写真は20年以上も前のものとなりました

つれづれなるまゝに日ぐらしPCに向かひて心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつづっていきます

~の向こうに・・・

2015年01月13日 | 随想

 

 

映画「オズの魔法使い」の主題歌

Over The Rainbow」(「虹の彼方に」 歌詞と訳詞はここ)は、

2001年、全米レコード協会等の主催による投票で

「20世紀の名曲」(Songs of the Century)で第1位に選ばれ、

日本語でも「虹の彼方に」という曲名で、多くの歌手がカバーしている。

 

 

♪ Somewhere over the rainbow

  Way up high

  There's a land that I heard of

  Once in a lullaby

・・・虹の向こうのどこか 空高くに

子守歌(ララバイ lullaby)で聞いた国がある・・・・

 

 

 

「~の彼方」と 来れば、

山の彼方の空遠く 幸い人のすむという ・・・」の詩が思い出される。

 

ただ、この詩では「彼方」のところを、「あなた」と読ませる。

 

原詩は、ドイツの詩人カール・ブッセ(Carl Busse,1872-1918)の

Über den Bergen(山の向こう)であり、「英文学者」 上田敏によって

日本で紹介されたことで有名になったというもので、ドイツ本国では

ほとんど無名のまま、とのこと。

 

(墓碑)

 

 

因みに、菓子パンのブッセ(bouchée、発音は「ブーシェ」))は、

フランス語で「ひと口」という意味なのだとか。

 

(ブッセ)

 

 

上田 敏(うえだ びん)は、日本の訳詩では、史上もっとも偉大な功績を

残した人物とされるが、祖父が昌平坂学問所 (東京大学の前身の1つ)

の教授をつとめた儒学者であったこともあり、幼少のときから漢文に

精通していたことは容易に想像がつく。(この時代の常識だったろうが・・・)

 

豊富な語学力の賜物が、詩に反映され原詩にない格調を備える

ようになっているのだろう。

 

 

以下、原詩(ドイツ語)、英語と和訳、上田による訳詞を見てみる。

 

(原詩:ドイツ語)

Über den Bergen weit zu wandern      

Sagen die Leute, wohnt das Glück.      

Ach, und ich ging im Schwarme der andern, 

kam mit verweinten Augen zurück.

Über den Bergen weti weti drüben,

Sagen die Leute, wohnt das Glück.

 

(語尾が n・k、n・k・・・と韻を踏んでいる)

 

Google翻訳で機械的に訳せば、以下のようになる。

  遠くの山をハイキングするについて

  運が宿る人々に知らせる。

  ああ、私は他の群れに行きました、

  涙目で戻ってきた。

  遠く向こうに山を越え、

  運が宿る人々に知らせる。

・・・・ん~っ? 何のこっちゃ? 

 

英語訳では、

Over the mountains, far to travel,

people say, Happiness dwells.

Alas, and I went in the crowd of the others,

and returned with a tear-stained face.

Over the mountains, far to travel,

people say, Happiness dwells.

 

これをGoogle翻訳で訳せば、以下のようになる。

  山を越え、はるかに旅行する、

  人々は幸福が宿る、と言う。

  ああ、私は他の人の群衆の中に行きました、

  と涙染色顔をして戻った。

  山を越え、はるかに旅行する、

  人々は幸福が宿る、と言う。

 

まぁ、何となく、それらしきことは伝わって来そうだが、

・・・不自由この上ない日本語だ。

 

 

上田敏の手にかかれば、七五調で風格も出てきて、

  山のあなたの空遠く

   「幸い」住むと人のいふ。

  ああ、われひとと尋(と)めゆきて

  涙さしぐみ、かへりきぬ。

  山のあなたになほ遠く、

  「幸い」住むと人のいふ

となる。(一部、現代表記にした。)

 

日本語になっても、文語体ではわかりづらいが、

  山のずっと彼方に「幸せ」があるというので

  尋ねて行ったが(とめゆきて)、見つからずに涙ぐんで帰ってきた。

  あの山の、なお 彼方には「幸せ」があると、

  世間の人々は語り伝えている。

というような内容のものだが、文語調で格式も高くなっている。

 

明治人の言葉に対する造詣の深さには、驚嘆するばかりである。

 

 

 

故・桂枝雀がこの詩をネタに使って演じた落語がある。

晩年の創作落語だそうで、12分30秒ほどの人情噺。

 

https://www.youtube.com/watch?v=nTgSNXFtMG8

 

毎日の生活に嫌気がさして山にでも・・・と出かけてきた男が

峠で茶屋を営む婆さんに出逢い、身の上話などを聞いているうちに、

知らず知らずのうちに婆さんから「幸い」の「姿」とか、

その「抱っかまえ方(つかまえかた)」を教えてもらっていく。

 

・・・「『幸い』っちゅうもんは 無理に抱っかまえようと思ぅや、

消えてしまう。抱っかまえるような 抱っかまえんようなとこで

抱っかまえるんよ。」

 

「あららぁ、見なせえ。おてんとさん、西の山、お帰りになりますですよ。

今日も一日、有難うございましたですね。明日もよろしければ、どうぞ

お姿を お現しくだせえませ。それでね、ご機嫌悪ければ、お休みに

なってもよろしゅうございますですよ、ご加減 悪ければね。

たまにはお湿りも有難いことですけえ。でも、お湿りがありましてもね、

お湿りの上に貴方さまがおられますことは、よう~知っとりますけえ、

心配はしませんけねえ。・・・有難うございます、っちゅうことですね。」

 

 

いろいろ聞いてて、頭ごちゃごちゃになった男が帰ろうとしたときの

老婆の一言がオチになっているが・・・・至言である。

 

 

「ま、とにかく、その…私にはちょっとわからん。あきらめて帰るわ」

 

「いや、あきらめることはありませんですよ、はい。

あなたさま 帰られました町にも、『幸い』はおりますから

 

「ばあさん、馬鹿なこと言いなさんな。昔から言うでしょう。

どっかの本に書いてあんねん。『山のあなたの空遠く、

「幸い」住むと人のいう』っちゅう・・・『山のあなたの空遠く』にしか

『幸い』はおらへんねん

 

「そんなことはありませんです。『山のあなたの空遠く』から見れば、

あなたのおられますとこが、『山のあなたの空遠く』ですけんねえ。」

 

 

メーテルリンクの童話「青い鳥」をも思い出す。

 

 

『山のあなたの空遠く』に『幸い』が住んでいる。

あなたのいるところが、『山のあなたの空遠く』なのだ・・・

 

そして、

『お湿りの上に、お天道(てんと)さまがおられます。』

 

 

 

お天道(てんと)さま・・・・どの和英辞典でも 「The Sun」。

間違いではないのだろうが・・・どこか、違う。

 

お天道様って何ですか?