
■rokok 2009年01月05日 18:50
新年早々ツイてますね
このままラッキー続きで旅が続くといいですね

あ、タイへ陸路入国される際はビザにお気をつけ下さい!
ご存じかもしれませんが、陸路ですと今は15日しかフリービザ貰えないんで、ビエンチャンにいらっしゃるならビザ取った方がいいですよ

■きれいなジャイアン。 2009年01月05日 18:56
ビエンチャンにいるんですね。
懐かしい。茶屋さんとはバンコクで知り合いビエンチャンで再会しましたね。
あの日の事を思い出します。
一週間ごの14日私も出国です。
イスラエルで内戦が始まってしまったのでイスラエルに行けるかわかなくなってしまいましたが、まぁ久々の貧乏旅行、楽しんできます!

■∴㌍㌢∵ きよ 2009年01月05日 21:12
何してるんですか
まだそんなところに居たんですか
折角このところ麻雀面子が揃っていたのに

ぬぬぬう

■茶屋敬助 2009年01月05日 21:25
>ひろこチャン
ええ。ノンかいぐらしのはずですので
また、川をわたり、ビエンチャンに舞い戻り。
そんなことで、ダラダラとタイにタイ在するつもりですわ。
情報、ありがとさん。

>まーチャン
じゃ、イスラエルにイクなら
気をつけてネ。帰途、ノンカイ入りも
考えてまうとうれしいわなも。

>まつもとサン
多分、あさってには。
もたついていてすいません。

■ばーば 2009年01月05日 22:05
「こりゃ~春から縁起がいいわい」・・ほんと・ほんと・・
二度あることは三度ある・・まさしくその通りでしたね。
幸運なら何度あってもうれしいものです。
ロウソク事件? 勝手にそのシーンを想像して笑っちゃいました
第二の故郷みたいなノンカイで・・のんびり、どんぶらこんと旅をお楽しみ下さい。

■Reiko 2009年01月05日 23:51
今ランカウイです。

■ダヌパット 2009年01月06日 11:02
大晦日の夕方、現金補充の為、
ビエンチャンの噴水公園近くのATMに行きました。
たくさんのバックパッカーがATMの周囲にいて、何事か?と、
思いつつ、機械の前に、順次機械操作をして・・・?
現金が出てきません。表に出ると、先ほどのバックパッカーたちが
一斉に「機械の中に現金がない!」と。
今日から2日まで銀行は正月休み、現金引き出し機に現金無し!
ラオスらしいです。
翌朝、再チャレンジしたら、ちゃんと出てきた!(助かりました。)

■茶屋敬助 2009年01月06日 22:48
>ばーばサン。
明日はノンカイに。
ばーばサンのお許しがでたので
またノンカイでノンびりノンノン日記を?
よろしくお付き合いいただきますよう
伏してお願い申し上げます。

>ダヌバットさん
情けなくも、中国でカードを掏られ
ATM関係なしの貧乏暮らし。
幸といえば幸、不幸といえば不幸。
そんなたび烏を続けております。

■masa◎ 2009年01月09日 19:19
ロウソクはドリフコントのような感じでちょっと笑えました
旅先の幸運何よりです
引き続き神のご加護を

■スイト 2009年01月09日 20:36
今はビエンチャンにいらっしゃるのですか?僕は四日前に、カオサンから帰国しましたよ~。
僕は6月に公務員の試験を受けますので、夏まで海外旅行はお預けです。うーむ…

■茶屋敬助 2009年01月09日 23:15
>masa◎sama
うんじゃ。わしには奇跡の女神がついておるけん。
ありがたいこってすわ。
だで、これからもよろしくたのむわなも。

>スイトくん
たぶん、わし、このノンカイからバンコクにいくつもりやったけど、
スイトくんも帰国しておらんようやで、たぶんこのままココでのんびりこんとね。
じゃ、ぜひ、公務員試験を撃破してください。旅空から御健闘を祈っておるでなも。

上海だより・8=ビエンチャンにて

2009年02月16日 | Weblog
みなさまがたには、祖国日本で、よき新春を
お迎えいただいたことと、ご拝察いたしております。

さて、わたくしメ。年越し国境越えの計画に齟齬を生じ
晴れて、「迎春祝賀記念行事」として、一月一日、
夕刻5時、ベトナム、ハノイを発ち、夜行バスに
揺られに揺られ、また揺られ、
行く山川、超えさりゆかば、さびしさの果てなむ国ぞきょうも旅ゆく

へろへろになりながら、二日夕刻、ラオスの首都
なつかしのビエンチャンにようやくたどりつきました。

本来であれば、たとえ貧乏暮らしといえ
お布団にすやすやと眠り、よき初夢を見る境遇でありながらも

♪ もって生まれた~ 定だあ~め~ な~ら~

ことしもまた、流れ旅の草枕での一夜。
この先、一年の激闘を予測させるに十分な強行軍でございました。

ほんじゃ、そのささやかな戦闘録のメモ書きでございます。

一月一日。5時出発やけど、結局、所定の「国際夜行バス」が
本来のバス・ターミナルを出発したのは3時間後の夜8時。
ようは、本番?までの前技?がながすぎ。

状況でおます。
16ドルで、ホテル前に出迎えとのこと。ライトバン程度が、玄関に
くるかと思えば、なんとバイクのおにいちゃん。バス乗り場に
先導するというで、わしら、そのバイクを見失わんように
雑踏のなかをカートを引き図って。出始めからおおくたびれ。

とある街角で、しばし待てば、周辺の安宿からあっまった
白人バックパッカーを含め、それなりの人数に。

で、このライトバンが、また、適当な安宿前にまわり
客いっぱいになったところで、やれやれ本来のバス停に
向かうかとおもえばこそ、ついたところは、国道沿いにある
カラオカ店の前。

ここで、30分以上またされ、やっと大型バスが到着。
いよいよ、これで「ビエンチャン」へと思えばこそ、なんと
このバスが、本来のバス停に。どうなっておるんや!

怒ってわしが乗車拒否しても「おいてきぼり」を食うだけ。
へい。おとなしく、三度目の正直で
その国際バスに乗りこんだとこないわけでおます。

(ネット屋時間切れ。続。いまビエンチャンで生きております)
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コメント
■カフェイン 2009年01月04日 21:55
おおおおおー、ビエンチャン、ラオス!個人的に思い出のラオス!
ビエンチャンに着いたならきっと北上してルアンパバーンに行くんでしょうか?
もしその定番ルートを外れるときは東のラクサオもお勧めです!見事に何も無いところですが狭い地域のド真ん中に英語の学校があるため最低限の付き合いができますよ。何はともあれご無事を祈ってます
それと遅ればせながら明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします!

■chavalit 2009年01月04日 22:07
祝!!!ビエンチャン到着・・・お疲れ様でした。
その後は???友好橋渡って、ノーンカイですか???
ここからは、緩い旅ができそうですね・・・
お体気をつけて、「良い旅を!!!」

■もとちゃん 2009年01月04日 22:27
茶屋さん今年も宜しくお願いします
まだまだ旅は続いているのですね、さすが茶屋さんめげる
事無く頑張っていますね。時間にうるさい日本では考えの
付かない事がおきていてそれを、前へ前へと
気候は分りませんが十分に気をつけてくださいね。

■ふみちゃん 2009年01月04日 22:58
明けましておめでとうございます
今年もどうぞよろしくm(._.)mお願い致します
おっ”生きていた!
ビエンチャンでも明けましておめでとう”なんて
挨拶するのでしょうか?

■ばーば 2009年01月05日 03:10
ありゃりゃ~~
国際バスに乗り込むまでの長時間・・それだけでくたびれてしまいそう・・
そんないいかげんな状況の中・・ご案内の言葉は通じるのですか?
まさか、手マネ、足マネって事ないでしょう
しか~し・・日本におれば愛妻の手料理が上げ膳下げ善で味わえる環境なのに・・
どうして、そんなキツイ旅に出かけるのかしら?
そのキツイ旅日記をおもしろ、おかしく読んでいるばーばです。
この先も体だけは「懐も」気をつけて旅をお続け下さいね~

■ヒデさん 2009年01月05日 06:43
右目で世界地図を見ながらです。
ご無事にビエンチャン到着良かったですね、凄い山脈越えで大変だったでしょう。
ウンー、何がそんなに魅力なんだろう、懐かしいラオス!!!!!
続き待っています。

■ダヌパット 2009年01月05日 16:04
あけまして、おめでとうございます。
すれ違いでしたか?
私は大晦日、元旦をビエンチャンで過ごし、2日の昼にノンカイの友好橋超えて、帰ってきました。
年末の30日には、ノンカイで
ひでき先生にお会いしましたよ。
ノンカイの到着日時、お知らせください。
今年もよろしく。

■茶屋敬助 2009年01月05日 16:18
>すけサン
2月ごろ、タイの帰途、また、ラオスに。
そのときの宿題にもらっておきます。
わしのほうこそ、今年もよろしくたのむわなも。

>c h a v a l i tさん
あんがとう。これからはメコンの川のように
ゆっくり流されていきますので。
ときどき、老いぼれのシリを叩いてやってください。

>もとちゃん
気候は、日中はTシャツ一枚!
こどもは水あそび。
へい。灯油値上げ関係なしのよかお国でございます。

>ふみちゃん
わしら、旅人が、この町にはいってくるで
お義理で「ハッピーニューイヤー」の飾り付けをしとる
感じでなも。
やっぱ、ラオスは中国色が濃厚やで、旧が本番ね。
それまで、おりたいけどゼニコが続かんもんで。クスンクスン。

>ふみちゃん
ようわからんけど、クリスマスより低調のご様子。
おめでとうの雰囲気なし。
とうぜんに、わしにお年玉くれるラオス人は
皆無でおました。情けにゃあもんやて。

>ばーばサン
最終的には、相手国の人たちが
この日本の老人に気をつけてほしいけど
当面は、自分でも注意しますよって
ご安心?ください。

>ヒデさん
冥土にいたる道は、多分、それほど簡単ではなし。
ならば、事前に、ヒマにまかせてその訓練を?
わしの潜在意識にひょっとすれば、そんな理由も。
よくわかりません。
ひまつぶしは間違いありませんが。

■茶屋敬助 2009年01月05日 16:28
>ダヌパット先生
おめでとうございました。
本年こそよろしくお願いいたします。
2・3日中に、ノンカイにはいります。
よろしくのほど。
         ビエンチャンにて 流れ者敬助

■亜紀 文 2009年01月05日 23:37
おめでとうございます。
えらい苦労したはりますなあ。
コチトラ、おかげで、ノンカイとかビエンチャンとかの、なじみのない地名がなじみになり、社会のお勉強をしているというわけで、はい。

■ぷぷりん 2009年01月06日 00:58
明けましておめでとうございます。
バスに乗る前からお疲れ様でした!!これだけ疲れさせてもらえば、バスの旅といえど熟睡されたことでしょう。
日本では体験できないオドロキも、また楽しい思い出になりますね。

■ぴあわん 2009年01月06日 11:14
おもでとうございます。
もうすぐそこまで来てはるんですね。

■茶屋敬助 2009年01月06日 22:36
>文さん
今年あたり、実学のお勉強は
いかがでございましょうか。
およばずながら、この敬助が・・
御一考いただきますよう。

>ぷぷりんサン
へい。悲劇は喜劇と悟り?
たのしませていただいているしだいです。

>ぴわあんクン
お待ちどうさまでした?
明日、ノンカイのお宿に入ります。

上海だより・7=外灘

2009年02月16日 | Weblog
■ 12月20日 インチキ教授

上海の見所はそれなりにあるけど、見逃しがちになるんが、グルメやお土産重視のガイド本には書いてない「早朝の公園風景」
わけても、上海の「外灘公園」は、必見でなも。おおかたの観光団は、連日の観光でくてびれはて、寝すぎて、このお値打ち光景を見れんというか見る気がないのは、ほんとお気の毒ね。

いや、ほんと。そこはすべて無料の、「現下、中国人庶民の文化とスポーツ?」の総合実演展示会場のおもむきでよう。

個人演技的なものでは、ジョギングにくわえ、後ろ向き歩行主義者、太極拳、自橿術、槍をふりまわす武道、さらには手にする滑車から糸をくりだし巨大な凧を天空たかく揚げる健康術?。

わし、ペコリと頭をさげ、凧遊び体験しようとチョイとその滑車を借りて手にすれば・・・その風圧でと、と、と、身体を引きずられ、もうちょいで、あの外灘に「ドボン」!。腕力の向上にはお役にたちましたが、あやふく一命を失うところでございました。

ならと、今度は老人とおばさん揃いの「健康体操?グループ」にはいり疲れ気味の腰をのばしたり、派手な扇子を手に音楽にあわせ見事におどるご婦人団体の踊りに目を細めたり・・・

まっ、それらは、またの写真館でご報告いたすことにして、今回は、この「これは儲けたなあ」のあと「これは損した」場面をなも。

そんなことで、外灘公園の遊歩道を散策したり、体験学習しておれば、りっぱな中国人紳士が「あなた日本人ですか」「えっ、あなた、名古屋ですか。わたし名古屋の円頓路を知っています」

お伺いすれば、さる美術系学院の先生で、生徒をつれて日本画の勉強にいく機会がおおいとのこと。はい。肩書きのついた立派な名詞もいただきました。

単純なわしも、国際儀礼上、また自分の名詞を先生にお受け取りいただきました。先生は、記念にあなたの似顔絵を紙きり芸術で、作成してあげますとおっしゃられ、鞄から、その紙と小さな鋏をだされ、わたしの横顔をみながら、ほんの数分で、なんと、自慢?のお髭までつけた影絵的な「紙きり似顔絵」を作成なさいました。

これは、記念になるなぁ。しかし、そのままわしの鞄につっこめば、シワクシャになるなぁ。よわったことであるわい。と思えばこそ・・・

先生、こんどは多分、自分で製作し、それこそチョイと値の張る二つ折の花の色紙をとりだし、「これで挟んでお持ちください」

上海上陸すぐにして、その上海で「こんな幸運があっていいものか。早起きは三文の徳どころか、数十ドルは間違いなし」
「ありがとうございます」そのわしの言葉が消える前に、そのとき
親切先生の口から、「すいません。学生を日本に連れていくためにはかなりの費用がいります。その一部でも援助いただけませんか?」

ン・ン・ん・・予期していなかっただけにわしの返事がすぐに口に出る前に、先生は、ポケットから中国元を鷲づかみに取り出し、「みなさんからもこのようにいただいています。あなたにもぜひお願いいたしたい」

すでにわが手に収まっている、色紙と似顔絵をこの段階にきて「先生にお引き取りいただく戦意はなし」

あとは、値切るだけ。先生の手にある見せ金的中国元は全て「100元札」邦貨にして1300円!。桃色が特徴。間違いなし。

わしは、謝罪の表情で「ぜひ、大金を寄付したいが、わしは見たとおり貧乏な日本人旅行者であれば、特例をもって、10元札一枚でお許しいただけないものでしょうか」

親切な先生は、「それでもよいです」とややガッカリ気味のお顔で、お受け取りになり、すぐあらたなカモを探しに足早に去っていかれました。

いや、ほんと。最初は、これは儲けた。次は、これははめられた。つぎは、値切り作戦で勝利し90元ほどを儲けた・・とにっこりすれど、よくよく考えれば、あきらかに、朝から「10元損失の悲劇」
まこと「男はつらいよ、旅がらす」。本日の一席でございました。

乗り物
① 上海市バス。汽車駅駅は夕刻のため、チエックアウト後、宿に荷物を預け「東台路古玩市場」、ようは常設の大骨董市に市バスで。2元。

② 上海市バス。その帰りに乗車。2元。宿のロビー2時集合ととりさんときめていたとうり無事帰陣。ただちに出発。

③ 上海地下鉄。外灘から、上海南鉄道駅に。キップ買いでいっているためルートに苦労することなし。約40分。4元。

④ 夜行寝台列車。上海南駅発17;08分で、目的地「長沙」着は翌日朝、8;30分。列車番号「K137」。二等三段ベッド下段、274元。約3500円。
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コメント
■ひでき先生@子育て中 2009年01月01日 16:57
>さる美術系学院の先生
あはは・・・。おもしろい!!!
10元は「授業料」ですね。

■ひでき先生@子育て中 2009年01月01日 17:00
そのインチキ教授と敬助さんは、何語で話をしたのですか?
日本語?中国語?

■亜紀 文 2009年01月01日 17:01
あばなっかしいようで、ちゃんと元はとったはる。さすが、旅慣れの敬助さん。
今年も期待してまっせ。誰にも真似のできない旅日記。
地図を手元に置いとくと、もっと楽しくなるんやろうな。
さがそ。

■ヒデさん 2009年01月01日 17:42
新年おめでとうございます。
24時間のバスバスの旅はいかがでしたか。
何キロぐらい走ったの?
食事はレストラン?
トイレは?
益々元気な敬助さん、旅行記を読むのが楽しみです。

■masa◎ 2009年01月01日 23:56
茶屋さん、確かに日本人と言わなければ見えませんうれしい顔
しかも、チャイナ服着たら、「太極拳の先生」にしか見えませんよぴかぴか(新しい)
日本人だと「やさしい」「すぐお金を出してくれる」なんて思うのカモですね・・
でも、この場合、確かに難しい・・・。本当にそのお金活かしてもらえればいいですよね。

■トマト 2009年01月02日 10:15
あけまして おめでとうございます
縁あって知り合い
いろんな事を学ばせていただいてます
これからも よろしくお願いいたします
地図を片手の旅日記
今日はご挨拶だけで。。。。
ゆっくり訪問にきます

■亀吉 2009年01月02日 12:20
あけましておめでとうございます。
ことしもよろしくお願いします。
損か徳かは、気の持ちようですね。
楽しんでますね~。

■はまこ 2009年01月03日 22:15
明けましておめでとうございます☆
けいすけさんと会って3年になりますかね。
今年は上海??素敵だー。
上海って面白いですよね。
お洒落な人もいれば下着で歩いてる女性とか
いろんな人がいて、あたし好きです。
写真見たいなぁ。。

■茶屋敬助 2009年01月03日 22:16
>ひでき先生
名古屋弁のわかりにくいわしの日本語より上手でなも。
そんで、マイナーな名古屋の地名まで口にされ・・
やはり、相手が一枚上手で、脱帽せざるをえないようです。
昨日、ビエンチャンにはいりました、
もうじきお会いできると心をはずませています。

>文さん
真似のできない失敗?
お師匠さんの許可がいただけたので
これからも気楽に、進撃できそう・・
がんばりますよって、よろしくのほど。

■茶屋敬助 2009年01月04日 14:39
>ひでサン
1000キロ程度のはず。
適当にドライブインで休んだり、道端で、自然トイレを
つかわせたり、最後は、パンクでタイヤ交換で休息させたり?
走りっぱなしでないので、少しはラクでした。
ほんでも、二度とのりたくねぇな~の思いです。

>masa◎sama
へい。わしは、まさちゃんさえ「わしを日本人」だと
信じていてもらえば、あとはどこのウマの骨とみられようが
トンチャクなし。そんなんで、異国をふらついておるんですわ。

>トマトさん
縁あって、いつも応援してまえるトマトさんの
おかげで、いま現在、行き倒れすることなく・・
じゃで本年もよろしくたのむわなも。

>亀吉クン
また、今年のたのしいキャンプの企画
よろしくたのむわなも。わし、アレがあるで
日本に帰る気になるんだわ。
たまちゃんにもよろしく言付けたのむわなも。

>はまチャン
帰国後、多分アルバムつくるで、名古屋のよか青年と
わしの田舎屋に見に来てちょうだやあ。
上海、たしかにお面白いで、また帰国時に
覗こうと思っとるんですわ。じゃ、また。 ビエンチャンにて。

■ばーば 2009年01月05日 02:46
相変わらず面白い敬助さんの旅日記
凧に引きづられて慌てふためく敬助さんの姿
健康体操グループに参加で腰をのばしている姿「ジモッチそのもの」
似顔絵のモデルになりきりの姿・・どれも目に浮かぶようです。
それで~その美術の先生とは日本語が通じたのですか?なまじ通じちゃうと損をしてしまいますね~『笑』
 
■茶屋敬助 2009年01月05日 15:40
>ばーばサン
相手の方が、わしより上手の日本語やで、
つい、引きずりこまれて・・・
すいまへん。これから気ィつけますよって。

上海だより・6=謹賀新年

2009年02月16日 | Weblog
こちらハノイ。31日よる9時半。ちょい早いですが・・・


新年、あけましておめでとうございます。
旧年中のご愛顧に心からの感謝をもうしあげつつ
本年もよろしくお願いいたします。

なを、ご当地ハノイ。やはり中国文化いまだ濃厚のせいか
多分、旧暦に祝い酒を存分に、との思惑か、どうも街中風景としては
たいして、年末を感じたり、新年を期待する光景がすくなく
どうも、さびしい限り。

ただし、またも祖国を離れ、異郷で「紅白歌合戦」や「年越しそば」などまったく及びのないさびしき境遇で、年を越すわが身には、むしろそうした地味な年越し、新年がふさわしいことであることよ・・・
と、まぁ、自らさびしく慰めているところでございます。

かわりまして、皆様方には、たのしき年越し、そして祝福おおい2009年でありますことをお祈り申し上げ、新年のご挨拶にかえさせていただきたく存じます。

   2009・1・1

        ベトナム、ハノイにて。

なを、元旦の夜、ハノイを発ち、ほぼ24時間のバスで、国境を越え、
ラオスのビエンチャンに進撃する乗車券を先ほど16USDで入手。
「今年はやるぞ!」と老体にむちうち、新春行事のつもりで乗車いたす所存でございます。息切れ等のおりには、また変わらぬ叱咤激励を伏してお願い申し上げます。早々頓首。
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コメント
■しげ 2009年01月01日 00:41
おめでとうございます。
昨年中はお世話になりました。
僕も今月には出発しますよ~!

■はまこ 2009年01月01日 01:05
けいすけさん明けましておめでとうございます。
今年も健康で素敵な一年になりますように。
海外で新年迎えるなんていいなぁ。
たくさん楽しんで来て下さい☆

■そうかいな? 2009年01月01日 02:50
明けましておめでとうございます
ご無沙汰しております
24時間のバス旅、いかがですか?
想像するだけで酔いそうです

ベトナムと言えばホーチミンの歌のフレーズが頭から離れません・・・
○○ホーチミン ○○ホーチミン♪ 
ご存知でしたら教えてくださいね
未熟者ですが 今年もよろしくお願いします

■ばーば 2009年01月01日 03:00
あけましておめでとうございます。
そうか~ 日本より時間が早いのですね。
こちらは、今大晦日の朝8時です。
これからおせち料理の準備・・
今頃 ビエンチャンの国境付近でしようか?
今度は「身ぐるみはがされた」ということになりませんように
これからの長旅くれぐれもお気をつけて・・いざ、進め~

■ヨーダ 2009年01月01日 09:17
あけまして、おめでとうございます!
昨年中は、たいへんお世話になりました。
今年もお世話になるかもしれません。(笑)

今年も、敬助さんにとって幸せな一年でありますように!!!

■めんくいあん 2009年01月01日 11:40
21年おめでとうございます。腰と腕がいたいです。
年越しそばを、3時30分から4回打ちました。
50人余のかたに、わがそばで年をこされました。ゆきひろ

■KAORU 2009年01月01日 12:11
あけましておめでとうございます。
これから名古屋へ行きますよ♪
またゆっくり読ませていただきますね。

■ちいすけ 2009年01月01日 15:41
あけましておめでとうございます!!
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
昨年は、二月にケイスケさまと出会えてからというもの、ものすごく世界が広がりました。本当にお世話になりありがとうございました。
今年もアジアのどこかで会えるかな~

■亜紀 文 2009年01月01日 16:40
あけましておめでとうございます。
本年もどうか楽しい旅便り、期待しています。
こちらは相変わらずの日々なのですが、少しは刺激をうけ、私なりの挑戦に取り掛かりたいと…。
元気で帰っていらしてください。

■茶屋敬助 2009年01月03日 21:58
>しげクン
どこかで、遭遇すること、期待しとるでよう。
また、ノンカイだったりして?

>はまチャン
昨年は、老人慰問に田舎屋にきてまってあんがとう。
ことしも。よろしくたのむわなも。

>そうかいなサン
24時間を30分ほどきったけど、
やっぱり、2度とのるまい国際夜行バスでよう。
で、こりんと、またやるのがわしの悪いクセ。
また、バイクで走ってきて、
バカな年寄りを叱ってやってちょうだゃあ。

>ばーばサン
♪ 泥水すすり 草を噛み
  荒れた荒野を 幾千里~

  なんとか進軍をかさね、さくじつビエンチャンに入りました。
  本年も、銃後からのかわらぬご声援をお願いいたします。

>ヨーダくん
ほんじゃ、今年もぜひ、お世話になって?ください。
たのしみにして帰国するでよう。

>めんくいあん様
小生も「腰}がふらついていますが、これは長距離移動の故。
同じでも、塾長先生は、崇高なるボランティアとして
ノバ打ちの後遺症。ねうちがちがうと、脱帽であります。
今年も、よろしくご活躍いただきますよう。

>KAORUサン
せっかく名古屋にお出でいただきながら、わしは大陸にトンづら。
いずれの日にか、挽回させていただきますのでお許しください。

>ちいすけチャン
もうじきちいすけチャンとであった、なつかしの
ノンカイにたどりつくけど、
ちいすけちゃんがおらんでさびしいわなも。
じゃで、また、ちいすけチャンがアジアに
出てきてまうのたのしみにしとるでよう。

>文さん
お師匠さんの挑戦をたのしみにいたしています。
挑戦しては、敗北のわしが、挑戦成功のお師匠さんの
後を追わせてもらわないあかんでなも。
ほんじゃ、よろしくお願いいたします。

■ ∴㌍㌢∵ きよ 2009年01月04日 22:53
あけましておめでとうございます
来られた際に言おうと思っていたらもう4日も夜
先にお伝えしておきますわ

■茶屋敬助 2009年01月05日 15:34
>まつもとさん
いま、ビエンチャンです。
もうじき、川向こうのそちらに。
よろしくのほど。