毎日、TVにかじりつく日々で、おサボリしてました~
甲子園も終盤。今、智弁VS駒苫の最中です
私の故郷、和歌山県代表の智弁が苦戦中
3連覇を阻止するのは難しいのかな・・・?
一昨日の帝京戦は壮絶な名勝負でしたね~。
あんな試合は滅多に見ることができないでしょうね。
まさに筋書きのないドラマだな~と思いました。
覚えておられる方はいらっしゃるでしょうか・・・?
1979年(昭和54年)、いまから27年前の夏の大会準々決勝。
星稜VS箕島の延長18回の試合です。
当時私は中学3年生。箕島高校には自転車で10分。
この試合は家で観戦してました。
今でも試合経過ははっきりと覚えています。
1対1の同点で延長戦に入り、12回星稜が1点をとる。
その裏、箕島の攻撃も2アウト。
ベンチも負けを覚悟したその時、バッターボックスに向かおうと
していた嶋田選手が、尾藤監督に
「ホームランを狙ってもいいですか!?」と大声で宣言。
そして、その言葉通りにHRで同点。
16回、またしても星稜が1点リード。
またもや窮地に追い込まれ、2アウト。
バッターの森川選手が打ったボールはふらふら~と
1塁側ファールグラウンドに・・・。
星稜の1塁手、加藤選手がオーライと手をあげながら
打球の下に入ったと思った瞬間、人工芝に足をとられまさかの転倒。
これで息を吹き返した森川選手がHR。
そして、延長18回、再試合を目前に箕島高校がサヨナラ。
という劇的な試合でした。
この「神様が創った試合」は、当時の選手の気持ちを試合を追って
振り返り、この試合の後の選手たちの人生を追跡しています。
当時を思い出して一気に読んでしまいました。
当時の選手が交流を深め、再試合、再々試合を行っています。
(この模様は、NHKでもドキュメンタリーで放映されていました)
今のように野球留学などは少なく(私の田舎では)
出ていた選手も同級生のお兄ちゃんだったり、中学の先輩だったりと
親近感たっぷりでした。
当時は箕島高校の試合が始まると、外に人気がなくなるほどでした。
今はすっかり影をひそめてしまっていますが
是非、もう1度、甲子園に出場してほしいですね~。
ちなみに私の母校は、創立150年を越える
日本でも屈指の古い学校ですが、いまだ、甲子園には
出場したことがありません。